【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第56話 幕間 遠出の準備

 『断神』観月(みづき)里奈(りな)はご機嫌だった。ここまで気分が良いのは久方ぶりだった。いつもであればただ面倒な、旅行の為の荷物の準備すら楽しく……訂正。これが面倒なのは変わらず、毎回使用している必須品メモを片手に黙々と詰め込んでいる。

 東京某所のとあるタワーマンション。建築当初はトップエリートの住居として売りに出された。しかし残念なことに近隣にダンジョンが出現。価値は下がり、居住者たちは蜘蛛の子を散らすようにこの場を去って行った。

 そんなタワマンをそろって購入したのが、対ダンジョンブレイク特殊部隊ドゥームブレイカーズの面々である。一般人にとっては忌避するべき場所だが、彼ら彼女らにとっては違う。

 勤務地に近く、交通の便がよく、セキュリティが高い。元々が高級品だけあって居住性は抜群で、止めとばかりに(今は)お手頃物件。買わない手はなかった。チームがまとめて近場に居られるというのも大きかった。

 とはいえ、二十代の男女が一人一ルームというのは広すぎた。普通に持て余す。なので部隊の面々は各自二人でルームシェアして住んでいた。元々、兄弟同然で育ってきた。拒否感はなかった。

 

「おー、がんばってる。えらいえらい」

 

 手を動かす里奈の姿を確認して、この部屋のもう一人の住人が感心する。『女帝』山城(やましろ)(かおり)。ドゥームブレイカーズの隊長であり、里奈とは姉妹のように育ってきた。子供のころと変わらず、現在も彼女の世話をなにかとしている。

 というか、そうしないと彼女は生きていけない。世間ではトップタレントのように扱われる里奈であったが、私生活は壊滅的だった。才能が美貌と戦闘に特化しすぎている。しかもかなりのめんどくさがり。

 放っておくと一日中、ろくに服も着ずにぼんやり過ごしている。服を着ないのは彼女の趣味、というか何かを身にまとうのを煩わしく思っているからだが。友人たちはこれを猫のようだと称していた。

 そんな彼女を社会人として成立させているのが香と周囲の女性陣だった。家族同然の付き合いだし、なにより戦闘となればいの一番で危険に飛び込んでいく断神である。お互い様であると、良い関係を保っている。

 そんなものぐさ姫が、自分の荷物を誰に言われることもなくまとめている。快挙を仲間に伝えなければと、香は強く決意した。

 

「だって、やっとお休みだし……また仕事がはいったら嫌だし……」

 

 ふくれっ面で衣服を集める里奈。その姿は国内外の注目を集めるトップタレントとはとても思えない。その姿をくすくすと笑いつつ、全くよねと同意もする。

 里奈が短いながらもまともな休みを取る。ただそれだけなのにとてつもなく骨が折れた。理由は彼女のタレント業にある。

 日本を守る英雄部隊、ドゥームブレイカーズの看板娘。名声、実力に加えて圧倒的な美貌とスタイルの良さ。景気低迷で青息吐息の芸能業界にとって、彼女は救いの女神である。

 何せ彼女が画面に映るだけで数字が取れる。CMに起用すれば物が売れる。バラエティや業界のノリに全く合わせられないという欠点はあるが、それを些細なものと言いきれてしまうカリスマを彼女は持っていた。

 なので彼女に対する出演オファーは常に山を成している。しかし、それを常にやっていられない事情がある。里奈の本業はハンター、ダンジョンブレイク対処の切り札なのだ。いつ起きるか分からない災害に備えなくてはいけない。

 当然、出演予定はキャンセルされることが多々ある。それを前提に契約を結んでいるから、違約金を取られることはない。タレントとしてはあまりにもマイナスだが、逆にそれが彼女のレアリティを上げるという結果に繋がるから分からないものだ。

 そういう状況であるから、基本的に彼女にまともな休みはない。本業の合間には、常に何かしらのタレント業が差し込まれる。普通であれば耐えられない激務であるが、里奈はトップランクのハンターである。根本からして体力が違う。回復力も違う。

 なのでタレントを始めてからずっと、そんな無茶ができてしまった。当たり前のものと、周囲も受け入れてしまった。そんな彼女が唐突に休みを取りたいと言い出した。芸能業界に激震が走った。

 本来であればここでゴシップ系の記者が動くもの。休みの理由は何か。男か、トラブルか。しかしそういう話にはならなかった。

 彼らは懲りていた。昔ある芸能誌を取り扱う出版社が、憶測で彼女のスキャンダルをでっちあげたことがある。業界では極めてよくある事だ。里奈の所属するタレント事務所は規定通りの対応しかとらなかった。

 しかし断神は違った。彼女は毎日のトレーニングで、かならずその出版社を対象にして刃を走らせた。効果はてきめん。十数キロ離れたビルの住人たちがことごとく気絶するに至った。科学的にはまったく解明できないから、逮捕もできない。そもそも理由すらわからない。

 だが同様の事例が何度も起きて、やっと一つの結論に至る。断神を怒らせたら報復される。クレームを入れる動きもあったが、ことごとく見えない刃の餌食となった。どうしようもなかった。

 暴力による完璧な言論統制。一時期ネットに流れもしたが、結果は芳しくなかった。里奈の人気は圧倒的であり、それを叩くようなヤカラへの対応は冷ややか。むしろ潰れろという反応が大多数だったのだ。

 ゴシップ屋も仕事でやっている。金にならないなら近寄らない。なので彼女の動きを探ろうともしなかった。また仕事を潰されてはかなわない。

 しかしテレビ局や各種雑誌の新聞社は違う。それでなくても出演を何か月も待たされるのだ。それを伸ばされるなどたまったものではない。なにより事務所とは契約を結んでいるのだ。そこに彼女の休暇による遅延を許容するとは書かれていない。

 それを指摘されて慌てたのはタレント事務所。里奈の休み宣言に加えて二発目のパンチを貰ってしまった。彼女の働きは事務所を支える大黒柱。金の生る大樹である。そこが揺れれば事務所もガタつく。

 恥も外聞もなく、事務所の所長は政府と香に泣きついた。ここで里奈へ直接とならないのは過去の経験から来ている。一度決めたらテコでも動かない。業界の大御所すらぶった切る娘である。所属事務所など、仕事でかかわりのある場所程度の認識。思い入れなどほとんどない。

 そうして乗り込んだドゥームブレイカーズの事務所。待っていたのは労働および契約関係を専門とする弁護士だった。彼は懇切丁寧に、里奈との間に結ばれた契約の不適切さを微に入り細にわたり説明した。

 業界の慣習など、法律の前には意味を成さない。極めて問題のある労働形態を指摘されてしまっては、反論の余地はなかった。事務所が潰れるという泣き落としは効かない。そもそもそんな問題のある事務所は潰れるべきだという体なのだから。

 そうしてにっちもさっちもいかないところまで追い込まれた所で、香が救いの手を差し伸べた。近々の、すでに人が動いているような仕事は片づける。それ以外についてはいったんキャンセルする。そういう話でまとめ上げ、里奈の休みを確約させた。

 普通であれば、ありえない話である。ただ一人のタレントのために、どうしてここまでされなければいけないのか。だが、それがまかり通る。そもそも、タレント業を本人が望んでやっているわけはなかった。ただ単に頼まれたから、付き合っていた。気が向かなくなればいつでも辞められる。

 彼女との契約を結ぶ時にはっきりとそれは記載されている。当人の意志によりいつでも休暇及び契約解除は可能である。それによる損害を賠償する責任を負わないと。理不尽極まる契約だったが、その価値はあった。今の事務所があるのは間違いなく里奈の功績だから。

 何が悲しくて、休み一つで事務所の存亡にまで事態を発展させねばならないのか。責任者は嘆いたが後の祭り。全ては彼女の人気に頼りすぎたことにある。後は単純にスケジュール管理ミスだ。

 斯様なすったもんだのあげく、里奈の休暇が成立した。実を言えば芸能業界ではいまだに事態は収まっていないのだが彼女達には関係ないことである。

 

「常駐メンバーもいることだしすぐに呼び出されはしないわよ」

 

 ダンジョンブレイクによる休暇取り消しを気にしている彼女へ語る。ドゥームブレイカーズはそれなりに大所帯だ。交代要員は常にいる。そうでなければ休みなど取れたものではない。

 

「でも、上の人ってすぐに私を呼び出すでしょ? 今回も……」

「あれはモンスターが湧いて出ているのに、呑気にテレビに出ているのはいかがなものかってクレームが来たからよ」

「……そうだったの?」

「そーなのよ。だから気にしなくて良し」

 

 そんな話をしていると、呼び鈴が鳴った。インターフォンを取った香の顔に笑顔が浮かぶ。彼女の恋人である『剣聖』国友(くにとも)道明(みちあき)の姿がそこにあった。

 

『道明だけどー。旅行の準備はどう?』

「みっちゃん。うん、順調だよ。どうかした?」

『ちょっと話があって。入っていい?』

「どうぞー」

 

 ご機嫌で恋人を招き入れる。この二人、付き合いだしてから大変長い。物心ついたかつかないかの頃に、

 

『みっちゃん、だいすき』

『ありがとう、ぼくもすき』

 

 というやり取りから恋人関係をスタートさせている。周囲は仲がいいだけだと思っていたが、そのまま現在まで至っているのだから凄まじい。そして仲の良さはまったく熱が冷める様子がなく、里奈ですら二人がイチャイチャしている間は距離を置く。

 なので気配を察知した断神は、荷物が完成するまでリビングへの移動は控えることにした。うっかり二人の空間に足を踏み込んだら、甘い空気に喉が詰まるからだ。

 そんな配慮がされているとも知らず、二人はお揃いのマグカップ片手にくつろいでいた。香が淹れたコーヒーを口にしながら、青年は話題を切り出す。

 

「例の訪問先に連絡を入れたよ。問題ないと言ってくれたけど……それとは別にちょっとね」

「ちょっと?」

「上の方、虫がいるみたい。先方の連絡先がそこから漏れたらしい」

 

 香が眉を顰める。今回の旅行で向かう先は、だいぶ特殊だ。観光地でもなんでもない。個人が管理するダンジョンと、そこのカンパニー。里奈がどうしても行きたいというので付き合うのだが(何せ彼女一人で移動させたら確実にトラブルが起きるから)、どうにも雲行きが怪しい。

 

「件のカンパニー、稲村貿易と揉めてるみたいなんだ。正確に言えば、一方的に因縁をつけられている」

「理由は……藤ヶ谷ハンターね。とってもわかりやすい」

 

 業界でも上位にいたダンジョンカンパニー。最近そこが業績を落としている。そしてそのトップにいた藤ヶ谷が、田舎のカンパニーに在籍してる。答えはほぼ出そろっていた。

 

「天下りして入った幹部がいろいろ強引らしくて。上から情報引っ張ったのも、その関係じゃないかな」

「ちなみに、他から伝わったって線は?」

「報告書に添付したあの名刺、他人に渡したのは里奈が初めてだってさ」

「ああ、もう……」

 

 香は天を仰いだ。また情報セキュリティ系の研修が開催されるのだ。権力や横のつながりという言葉には、何の意味も成さないというのに。

 

「問題は、その幹部が手配した戦力さ。先方から聞かされた話だから、まだ裏は取ってないんだけど……地王(じおう)カンパニーだってさ」

「よりにもよって、あそこ!?」

 

 彼女が声を荒げるのも無理はなかった。多くのダンジョンカンパニーは、ハンターを雇う形で成立している。だが地王カンパニーはその逆だ。ハンターが企業を抱えている。それも複数だ。

 業界でも三指に入る大きさで、海外にも顔が利く。所属するハンターの質も高い。評判も、表界隈では良い方である。あくまで、表では。

 稲村貿易が声をかけたこともわかるように、裏側では数々の非合法行為に手を染めている。有力ハンターが消えて一時期機能不全に陥った事もあったが、現在は元通り。そのことからも、保有戦力の多さが伺える。

 

 

「まあ、藤ヶ谷ハンターと正面から事を構えようと思ったらあそこ以外選択肢はないよね」

 

 道明が肩をすくめる。対する恋人は、予想外の状況の悪さに頭を抱えた。

 

「正面からやれば負けはないけど、絶対そんな風には動かないよね……どうしよう、みっちゃん」

「一つだけ言えるのは、この情報を伝えたところで里奈は止まったりしないってことだ」

「わかってるよう」

 

 二人して、深々とため息をつく。あの里奈が、ダンジョンやモンスター以外に興味を持った。初めて聞いた時は耳を疑い、雪や槍が振ってくることを警戒した。あまりにもあり得ない事だった。二十数年、そんなことはなかったから。

 物心ついたころから、剣を振るうことしか興味を示さなかった。後に食事や風呂などにも多少心を割くようになったが、あくまでおまけ。それらは全て剣に、モンスターとの戦いの為の余禄だった。

 あれほど忙しいタレント業を、あえてそのままにしたのも彼女に新しい興味が生まれると期待したから。残念ながらそれは叶わず、このまま剣の道を歩いて果てるものと諦めかけていた。

 そこで唐突に、わがままを言い出した。己の剣を防いだ人に会いたいと。仲間として家族として、新しい出会いを応援したくなったのに。

 

「ままならないね……どうしよう?」

「幸いなのは、藤ヶ谷ハンターが尋常ならざる実力の持ち主だってこと。……香の女帝(エンプレス)でも、読み切れないんだろう?」

「全然ダメ。少なく見積もっても私以上。それ以外はさっぱりだよ」

 

 彼女のアビリティ、女帝には情報収集能力がある。強い弱いだけでなく、対象の能力もある程度読み解けるのだ。日本屈指である彼女の実力で読み切れない相手というのは大変少ない。目の前の道明、そして里奈。あとは仲間の幾人かと、国内外の少数。全員数えても十数人といったところ。一樹はその中の一人に入る。

 

「地王の方は?」

「ダンジョンブレイクの対処に参加した何人かは見たことある。国内一流は伊達じゃないけど、私たち以上ではなかった。けど、他のメンバーについては分からないよ」

「……何事もないといいんだけどね」

 

 再び二人は、そろってため息をつく。旅は始まる前から暗雲が立ち込めていた。

 

/*/

 

 同じ頃。お台場にあるとある高層ビルにて。地王カンパニーの代表である半戸(はんど)大輔(だいすけ)が己の椅子に深く腰を下ろしていた。三十代半ばで、黒々とした髪を後ろに撫で付けている。体格はよく、ブランドものの背広を着こなしている。

 ビジネス誌を賑わす若きトップエリートは、眉根に皺を寄せて手元の資料を眺めている。そこに記載されているのは、稲村貿易の海田から依頼された件にまつわる情報だった。外に漏らしたくない情報は、煩わしくともやはり紙にかぎる。

 

「フン……つまらん依頼だと思っていたが、まさか藤ヶ谷の情報が手に入るとはな」

 

 天然木から削り出されて作られたデスクの上に書類を投げる。正面を見やれば、真っすぐ立つ男二人。一人は書類を持ってきた背広組のまとめ役、中田(なかだ)(はじめ)。もう一人は荒事を任せているハンター、アントニー・アダムソンだ。

 

「梅雨ごろに行方をくらませた時は何処へ行ったかと焦らされましたが、このような田舎町に引っ込んでいたとは思いもしませんでした」

「無名……というよりは起業したての会社に就職。しかも活動記録がほとんどないとくればな……新聞に載った時は笑ったものだが」

 

 面白くもなさそうに半戸はそう言い放つ。ずいぶん手間を取らされたのだ、面白いはずもない。

 

「それでボス。依頼への対処はいかがしますか」

 

 流ちょうな日本語で、アントニーが問いかける。州軍に所属していたこともある彼の立ち姿は堂々としたものだ。しかし、その表情は傲慢なものが滲んでいる。

 

「藤ヶ谷を田舎から追い立てろ。東京じゃなければやり辛い。ちょっとした火遊びでも、田舎者共は大騒ぎするからな。とりあえずこの木っ端カンパニーを潰せ」

 

 傲慢さに関しては、雇い主の半戸も同じだった。何でもない事のように、非合法活動の指示を出す。

 

「手法はいかがしますか。いつも通りのダーティファイトでは、いささか目立つかと」

「簡単だぜナカダ。ダンジョンの周りは空き家ばかり。火をつけちまえば、大抵誤魔化せる。騒ぎの間に始末をつけちまえば、あっという間にゲームクリアーだ」

 

 鼻で笑ってアントニーはプランを提示する。それに対して、中田は片眉を吊り上げる。

 

「……そうなると、ターゲットが死亡する可能性がありませんか?」

「それならラッキーじゃねえか。楽でいい……」

「藤ヶ谷はその程度では死なん。余計な心配だ」

 

 余裕の笑みを浮かべて語るアントニーの言葉を、ボスが斬って捨てる。不満そうな部下に、半戸は重ねて命令する。

 

「いいか? 藤ヶ谷とは戦うな。これは命令だ」

「ボス、俺には……」

「お前がどんなマジックアイテムを持って行こうと変わらん。命令は絶対だ。それとも、俺に逆らうのか?」

 

 両目に赤い輝きを宿し始めたボスに対して、アントニーは背筋を伸ばした。

 

「ノー・サー!」

「……ならばいい。中田、仕事を進めろ」

「はい、代表」

 

 二人が退室したのを確認して、半戸は秘書に内線電話をかける。

 

「俺だ。しばらく誰も通すな」

 

 了解の返事を聞いて、通話を切ると立ち上がった。

 

「ルームコントロール。ブラインドを下げろ」

 

 主人の声に反応し、外からの光が大きく減る。

 

「照明オフ」

 

 そして室内灯まで消えれば、社長室は薄闇に満たされた。わずかに漏れ入る光が、辛うじて内部を浮かび上がらせている。半戸は特に戸惑うことなく、壁際まで歩く。そこには、多数のマジックアイテムが飾られていた。

 剣、盾、鈍器、笛……何に使うのかもわからぬものも多い。半戸はその中の一つ、盾を手に取り……床に置く。そして裏に隠されていたものを引き出した。

 それもまた、一見すれば盾のように見える。黒い材質で作られた小盾(バックラー)。表面には羽根のない竜が刻まれていた。

 半戸はそれを机に飾り、そして跪いた。

 

「蛮王グラニート様。しもべたる半戸がご挨拶申し上げます」

 

 すると、小盾は紫色の輝きに包まれる。そして、半戸にのみ届く思念波が放たれた。

 

『我がしもべ、ハンドよ……良きしらせであろうな?』

「お待たせいたしました。藤ヶ谷の居場所を突き止めましてございます」

『おお、おお……その知らせ、待ちわびたぞ!』

 

 常人ならば気絶してもおかしくない波動が、無遠慮に叩きつけられる。それに必死で耐えて、激情が収まるのを待った。

 

『忌々しき呪詛使いめ……奴が時間竜の死にかかわっていなければ、わざわざ手を回したりなどせんものを……まあ、よい。ハンドよ、今度こそきゃつめから目を離すでないぞ。あれは、簒奪者へと続く唯一の手掛かりなのだ!』

「はは。この半戸、務めを果たして汚名を返上させていただきます」

『うむ! ……して、もう片方の計画、進捗はどうなっておる』

「そちらにつきましては、変わらず順調にございます。スケジュール通り、冬までに……失礼。あと90日ほどで準備完了の予定でございます」

『で、あるか……ふふ、ははは! いよいよだ。いよいよ我が大願が成就する! 忌々しい時間竜はもう居ない! このグラニートが、覇王の座につくのだ!』

 

 いよいよ暴力そのものとなった思念波。所有する防御用のマジックアイテムを片っ端から使い、必死で身を守る。

 

『ぬかるでないぞ、ハンドよ。事が成った暁には、貴様をその島の王にしてやろう!』

「ありがたき幸せ……!」

 

 そこまで言い放ち、小盾から光が消えた。半戸はその場で崩れ落ちた。額の汗を、ハンカチで拭う。そして忌々しそうにつぶやく。

 

「今時、王だのなんだの……一体何世紀遅れなんだよ、あっちは」

 

 ふらふらしながら立ち上がり、小盾を元の場所に戻す。そしてルームコントロールに命じて、照明とブラインドを戻した。外は日が傾き始めていた。レインボーブリッジが、窓から見える。

 

「……どいつもこいつも、何も知らないで呑気に過ごしてやがる。本当のダンジョン、本当の異世界人。今がどれだけヤバイか分かってねえ……知りようもねえけどよ」

 

 窓の外を睨みながら、半戸は乱れた髪を直した。そして大きく息を吐く。

 

「しばらくこの眺めともお別れか。やれやれ、どこもかしこも怪物ばかりだ」

 

 そう吐き捨てて、半戸は秘書に内線を繋ぐ。重要物品を運び出させるために。

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