【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
移動の途中、弾丸サンマの群れをやり過ごす。あいも変わらず、宙を多数で泳ぐ様は圧倒される。あれらの突撃を正面から受けた日には、無事では済まない。未だ弾丸サンマは脅威である。
二つ目のポイントの壁掃除。ちょっと俺もやらせてもらった。はっきり言って、難しくない。汚れというか、ホコリじみた堆積物を払ってやるだけだ。一般人でもできると思う。
そして現れたのは、同じマークが横一列に十個。マーク自体は小さく、指で押せるボタンのようだった。
「あ、音ゲーですね」
一樹さんがあっさりと看破してくれる。……今気づいたが、彼の持つこの知識もまた大変貴重なものだ。専門職でなければまず知らない。『民間ダンジョン管理技法』にも載ってなかったからな。
「音ゲーって、曲が流れてピコピコ光るんすか?」
「流石にそこまでそのままではありませんよ流さん。音楽は流れません。でも、だいたい……あの辺あたりかな? 上から光る玉が流れてくるんですよ。で、そこのマークと重なった時に、僅かにマナを込めて触れるとOK。一分間、八割ほど成功させればクリアーとなります」
一樹さんが指さすあの辺、というのはマークから50cmほど上の位置だった。どの程度の速度かは分からないが、ある程度の予兆があるのは助かる。それもチャレンジを成立させるギミックだと思うが。
「ほんとに大体音ゲーだ……」
呆れと驚きを混ぜて、流が呻く。さっきのパズルといい、ダンジョンはここにきて新しい面を見せてくる。いや、俺らが見ていなかっただけだけど。仕方がない。我ら矮小なる人間よ。できることは限られているし、ツケはその都度どうしようもなくなった時に支払っていくしかないのだ。
「マナを使うって事は、これ魔法使いしかクリアーできないって事ですよね。よーし、ここは私が」
「いや、俺がやろう」
「えー。何でですか兄さん。私が先に……」
「背」
勝則は短く、僅かに悲し気に指摘した。マークの位置は、やや高い。俺たちはともかく、この中で一番背が低い小百合にはちょっと厳しい。腕を上げれば問題なく触れられる。しかしその位置だと、流れてくるとされる光る玉が見えづらいだろう。蛇足だが、今いる面子の身長を高い順番から並べていこう。
森沢歩186cm、御影勝則180cm、藤ヶ谷一樹176cm、黄田流172cm、芦名宏明168cm、入川春夫165cm、御影小百合156cm、である。そう、俺は下から二番目なのだ。いいなあ皆、背が高くて……。
「小百合は次の機会に、な」
「はい……」
「今度、なんか踏み台みたいのを持ってくるってのは……痛っ! なんで蹴るの!」
「デリカシーが足りない!」
「おーい。ダンジョンの中なんだからその辺でな」
なかなか鋭く流を蹴りつける背丈ドベ娘を止めておく。騒ぎが落ち着いた所で、勝則はチャレンジを開始した。
流石というべきか、こういう事柄はそつなくこなす。壁を伝ってくる光の球を手早く処理していく。それこそパソコンでキーを打つがごとく、だ。
その後ろ姿を眺めて、流がぽつりとつぶやく。
「やっぱ、音楽ほしいっすよね」
「ビートがガンガン効いたやつですね、分かります」
「分かってくれますか。音ゲーはどれくらい?」
「ゲーセンに最低スコアを刻んでおります」
そして歩と固い握手をしていた。こやつらめ。そんな無駄話をしていると、光る玉が流れてこなくなった。同時に、壁の一部が消えて再びくぼみが現れた。
「お見事。パーフェクトでは?」
「いえ。最初の頃二つばかりミスしました。ですがこの程度ならば問題ありません」
「それはよかった。ちなみに、階を降りると難易度が上がります。頑張ってください」
「……流、今度音ゲーとやらを教えてくれ」
「おっけー!」
話が面白い方向に転がったな? 勝則も、普段は全然遊ばないからな……ちょっとは息抜きも必要だ。ゲーム機、経費で買うべきか?
そんな話をしつつ、火ばさみを渡された勝則は慎重にアイテムを取り出そうとした。が……。
「む……ちょっと大きく、重いな? 済まない、だれか手を貸してくれ」
「では、私が」
歩がもう一本、火ばさみをくぼみに差し込む。そして二人で息を合わせて作業することしばし。
「出たぞ、これは……剣だ!」
取り出されたのは、鞘のない抜き身の剣だった。長さはグレートソードというには短く、バスタードソードというには長い。まさしくロングソードと呼ぶべきもの。
柄の作りは実用性一辺倒。刃は研がれており、鋭利な輝きを放っている。これもタオルで厳重に包まれ、ビニール袋でさらに封印。リュックサックには入らないので、俺の背負子に乗せられた。
「なんかスゲーの出たな。アレ、高いのかな?」
「後でまとめて鑑定するさ。かかっている魔法次第で、値段が変わるからな」
「楽しみだなー。次はどんなのだろう」
流と勝則のそんな会話を聞き流す。参加こそしなかったが、気持ちは俺も同じだった。……しかしまあ、このあとちょっと振るわなかった。
3つ目と4つ目のポイントは、両方とも罠が仕掛けられていた。三つ目は一見、先ほどと同じ音ゲーに見えた。しかしマークのある場所のやや下に、わずかな隙間があったのだ。
不用心にマナを流すと、そこから矢が飛び出る。どてっ腹に矢が命中するという仕掛けだ。教えられた時は本当肝が冷えた。ちなみに、この隙間に気づいたのは小百合である。背の低さが見事に役立った。それを口にした流はまた蹴られていた。さもありなん。
罠を作動させると失敗。成功は、矢を取り外すことらしい。火ばさみを突っ込むか? と考えたが勝則が呪文であっさり引き抜いてくれた。
そうして見つかったのは、何ともオシャレな西洋茶器一式だった。あくまで西洋っぽく見えるだけで、実際はもちろん違うのだろうけど。少なくとも茶道に使う茶器ではない。戦国武将たちがありがたがったワビサビのそれとは明らかに違う。
微妙に期待できないなー、と思いながら向かった4つ目。一見すると、一番初めのパズルと同じようだった。しかし前の所の事もあったので、全員で注意深く周囲を見渡す。
「……あのさ、気のせいかもしれないけど。足元の石畳。なんか普通の場所より、隙間が大きくない?」
宏明が気付いたそれ。一樹さんが持っていたライトで、その中を照らしてみた。指向性のある、強い光のライトが浮かび上がらせたのは鋭い切っ先だった。
「あ。スパイクトラップですね。パズルを動かすと飛び出してきて串刺しにする奴です」
「うええええ……」
ひっくり返る宏明。さっきの自分がどれだけ危なかったか理解したようだ。まあ、それはここにいる全員そう。ダンジョンの恐怖を改めて味わってしまった。
ここのクリアー方法もトラップの解除。というわけで同じ方法でスパイクを引き抜いてもらった。その長さと鋭さ、そして数に全員肝を冷やした。気づかず作動させたら、ひとたまりもない。
そんな危険な罠を解除して手に入れたのは、子供でも持てそうな小箱。飾り気のないそれの中に入っていたのは、分かりやすいお宝だった。
指輪、宝石、細いチェーンでつながれたネックレス。専門店で並んでいたら、さぞかしすごいお値段が付けられている事だろうと思わせる。思わず歓声があがり、手が伸びそうになる。
が、ここで一樹さんから鋭い警告が飛んだ。
「全員、くれぐれも触らないように。こういうお宝系が一番危ないので」
「……呪われている、とか?」
「だいたいそういう感じですね」
うわあ、と蜘蛛の子散らすように全員が小箱から離れた。トラップといい、質が悪いな本当。小箱に手芸用の綿を詰め込む。雑に運んでも中身が傷つかないようにするためだ。先人の知恵のおかげで、こういう細やかなこともできる。
なお、マジックアイテムは大変頑丈である。魔法がかかっているなら、宝飾品類もめったには汚損しないらしい。なのにこういう処置をとるのは、全部が魔法の品ではない可能性がある為。普通の宝物と混ざっている場合があるのだとか。
そうとは知らずに雑に運び、価値を落として会社から責任取らされたとかいう話を聞かされた。悲しい話である。
これも無事にリュックサック行きに。そして時間を確認する。ここまでで、それなりに時間を使ってしまった。
「次でラストかな?」
「そうですね。気を引き締めて直していきましょう」
本日最後のトレジャーハント。4番目からほど近い場所にポイントはあった。ここのそれは、他の場所とある点で大きな差異があった。
今までアイテムがあると思われるマークは皆、ある程度高い位置にあった。地面からだいたい160~200cmくらい。しかしここのは、僅か10cm程度の場所にマークがされていた。
「これ、ヒロっちが見つけたんだっけ。改めて思うけど、よく分かったな」
「ほーんとに、偶然でしたけどね。なんかおかしいなって感じて、しっかり見たら、と」
トラップの有無を確認しつつ当人とそんな話をする。あの時、これに気づいたの彼だけだった。パズルといい、何かそういう才能があるっぽいな。
「どうやら、罠はないようです。さて……社長。手にプラーナを集めて、そのマークに触れてください」
「了解。今度はそういうタイプなのか……」
大きく深呼吸。身体の奥底から、生命の力を引き上げる。そしてそれを手のひらに止めて、マークに触れた。すると壁がガタガタと動き出し、埋まっていたものが現れた。
「これは……宝箱!」
思わず大声を出してしまった。そこにあったのは、分かりやすくあからさまな宝箱だった。なんだか変な感動がある。あるんだ……宝箱……。
流石に、ここまでの経験ですぐに飛びつくということはしない。現れた宝箱にトラップが仕掛けられているかもしれないと、これまたよく観察する。そして気づく。
「……この蓋、開かないよな。天井つっかえて」
壁の中に埋まっていた宝箱。見えるようになったわけだけど、いまだ壁の内側にある。なので蓋を開こうとすると上に当たる。
「フジくん。これどうしよう。罠はないっぽいけど」
「ああ……はい、はい。だいたいわかりました。ある意味一番単純で、同時にかなり面倒な奴です。これ、壁の外に引っ張り出さないといけないのですよ」
ええ……、と一同が困惑する。まず、宝箱はそこそこ大きい。子供一人ぐらいなら余裕で入れるぐらいある。それでいて、壁の隙間はとても狭い。腕を突っ込むことはできるが、その程度。押したり引いたりする作業スペースは全くない。これをどうやって? という気持ちになるのは当然のこと。
「これ、なんとかなるか……隙間広げたり」
「ご存じかもしれませんが、ダンジョンを破壊できた事例は存在しませんよ」
「フジくんでも無理なんスか?」
「あー……うーん……全力と禁じ手を思いっきり……いや、止めておきましょう。使い捨て系リソースがもったいなさすぎる」
「すげーモヤっとする返答が返ってきたっす!」
「流ーそこまでにしとけーガチだったら怖いだろー」
「ヒロっちは気にならんの?」
「分かっても女の子にモテないし」
「判断基準、全部それもどうかと思うよ……」
わいわいと騒ぐ横で、一つ思いついた事がある。とりあえず、バッグに引っかけておいたロープを取り出す。普段は切断などすることもありビニール紐を持ち込んでいたが、今回は綿で出来た頑丈なもの。太さも親指ほどあるから、めったなことでは千切れない。これを、宝箱の胴にぐるりと回す。……念を入れて三周ぐらいさせておくか。
そしてもやい結びで縛って準備完了。
「久々に出ましたね、社長のロープワーク」
「こういうことがあるたびに、講習で真面目に練習しておいてよかったと思うよ。よーし、それじゃあ引っ張る……!?」
重い。とてつもなく重い。ちょっと勢いをつけた程度ではびくともしない。
「動きませんか」
「だめだ。めっちゃ重い」
「それでは、全員でやってみましょうか」
勝則の号令で人が集まり、タイミングを合わせて引っ張ってみる。せーのっ、せーのっ、うんとこどっこいしょ。それでも宝箱は動きません。
「重ぉい……なに入ってるんだこれ……」
「うーん、もしや、あのパターンかな?」
「知っているのかフジくん」
「稀に、チャレンジャーのプラーナ量に反応して重さを変えるとかいうめんどくさい宝箱があるので……」
社員たちの視線が俺に集まる。そうであるならば、是非もない。日ごろの訓練の成果を発揮する時がきてしまったようだ。背負子を下ろして、肩を回す。
「今こそ、ゴリラパワーを見せる時」
「存分に野生を発揮してください、社長」
「……時々、勝則君と社長のノリがおかしい方面に入るよね」
「ヒロっち。あの二人はアレでいいんすよ」
背負い投げするようにロープを肩にかける。掴む手は胸の前。膝を曲げて、腰も落とす。呼吸を整える。プラーナを引き上げて、全身に巡らせる。サンマ八匹運んだ時のように身体の隅から隅まで、溢れるほどに。
「
そしてアビリティを起動させる。がつりと、スイッチが入った感覚。今だ。
「おおおおおぉぉぉぉりゃぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」
両足。背中。腕。全身から引き出せる力をまっすぐ前へ向ける。そこに超常の力が加わる。新品のロープが、みしみしと音を立てる。細やかな繊維が切れていく。身体を揺らす手ごたえ。
「宝箱、動いた! 動きましたよ社長! その調子!」
そういわれたが、実はこの時点ですでにパワーの半分を消費していた。全力を出せるのは残り僅か。とても最後までは持ちそうにない。なら一瞬ですべての余力を使い切り、一気に引き抜くしかない。
できない、とか言っている場合ではない。やるのだ。俺はできる。
「っっっっっしゃぁ!!!」
前向けて跳ね飛ぶような、なりふり構わないフルパワー。確かな手ごたえ。そして受け身も取れずダンジョンの床に叩きつけられた。何とか顔だけは守った。傷云々ではなく、前歯を折ったりといったものを避けたかったのだ。
力を込めすぎて、目の前が真っ暗になっている。プラーナも抜け落ちた。プールで思いっきり泳いだかのような疲労が全身を包んでいた。
「お~~~あ~~~……」
「社長、しっかり! 宝箱、動きましたよ!」
「お~~~う」
仕事は果たせたようだ。仰向けになって、とりあえず休ませてもらう。数分ほどそうしていると、多少はマシになってきた。疲労はそのままだが、目はなんとかまともに見えるようになった。
上体を起こしてみると、社員たちは宝箱の前に集まっていた。ロープはすでに片付けられて、背負子の横に置かれていた。
「……どんな感じ?」
「ちょうど今、鍵が開いたようです」
……鍵開けもできるのか、一樹さん。どこでそんな技術覚えたのやら。教えてもらえるなら、ほかの社員にそれも勉強してもらおうか。やる気があればだけど。
「なんだこりゃぁ?」
宏明のすっとんきょうな声が聞こえてきた。勝則に肩を借りて、宝箱に近づく。そして中身を見て大いに納得した。
宝箱の中身は、鉄球だった。ただの鉄球ではない。漫画みたいなトゲトゲのついた、凶悪な鉄球だった。大きさは子供の頭ほどあり、ただただ凶悪さを見た目から発揮していた。
「これ……どうやって持ち出すんです?」
ぼそり、と歩が当然の疑問を口にした。火ばさみでは、まず間違いなく持ち上げられない。軍手で触らないように持つ、はちょっとやりたくない。そもそもあのトゲがよろしくない。
円錐形のトゲで、長さはそれほどでもない。しかししっかりと尖っている。軍手と言えどこれを持つというのは厳しいものがあるだろう。
「……タオルを上手く引っかければ、いけるか?」
「それしかないっす……か……」
流の言葉が途中で途切れる。彼の目は、大きく見開かれていた。その視線の先にあるのは件のトゲ鉄球。ただし……浮いている。
宝箱から、目線の高さに。音もたてずふわりと三つ、浮かび上がっていた。そして……。
「あの、なんか……できちゃったんですけど」
笑顔を引きつらせた宏明が、そんなことを言ってきた。