【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
マジックアイテム集めの決行日は金曜となった。それまでは通常業務をこなしつつ、準備を進める。ベテランハンターの一樹さん曰く。
「一度発生したアイテムは、すぐに消えたりしません。一か月以上残り、その後はランダムです。なので今週は地下三階を探索して、ある程度の目星を付けます。金曜日はそこを巡って回収する、という計画ですね」
とのこと。なるほど大変分かりやすい。弾丸サンマを取って運ぶのは苦労があるが、必要時間が多くなることはない。周囲を見ることは十分可能だった。通常業務と並行して、それを行ってみる。
今まで、ダンジョン内を詳しく観察することなどなかった。城の石垣じみた、組み合わされた石の壁。いくつかの枝分かれがあっても、延々とそれが続くだけの場所だと思っていた。
「お。またはっけーん。フジくん、これアタリですよね?」
「おお、宏明さんお見事です」
だが一樹さんの説明を受けて壁を見れば、確かに普通とは違う場所があった。石の組み合わせ、色違い、うっすらと刻まれた奇妙な紋章。
ただモンスターを倒すだけの場所だと思っていたダンジョンの、新たな一面。頭を殴られるかのような衝撃だった。
一樹さんが、首から下げた画版にこの場所を書き込んでいく。そう、学生時代に美術の時間で使ったあれだ。これが意外と便利なんですよ、とベテランはニコニコ笑いながら説明してくれた。
タブレット端末でも良いではないか、と思ったりもする。でも、ここはダンジョンだ。戦闘ともなれば、うっかり取り落とすこともある。モンスターの攻撃を受ける場合もある。精密機器より、ただの板と紙の方が適している場合もあるのだ。状況によって正解は異なる。
なお、この探索で意外な才能を見せたのが宏明である。彼は俺たちの誰よりも、壁の違和感を見つけるのが上手かった。今週見つけたそれらのうち、半分が彼の成果なのだからすごいものだ。俺の成果は一個だけである。
一体、これらの先に何が待っているのか。皆が金曜日の探索を楽しみにしていた。
もう一点、準備で特筆するべき話がある。崑崙マーケットで買ってきた品々。俺たちはこれらを利用し始めていた。
勝則達の勉強に使う本。これについては問題なかった。英語だったが、普通に読めるとのこと。辞書も翻訳アプリもあるので、多少難しい表現も乗り越えられた。
問題は、俺の方。武功書は、中国語で書かれていたのだ。これは困った。読めない。……御影兄妹ならたぶん読める。しかし今、二人は自分らの勉強で忙しい。俺の方で負担をかけたくない。
そこで、社員たちに読める人がいないか聞いて回ってみた。
「はい、できますよ」
「私も読んで話せまーす!」
「先生、あかりん!」
流石は元教師の先生。正直あかりさんができるのは意外だった。ともあれこれで問題なし。早速武功書の翻訳を、とはいかなかった。
ホワイトボードに書かれた漢語。ダニエラさんの手に指示棒。あかりさんは何故か伊達メガネを装着。
「それでは、簡単な文字から学んでいきましょう。教鞭をとるのは久しぶりですがご安心ください」
「助手です! 頑張ります!」
「先生ー!? あかりーん!?」
変な流れになった。これはいけない、エライことになる。
「二人とも、俺としてはこの三冊さえ読めればそれで十分なんですが」
「その本の他にも、読むべきものがこの先出てくるのでは?」
どちらかというと、たぶんそう。これ、入門書みたいなものだって聞いてるし。これ以上を求めたら、当然……。
俺の表情が固まったのを見て、二人は厳かに頷いた。
「それでは勉強を開始しましょう。よろしくお願いします」
「おねがいしまーす」
「おねがいします……でもその前に一ついいですか」
「なんでしょう?」
「スマホカメラで嫁さんの眼鏡姿撮影しているバカ旦那つまみ出してください」
「そんな!?」
「はーい、一樹ー。勉強の邪魔だから出ていけー」
「あああ……」
というわけで、中国語お勉強タイムが追加されてしまった。まあ我が社、割と時間に自由が利くのでそれほど負担にはならないのだけど。……脳以外には。あたまが、いたい。
そんなこんなだけど、とりあえず三冊の武功書の翻訳は無事完了した。そんなに分厚く無くて助かった。本としてギリギリ成立するレベルの厚みだった。そもそも紐とじだしな。
これらはそれぞれ題名を『功力技法評論』『武功技法序言』『武術第一次学』となっていた。
『功力技法評論』は知識書だった。武功のぶの字もしらないド素人の俺に必要な、基礎知識が記載されていた。
『武功技法序言』は、プラーナ運用の具体的な技術について書かれていた。どのように貯めるのか。どう使うのか。やってはいけない事は何か。読み進めるごとに、目から鱗が落ちる気分だった。
『武術第一次学』は、プラーナを使った戦闘方法について。殴り、蹴り、受け、避け。走り、飛び、転がり、止まる。一樹さんの指導で、最低限のことは学んでいた。これはその先にある技術だった。
李女士はたしかに、俺に足りないものを選んでくれたようだ。感謝しかない。日々のトレーニングの質が向上した。
そして学ぶうちに、一つ思う所が出てきた。『功力技法評論』曰く、人体には経脈というものがある。プラーナを流すための道であるが、通常これは塞がっている。これを開くことによってより効率的に運用できるようになる、とされている。
不思議な話である。プラーナとはダンジョンに入る事で人が得た新たな力だったはずだ。だけどこの事実はそれを否定している。人が歴史を刻み始める前は、プラーナを使うのが普通だった。そうでなければ、こんな機能が人体に備わっているはずがない。
超常の技術は、はるか昔から存在した。表舞台からは隠れ、秘かに伝えられていた。そして、ダンジョンが現れた現在それがこうして現れ始めている。そんな風に思えて仕方がない。
「ようこそ、こちらの世界へ」
……という話を歩に相談したら、すごい笑顔で歓迎された。
「ウォーカーは知っていたのか?」
「いえ。ただ単に、フィクションではド定番の設定というだけです」
素っ転びそうになった。
「設定って……俺は今、真面目な話をだな」
「そこまでです、社長。秘密に触れて、心が躍るのはよく分かります。私も耐性が無ければ危なかった」
「耐性ってなんだ」
「もちろん、数多の物語の事です。さて、社長。このような秘密に一般人が触れた場合、それを守っていた人々はどう反応すると思いますか?」
「守っていた……?」
考えもしなかった。たしかに、言われるとそうか。今までは秘密だった。情報とはあっという間に拡散するもの。情報管理する人間がいて、初めて秘匿される。
社会人時代、時折聞こえてきた。どこぞの会社が情報管理を誤って顧客情報を流出させたとかそんなのを。情報に係るものが、しっかりと意識をもって携わらなければあのようになる。
翻って、今俺が知ったこれら。うっかり拡散しようものなら……? 背筋に、寒気が走った。
「もしかして、不味いか?」
「はい、おそらく。フィクションにおいては、知ったものに対して暴力をもって口封じなどはよくある話です。……まあこれは購入したと伺いましたし、現状で過激なことはしてこないでしょう。ネットで拡散などしない限りは」
「……そうか」
胸をなでおろす。やだよ、唐突にカンフーマスター達が大挙して襲い掛かってくるとか。カンフー映画の世界に入った覚えはないぞ。それっぽいものを学び始めてはいるけどさ。
「というわけで大きく騒がず、粛々と学んでいくにとどめた方が安全かと」
「なるほど……。ありがとう有識者」
「はい。趣味で他人に迷惑をかけてはいけません」
趣味……か? 仕事のための技術習得……でも確かに、これ練習して覚えるのは楽しいな。そうか、趣味か。
思えば俺、趣味らしい趣味って持ってないんだよな。本も読むし映画も見る。でも娯楽の為であってそれ以上ではない。そっちの分野の知識なんてないしな。スポーツも、学生時代は授業以外で触れてこなかった。社会人になっては時間が無くてまったくだ。
プラーナについては、大変であるが学んでいて楽しさがある。仕事にもつかえる、というか元々はそっちの為。実益を兼ねた趣味、か。
「ありがとうウォーカー。気付きを得たぞ」
「何よりです。フォースと共にあれ。長寿と繁栄を」
というわけで、色んな気づきを得ながら俺なりにその日を待った。……さて、蛇足になるがもう一つ。
武功書などを社員たちに開示する際に、当然これをどこから得たのかという話をしなくてはいけなくなった。一樹さんの反応が正直怖くあったのだが。
「おー。社長、あそこに行けるんですか」
「知っていたのか、フジくん」
まさかの反応が返ってきた。
「昔の仲間から聞いた事があるんですよ。世界には今のお話にあったようなコミュニティがいくつも存在し、表から隠れて物資のやり取りをしているとか。いつか行きたいなとは思っていた所でした。社長はどうして……あ、もしや」
「そう。マリアンヌさんから教えてもらったの。……というか、知り合い?」
てっきり彼女の方から一方的に警戒しているものだと思っていたのだが。
「一度だけ、軽く話す機会が。しかし、そうですか。なるほど……」
彼は何やらうんうんと唸り、短く息を吐いた。
「……偉大なる大魔導士の紹介であるならば、そこでは弁えた振る舞いが必要ですね。教えていただきありがとうございます」
「いや……まあ。そのうちまた行くこともあるだろうから」
というわけで、微妙に不安だった部分も無事解決したわけで。あとは当日を待つばかり……なのだが。
そろそろ、自分を誤魔化せなくなってきた。崑崙マーケットの人々。プラーナなどの知識。そしてマリアンヌさん。それらをつなぎ合わせていくと、どうしてもこう思ってしまう。
異世界人って、実はいないんじゃないか?
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そして迎えた金曜日。ダンジョン入り口前に、俺たちミナカタ従業員が集まっていた。
「おはようございます」
「「「おはようございます」」」
「今日はいよいよ、マジックアイテム収集日です。いつもとは違うトラブルが予想されます。事前の注意事項に従って、落ち着いて対処してください。一樹さんの指示にはしっかりと従うように。それでは、ご安全に!」
いつもの挨拶をこなして、ダンジョンへ。地上に残る面々に見送られ、異界へと足を踏み入れていく。
今回はなるべく戦闘を避けていく。モンスターも倒さない。避けるか、惑わして逃げる。余分な荷物はなるべく減らすためだ。
地下一~二階は、日ごろの間引きの成果が出ている。モンスターの遭遇はそれなりに低い。二階などは羽音のする方向を避けながら進めばいい。
「そういえば、この階にもありますよね。違和感のある壁。こういう所は探らないんですか?」
宏明のもっともな疑問に対して、ベテランが答える。
「端的に言えば、この階のアイテムはショボいんです。ちょっと不思議な日用品が大半ですね。有名どころだと、宙に浮くランタンとか」
「あー。アレっすね。世界で初めて見つかったマジックアイテム。懐かしいなー、テレビでさんざんやったっけ」
「個人的にはああいうのを集めるのも楽しいのですが、今回の目的から外れてしまいますし。……あと、集めすぎるとあかりに叱られますし」
はあ、と大きくため息をつく一樹さん。背中がすすけてる。
「叱られるぐらい、集めちゃったんですか?」
「小百合さんからも言ってくれませんか。趣味だけでなく実益だって兼ねているんだと。家でアイテムの整備とかしているとですね。またやってるって叱ってくるんですよ」
「それ、私を構えって意味じゃないんです?」
「なんと!?」
ベテランハンター、雷に打たれたかのようにショックを受ける。この人本当、嫁に係ることになるとポンコツになるな。
「そういう面白話は上に戻ってからね。そろそろ三階だぞー」
階段を下り、地下三階へ。相変わらず高い天井。全員が気を引き締める。弾丸サンマの群れと遭遇してしまっては、アイテム集めなどやっていられない。移動も慎重になる。
「それでは、一番近い場所へ向かいますよ」
地図を持つのは小百合である。何かと重いものをもつ男衆では、取り出したりが面倒になる。そこで白羽の矢を立てた。魔法を使うのにも、大して邪魔にならないという話だしな。
ダンジョン内の物音に耳を澄ませ、足音を忍ばせながら進む。いつも訪れている場所なのに、今日は新鮮さを感じる。仲間たちの顔色を見る。油断はないし、緊張のし過ぎという者もいない。良い感じだ。
「ここですね」
一見するとそこは、他と大して変わらぬ壁だった。言われないと気づけないレベルで、石に紋章じみたマークが刻まれている。
「はい、ちょっと失礼」
その壁を、一樹さんが手持ちのハケをつかって撫でていく。細やかなホコリや小石が取り除かれる。そうして現れたのは、複数の紋章。
「ああ……一番厄介な奴に当たってしまったか」
「フジくん。これはそんなに面倒なのか?」
「これ、パズルなんですよ社長。まず、ここが外れる」
左下、一番初めから見えていた紋章。その岩はちょっと引っ張ったらあっさりと外れた。スマホ並に薄い石板だった。大きさはA4用紙よりちょっと大きい程度だが。
「あとは、石の板をスライドさせる。同じマークを隣り合わせにすると外れていくという流れです。これの厄介な所は、時間制限がある所なんです。一度スライドさせたら、三分以内に完了させなくちゃいけないので……」
「え?」
声を上げたのは宏明。その手は、石板を一枚動かしていた。
「お前ー!? 気を付けろってあれ程ー!」
「スンマセン! やります、やります!」
石板が次々と動かされる。しかし一向にパズルは進まない。
「最初の一セットが外れると、とたんに難易度が下がるのですがそれがなかなか難しく」
「攻略法ってあるの?」
「はい、一応。ゲームスタートする前なら、時間をいくらでも使っていいわけで。最初に動かし方を考えておき、始めたら一気にその手順で進める。それで何とかなるんですが」
うーん、これは駄目かな。そんな時間無かったし。まあ、いい勉強になった。次からは社員たちも慎重になってくれるだろう……。
「よし、一セット目外れた!」
「マジか」
一応、時間を数えていた。残り約一分という所で最初の1セット目が壁から外される。自由度が格段に増えた。
「……二つ目……続けて三つ目!」
「お、おい。板受け取れ! あと50秒くらい!」
「これは、もしかするかもしれませんね」
「がんばってください、宏明さん!」
「うおおおー女の子の声援ーーー!」
次々と外れていくパズル。こうなってくると、板を外すという行為が時間のロスを招く。幸いにも俺たちは手が多い。協力すれば、最小限で済む。
間に合うのか、ダメなのか。細かい所は分からない。よーいスタートでやっていればカウントできたのに。だから手を動かす。バズルは後残り僅か。
「い、一枚残る!? なにこれ!?」
「最初に外したコレです! さあ!」
「こ、のおおおっ!」
手渡された最初の一枚を叩き付けるように合わせた。すると、外した全ての石板が消え、壁に大きなくぼみができた。
「お疲れさまです、そしてお見事。パズルクリアーです」
「あ、あああああああっ」
安堵からその場に崩れ落ちる宏明。周囲の俺たちも、大きく息を吐いた。手を叩いて一樹さんが称賛する。
「いやあ素晴らしい。よくもあの状況で間に合わせたものです。私では到底できない」
「こー見えて、パズル得意なんで……ああいうのは、スマホのゲームでもよくあるし……」
「女性と一緒に飲むときのアピールに使えるからって練習したんですよねー。結果がこれっぽっちも伴いませんでしたけど」
「小百合ちゃん、それを言わないで……」
実に彼らしいエピソードである。さて、とりあえず社長としてするべきことをしよう。
「ヒロっち、見事な働きだった。パズルを任せられる実力も見せた。上に戻ったら、特別賞与を支給したいと思う」
「マジっすか!?」
跳ね起きる宏明に、強くうなずく。
「特別な働きには報いなきゃいけないからな。よくあの状況で間に合わせた」
「よっしゃぁ!」
「で、それとは別に。事前に注意されていたにもかかわらず、勝手にパズルに触ったのは厳罰を与えなくてはいけない。明日から一週間、朝一で家の前の道路の清掃な」
「そんなー!? な、なら賞与と相殺は!?」
「ダメ。活躍は活躍。失敗は失敗。別物」
「のぉぉぉ」
がっくりと肩を落とす。まあ、ちょっと朝起きるのが早くなる程度だ。それほどきつい話ではない。
「フジくん、改めて説明を」
「はい社長。アイテムのある場所にはこのような仕掛けがされております。今回はパズルだけでしたが、殺傷性のある罠が設置されている事も珍しくありません。皆さんはくれぐれも、不用意に触らないようにしてくださいね」
大げさなくらいに首を縦に振る一同。宏明の厳罰が程よく浸透したようだ。ヨシ。
「さて、それじゃあ気持ちを切り替えて。どんなアイテムがあったのか……ヒロっち、調べてみんさい。その権利がお前さんにはある」
「らじゃー……ええと、なんかあったよな。たしか……そうだ。マジックアイテムは、じかに持ってはいけない!」
「はい、正解です。どんな効果があるのかわからない不思議なアイテムに触れるのは不用心ですからね。というわけで、流さーん」
「ういっす。ほいよヒロっち、火ばさみ」
流れが取り出したのは、普段ビッグアントを拾うのに使っている道具。渡された彼は、慎重にくぼみにそれを差し込んでいく。
「……社長、これって権利でいいんですかねえ。微妙に罰ゲーム入ってません?」
「我が社で初のアイテムゲットだ。誉れだぞ」
「本当にござるかぁ? ……あ、なんかあった」
宏明は慎重に、火ばさみを引き抜いた。その先端にあったのは、一振りのナイフ。おお、と皆が感嘆の声を上げる。
ナイフの大きさはかなり小ぶり。飾り気もなく、まるで苦無のような印象を受けた。
「宏明さん、こちらへ」
小百合が地面に厚手のタオルを敷いていた。言われて、慎重な動作でその上にナイフを乗せる。タオルでぐるぐると巻いて、さらにビニール袋に入れる。リュックサックに仕舞って完了だ。
「よし、お疲れ。最初のアイテム、獲得だな」
「ふへー、冷や汗出たぁ。パズルといい、くたくただあ」
「ちょっと休んでいいぞ。ちょっとだけな」
ふと視線を動かせば、くぼみはすでに消え去っている。そこにパズルやマジックアイテムが合った痕跡はすでにない。あいも変わらず、不思議な場所である。しかし驚きはない。ただそういうものだと受け入れるだけ。
……少しばかり、変な思考が脳に滑り込む。この世と異なる場所であるダンジョン。そこに適応しつつある俺たちは果たして、人間と言えるのだろうか。
振り払う。無駄な不安だ。俺と同じ考えに至った学者先生はそれなりにいた。ダンジョン食材などで強化された人体を調べる人は当然いたのだ。
その結果は、ただ健康なだけ。組織自体は、普通の人間と何ら変わらなかったそうだ。それでいて性能は常人と異なったので、先生方は頭を抱えたとか。ダンジョン関係の研究ではよく聞く話である。
つまり俺たちは、変わらず人間なのだ。ただ、不思議なパワーが身体に宿っている。そのコントロールの仕方も学んでいるのだから、問題ないとするべきだ。第一、己の自由にならないものを不安に感じていてはキリがないじゃないか。
自律神経で動く身体。他人。自然。身の回りの機械。果ては未来や運命。どれもこれも、自分の意志では動かせない。多少能動的にかかわることはできるが、基本的にはあるがままに受け止めるだけ。
幸いなことに、俺たち人間は矮小だ。小さなことに目を取られて、そういったどうしようもない大きな世界を考えないようにできる。その小ささのせいで、クソくだらないことで争う毎日だが、きっとそれがいいのだろう。
大きくなったら人間じゃない。それは神様だ。のたうち回りながら生きるのが俺たちだ。
「よーし、それじゃあ次いこうか」
「もうですかー。とほほー」
ふらふらと宏明が立ちあがる。地図を持つ小百合を先頭にして、次のポイントへ向かい歩き出した。