【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第44話 高みにいる者達

 『断神』観月里奈は、状況を呆然と眺めているだけだった。飛び込んできた男女の放った魔法。彼女の基準では、大したものではない。だというのに、群れの主を倒してしまった。

 この程度の呪文で倒せるのであれば、とっくに彼女の刃で仕留めている。ダンジョンブレイクで外に出てくるモンスターの中には、今回のハウルボアのように特別な個体がいることが多い。

 今回のこれは、自らの傷を癒す能力を持っていた。おかげで、何度斬りつけても倒しきれず難儀していた。無限に回復はできないから、あと十回も致命傷を与えれば倒せる。そう計算していたのだが、結果は違うものとなった。

 しかし、正直彼女にとってそれはどうでもよい事だった。もっと重要なことが、先ほど起きてしまった。

 

「……斬れなかった」

 

 先ほど、いつも通りの一刀を振り下ろした。手抜きのない、本気の振り下ろし。刃が届けば、必ず断つ。初めて刃を握った時から、確信をもって行ったそれに仕損じたことはなかった。

 なのに、そうはならなかった。刃の前に飛び込んできた民間人の青年。確実に、斬ってしまったと思ったのだ。だが、刃が届くことはなかった。強烈な、プラーナを使った張り手。

 相棒たるグレートソードの腹を打ち据えられて、軌道を逸らされた。技ではなかった。アビリティでもなかった。無我夢中の極致のような、無様な一手。それが彼女の刃を遮ったのだ。

 

「先輩、しっかり!」

「兄さん、運んでください! 道は私が!」

 

 それを成した青年は、仲間らしき男女に救助されていた。気を失っているらしく、身体に力がない。詰め寄り、問いただしたいという衝動がある。しかし具体的な言葉が浮かばない。何を聞きたい? あれをどうしたい? この様に気持ちが定まらないのは、生まれて初めてのことだった。

 

「一応お伝えしておくが。先ほどのアレは、本人が全身全霊を振り絞った奇跡の一手。現状では、百回挑戦してもすべてしくじる。なので、もう一度は期待しないでいただきたい」

 

 声を掛けられ振り向けば、一人の男が立っていた。聖職者じみた柔和な青年。しかし、只者でないことを里奈はだいぶ前から感じ取っていた。

 

「……どうも。何度か、お見掛けしましたね」

「ええ、東京のダンジョンブレイクで。御無沙汰しております」

「あの方を、ご存じで?」

「ええ、弊社の社長です。この近隣で、ダンジョンカンパニーを起業しまして。私も社員として働いています。まあ、入ったばかりなのですが」

「なる、ほど……」

 

 などと相槌を打ったが、里奈はダンジョンカンパニーに詳しくない。興味がないからだ。彼女の興味は、剣を振る事に多く割かれている。残りは仲間たちくらい。

 今回の事も、斬撃にまつわる興味である。少なくとも彼女はそう感じてる。

 

「あの方、元気になりますか?」

「大怪我をしたわけではない。疲労と、プラーナの使い過ぎ。あとは……熱中症の疑いがありますね」

「そうですか。お大事にとお伝えください。……あの、その企業の名前は?」

 

 尋ねられた彼は、何処からともなく真新しい名刺を取り出し差し出した。ダンジョン屋ミナカタ 社員 藤ヶ谷一樹。会社の住所と電話番号も、もちろん記載されている。

 

「ご訪問の際はご連絡ください。それと……再チャレンジをお望みでしたら、しばしお時間を頂戴したい」

「いつになりますか」

 

 逸る気分が声にでた。一樹は微笑みながら答える。

 

「冬まで待っていただきたい」

「遅いです。来月になりませんか」

「彼はダンジョンに入り始めてまだ半年と経っていないのです。せめて晩秋」

「待てません。秋口にお伺いします。具体的には……スケジュール次第ですが」

 

 彼女はいろいろ忙しい。ダンジョンブレイクが起きれば日本各地に飛び回るし、他にも仕事を差し込まれる。だがまあ、ダンジョンブレイク以外は割とどうにでもなる。正確には各所が苦労することになるが、里奈としては配慮に値しない事柄だ。

 

「かしこまりました。社長にお伝えしておきましょう。ただ、待てば待つほど、技は仕上がる。それは間違いないので、ご理解いただきたい」

「ん゛ん゛ん゛……承知、しました」

 

 喉から妙な声が出た。剣を振るう事柄に関しては、ほとんど我慢してこなかった娘である。忍耐を強いられ、受け入れるのは本当に稀だった。

 

「里奈ちゃーん! そろそろ撤収だよー!」

 

 姉妹同然の間柄である、『女帝』山城香の呼び声に答える。頭を一つ下げ、断神と呼ばれる娘は一樹に背を向けた。

 それを見送る彼は、大きく息を吐いた。

 

「いやはや……御影兄妹といい、彼女といい。どうにも社長は英雄を引き寄せる。何か特別な星の下に生まれたのでしょうかね。貴女もそう思いませんか?」

 

 一樹が視線を向ける先に、魔女がいた。ハウルボアの体当たりにより折れ曲がった電信柱。それが作る影の下に、大魔導士マリアンヌ・ヴァルニカの姿があった。

 

「逆よ。最初はあの兄妹の運命に彼が引っかかった。次に、ダンジョンという災厄に巻き込まれた。平凡であるが故に、大きな星の力に引き寄せられやすく流されやすい」

「それは何とも……お気の毒なことで」

 

 肩をすくめる一樹に対して、魔女は鋭いまなざしを向ける。

 

「それで、貴方は何者? 何の思惑があって、平凡なる彼に近づいたわけ?」

 

 尋ねられた一樹、驚きで目を見開き、次の瞬間には噴き出していた。

 

「ぷ、ククク……思惑、と。まさかそんなことを尋ねられるとは」

「何が可笑しいのかしら」

「いや、その。今までは『俺』がそれを尋ねる側だったから。逆側になるってのは新鮮で。馬鹿にしたわけじゃないんだ」

 

 一樹は気持ちを切り替えた。ここには妻もいないし、少しだけ気持ちを前に戻してもいいだろうと。

 

「だけど困ったな。思惑がないことを証明する手段がない。東京を離れるのに嫁さんの血縁を頼り、たまたま社長に出会った。なんて、あんた信じちゃくれないだろう?」

「それを信じるには、貴方は力を持ちすぎている。ベテランハンター? そんな程度ではないでしょう。どこの門派の死霊術師《ネクロマンサー》かしら?」

「そんな物騒なものになった覚えはないんだけどな。たいそうな学舎で学んだことも無ければ、死体を操ったこともない」

「そんなに怨念をまとめ上げて、良くも言えたものだわ。それでいて制御は完璧、漏れもない。独学は流石にありえないわ」

「まあ、参考書はたくさん読んだし、師と呼べる者にも出会った事は認める。……しかし本当どうしたものか。信用を得る方法が本当にない」

 

 一樹はしばし考える。ないものは、証明できない。それでもなお信用を得ようとするならば、何かしらのリスクを背負うべきだ。

 

「よし、こうしよう。俺から社長およびミナカタの社員たちに危害を加えないと約束する。代わりに貴女も俺と妻に害を与えない。ただし、正当防衛は認めてくれ。これでどうだ?」

「足りないわね。それに加えて、私の計画も邪魔しない。そこまで飲むのであれば、契約を結びましょう」

「その計画、というのが分からないのでは何とも」

「契約に齟齬をもたらすものではないわ。それ以上は答えないけど」

 

 一樹は、僅かに考える。魔女の計画について、確かな情報はなにもない。推察はできるが、確証も持てない。ならば考えても意味はない。そして、ここで突っぱねるとろくなことにはならない。それはほぼ間違いない。

 仕方なく、折れることにした。

 

「分かった。それでいこう」

「結構。約定違えれば……」

「命はない。ああ、もちろん。その程度は覚悟しているさ」

 

 魔女が右手を差し出す。一樹はためらわずにそれを取る。

 

「約束を述べよ」

「俺、『暴走卿《ロード・スタンピード》』藤ヶ谷一樹は、ダンジョン屋ミナカタの社長及び被雇用者に対して危害を与えないことを誓う。ただし対象から害を加えられた場合は正当防衛を行う。加えて、マリアンヌ・ヴァルニカの計画の妨害もしない事を誓う」

「私、魔女にして大魔導士、黄金のマリアンヌ・ヴァルニカは藤ヶ谷一樹とその婚姻者、および血縁者に対して害を与えないことを誓う。互いの誓いによって、ここに約定を締結する。同意なき破棄は命を持って償うものとする」

 

 きわめて強力な呪いが、己の心臓と結びついた事を一樹は自覚した。素直に感心する。十重二十重と張り巡らせた備えを、あっさりすり抜けてきたのだから。大魔導士の名に偽りなしと、あらためて認識する。

 

「『暴走卿』……またずいぶんと、酷い二つ名だこと」

 

 魔女の視線が、周囲に映る。ダンジョンブレイクの痕跡。腐臭を漂わせ始めた、モンスターの死骸に。

 あらぬ疑いをかけられ、一樹は真面目に首を振った。

 

「嫁さんに誓って、これは俺の仕業じゃない。ダンジョンブレイクを誘発させたことだって、一度もない。ついでにいえば、この子供じみた二つ名は他人に付けられたものだ。好きで名乗っているんじゃない」

「二つ名、称号なんてそんなものよ。そしてそれに力が帯びる」

「流石は大魔導士、博識だ。……ところで、契約に少しおまけをしてもらったようだけど?」

「必要だから、拡大したまでのこと。まあ、ほどなくすれば分かるわ」

 

 身を翻す彼女に対して、一樹が残った疑問を投げかける。

 

「ああ、最後に。社長の剣について。あれは貴女が?」

「剣? ()()()()()()()?」

 

 とぼけたのではなく、素の答え。吹き出しそうになるのを堪え、一樹は手を振った。

 

「いや、いい。なんでもない。それでは、お気をつけて」

 

 答えはなかった。電柱の影より、黒猫が走り去る。魔女の姿は何処にもない。それを見送ってから、彼は喉を鳴らして笑いだす。

 

「く、ふふ……言わぬが花、ってこういうことでいいのかな? まあ、今は流れを見守るか。それにしても、いい会社に入ったもんだ。俺にこんな日がくるなんてな……あいつらが知ったらなんていうか」

「あ、いた! フジくん、どこいってたっすか! 探したんすよ!」

「おっと、これはリューさん」

 

 今更ながら、一樹は己が周囲と隔離されていたことに気づく。何と高度な人払いの結界。自分にすら気づかせないとは。そういった分野では足下にも及ばないと己の傲慢を恥じる。

 

「シャチョーを車まで運ぶんで付いてきてください! まだハウルボアがいるかもしれないんすから!」

「確かに。道中の露払いはお任せあれ」

 

 気持ちを今へと切り替える。昔のガラの悪い口調では妻に叱られるから、それを意識して改めている。どうにも芝居がかってしまうのは、これまた昔の悪影響なのだが。

 ともあれ、ベテランハンターを装う藤ヶ谷一樹は同僚の後に続く。生きているモンスターの姿は視界にない。状況は、終息に向かっているようだった。

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