【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
エリート用とはとても思えぬアビリティ、名前負けしていることこの上ない
流石に八匹運搬は厳しいが、発動中であればその半分は普通に運べる。その最中であればプラーナの生産および運用もとてもスムーズ。つまりは仕事がとても捗る。
結果どうなったか。一日の利益が倍以上になりました。振り込みは来月末なので、あくまで帳簿上の数字なのだが。いいんですかこれ? とちょっと脂汗浮かべながら健平が聞いてきたのが印象的だった。俺も数字見て同じ気分になったけど。本当、いいのかなこれ……。
しかし、これのおかげで目標の一つが現実的になった。社屋の建設。駐車場とは逆側の土地を買って、そこに建てるという計画。当然お金が必要になるわけで、また融資を受けたいと考えている。
そのためにはやはり担保となる現金が必要だ。あればあるだけ、話が通りやすくなる。幸いなことに、出荷量を増やしても対応してくれると工場の方が請け負ってくれた(大喜びで!)。
あとは働くだけ。シンプルに事が運ぶ。何とも素晴らしい。会社員時代は、契約一つ進めるだけですったもんだあったのを思い返すと、天と地の差だとおもう。もっとも、あちらは命の危険はなかったんだが。
とりあえず、貯めこんだ相談事を御影兄妹に話す。
「なるほど、社屋ですか。確かに必要ですね。今後さらに人員を増やすには、必須かと」
「狭いですもんねー、全員集まると」
どうやら二人も同じ思いだったようだ。さもありなん。
「しかしそうしますと、ある程度は必要な用途をまとめておく必要がありますね」
「あー……そうか。そういや、駐車場作る時も色々聞かれたっけな。建築屋さんに」
「需要が分からないと、供給できませんもんねー」
あごをさすりながら、ふむと唸る。社屋に求めるもの、か。とりあえず書き出していこうとノートパソコンに手を伸ばそうとすれば、すでに小百合が準備していた。流石である。
「……まずは思いつく限り出してみるか」
「そうですね。取捨選択はあとでもできますから」
「とりあえず、広さな。たくさん入れないと意味がない」
「食堂! 無いと困ります!」
「流石だなサッチー。となれば厨房もいるか?」
「要ります! 正直、このお台所ではもう限界です!」
切実な叫びである。確かに一人用の台所をパート三人で使っているのが現状だ。時々、食材の下準備で居間のテーブルを使っているのを見ている。現状でこれだから、人を増やすならもっと大きな厨房が必要となるだろう。
「十人が使える厨房、って書いといてくれ」
「わあい! 広そうでいいですね!」
「その人数で作る料理を求めるわけですから、食堂も広くなりそうですね。……三十人くらいでしょうか?」
「広く見積もって五十とか言っておこう。調整は後でもできるし」
「はーい」
小百合の指がノートパソコンのキーを軽やかに叩いていく。さて、他に欲しいもの、か。
「やっぱり社屋なんだし、事務所は必要だよな」
「普通はそちらから考えるのでしょうね。はい、おっしゃる通りです。……ああ、応接室もあるべきですね」
「あー……そうだな。あとは会議室も」
こんなふうに話し合う場はこれから先も多々あるだろうし。
「お客様が来るならお茶を出さなきゃいけないし、給湯室も。……あ、更衣室!」
「私物管理、大事だものなあ。トラブル回避のためにも。……後はなにかあるか?」
ノートパソコンの画面を見ながら考える。参考にするため、前の会社を思い返してみた。……だいたい、あるな。食堂と厨房の分だけ、ウチの方が豪華になるかもしれん。
「おっといけない。大事な部屋を忘れていました」
「んー? 他にあるのかかっつん」
「はい。社長室です」
何故か誇らしげに宣言する彼。隣で妹も納得顔で頷いている。
「いや、要らんだろ。俺は常にダンジョンにいるんだぞ? 机仕事は、事務所でやればいいじゃないか」
「「だめです」」
声を揃えて否定してくる兄妹。
「会社のリーダーであるという証を蔑ろにしてはいけません。ガバナンスの一環であるとお考え下さい」
ガバナンス。会社では時折聞こえてくる単語で、意味する所を簡単に言えば社内統治となる。会社という一つの組織を決まったルールでまとめること。
どれだけ厳しいルールを定めても、それを社員が守ってくれなきゃ意味がない。第二次就職氷河期となって久しい昨今はともかく、その前の世代は結構な問題があったらしい。
労働者の立場が強くなった結果、上の指示を聞かない社員が増えたとか。それでいて安易に会社を辞めさせられないから、人間的にダメなやつをどうにかするのも一苦労だったと聞く。……まあ、主な情報源が前の勤め先の上司なので若干怪しい部分があるがそれはともかく。
そういった特異な例はさておくとしても。組織が動くには、やはりルールが必要である。そしてそのルールを守らせる能力も求められる。国家が法と、その守り手たる警察を必要とするのと同じだ。
そういえば、会社を作る前に俺たちはこんな会話をした。これから入ってくる社員をまとめ上げるには、力が必要だと。乱暴であるが、あれもガバナンスだ。
しかしこの腕力でどうにかするゴリラガバナンス計画はとん挫している。ほかでもない、一樹さんが入社したことによって。ベテランハンターの彼の実力は底が知れない。彼以外の社員全員でかかっても、たぶんボッコボコにされて負ける。肌で感じる実力差というものがあるのだ。
現状、彼がその戦闘能力に物を言わせたら物理的には誰も逆らうことができない。……しかし幸いなことに対抗手段がある。あかりさんの存在である。最強の彼であるが、嫁さんには頭が上がらない。何なら、喜んで尻に敷かれている節がある。
なので小百合およびパートメンバーであかりさんを囲んでいる。彼女と仲の良い関係である限り、まず間違いなく一樹さんは無体をしない。嫁さんに叱られるようなことは(冗談以外では)しないはずだ。
まあ、代わりに今度は女性陣へ気遣いをしなくてはいけないわけだが……それは今更とも言える。会社のおばちゃんを敵に回して、仕事ができるわけがないのだ。
そんな我が社の内情なのだが。
「社長室のあるなしで、態度変える連中じゃないだろう」
「今のメンバーはそうですね。ですがこれから先、入ってくる新人は違います。社外からの目もあります。格好はやはり必要かと」
「先輩、これもエチケットですよ。社会人としての」
「金のかかるエチケットだなあ……」
「沢山お金を稼ぐ会社の社長さんですからね! よそ様に変なこと言われないためにも、格好つける必要はありますよ。というわけで、お高いスーツとか靴とか腕時計も買いましょうね!」
「ええー」
人の金だと思って、小百合はめちゃくちゃいってくる。……まあ、金はあるわけだが。怖いから考えないようにしていたけどきっと増えるんだろうな、給料。
「先輩の身の回りについては後日改めて話をするとして」
「勘弁してくれかっつん」
「するとして。とりあえずはだいたいこんな所でしょうか。あとは他の社員にも話して意見を募集し、最終的には業者と相談ということで」
「あー、うん。そうだな」
ぱっと思いつくのは出し尽くした。記録を保存してもらって、次の話題へ。食事の話。現状は休みの日である土日を除き毎日三度、食事を社員で共にしている。金銭の余裕もできたのでこれを改めるべきか?
俺の問いかけに対し、兄妹は大変難しい顔をした。
「……先輩。それは大変デリケートな問題です」
「まじか」
「我が社の食事は、社員のモチベーションを支えています。安易な廃止は、暴動を招きかねません」
「そこまで」
「流さんと宏明さんは確実に暴れると思いまーす」
あー、見える見える。あの二人が声を揃えて『俺たちに食事を! 仕事に潤いを!』などと胡乱なスローガンをプラカードに書いて抗議行動する様が。
「廃止は俺もする気ないんだ。身体づくりに必要だし。ただ、もうちょっと自由にできた方がいいかなって」
「ふむ……では、これからは予定を聞く形にしましょうか。それならば予定などを立てるようになるでしょうし」
「なら、週末に翌週の予定を出してもらいましょう。ごはん作る側としても、材料の買い出しの予定がありますし」
「うむ。そんな感じで」
今はないがこれから先、付き合いで飲みに行くとかありそうだしな。俺も少しだが、外部との繋がりが出来つつあるし。
「そうでした。食事の話題が出た所で、先輩に質問があったのですが」
「なんだ?」
「……今後も、食費は全部会社持ちにするのですか?」
「そうするしかないだろう。相応の値段とったら、エライことになる」
それこそ、一食ウン万円の世界だぞきっと。そう返すと、勝則は再び難しい顔をする。
「今のメンバーはともかく、これからの新入社員への杞憂があります。世の中、タダで手に入るものへの関心は薄くなりがちです。先輩の嫌いな、やりがい搾取に似通っている所があると思うのですが」
「あー……なんとなく、言わんとすることが分かる」
道路の清掃とかやってくれている人たちへの敬意がなくなる的なアレだな。食事は供給されて当たり前、みたいな意識になってもらっては困ると。
「うーん。じゃあどうするべきか……」
「常識の範囲内で、徴収すればいいじゃないですか。ダンジョン食材の代金は取らずに。目的は、意識改革であって利益じゃないんですから」
「……それもそうか」
彼女の意見ももっともなので、そうすることにする。まあもちろん、社員の同意は取るつもりだが。全員、しっかり給料もらっているのだからNOとはいうまい。
ただ会計とか税金関係でまた面倒そうなので、しっかり調べてから実行に移す。また動かす数字が増える……。
とりあえず、この話題も片付いた。他には何かあっただろうか。……何か忘れている気がする。だけどそれが何かが思い出せない。マリアンヌさん関連? たぶん違う。もっと身近だった気がする。
……ダメだ、思い出せん。が、マリアンヌさんという単語で別の事を思い出した。
「そうだ、そうだ。アレがあった。ちょっと待っててくれよ」
二人にそう告げて、俺は自室に戻る。押し入れに仕舞っておいた個人用手提げ金庫を開けて、お目当ての品を取り出す。居間に戻って、それを二人に見せた。
「先輩、これは?」
「不思議な世界への招待状ってやつだな」
俺が持ってきたのは、一枚の木札。書かれている図柄は、陰陽太極図。
「行こうぜ、崑崙マーケット」
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ダンジョン、地下三階。俺と御影兄妹は、久方ぶりに三人でダンジョンに挑んでいた。狙いはいつも通り、弾丸サンマである。
今日はいつもと違って人数が少ない。なので戦い方を変更しなくてはいけなかった。
「安らぎ、まどろみ、脱力。スリープクラウド」
勝則がそう囁いて両手を魚群に向ける。空中に現れた薄い雲に弾丸サンマの群れが突っ込む。すると、一糸乱れぬ泳ぎを見せていたそれが大きく崩れた。その場に止まったり、腹を上にして浮かんだり。つまり眠ってしまったのだ。
「第一段階、成功だな」
「はい。では予定通りに」
離れて身を潜めていた俺たちは、ゆっくりと後退する。毎日サンマを獲っている俺たちだが、ただそれを繰り返しているわけではない。なるべく労力を少なくして継続できるよう、色々実験を繰り返していた。
今回はその成果の一つを使用した。弾丸サンマの群れは、一度乱れると集結までにそれなりに時間を要する。またその間には、仲間から大きくはぐれる個体も出てくる。俺たちの狙いはそれだった。
距離を置いてしばしまつ。この方法は割と運が絡む。はぐれたサンマがこちらに流れてきてくれるとは限らないのだ。一回で成功するとは思っていない。釣りのようなものだ。幸いなことに、あの呪文は消耗が軽いらしい。なので何度か試せる。
そう思っていたのだが……ありがたいことに、今回は運があったようだ。
「来ましたね。三匹です」
「許容範囲ギリギリだな。サッチー、頼んだ」
「はーい。それではいつもの、ジャミングフィールド!」
俺たちを含め、サンマを囲う場が生まれる。マナを乱すこの術があるからこそ、空を自由に泳ぐサンマを捕えられる。
効果はすぐに発揮し、ふらふらと蛇行しながら地面へとサンマが落ちてくる。そこに俺が飛び出す。今日は、雨合羽を羽織っている。お試しなので、使い捨ての安物だ。
「
気合を入れて、アビリティの名を叫ぶ。スイッチを入れるには、これが一番楽だ。慣れれば意識するだけでいいらしいのだが、俺にはまだ無理だ。
プラーナが全身に巡る。力が沸き上がる。そのパワーのまま、一匹の弾丸サンマを抱きかかえた。
「ぐううううううっ!」
ぴちぴち、などという可愛い擬音はつかない。猛獣さながらに全身の力を使って暴れるサンマ。巨大な鳥の羽音さながらの騒音を生み出す。何とかそれを、筋肉とプラーナで押さえ込む。わずかな間、動きを止められるだけでいいのだ。
「ふっ」
一瞬の隙を突いて、勝則が鉄杭をサンマのこめかみに突き刺した。脳を物理的に破壊され、たちまち身体から元気を失う。
見事な、そして素早い一撃だった。普段は呪文ばかり使ってもらっているが、兄妹の運動能力は高い。一樹さんの指導でレスリングっぽいこともやるのだが、勝則相手だと大抵負ける。
まあ彼曰く、力では俺の方が強いらしいのだが。本当でござるかー? と疑ったり。また接待プレイだったりしない? ……まあそんな話はさておき。
首尾よく一匹目を仕留めた俺たち。続いて二匹目、三匹目へと挑みかかった。若干苦戦した。一匹目はほぼ不意打ちで行けたが、残りは違う。移動に制限を受けているというのに、サンマたちは果敢に攻撃を仕掛けてきた。
呪文を維持する小百合を守りながら、攻撃の機会をうかがった。連中の攻撃方法は体当たり。あとは噛みつきやヒレによる打撃。つまりどうしても接近しなくてはいけない。そこを狙って捕まえればいいので、機会は多かった。
危ない攻撃は防ぎ、あるいは避け。ここぞというタイミングで捕獲。二匹目が仕留められれば後は楽だった。単体相手ならば邪魔が入らない。ほどなく最後の一匹も仕留め、狙い通りの成果を得られた。
「お見事でした、先輩。アビリティによるスタミナの増強効果、どうでしたか?」
「んー、何て言えばいいのかな。意外と踏ん張れる、って感じかな」
疲れにくい、と言えばいいのだろうか。サンマを押さえること自体は大変だったが、それを続けることはなんとか続けられた。それがアビリティの力によるところなんだろうが……地味で、イマイチ実感がない。
などという会話をしつつ、さっさとサンマの処理にかかる。いつもの血抜きと神経締めをして鮮度を確保。ビニール紐で三匹一つにまとめる。そして取り出したのは、オーダーメイドの金属製背負子である。
この間まで使っていたプラスチック製の背負子は、八匹運搬でかなり無理をさせてしまった。具体的に言うと、あちこちのパーツにヒビが見られた。こういった損傷を直す魔法もあるらしいが、買い替えることにしたのだ。
サンマの止めに使っている鉄杭。これを注文した工場に再びお願いして、頑丈な背負子を2セット作っていただいた。頑丈さ最優先、重さ度外視。アビリティとプラーナなしだと俺でも負担がある。両方発動させれば、軽いものだが。
それに三匹乗せて、いつものごとく重量軽減の呪文を使ってもらう。しっかりと腰を労わりながら膝で立ち上がる。たとえ特別な力に目覚めても、基本を疎かにしたりはしない。
「うっし、準備完了。周囲にモンスターの姿は?」
「ありませーん。はい、先輩」
「ありがとうよ」
小百合に渡してあった木札を、軍手を外した右手で受け取る。さて……上手くいくだろうか。なにせ、使うのはこれが初めてだ。マリアンヌさんが俺を騙すとかまずないだろうが、これを使いこなせないという可能性は十分にある。
確か、念じればいいと言っていたはずだ。目をつぶる。あの場所をイメージする。崑崙マーケット、マーケット、マーケット……。
「先輩、先輩!」
小百合に強く肩を叩かれて目を開く。そこはすでに、うちのダンジョンの地下三階ではなかった。いや、ダンジョンではある。だが場所が違う。
国際色豊かな屋台の数々。店を広げる人、覗く人、行き交う人。人種、年齢、性別、服装もバラバラで、あからさまに一般人ではない。記憶通りの光景が広がっていた。
「ついたぞ、崑崙マーケット」
あれはたしか、スペクターのボスを倒したくらいの頃。マリアンヌさんに誘われて、俺はこの不思議な場所へ案内された。表では手に入れづらい、マジックアイテムの数々。ここでならば、それを手に入れることができると案内されたのだ。
「ここが、崑崙マーケット……何とも、凄まじい……なんだ?」
物珍しさに周囲を見回していた勝則が、何かを見つけた。それは、こちらに向かって飛んでくるカラス……の、模型。木製のそれが、俺たちの周囲をぐるぐる飛び始めた。
「あの、先輩? これは歓迎かなにかなんですか?」
「いや。前回はこんなの見たことないぞ……」
戸惑っていると、雑踏をかき分けて二人の人物が現れた。一人は、非常に分かりやすい姿をしていた。2メートル近い身長に、鍛えられた体躯。手にしているのは、棘と返しがついた
そんな分かりやすい、警備員らしき男性を引き連れているのはこれまた目を引く人物。端的に言えば、華のある男だった。女性のように艶やかな長い髪。梅の花の香を身にまとい、中華風の着物で着飾っている。
腰に提げている剣もまた、中国時代劇に出てきそうな逸品。となれば彼は、いわゆる武人であろう。剣士は形の良い眉をひそめながら、こちらに声をかけてきた。
「傀儡が飛び出していくのを追ってみれば、なんだ貴様らは。曲者、というにはなんとも間が抜けているじゃないか。おい、ここの法を何と心得ている」
「あ、すみません。法といいますと……」
「荷運びの下男は黙っていろ! 大兄がお話し中だ!」
大男から、胸に突き刺さる注意をいただく。下男……ぐうの音も出ない。いまだ、汚れ対策で薄っぺらい雨合羽を羽織った俺と見目麗しい御影兄妹。どっちが立派に見えるか、言葉にするまでもない。
でも、事実は違うので再度口を開く。
「申し訳ない。責任者は本当に自分なんですが」
「戯言を抜かす……」
「だまっていろ
手形。といわれると、思い当たるものは一つしかない。手の中に当たった木札を、見えるように掲げて見せる。剣士は右手で目元を覆い、大きくため息をついた。
「……まったく。老師! いらっしゃるのでしょう!? 自分が連れてきた客人には責任を持っていただきたい!」
「ごめんなさいね、
聞き覚えのある声が、俺のすぐ後ろからした。重い荷物を背負っている為、安易に振り返れない。だがすぐに、彼女は俺の一歩前に進み出た。とりあえず挨拶する。
「こんにちは、マリアンヌさん。お手数をおかけしたようで」
「いえ。私のミスですので、お気になさらず。大兄、後はこちらで引き受けますので」
「そうしていただきたい。あと、大兄という呼び方はやめてください。貴女にそう呼ばれるほど立派になった覚えはない」
「まあ、ご謙遜を」
剣呑な雰囲気を漂わせていた剣士が、気を緩めた。マリアンヌさんも、親しげに話している。……ええい、やめろ。みっともない考えを捨てろ。自分の気になる人が、かっこいい男と親し気に話している。それで嫉妬を覚えるとかダサいにもほどがある。
「では失礼。お客人、礼節を守って利用されるなら歓迎する」
剣士は大男を伴って颯爽と去って行った。あとに残されたのは、警戒を崩さない兄妹と魔女。あとは荷運びの下男である。
「すみませんでしたお客様。ここでは呪文の使用は基本的に禁止されていまして。使う場合はあらかじめ先ほどの人物に許可を求めなければいけないのです」
「あの烏のゴーレムは、呪文を検知したということですか」
勝則の質問に、魔女は顎を引いて肯定する。
「そういうことです。その許可も、害のないものでない限りは通りません。この重量軽減の術ならば、問題ないと思いますが」
「なるほど……とりあえず今回はOKなんですかね?」
「ええ。李大兄……
彼女が言うならば、そうなのだろう。次回からは、先に断りを入れてから物を持ち込めばいいのかな。それはまあ次の機会でもいいか。
「とりあえず自分たちは、以前の店に向かいますが……」
「ご一緒しましょう。万が一があってはいけませんし。ただ、交渉には出張りませんので」
「十分です。よろしくお願いします」
この魔境と呼ぶべきマーケットで、知人がいてくれるのは心強い。俺たちはさっそく、露店が立ち並ぶ通路へと足を踏み入れた。
この崑崙マーケットには、本当にいろんなものが並べられている。武器防具に道具。薬草に霊薬、素人の俺にはさっぱり判別のつかないガラクタもどきなどなど。
時代も歴史も土地柄もバラバラ。中には日本のコンビニっぽい商品まであったりする。よく言えばバラエティに富んでいる。悪く言えば節操がない。
流石の御影兄妹も、ここの特色豊かなラインナップに目を白黒させていた。
「あれは、ライトニングワンド? 有名なマジックアイテムが、こんなにも無造作に……」
「兄さん、あっちの鏡なんですがもしかして……」
「見るな小百合。本物なら呪われるぞ」
「おーい、ついてこいよー」
はぐれそうになる二人に声をかける。目的の店は、それからすぐに到着した。
*崑崙マーケット初訪問エピソードは、書籍版追加分となります。