【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第51話 幕間 悪い知らせ

 稲村貿易株式会社の第二営業部部長、竹花(たけばな)俊彦(としひこ)は硬い椅子の感触にうんざりとしていた。彼は現在の状況に、何一つ満足していなかった。

 たとえば今いるこの喫茶店だ。駅前なら、見知ったチェーン店の一つもあると思っていたのだ。しかし降り立ってみれば、影も形も見当たらない。スマホで検索すると、最寄りの店まで一キロ以上と出るではないか。目を疑った。

 近場にあったのは、駅前にあるのが信じられないほど古びた喫茶店だった。知らなければ、この古さに良い点を見出す客もいるのかもしれない。しかし竹花は違う。歴史ある名店とは雲泥の差だと感じる。

 調度品の輝き、店内の香り、テーブルの質感すら、良い店というのは雰囲気を漂わせる。ただ古いだけの店と比べる自体が失礼だ。事実、クッションが死んでいる椅子が平然と使用されている。客に失礼だとは思わないのかと腹立たしく思う。

 彼は35年の人生で生まれて初めて、観光地ではない田舎町に足を延ばしていた。生まれも育ちも東京だし、旅行先は全て観光地。仕事で移動するにしても必ず都市部だった。なので田舎のギャップに衝撃を受けていた。

 もちろん東京にだって、古い場所は多々ある。むしろ多いとすらいえる。それでも電車やバス、タクシーなどへのアクセスのしやすさは天と地の差。生きる世界が違うと、竹花は感じていた。今すぐここから離れたいとも。

 だが、それはできない。今日の、最低限の目的を果たさなくては今後が危うい。会社での立場もそうなのだがそれ以上に……。

 入口の安っぽいベルが鳴り、来店者が現れた。これで二人目。竹花のほかに客はいなかった。昼時を過ぎているとはいえ、これで店がやって行けるのかと彼は疑問を覚えた。そんな雑念を振り払って、静かな店にふさわしい音量で声をかける。

 

「待っていたよ、藤ヶ谷君」

「……ご無沙汰しております、竹花部長」

 

 落ち着いた色合いのブランド物で身を包んだ青年は、そっけなくそう答えた。かつてはその態度にひたすら腹立たしさを感じた。今はただただ恐ろしいだけだった。

 

「呼びだして申し訳ないね。どうしても話したいことがあって。かけてくれ、奢るよ」

「どうも。店員さん、ブレンドをひとつ。ミルクつきで」

 

 遠慮も愛想もない。淡々とクッションの利いていない椅子に腰を下ろした。

 

「その……元気だったかな? 君が辞めてから三か月くらい経つけど」

 

 いきなり本題を切り出す勇気はなかった。当たり障りのない、それでいて興味もない話題を振る。

 

「ええ、おかげさまで。小さいながらも良い企業に就職出来ました。特に気に入っているのは、上の権力争いに巻き込まれない所ですね」

「ははは、それは……なによりだね」

 

 笑うしかなかった。それこそが一樹の退職理由。逃がした魚は大きかった。いや、龍と表現するべきか。

 彼が稲村貿易に在籍していた期間、ハンター部門の成果は非常に高いものだった。毎週、複数のマジックアイテムをダンジョンより回収してきた。複数の売却ルートをもつ稲村貿易は、それによって大きな成果を上げることができた。

 それが良くなかった。外務省から天下りで入ってきた常務の海田(かいた)(ふとし)がハンター部門に目をつけた。そこを押さえれば、社長の座が手に入ると。

 不景気により、本業の方がぱっとしない。それだけにハンター部門の売り上げは会社の生命線だった。ハンター部門からの会社掌握は十分にありえることだった。そしてそれは、現社長の息子である竹花にとって看過できぬもの。

 父親の意向により、異例の早さで彼は出世した。周囲のやっかみなど構っている暇はなかった。何としても海田常務の野望を阻止しなくてはいけない。ハンター部門の取り合いが始まり、現場に苦労を掛けることになった。

 

「改めて……あの頃は申し訳なかった。海田常務の無茶ぶりに、苦労をかけたね」

「ええ。それをひっくり返すためとはいえ、貴方からの指示にもずいぶん我々は振り回されました。二度と御免です」

 

 取り付く島もない。コーヒーに砂糖とミルクを入れ、ゆっくりと飲む様は不思議と絵になっている。初めて会った時から思っていたが、この青年は何処か浮世離れしていた。振る舞いも、能力も一般的なハンターとだいぶ違う。

 竹花が見てきたハンターというのは、大抵チンピラの同類のようなものだった。いやそれよりはるかに質が悪い。まず、力がある。身体能力が向上した程度の連中ならまだいい。自制もする。

 魔法だのプラーナだのを覚醒させた連中は本当に始末に負えない。特権意識をこじらせまくっている。東京でビジネスしていると時折遭遇する、学歴マウントを取りたがる連中。あれに輪をかけて厄介だ。前者はただ面倒なだけだが、後者は直接手が出てくる。時には笑えないレベルの損害を与えてきた。

 一番まずかったのが数年前。ダンジョンカンパニーが暗闘を繰り広げていた頃だ。自社に被害はなかったが、同業他社は酷い有様だった。ハンターだけでなく、一般社員すらも闇の中に消えていった。

 その頃のハンターというのは、まるで貴族のように振舞っていた。ちょっとでも生意気な社員は病院送りにされる。自社の中でも安心できない。息をひそめて過ごすしかなかった。

 そういった連中が謎の失踪を遂げて、東京は落ち着きを取り戻した。売り上げが減って傾くダンジョンカンパニーも少なくなかったが、あの頃よりはましだと竹花は思っている。稲村貿易も主力ハンターが失踪したが、代わりに一樹が入社した。

 彼のおかげで、ハンター部門の空気ががらりと変わった。まず初日。角を突き合わせていた連中が、軒並み一樹の手によって制圧された。魔法でも腕力でもなく、華麗な技によって。

 彼がトップになった事で部門は統制を取り戻した。結果、あの売り上げを叩きだすに至ったのだ。

 能力、立ち振る舞い、雰囲気。失踪した粗暴な連中とは違う、隔絶した何かが彼にはあった。

 ぬるく、大して美味くもないコーヒーに口をつけながら。竹花は覚悟を決める。いつまでも、世間話をしているわけにはいかないのだから。

 

「その……あれからしばらく経ったわけだけど。どうかな、戻ってくる気は……」

「海田は、追い出せましたか?」

 

 ひやりとしたものを、感じさせる声だった。先ほどまではかろうじて、知人に対する声色だった。1ランク、下がった。

 コーヒー交じりのつばを飲み込む。

 

「……いや、相変わらずだよ。むしろ君がいた頃よりひどくなっている」

「では戻る理由がありません。奴にとっては、自分がいない方がいいでしょうしね」

 

 一樹が退職するとき、海田とは一戦交えている。より正確に言うならば、海田の無茶ぶりに堪忍袋の緒が切れて蹂躙した、である。

 粗暴なハンターが消えて、まともな者が残った。そのように海田や他の社員たちは勘違いした。元々、ダンジョンで働く彼らをよく思っていなかった者達である。立場が逆転した、という意識は増長を呼んだ。

 それがハンター部門への無茶ぶりにつながった。際限なく増えるノルマ。据え置きの報酬。自由に取れない休み。ハンターは契約によって雇用されている。更新されなければ、彼らは会社を去る。怒らせた彼らがどう動くか、それすら全く考えもしない。

 海田の横暴を止めるため、そして自分たちの立場の為。竹花も状況に介入し、結果的にさらに悪化させてしまった。その点は素直に失敗だったと思っている。もっと別のアプローチをしていれば、この結果には至っていなかったのではないかと。

 あの日の事は忘れもしない。いつもの横柄な指示に対し、一樹が正面から突っぱねた。海田はたちまち頭に血を上らせ、言ってはいけない一言を口にしてしまったのだ。

 

『貴様、最近結婚したそうだな? 嫁がどうなってもいいのか』

 

 次の瞬間、ビル全体が闇に染まった。よく分からない何かに、埋め尽くされた。指一本動かせなくなり、ただ一樹の声だけが聞こえてくる。

 

『屑が。もう一度言ってみろ』

 

 言えるわけがなかった。うめき声すら難しい。何がどうなっているかわからず、竹花は震える事しかできなかった。

 

『お前にはほとほとうんざりした。今日限りで縁切りだ。二度と顔を見せるなよ』

 

 闇が晴れると、海田とその取り巻きはそろって倒れ伏していた。そして一樹はこちらに一礼した後にこう言ってのけた。

 

『今日限りで辞めさせていただきます。違約金は後日振り込みます。では失礼』

 

 颯爽と歩み去る彼を、誰も止めることができなかった。その後は仕事にならなかった。救急車を呼び、倒れた社員を介抱し。原因はマジックアイテムの暴走ということで誤魔化した。

 真実を話して一樹に何かがあった場合、どんな報復が待っているか分かったものではなかったから。

 そう。こんな事があったのだから、だれもが二度と彼を呼び戻したいなどとは思わない。普通はそうだ。しかし、企業という場所は往々にして普通が通らなくなる場合がある。

 

「ところが、そうでもないんだ。海田は今、君の再雇用へ向けて動き出そうとしている」

「……どういうことです?」

「君も知っての通り、あの頃の海田たちはやりすぎた。君が去った後、契約更新を断ったハンターたちは多くてね。それでなくても君という主力が去った状況だったのに更なる追い打ち。さしもの海田も、責任追及を避けられなくてね。あれは君にも見せたかったよ」

「それは確かに、見たかったと言わざるをえませんね」

 

 稼ぎ頭となっていたハンター部門の凋落。それを引き起こしたのが海田の失言だったことは多くのものが知る事実だ。あの事件はあまりにも衝撃的すぎて、詳細情報が(海田が隠ぺいに走ったにもかかわらず)社内に知れ渡っていた。

 責任追及は、上層部からの叱責だけに止まらなかった。末端社員や清掃員、警備員ですら厳しい視線が海田に向けられている。針の筵にいてなお、役員の椅子に座り続けられるふてぶてしさだけは認めるべきか。

 

「そんな状況だから汚名返上、名誉挽回のためにハンター部門の立て直しは奴にとって必須だ。我が社としてもそれは同じで、いろいろ手を尽くしているんだが……芳しくない。信用を失っているからね」

「噂が広まりましたか」

「ハンターの横の繋がりというのは、意外と広く強いものなのだと実感している所だよ」

 

 竹花の笑い声は虚しく乾いていた。ハンターへの求人は、全くもって上手くいっていない。稀に来るのは、問題を起こしてどこも雇ってくれないような者ばかり。そんな者でも会社に迷惑がかからなければ雇用してしまうあたり、ひっ迫ぶりに目を覆いたくなる。

 

「この窮地を脱するためには、そもそもの問題を無かったことにするしかない。海田はそう考えたらしくてね。君を呼び戻そうとしているわけさ」

「私が言うのもなんですが、よくもそんな結論に至りましたね」

 

 言外に自分が怖くないのかと語る一樹。竹花としては肩をすくめるしかない。

 

「喉元過ぎれば熱さを忘れる……とは違うな。追い詰められている彼は、それ以外の選択肢がなくなっているのさ。実際、ポストを失う寸前だからね」

「迷惑な話です。どうして私が首を縦に振ると思っているのか」

「そう、それだ。実の所、君に会いに来たのはこれを直接伝える為だった。……やつは、かなり強引な手を計画している」

 

 一樹の片眉がつり上がる。竹花の身体がわずかに震えた。分かっていたとはいえ、彼の機嫌を損ねるというのは心臓に悪い。

 

「……ハンターを集める過程で、どうやら海田はガラの悪い連中とつながりを持ってしまったようだ。うちの人事部が、絶対に採用しないような面子さ。そいつらを使って何かを画策している、という所まで私たちは突き止めた」

「止められませんか」

「申し訳ないが、無理だ。残っているハンターたちにそんな能力はないし、契約上それをさせることもできない。決定的な証拠もないから、警察も動いてくれない。というか普通に醜聞だから外に漏らしたくないんだ。すまない、社員の生活を犠牲にすることはできないんだ」

 

 裏を返せば、一樹は犠牲になっても良いともとられかねない発言。竹花はじわりと額に浮く冷や汗を感じていた。

 目の前の青年は、小さくため息をついた。

 

「竹花部長。あえてもう一度申し上げますが、私はもう御社に戻るつもりはありません。そして、かかる火の粉があればこれを払うのに躊躇する気もありません」

 

 静かに、しかし鋭い言葉。否が応でもあの日を思い出させる。

 

「ああ、もちろん。君という人材は惜しいが、社会的に許されない手段を用いて強制的になどというのは僕らも認めていない。職業選択の自由は尊重されるべきだ。……ただ、これだけは知っておいてほしい。今回の件は、我が社の総意ではないと」

「だから、海田がやらかしても自分たちは関係ないと?」

「そうは言わない! こうして事前に危険を知らせたし、これからも情報は共有させてもらう! ほかにも、できうる限りのことはさせてもらうさ!」

 

 手札は少ない。これから起こるであろう大惨事から、自分を含め会社を守らなくてはいけない。何としても、安全を確保しなくては。竹花は今日、一世一代の勝負に臨んでいた。

 対する一樹は考える。かかる火の粉などと表現したが、特に脅威は感じていない。一応伝手を使って調べるつもりではあるが、そこいらのチンピラハンターが束になった所で負けるなどとは欠片も思っていない。

 しいて問題があるとすれば、ミナカタの面々に迷惑がかかるかもしれないということ。これに関しては、しっかりと気を配るつもりである。

 そして、趣味と実益を兼ねた社員強化へと意識が移る。折角のイベントだ。仲間たちのさらなる成長の機会にしなくては。その為に何をするべきかと、魔法使いの思考能力をフルに使ってみる。

 アイデアはすぐに浮かんできた。

 

「できうる限り、とおっしゃいましたね?」

 

 笑みを浮かべる一樹に、竹花の肝は一気に冷えた。

 

「……ああ。できうる限り、だ。なので、できない事もあるのはご理解いただきたい」

「もちろん、それは当然です。それで……御社との、健全な取引などはそのできうる限りに含まれますかね?」

 

 それから十数分後。二人はそろって喫茶店から出た。駅に向かいながら、電話をかける。相手は自社の社長。彼の父親だ。

 

「……社長、俊彦です。交渉は、とりあえずうまく行きました。……ええ、Bラインの方です。……はい、どうやら現在勤めているダンジョンカンパニーを気に入っているようで。それで、彼からの提案で一つ取引を持ち掛けられていまして。……いえ、いたって合法、まっとうな話で。詳しくは帰社してからお話します……はい、大丈夫です。では」

 

 電話を切り、大きくため息をつく。とりあえず、何とかなった。まだ油断はできないが、一つの山を越えた。それはいいのだが。

 

「……なんだか妙な話になったな」

 

 再度大きくため息をついて、竹花は駅のエスカレーターへと足を向けた。

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