【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第40話 ダンジョンブレイク

 とっぷりと日が暮れて、街が夜に包まれる。夕飯を終えた俺は、一樹さんからいつものトレーニングを受けていた。

 

「それではいきます、三、二、一、はい」

 

 背中に添えられた手から、形容しがたい何かが流し込まれる。

 

「ぐ、むう」

 

 プラーナ。生命の力であると彼は言う。ダンジョンに挑み続けた者が手に入れる、超常の力の一つ。これを自在に扱えるようになれば、魔法使いじみた戦いができるという話なのだが。

 

「ぐぐ、ぐぐぐ」

「唸っているだけではだめですよ。自らの意思で掴むのです」

「そうは、おっしゃるが」

 

 感じ取ることは、何とかできる。肉体に重なるように、無形のパワーが確かにある。しかしそれを掴めと言われても困る。意思に、分かりやすく手があるわけじゃないんだ。無いもので掌握しろと言われてもどうしていいやら。

 

(とど)まれ、止まれ、止まれ』

 

 などと念じてみるのだが、効果はない。熱した鉄板にこぼした水滴のように、プラーナが揮発していく。

 

「ふむ……この方法は社長に合っていないようですね。より、イメージしやすい方法を考えてみましょう」

「お手数かけます……」

「いえいえ。それに気落ちしないでください。少しづつですが、進歩はしています。じっくりやっていきましょう」

 

 物覚えの悪い生徒に、ベテランハンターは根気良く付き合ってくれている。彼はこのように言ってくれているが、進捗は亀の歩みよりも遅い。

 この間のぶち切れの結果、前よりも感じ取れるようにはなった。だけど自分の意思で生み出したりコントロールしたりという部分についてはこのざまである。

 一体いつになったら、一人前のハンターになれるのやら。ため息が出る。

 

「お疲れ様っしたー。上がりまーす」

「おーう、お疲れー」

 

 訓練の場となっている縁側にいると、そこに顔を出す一団。東松たちである。結局、彼とその友人は全員我が社へ一か月の出向となった。大きな理由は、やはり悪評である。田舎町は噂が広がるのが早い。

 特にダンジョンに関連する話題だけあって、広がりが大きかった。彼らの勤め先はそれを問題視しており、俺たちの訪問は渡りに船だったわけだ。

 そして肝心かなめの東松たちだが、意外なことに真面目に働いていた。正直、逃げ出したり反逆されたりされるものだと思っていた。しかしながらそんな振る舞いは全くなく、毎日遅れず出勤してくる。

 ダンジョンについても、怖がっていたのは初日から数日のみ。モンスター退治もすぐに慣れ、最近はビッグアント程度なら鼻歌交じりで対処してのける成長ぶり。

 おかげでダンジョン管理補助は大変進んだ。あれから二週間。市内ダンジョンの手伝いも終わりが見えてきている。

 彼らの心境の変化については……いろいろな要因があるのだろう。家族や同僚からの説得。世間の目。友人知人の反応など。人間は環境に適応する生物。自分たちを取り巻くものが変われば、それに対応しなくてはいけない。

 それなりに楽しくやれていたのに、気が付けば針の筵だ。暴れればたちまち批難が突き刺さる。今までのままでいられなかったのだろう。

 あとはまあ、我が社からの働きかけも大きかったと思われる。うちでまじめに働いていると、ご近所ネットワークに流してもらった。お仕置きを受けているという話は、これまた刺激的だったようですぐに拡散された。

 嘲笑は当然あるようだが、少なくとも怒り交じりの批難ではない。話の中心にいる彼らは、当然それを敏感に感じ取る。北風と太陽よろしく、世間の風の寒暖差が身に染みたことだろう。

 それからもう一つ、重要な要素だと思われること。

 

「サンマ、沢山持ったかー?」

「うっす。山ほどもらいました。あざっす」

 

 彼らは嬉しそうに、土産の詰まった手荷物を掲げて見せる。このように仕事がある日は毎日、ダンジョン食材を持って帰らせていた。理由は二つ。一つは本人たちの体力強化のため。もう一つは、ご家族の心象を良くするためだ。

 体力については語るまでもないだろう。身体が資本の仕事である。無いと仕事にならないのだ。ダンジョン仕事は過酷である。

 そして、心象の方。やはり幾ら自分の息子がやらかしたからと言って、現状が気分の良いものであるはずがない。こちらを恨まれる可能性は高く、それを回避するために手っ取り早くローコストな方法を取った。あけすけに言えば、賄賂である。

 弾丸サンマは、まだ出荷していない。しかし俺たち自身の強化のために、定期的に仕留めている。一匹程度であれば、それほど負担ではない。全員に分けても十分な量が取れるのだ。

 この試みは、成功していると見ていいだろう。親兄弟やおすそ分けしたご近所が喜んでいると報告を受けている。大変結構。俺が企む当事者計画にとっても、プラスになるレポートである。

 まあ、魔女もにっこりのたくらみについてはさておき。土下座事件については、とりあえず片付いたと考えていいだろう。まだ悪評は燻っているが、消えないほどではない。一応、アフターフォローも考えている。出向が終わったら、それもするつもりだ。

 ……万が一、彼らが別の所でやらかした場合は、知らん。そこまで面倒見切れない。

 

「フジくんも上がってください。また明日……ッ!?」

 

 突如、スマホからアラームが鳴り響く。俺だけでなく、周囲にいる全員からも。ドが付くほど喧しく、できれば聞きたくない音。

 ダンジョンブレイク警報だ。スマホの画面に、発生地点が表示される。そこには、東隣にある市の名前が表示されていた。

 

「この地名、何処だ? 誰か知ってる?」

 

 俺は地元民でないため、このあたりの情報に疎い。速攻で手を上げたのは東松だった。

 

「知ってる! 高校時代のダチが住んでたとこだ! ここからだと、大分離れてるっすよ」

「そうか、だから避難警報は出ていない……って、お前の友達大丈夫か!?」

「あ、それは大丈夫っす。何年か前に近場にダンジョン出来て引っ越したって……あ」

 

 そこまで語った所で、彼の顔に気づきが浮かぶ。他の者たちも同様だ。

 

「未発見ダンジョン……かもしれん。が、今は何とも言えんな。ともあれ……君ら、明日は自宅待機で」

「え? 何でですか?」

「俺はダンジョンブレイクのボランティアに行くから。かっつん、いるかー?」

「はい、こちらに」

 

 振り返ると、彼を含め社員たちが集まっていた。助かる。

 

「全員、ダンジョンブレイクが片付くまで自宅待機で。ダニエラさんには俺が電話しておく」

「社長、自分は同行させていただきます。おっと、止めないでいただきたい。社長を守る人間が居なくては、ほかの社員の気が休まりませんからね」

「もちろん、私もついてきますよ!」

「かっつん、サッチー……すまん、助かる」

 

 ここで問答をしてもしょうがない。助かるのは間違いないし、確実に説得できる材料も手持ちにない。むしろ逆に説得し返されるのが関の山だ。実際、俺が死ぬと会社やらなにやらが面倒になるだろうしなあ。

 

「私もご一緒しましょう。これでも、ダンジョンブレイクの対処には何度も参加しております。お役に立てられるかと」

「ありがとう、フジくん。あかりん、旦那さん借りるね」

「必ず返してくださいね!」

「もちろん、もちろん」

 

 ベテランハンターの参加は、これ以上もなく心強い。結構不安だったが、何とかなる気がしてきた。

 

「あの、入川社長。なんで危ない所にいくんすか。別にやらなきゃいけないってわけじゃないんでしょう?」

 

 縁側から、東松がそう問いかけてきた。彼の友人達も同じ疑問を覚えているようだ。

 

「まあ、そうだ。義務じゃない。でも……俺が同じ立場になる可能性がないわけじゃない。ここの周囲には、たくさんの無人家屋がある。見落とされたダンジョンがない、とは言い切れないんだ」

 

 こういうのも、ダンジョンから人が離れていく理由となっている。根性、意地、あるいは離れがたい思い出。そういうもので残っていた人々が、ダンジョンブレイクに巻き込まれたという事例が多少なりとも存在している。

 

「だから、余力があれば手を貸す。じゃないと、万が一近所でダンジョンブレイクが起きた時、助けてもらえないかもしれない。あの時お前何やってたんだ、なんて言われたら返す言葉なくなるからね」

 

 もちろん誰も彼も助けるわけではない、というかできない。俺はスーパーヒーローではないのだ。御近所どころか、自分の事すら危うい。社員の事だって手助けしたいが、できることには限りがある。

 その上で、余力があれば助ける。時には身を削る必要もあるだろうが、そうでないならそれなりに。でないといざ必要な時に無理ができない。

 労働と一緒である。常に労働者に全力の仕事を求めてはいけない。想定外の事態が発生して、無理をしてもらわねばならない時にできなくなるからだ。世の経営者、特に中小企業はこれを理解していても実行できない。収益がよろしくないと特に。

 世知辛い話はさておき。俺の言葉を、東松は何やら考えながら受け止めたようだ。

 

「……それが、当事者の意識ってやつですか」

「人に偉そうなこと言ったからな。イモ引くわけにはいかんのだ。はい、そーいうわけだから、今日は皆帰った帰った。早くしないと、避難する車でごった返すぞ、道が」

 

 というわけで、社員およびパートを急き立てる。それぞれ、何やら考えるそぶりを見せつつも素直に従った。

 ダニエラさんに事の次第を伝えて、ひと区切り。テレビをつけてみる。地元のローカル局にチャンネルを合わせれば、思った通り緊急ニュースを流していた。

 

『……以上の区域にお住まいの方は、速やかに避難してください。手荷物は最低限にして、動きやすさを心がけてください。モンスターと遭遇しても、戦おうとせず安全と逃げることを第一に行動してください』

 

 ニュースキャスターが真剣に、避難指示を読み上げている。この光景も、それなりに見慣れたものとなってしまった。それでも、その地域に住む者にとっては命がけ。どうか多くの人が無事であってほしいと祈らずにはいられない。

 

「社長、我々はいつ現場に向かうのですか?」

「少なくとも、今晩中ではないな。今は避難民の退避が優先される。今、現場に向かうのはそれの邪魔になるからな。おそらく、明日の早朝にボランティアの募集がかかる。ウチなんかは、市役所から直接電話がかかってくるかもな」

 

 この辺の知識は、ダンジョン管理の講習で教えられた。過去の事例ではどんなトラブルがあったのか。それから何を学ぶのか。そういったものをまとめ上げるのは、お上の仕事の一部だろう。

 なので、今すぐに慌てた所でしょうがない。連絡が来るまで待つしかないわけだ。

 

「今日は二人とも早めに休めよ。明日は忙しいぞ、きっと」

「はい、もちろん。社長もそうしてください」

「わかってるよ」

 

 などと答えたが、気持ちは落ち着かない。先ほどのアラームが、耳に残っている。しばし眺めていたが、ニュースは新情報を伝えてくれない。諦めて、テレビの電源を落とした。

 そしてちゃぶ台を見て思い出す。晩酌の為に用意した缶ビールと酒のつまみ。弾丸サンマの骨せんべい。食べれば何かと体に良いダンジョン食材。せっかくだから骨も丈夫にしたいと調理してもらった。実際そうなるかは分からない。一樹さんも知らないそうな。

 明日の事もあるので、酒を飲む気にはなれない。缶ビールは冷蔵庫に仕舞い、代わりに麦茶をグラスに注ぐ。

 座布団に座る。デカい魚だけあって、骨も相応。一応、食べられるのは流に確認してもらってある。当人曰く、美味しいけど顎が疲れるとのこと。

 箸でつまんでかぶりつく。やや硬いが、食べられないほどでもない。そして、なるほど咬めば旨味がにじみ出る。やはりこれは、ビールが合うに違いない。次は必ずそうしよう。

 黙々と、骨せんべいを平らげる。くどくなれば、麦茶で口の中を洗い流す。そして完食。

 

「ごちそうさまでした、と」

 

 使った食器を洗って、乾燥機に放り込む。まだ眠気もないし、食べてすぐ寝るのは身体によろしくない。縁側に座り、プラーナの練習で時間を潰すことにした。成果は全くなかった。

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