【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

47 / 104
ビッグトラブル&ビッグチャンス
第47話 愚者のチャレンジ


 今から、馬鹿の極みのような事柄に挑戦する。

 

「社長、それは諦めましょう」

「そーですよ。無茶してやるもんじゃないと思います」

 

 大学時代の後輩にして今は我が社の部下。御影(みかげ)勝則(かつのり)と妹の小百合(さゆり)が止めてくる。

 

「そもそも、物理的に無理なんじゃないっすかねー」

「いやいや。何事も挑戦ですとも」

 

 同じく大学時代の後輩、黄田(こうだ)(りゅう)は呆れたように俺を見る。十年間ダンジョンで戦い続けているベテランハンター、藤ヶ谷(ふじがや)一樹(かずき)は逆に笑顔で見守っている。

 

「一応、言われた通りがっつり縛りました」

「せめて、半分にするのはいかがでしょう。それでも大分非現実的ですが」

 

 御影兄妹の元同僚。その縁で雇用した芦名(あしな)宏明(ひろあき)森沢(もりざわ)(あゆむ)。二人が必要な準備を整えてくれた。

 となればもうあとは俺、入川(いりかわ)春夫(はるお)が動くだけ。決意はとっくにしてある。迷いもない。

 

「さあ、やってみようか。弾丸サンマ、八匹同時運搬」

 

 弾丸サンマ。ダンジョン地下三階の宙を泳ぐ、全長2~3mのサンマである。重さは大体200kg。体格が良ければ当然その分重くなる。

 これを2匹づつビニールひもで縛ってくっつけ4セット。背負子を背と胸に装備し、前後に二匹づつ。両肩にそれぞれさらに担いで合計8匹。これを地上まで持ち運ぶというのが今回の馬鹿極まるチャレンジである。

 何故こんな事をやろうとしているのか。理由は二つある。一つ目は単純に、これだけの数を倒しちゃったからの一言に尽きる。

 現在の我が社、ダンジョン屋ミナカタは非常に好調である。総勢()()名の会社が、毎日売り上げ400万なんて冗談みたいな数字出しているんだから当然だろう。最初の振り込み日が先日あったんだけど、いやあ驚いた。ひっくり返ったよね、社員全員で。

 その話は後にするとして。その利益を支えているのが、弾丸サンマ。危険で重いコイツである。週五日、毎日午前午後にわけて二匹ずつ仕留めて地上に持ち出している。たった二匹でこの売り上げなのだ。

 もっと多く獲ればそれだけ利益が上がる。子供でも分かる事だ。だけどそうしてないのには当然訳がある。ともかく重い。御影兄妹の呪文で重さを1/10にしても20kgだ。担架じみた運搬器具を使い、二人がかりで運ぶ。

 なので普段は、こんな数を倒したりはしない。一樹さんの呪文も使って、無理なく安全に作業している。だけど、今日は事故があった。

 弾丸サンマは群れで動く。その数はざっくり100匹以上。2mのサンマがダンジョンの空間を占領するかのように泳ぐ様は、いつ見ても戦慄を覚える。俺たちはこれを呪文の力で少数だけ倒せるようにしている。目標に真っすぐ到達できないよう、混乱させることで。

 この混乱が、今日ばかりは悪い方に働いた。普段であったなら、整列するかのように規則正しく泳ぐ魚たち。混乱した事で、互いにぶつかり合う羽目になった。玉突き事故を起こしたサンマたちが、事もあろうに俺たちへと落ちてきやがったのだ。

 いやはや、あの時の絶望ったら相当なものだった。全員、悲鳴を上げたほど。ベテランの一樹さんすら、である。それでも、なんとか皆が怪我なく倒しきれた、社員が成長した証だろう。ありがたいことだ。

 どうにか倒したサンマを確保し、群れから離れて一息ついて。目の前の現実と向き合った。神経締めをして鮮度を保った弾丸サンマ、合計10匹。これ、どうしようと。捨て置くことができない。それが理由その二に繋がる。

 ダンジョンで死んだモンスターは、こけ玉の餌になる。このソフトボールほどある緑の玉は、ダンジョンの掃除屋だ。動物由来のものなら、何でも食べる。モンスターだろうと、人間だろうと区別しない。

 そもそも生物なのかどうかも怪しい、幾ら研究してもわからないダンジョン最弱モンスター。分かっている事もそれなりにある。エサを食べると増える。エサの量と強さが大きいほどに増加する。そして、こけ玉はモンスターたちの餌となる。

 つまり、このままほったらかすとモンスターが増えるのである。弾丸サンマだけでなく、ケイブチキンやビッグアントまで。こけ玉は例外的に、階層を移動するモンスター。なのでそのようなことが起きる。

 これは非常に困る。現在我が社がこのように利益を上げられているのは、ダンジョンの環境が整っているからなのだ。ビッグアント、ケイブチキンの数が減っているということは、それだけ階層移動中に襲撃を受けないということ。

 増えてしまえば、現在のように高い利益を上げられなくなる。間引き作業のやり直しだ。どれだけ大きな損失となるのか、なまじ一日の利益が上がっただけに頭が痛くなる。

 なので持ち帰るのが一番問題のない処理方法となる。……一応もう一つ、手段がある。それはこの場で焼却処分すること。焼いてしまえば、こけ玉が食べる量は大幅に減る。増える量も大幅に減らせるらしい。消し炭でも餌になってしまうので、影響をゼロにはできないとか。

 この手段を取らない理由も、当然ある。簡単に言うと、とても大変かつ危険なのだ。まず、燃え尽きるまでモンスターから守らなくてはいけない。どんなモンスターの死骸であっても、焼けば煙とにおいが出る。それにつられて、大量の敵が襲来する。

 こいつらを倒すわけには、いかない。焼却処分の対象を増やしては本末転倒だ。そしてこの階層でこれをやるのは自殺行為。弾丸サンマの群れと戦い続けられる戦闘力は(一人を除いて)もってない。地下二階でもだいぶ厳しい。

 火をつけて逃げる、は厳禁だ。そもそも生ものなので、完全焼却には時間がかかる。魔法の炎でも難しい……らしい。うっかり弾丸サンマに燃え移って、死体が増えたら目も当てられない。無いとは思うが、ダンジョンブレイクの引き金を自分で引くとか冗談じゃない。

 とまあこのように放置、焼却、そして運搬ですらも一長一短の問題がある……のだが。実は問答無用で、スッキリ解決できる手段がある。より正確にいれば、解決できる人物がいる。

 ベテランハンター、藤ヶ谷一樹氏である。

 

「♪」

 

 現在進行形で、にっこにこしながら事の成り行き眺めている彼。この人の『敵を枯れ果てさせる呪文』を一発使ってもらえば、それで解決する。煙も臭いもない。カラカラのパサパサ。こけ玉の増加量も最低限で済むだろう。

 だけど、それは最後の手段である。彼が言い出さない以上、まだその時ではない。

 ……お願いすれば、やってくれるとは思う。だけど間違いなく、彼からの評価が下がる。一回や二回、マイナス評価取った所ですぐさま悪いことにはならないだろう。それだけの実績は重ねているし、信頼も得ている。

 だけどだからと言って怠けていいという理由にはならない。彼が我が社に在籍してくれている最大の理由は面白そうだから、である。もちろん生計を立てる、世間体を保つ、暇つぶしなどの理由もあるだろうがどれもが我が社である必要が無い。俺たちが面倒くさい足手まといのお荷物となるならば、ここから離れていくだろう。

 なので俺は、俺たちは最大限の努力をしなくてはいけない。能力からして安すぎる給料で働いてくれている彼に価値を示さなくてはいけないのだ。

 まあ、そういう実利云々を差し引いても、だ。できる無茶はやっておきたい。

 

「安全な今だからこそ、無謀なチャレンジをしておく。切羽詰まった時に、無茶できるように。間違っていると思うか、かっつん」

「どう考えても、やる必要のない無茶だとおもうのですが」

「しかしだ。我が社……というか俺がなんだが。割りととんでもない目にあうことが多い。ダンジョンに入ってからは特に」

 

 勝則が目を逸らした。妹も目を逸らした。他の社員たちは納得している。笑っているのは一樹さんだけである。

 

「というわけで、やるのだ。いざ鎌倉!」

 

 呼吸を整える。腹の底から、沸き上がる力をイメージする。プラーナ。身体能力を増強する、神秘の力。これがあるからこそ、おれもこんなバカの極みに挑戦する気になったのだ。

 静かに呼吸し、力を全身に行きわたらせる。それだけだと抜けて行ってしまうから、意識して止める。纏うのではなく、内側に押しとどめる。血と一緒に、体内を循環させるイメージ。散々訓練でやったこと。

 普段の戦闘ではここまでやらない。というか、できない。目の前でデカいサンマが突っ込んでくるのに、悠長に力を貯められないのだ。

 

「よし、いいぞ。やってくれ」

「ういっす。乗せまーす」

 

 宏明たちが、二匹づつサンマを俺に乗せていく。もちろん、重量軽減済みである。背中の重さに、ひっくり返そうになるのを腹筋と背筋を総動員してこらえる。筋肉だけじゃ到底足りない。

 プラーナだ。プラーナそのもので耐える。ふにゃふにゃしたエネルギーではだめだ。堅く粘り強い、鋼で無くてはいけない。そのために必死で生産する。

 

「次だ」

「追加入りまーす」

 

 がつん、と胸にかけた背負子に重量が加わる。肩がきしみを上げる。ベルトが食い込む。プラーナを増量する。肩と足へ、さらにさらに。

 両腕を、上に掲げる。

 

「最後だ」

「マジで、ダメだったら言ってくださいよ? これで怪我したりしたら間抜けどころの話じゃないんですから」

「やれ」

「へいへーい」

 

 両肩に、二匹づつ。これで合計8匹。全身に、プラーナが満ち満ちている。ソレでなんとか支えている。気を抜けば、どこかが壊れる。そんな確信がある。ああ、本当全く馬鹿の極み。

 普段の生活ではまずしない、極めて丁寧な呼吸。心臓の鼓動、血液の循環。だめだ、肉体の力では一歩も動けない。ならばどうするか。プラーナを動かすんだ。支えるのも歩くのも、全部プラーナでやる。

 

「……!」

「そう、それでいい」

 

 歩けた。160kg以上を全身で支えながらも、確かに一歩目を踏み出せた。なら二歩目もいける。三歩目も。

 一歩一歩確実に、地上へ向けて歩き出す。

 

「では、先頭は私が。後方だけ、ご注意ください」

「全体、移動開始ー!」

 

 勝則が号令をかけている。普段は俺の仕事だが、一言たりとも無駄口が叩けない。わずかな集中の乱れが、プラーナ運用に影響を与える。雑念を捨てるとかそういう話じゃない。ただ、一つのことに専心する。

 歩く。支える。歩く。耐える。プラーナを生み出す。止める。動かす。生み出す。止める。動かす。息を吸う。吐く。吸う。吐く。吸う。吐く……。

 どれぐらい続けているのか。時間の感覚が曖昧になっていく。行動と意識が乖離する。必死でプラーナ運用を続ける俺を、俯瞰する自分に気付く。

 こんなことをしている場合じゃない。集中しなくてはいけない。そんな焦りが浮かぶのに、意識は身体に戻ってくれない。むしろどんどん雑念が浮かんでくる。

 こんな馬鹿なことを何故やる。これから先のためだ。何故先に備える。次に起きるトラブルに潰されないために。何故潰れてはいけない。俺には責任がある。

 お前ごときがどうして責任を背負える。不出来な自覚はあるが、それを言い訳にしても状況は良くならない。底辺がお前には似合いだ。だが、社員達は違うんだ。

 社長であること。先輩であること。頼ってもらえる人間であること。それが俺の誇れる唯一のものだ。

 自分の奥底、根幹と言うべきそこで、心臓の鼓動のように何かがうごめいた。

 

「……お見事」

 

 一樹さんのつぶやきが耳に入って、意識が身体に戻る。ふと、己に妙な感覚があることに気付く。楽だ。軽い。プラーナを生み出すのも、全身に行き渡らせるのも、重荷を支えるのも、歩くのも。

 全部の負担が、ずいぶんと軽く感じる。

 

「……あっれー?」

「センパイ!? どうしましたか」

 

 血相を変えて勝則が歩み寄ってくる。俺たちの上ではケイブチキンが飛び回っている。しかし黒いもやが傘のように一同の上にかかっていた。これのおかげで、攻撃を受けていないようだ。一樹さんの術だと当たりを付ける。

 それにしても、いつの間に地下二階に上がっていたのやら。階段を昇った記憶が無い。

 

「何かな? 唐突に楽になった」

「楽!? それはいったい……」

「お話は後で。今は地上へ急ぎましょう」

 

 一樹さんに促されては、従うしかない。黙々と、地上へと足を進める。……それにしても、なんなんだこの状態は。一番最初とは全く違う。骨、筋肉、心臓。どこもかしこも悲鳴を上げていたのに、今はほどよい運動程度にしか感じない。

 例えば両腕だ。サンマを支えるために、常に上へ向けている。バランスを崩せば魚が落ちる。負荷が多い上に、血の巡りも悪くなる。さっきまで感覚がほぼ無かった。

 なのに今は、ほどほどにしか辛さを感じていない。支えるのも、全身全霊を込める必要が無い。うーむ? なにこれ。プラーナの力だけとはとても思えない。

 疑問を抱えたまま、移動は大変スムーズに進んだ。モンスターに関しては一樹さんが完全にシャットアウトしてくれた。おかげで怪我どころか足を止めることすらなかった。

 

 どちらかというと、二人で二匹運んでいる歩達の方が音を上げていた。いつもの倍だものな。しかも今回倒した中でとびきりでっかい奴二匹である。重量軽減でも50kg越えているのではなかろうか。

 その呪文を使い続ける、勝則達の緊張もなかなかだろう。うっかりしくじると、俺がぐしゃっと行くわけだしな。二人の額に汗が見える。

 そんな厳しい緊張状態も、いよいよ終わりを迎えた。地上への階段に足をかける。そしてふと思う。

 

「俺がうっかり足を踏み外したら、大惨事じゃね?」

 

 サンマが雪崩になって下段へと落ちていくわけだからな。鉄アレイ投げつけるようなものだ。なんか、昔そんなゲームあったな。敵が投げてくるの。ちくわも投げてた? おっと、思考が変な方向に。流石に疲れも出るか。

 

「唐突にやべーこといわんでくださいっすよ!?」

「気付いて良かったといえ。俺が登り切るまで、上がってくるなよー?」

 

 流にそんな話をしつつ、階段を昇る。軽いわけではない。でも、今にも潰されそうな感じでもない。疑問と不思議をサンマと一緒に抱えつつ、ついに俺は地上へと帰還した。

 時間は多分15時ぐらい。日はまだ高い。九月の終わり。残暑は和らぎつつある。

 

「とうちゃーく」

「おかえりなさ……うわー!? 妖怪サンマ星人!?」

「妖怪なのか宇宙人なのかどっちなんですかあかりん」

 

 一樹さんの嫁さん、あかりさんが俺の姿を見て大騒ぎする。まあ確かに、全身にサンマを装備したやつは普通じゃないよな。

 

「倉庫を開けてくれ! 先輩、社長が荷物を下ろせない!」

「あらまあ、はいはい。鍵はこちらに」

 

 勝則が騒ぎ、家から飛び出してきたのは陽子さん。受け取って、大慌てで倉庫の扉を開く。なんといっても、高級品をしまっておく場所だ。我が社で一番の高セキュリティが施されている。

 

「社長、開きました!」

「先に、宏明たちのサンマをしまってくれ。二人の手が開かないと下ろせない」

「ですね! 二人とも、急いで!」

「勝則くん、無茶を言わないでくれ……俺らも結構ぎりぎりなんだ……」

「だけど、急げばこの苦行から解放されるのも事実……」

 

 ふらふらになりながら、二人が大型冷蔵庫にサンマを納める。場所が開いたので俺が移動。ゆっくりと扉の前にしゃがみこむ。うん、やはりこの動作もそんなに厳しくないな。

 二人の手で荷物が外される。重荷が下ろされるたびに、めまいを覚える。あ、これあれだな。陸上選手が、全力疾走したあとすぐに止まっちゃいけないってアレ。

 重量に耐えるために、俺は全身の力を振り絞っていた。負荷が消える反動が、肉体に現れている。ちょっとまずいか? いや、宏明達も大分疲れている。作業はそれほど早くない。おかげで俺も身体の調整ができる。プラーナの方は、もっと簡単だった。

 

「お疲れ様でした、社長」

「おー。みんなお疲れ様-」

 

 荷物を全部下ろして、冷蔵庫のドアを閉めた。作業員達はほぼ全員、疲労でひっくり返っている。例外は、クールダウンのために歩いている俺と一樹さんだけだ。

 

「なんとかなったなあ」

「ボーナス、ぼーなすを要求するっすー」

 

 全員分の荷物を一人で運んだ流が労働者の主張をしている。さもありなん。

 

「今日は好きなだけおかわりしていいぞー」

「ソレはいつもじゃないっすかー」

「たしかに。じゃあ、コンビニでお高いアイス買ってこい。全員分」

「わあい」

 

 労働者との交渉は無事に成立した。我が社は安泰である。

 

「で、フジくん。俺に一体何が起きたの?」

 

 嫁さんが持ってきた麦茶に口を付けているベテランハンターに、疑問をぶつけてみる。

 

「はい。端的に申しまして、社長はアビリティに覚醒しました。おめでとうございます」

 

 はい? ……マジで?

 

 

 




*重要なお知らせ*
 本作、「汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず」が書籍およびコミックとなります。出版社、発売日等は後日発表させていただきます。
 皆様の応援のおかげです。ありがとうございます。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。