【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第57話 襲撃

 まだ熱の残る夜道を、一人で歩いている。身体にはアルコールが回り、腹は料理で満ちている。しかし頭は酔えず、現状について鬱々と考え込んでしまう。

 マジックアイテム探しは、順調に進んでいる。週に一回のチャレンジで、先日二回目を終わらせた。高額が望める品が出て、今は市役所に納めてある。公営オークションが始まるのは先だが、反応は上々であると市役所の担当の兄さんから聞いていた。

 これが、全く別の方面でプラスになった。新社屋の融資の件だ。ダンジョンカンパニーの評価は、マジックアイテムの量と質で決まる。我が社がこれに手を付けたことが、銀行で評価の対象になったらしい。

 企業に融資するならば、稼ぎと財布の中身は重要な要素。しかしそれだけでなく、業界で上手くやっているのかという点も無視できない要素なのだとか。まさかこっちの面でそういう反応が返ってくるとは思わず、評判の重要性を改めて認識させられた。

 ともあれ、新社屋のための融資が決まった。現在は建てる場所の土地を買うために交渉中。建築はまだ先だが、一歩前に踏み出したと言える。

 以上が、最近の良い話。ここからは悪い話だ。

 

「はぁ……」

 

 会社の格を上げるためのもう一つの試み。人員増強が、全くはかどっていない。現在までの追加人数、0人。内定予定者もいない。面接予定も入っていない。ゼロゼロゼロである。

 理由としてはまず、いつも通りのアレ。ダンジョンは忌避されている。誰も彼も、好き好んで入ったりしない。よっぽどの事情を抱えていたり、あるいは好奇心旺盛でもない限り。

 前回で、俺たちのコネによる募集能力は払底した。まあ俺たちというか、俺以外だったんだがそれはともかく。勝則達の会社の同僚も、今回ばかりはダメだった。会社が解散して約半年。皆がそれぞれ新しい仕事先を見つけていた。今更こちらへ、という話にはならなかったのだ。

 給料と待遇良いよ、という話もダンジョンというマイナス要素には勝てなかった。というわけでそのラインからは望めないという結果となった。

 陽子さんの友人、農家のおばさんたち地元ネットワークも前回同様の結果に。人手が足りないのはあちらも同じ。頼るのはだいぶ無理筋である。

 若干反応が違ったのが、東松の人脈だったのだが……。

 

『あー。スンマセン。今たぶん、時期が悪いっすわ』

 

 電話で打診してみた所、こんな返答が返ってきた。

 

『時期、とは何だい?』

『ほら、俺らが手伝った市内ダンジョンの管理手伝い、あったじゃないですか』

『あったねえ。みんな頑張ってくれたねえ』

『あー……その節は本当にスンマセンでした。で、ですね。管理者の人たちが地元の商店街と連携したんすよ』

『ほー?』

 

 東松曰く。モンスターが減った事で、地下二階に下りられるようになった。そこで複数人と協力し、ケイブチキンを少数ながら獲得できるようになった。そしてその肉を、地元商店街の焼き鳥屋に卸すようになったそうだ。

 

『ダンジョンは収入アップ。人手も獲得。管理も楽に。商店街は客寄せできる店が出来て、ウィンウィンみたいですよ』

『おー。素晴らしい。とてもとても素晴らしい』

『店も繁盛してるらしくて、地元じゃ今かなりホットな話題なんすよ。青年団の連中までダンジョンの手伝いに動き始めたって話でして。……というわけで、時期が悪い』

『ああ……そっちに人手が取られちゃってるのね』

『うっす。仮に就職って話が出ても、まずはそっちに流れるんじゃないっすかね。なんといっても人手がたりないし、地元のつながり太いし』

 

 喜ぶべき話だ。ダンジョン管理者が、地元のつながりを回復させた。利益の得られる場所と認識されれば、忌避感も薄れるだろう。これからは、うちがダンジョン管理を手伝う回数が減るかもしれない。無くなるならなおのこと良い。

 ただ……どうしても、うちにとって時期が悪かった。

 

『ありがとう。無理を言って済まなかった』

『こっちこそ。お役に立てられずすみません。もっと先なら、ワンチャンあるかもしれなんですけどね。卒業時期になっても就職先みつかってないアホどもとかなら……』

『ははは。うん、そん時はまた頼むかもね』

 

 というわけで、現状この町で人を集めるのはかなり難しいという状態である。ハローワークへの求人も、全く反応なし。

 何とか打開策を見つける為、今日は地元の社長さんたちの飲み会に参加させてもらった。東松の所の自動車修理工場。あの社長さんにちょうど良く声をかけてもらったのだ。

 その時に、件の焼き鳥屋も拝見した。なんと、長蛇の列ができていた。地元人なのか、はたまた遠征してきたのか。ともあれ新しい流れが確かに生まれていたのだった。

 ……収穫としてはそれぐらい。挨拶して、飲んで、それとなく話を聞いてお終い。皆、年配だったので無理な飲ませ合いにもならなかった。これが社内の飲み会だと上司によるパワハラ一気飲みとか起きるからな。

 酔いを醒ますために、一人夜道を歩いている。腹も一杯だから、こなすにはちょうど良い。そして一人の時間だからこそ、今後について悩んでいられる。

 困った、八方ふさがりだ。まあ正直、分かっていた事でもある。かようにダンジョンカンパニーは人を集めるのが難しい。こうでなければ、東京の企業が人集めに苦労して取り合いに発展するなどという事態にはなっていない。

 こうなってくると、市内ではなく外に視線を向けるべきだろうか。世の中には就職説明会というものがある。複数の企業が集まって、希望者と面談するというもの。それに参加して、知名度を上げていく必要があるのではないか。

 名が知られているというのは大事だ。どことも知れぬ、無名の企業に入りたいとはなかなか思わないもの。入るなら有名な大企業。安定を求めるのは誰だって同じ。ことこんなご時世ならなおさらだ。

 CMとかも打つべきか。テレビは難しいが……そう、地元の映画館とか。そういえばお隣にあったな、そこそこ立派な所が。この間、流が見に行って上映前の地元企業CMが長くてダルかったと言っていた。

 配信や録画なら飛ばされてしまうが、映画館ならその心配もない。案外悪くない気もする。今度提案してみよう。……とはいえ。

 

「すぐに効果がでるものでもない……まずいなあ」

 

 こんな事ならもっと早く動いておくべきだった。人が集まり辛いのは、前から分かっていたじゃないか。新人が育って、利益も上がってきた。そこで満足してしまったのが失敗だった。

 もし正吉さんの忠告がなかったら。一樹さんの前の職場から接触が無かったら。何の準備もできず、業界の悪意に潰されていたかもしれない。会社の責任者たる社長として、あるまじき失態だ。生活を背負っているという自覚が足りない。

 目の前にいたらぶん殴ってやりたいが、解決には全く繋がらない。とにかく人手。即戦力などと贅沢は言わない。言っていられない。ダンジョンで働けるなら性別、年齢、人種も考慮しない。世間様に迷惑かけなければ人格もある程度は許容する。そもそも現在の人員もかなり個性的だし、最悪一樹さんのスマイルブートキャンプがあれば大抵矯正できるだろう。

 知名度と、行動範囲の拡大。次はこれで行ってみよう。……飲み会で得られたものはなかったが、アイデアは湧いてきたな。やはりちょっとでも環境を変えるって大事なんだな。

 やっと気分が少し上向いた。足取りも少しだけ軽い。が、何やら右手に違和感がある。ふと見やれば、そこにあるのは光が集まってできた剣があった。

 マリアンヌさんから貸していただいた、魔法の剣である。

 

「……は? なんで?」

 

 俺の意志で自由自在に現れる不思議な武器。それがこうやって現れるなど、今までなかった。一体何が起きているんだと訝しんでいると、唐突に剣が動いた。

 

「ぐあぁ!?」

 

 腕の関節が抜けるかと思うほどの、強い引き。思わずつんのめると、頭上を何かがとてつもなく高速で通り過ぎた。鋭い音が小さな衝撃を伴っていた。そして、近くの壁がこれまた小さくはじける。

 状況を理解する暇は与えられなかった。再び剣が大胆に跳ね飛んだ。接着剤でくっつけたかのように手に張り付いており、当然俺もまた引っ張られる。

 

「おお、お!?」

 

 再び、先ほどまで立っていた場所で音がする。何かが、起きてる。とても危険なことが。それだけ何とか理解する。魔法の剣が俺を守ってくれている。これの動きに合わせればいい。

 

「頼む!」

 

 何故、を考える暇はない。望外の援助を受けている。ならばそれに感謝して任せるだけ。いまだ混乱の最中にある俺にとって、これが唯一出来る事だった。それを理解してくれたのかどうなのか。なんとなく剣の次の動きが伝わってきた。

 そうなれば、動きやすさは格段に上がる。右へ左へ、前へ後ろへ。千鳥足よりもなお不規則に。絶え間なく聞こえてくる風切り音に、冷や汗が流れる。これは、もしかしてと推測が浮かぶ。まさか、と常識が否定する。何故俺が。どうしてこんな所で。

 しかし考えている暇はない。ひたすら、剣が示すままに身体を動かす。普段の運動力がここで発揮された。会社勤め時代だったら、足がもつれて転んでいただろう。そしてジ・エンド。

 一体いつまで続くのだろう。どうにかして逃げられないか。そう思っていたが、唐突に魔法の剣によるガイドが終了してしまった。目的地に到着でもあるまいし、一体どうい事だ。

 

「ハッハッハ。ビックリだぜ。一体どんな魔法を使ったんだ? その剣はマジックアイテムか?」

 

 暗闇の向こうから、そんなことを言いながら大柄な男が現れた。体格がいい。日本人離れしている。発音も、少しばかり海外のそれが混じっている。動きやすそうな黒ずくめで身を包み、顔は目出し帽。いわゆる強盗ファッションだ。

 

「どうした? ビビって声もでないのか? 銃で撃たれた経験は初めてか?」

 

 ああ、やっぱり。あれは銃弾だったのか。音がほとんど聞こえなかった。サイレンサーというやつか。そういえば、僅かに空気の漏れるような音が聞こえていたような? ドタバタしていて気を向けている暇もなかったが。

 

「……とりあえず、初対面の人に教える話じゃないですね。顔隠してたら、余計に」

「は。ケチ臭い野郎だぜ。スラムの爺よりもこすっからい」

「そういう方は存じ上げないので何とも。……日本語、お上手ですね」

「そこいらのヤツとはデキが違うんでね」

 

 こんな会話をしつつも、じりじりと迫ってくる。逃げ出したいが、たぶん無理。なんとなくだが、単独犯じゃない気がする。背を向けたとたん、四方八方から襲ってくるだろう。魔法の剣がどこまで教えてくれるかわからない。絶体絶命の状況は、継続中。

 再び銃で撃たれない方法。そんなものがあるのか……ある。唐突に閃いた。あるぞ、集中砲火の火だるまにされるよりもマシなルートが。

 俺は、迫ってくる男へ向けて一歩踏み出した。

 

「おお? そりゃ一体どういうマネだ?」

「あんたのお仲間も、流石にご友人に向けて銃は撃たないだろう?」

「は! 俺の近くなら安全って考えたのか? そいつはずいぶん……間抜けだなぁ!」

 

 男が、ファイティングスタイルのまま突進してくる。俺は急速にプラーナを練り上げて叫ぶ。

 

大君(タイクーン)!!!」

 

 戦闘への恩恵はほとんどないアビリティ。それでも、使用時にはプラーナの流れや生産が楽になる。この状況で出し惜しみしている余裕はなかった。

 

「フンッ!」

「おおっ!」

 

 振りかぶられる右ストレート。対して俺は、腰を低く構えると、その足に飛びついた。いかにもマッスルエリートと言わんばかりの大男。殴り合いで勝てるとは思っていない。

 

「てめえ!?」

「っしゃぁ!!」

 

 相手の腹の下、重心を持ち上げる。ああ、そうだ。大君の地味な能力その1。重いものを簡単に持ち上げられる。まさに今この時に使えるじゃないか!

 俺は大男を持ち上げ、勢いのまま背後に放り捨てた。相手の突撃の力が、いい感じに使えた。

 

「Shit!」

 

 大変発音の良い罵りが飛び出した。そのまま落ちるかと思いきや、男も素人ではなかった、受け身を取って、素早く体勢を立て直す。追い打ちをかける暇もなかった。体格に見合わぬ、見事な身のこなしだ。

 

「……てめえ。田舎者のザコの癖に、ふざけたことしてくれるじゃねえか」

「いきなり殴りかかってくる人に言われたくないですね」

「舐めやがって……ぶっ殺す!」

 

 そう叫んで、腰の裏に手を回す。そこから引き抜かれたのは、大振りのナイフ。薄闇の中でもはっきりと分かる、鋭い刃と怪しい輝き。あれは、まさか。

 

「シッ!」

 

 瞬く間に刃が迫る。もはや考えている暇はない。一か八か。俺は魔法の盾をその場にかざした。手ごたえがあり、()()()()()()()

 

「なんだと!?」

「は、はははははははははっ!」

「笑ってんじゃねえ!」

 

 笑うしかない。相手を笑っているんじゃない。命がかかっている場面で博打が当たったのだ。この状況だともう、笑いしか出てこないのだ。恐怖で。

 やはり、マジックアイテムだった。マリアンヌさんから借りっぱなしのこの魔法の剣。物理には全く効果がない。こいつが持っているナイフが一般的なそれだったら、今の時点で死んでいた。

 マジックアイテムだったからこそ、防げたのだ。……となると、この盾を剣にしてはいけない。忘れもしない、夏のダンジョンブレイク。ハウルボアのボス。あれに魔法の剣をぶっ刺したところ、能力減衰を起こしていた。身体にかかっていた魔法の力を打ち消したのだと思う。

 そういう効果があるのなら、相手の武器はマジックアイテムのままの方がいい。このままなら防げるから。

 

「What!? なんなんだ、その盾はよ!? 何処から取り出した!」

「なんなんだろうねえ!」

 

 原理は俺も知らない。なので答えられない。

 

「どこまでコケにする気だ、ザコのくせによ!」

 

 ねじ込まれる左のフック。腕でガードを固めて受ける。重く、突き去るような衝撃。だけど耐えられないほどではない。同時に気づく。

 

「プラーナ……!」

「てめえごときが、ガードしてんじゃねえ!」

 

 腕力以上の衝撃を感じる。その腕力にしたって、普通じゃない。結論。こいつはダンジョンに潜っている。プラーナに覚醒しているし、マジックアイテムも使う。

 

「東京の、ハンター!」

「それが分かった所で、なんだってんだよ!」

 

 体重の乗った前蹴りが迫る。咄嗟に盾を前に出し、己の失敗に気づく。しまった、この盾では蹴りを防げない。そう思ったのだが、結果は違った。腕に伝わる衝撃は、それこそハンマーでも叩きつけられたようだった。でも、キックは俺の身体に到達しなかった。代わりに、ハンターがたたらを踏んでいた。

 

「Shit! 何て邪魔な盾なんだ……」

 

 忌々しそうにそう言いながら、バランスを立て直すハンター。これは、つまり。この盾はプラーナを使った攻撃を防げる。ということは……プラーナを纏った身体を斬れる?

 心臓が一度大きく跳ね上がった。斬るのか? 斬れるのか? いくら加害者と言えど、相手は人間。モンスターではない。これは実戦。訓練でもない。

 罵り殴ってくる相手を、守りたいなどという気持ちはもちろん微塵もない。ぶちのめしたいという怒りで満ちている。だが俺はこの社会で生きる一般人である。守らなければいけないルールがある。俺が過剰防衛を行い、それが罪に問われたら会社はどうなる。仲間はどうなる。

 俺には責任がある。怒りに任せて相手を害するわけにはいかない。さりとて、このままではジリ貧だ。状況を変化させなくてはいけない。

 どうする。どうしたらいい。何をすれば変化が起きる? 俺にできることは? ……発想の転換。俺の勝利条件と、相手の勝利条件は何だ。

 

「もう一回だ! Shoot! Shoot! Shoot!」

 

 盾がまた勝手に動き出す。それに任せて足を動かす。周囲から再び物騒な風切り音。そして今度ははっきり聞こえる、鈍い紙鉄砲じみた音。

 音。サイレンサー。静かにしたい。騒ぎにしたくない! これだ!

 

「お巡りさーーーん! 犯罪でーーーす! 強盗でーーーす! ハンターが暴れてまーーーす! 銃を撃ってまーーーす!」

「てめえええええ!」

 

 あらん限りの声で絶叫する。ここは町の中心街……から少しだけ離れた場所である。周囲には民家も商店もある。人だっているのだ。すぐに聞きつけて動く可能性は……半々、かな? 我が身を案じて耳を塞ぐか。野次馬根性で110番に電話をかけるか。

 とはいえ、誰がどう動くかなんて俺にも相手のハンターにもわからない。そして、警察が来たら困るのはあっちだけ。事実、大変焦っている。

 ここぞとばかりに俺は、ハンターに向けて大きく踏み込んだ。銃撃が止る。相手のベルトを掴む!

 

「っしゃおらああああっ!」

「あああああアアアッ!?」

 

 勢いよく、地面に叩きつける。そしてはたと気づく。そうだ、これでいいんだ! 

 

大君(タイクーン)!!! おおおおおおおりゃぁ!」

「Noooooooooooooo!」

 

 アスファルトに叩きつける。持ち上げる。ブロック塀に叩きつける。持ち上げる。もう一回アスファルトへゴー! 斬る必要などない! 殴る必要すらない! 硬い地面という、鈍器がそこにある! 首と頭さえ気を使ってやれば、うっかり死ぬこともない! 俺、これが終わったら本格的に柔道勉強する! 俺にとってマスト技能だ!

 

「ぐ、ううう……このクソ野郎……ぶっ殺す……」

「警察来るまで、ボッコボコにしてやる。お仲間もさぞかし困る……」

拷問官(トーチャー)

「ギッ!?」

 

 痛みが、全身を襲った。爪をはがされた。指を潰された。耳を千切られた。歯を引き抜かれた。舌を焼かれた。種類の違う痛みが同時に五つ。立っていられなくなり、その場に倒れこむ。悶絶する。耐えられない。

 

「あああああああああ……」

「俺は……このアビリティが大っ嫌いでよ……絶対に、使わねえって思ってたんだけどよ……ッ!」

「ぶっ」

 

 顔面を蹴り飛ばされた。脳が揺れる。ゴロゴロと、地面を転がる。

 

「ザコに舐められて! 負けて! ボスに嫌味言われるよりは! マシだよな!」

「ぐ、う、が、あっ」

 

 腹を蹴られる。背を蹴られる。踏まれる。また蹴られる。襲い掛かる痛みに耐えるためには、やはり転がる以外なかった。

 必死で呼吸を整えようとする。だけどできない。プラーナを使えない。アビリティも途切れてしまった。不自然な激痛は継続中。どうしようもない。攻撃と痛みに耐えながら……あ。

 稲妻のような閃き。魔法の剣をナイフにして、自分に突き刺す。途端に、様々な痛みは魔法のように消え去った。

 

「っしゃあ!」

 

 跳ね飛ぶように立ち上がる。全身に痛みがあるが、さっきの理不尽なそれに比べればたいしたことない。

 

「てめえ……俺の拷問官(トーチャー)を消し去りやがったな。何しやがった」

「答える義理はない……べっ」

 

 血が混じった唾を吐く。くそ、口の中切れたな。なるべく早く治ってくれればいいけど。美味しいものが食べられないのは人生の損だ。

 

「あれだけ蹴り飛ばしてやったのに、それだけ動けるってどういうことだ。何喰ってやがる」

「ダンジョン食材を毎日。美味いし頑丈になるしで最高だ」

「ふざけてやがる」

「それはそれとして。あんたのアビリティの名前、拷問官(トーチャー)っていうの。ふーん。それってー、公的機関に問い合わせればー、分かったりしちゃうのかなー?」

「……」

 

 ついに、相手は喋らなくなった。ただただ、全身から怒気をにじませている。俺は全身にプラーナを巡らせつつ、一歩づつ近づこうとした。

 そこに、電話がかかってくる。流れる着メロ。当然、受けている暇などない。気が散ることこの上ない。早く止まってほしいのだが、一行にその気配がない。続くそれに、どうしても不安が湧いてくる。

 ハンターとのにらみ合いが続く。手を伸ばしてくる。それに合わせて、こちらも相手の服を掴もうとする。逃げられる。ハンターは再び俺にアビリティを使いたい。俺は服を掴んで投げ技に持ち込みたい。

 互いにもう時間も加減もない。最後の一撃を入れたい。だからこそ下手を打てない。結果的ににらみ街が続く。

 そして、時間経過は俺に味方した。遠方から、サイレンの音が聞こえ始めてきたのだ。

 

「Shit! 覚えてろよ、必ずぶっ殺してやる!」

「警察に通報しておきますねー」

 

 捨て台詞に対して、そう返しておく。怒気と殺気が混じり合ったすさまじい眼光を向けられた。だがそこまで。走って逃げていくので、俺はとりあえず物陰に隠れた。銃を撃ってくる奴がそのまま残っていないとも限らない。

 魔法の剣をショートソード状態で握りつつ、電話に出る。

 

「もしもし、入川……」

『社長! 会社周辺が火事です!』

 

 勝則の切羽詰まった一言が、疲れた脳をぶっ叩いた。

 

「火事!? 皆は無事か!?」

『はい、全員避難済みです。空き家が燃えましたが、魔法を使って消火しました。家も倉庫も無事です』

「そうか……そうか。よくやってくれた」

 

 胸をなでおろす。万が一があったらと思うと冷や汗が出る。

 

『ですが、どうにも不自然でして。一度に複数個所から火の手が上がったのです。燃え方もおかしく、放火の可能性があります』

「ああ……たぶんそうだろうな。俺の方も、襲われたよ」

『襲われた!? 先輩が!? 今どこですか! 怪我は!』

「安心しろ。散々ボコられたけど、命にかかわるようなのはない。警察が来て逃げてったし……あ、お巡りさん到着した。すまんが、切るぞ。とにかくこっちは大丈夫だから」

 

 勝則はまだ何か言っていたが、時間がない。俺は両手を上げて、近づいてくる警察官の前に立った。ああ、疲れた……。

 酔いはすっかり、醒めていた。

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