【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
騒動があった日の翌日の昼。俺は仮眠から目を覚ました。昨晩はあれから、色々大変だった。まず警察に事情を聴かれた。身分証を呈示して、状況を説明した。しばらくは普通に聞いていた警察官だったが、相手がハンターだったという発言をした後は様子が変わった。
何というか、唐突にやる気を失ったのである。聞き取りはおざなりとなり、すぐに切り上げられた。そのままパトカーで病院に送ってくれたのはありがたかったが。
緊急外来で治療も受けた。ただの打撲と擦り傷だけという診断結果。顔面を蹴られたが、骨の異常はなかった。弾丸サンマの骨を食っている成果が出たのだろうか。
身体中、塗り薬と湿布だらけになった所で病院から出ると勝則が車で迎えに来てくれていた。互いの無事を喜び合い、車に揺られて帰宅する。その頃はもう深夜というより明け方に近く、空も白み始めていた。
ついつい舟をこいでいると、鼻をくすぐる焦げ臭い香り。無理やり目を開けば、遠方に見える僅かな赤い輝き。見えてきたのは、煙燻る黒く焦げた空き家の数々。火は消し止められていたが、いまだ消防車が現場にとどまっていた。
状況に呆然とするも、俺にできることはない。そのまま帰宅し、仮眠をとったというのがここまでの流れである。
少しばかり痛みが引いた身体を引きずって、居間に。今日は休みにしたのだが、皆が揃っていた。
「おはようございます社長。ご飯いかがしますか?」
「おはようございます。……軽く、いただきます」
陽子さんにそう返して、いつもの席に座る。小百合が淹れてくれた麦茶に口をつけて、人心地つく。皆、口数少なくその場にいる。事務仕事をしたり道具の手入れをしたりしているが、落ち着いているとはいいがたい。
思う所があり、黙々と朝食兼昼食をいただく。雑炊なので、あっさりといただける。もちろん、我が社なのでケイブチキン素材使用である。美味しい。
腹に納め終わり、ご馳走様とつぶやく。そして、待っていたであろう人物に声をかける。
「フジくん。今回の事件、件の企業の仕業っぽいね」
「ご迷惑をおかけしました。相手が一枚上手で、動きを察知し損ねました。不手際をお詫びします。まさか社長を直接狙ってくるとは」
いつも微笑んでいる彼であるが、今日ばかりは神妙にしている。……冷静で良かった。この人が怒りのまま暴れたら、誰も止められないものな。
「……つーか社長、本当に大丈夫なんすか? 銃で撃たれたとか聞きましたけど」
「うむ。自分でも意外なほど、動揺がない。……あれだな、リューよ。比較対象が悪い」
「比較対象?」
「クソでかいイノシシの化け物が目の前で吠えたのを覚えているとな……」
「ああ……なんかすげー分かった。怖いっすもんね、ハウルボア」
連中の咆哮は、なんというかでっかい太鼓が目の前で叩かれたような感じだ。ドカンと響く。身体を揺さぶる衝撃だ。本能に、命に恐怖を叩き込んでくる。
確かに銃弾は恐ろしい。当たり所が悪ければ、致命傷となるのだろう。だが、小粒の鉛玉とハウルボア。比べる対象ではないのだろうけど、脅威という枠組みに入れるとどうしても……。
「むしろ、アビリティが嫌だったな。最悪だったぞ、爪とか指とか耳とか。そういう所が死ぬほど痛くなるヤツだった」
「ウェー、マジ最悪っすね……」
「社長、アビリティの名前を聞いていますか?」
身を乗り出して、一樹さんが聞いてくる。その表情は真剣で強張っている。
「
「ああ、はい。ハンター同士のケンカ程度ではもう、警察は動きませんから。しかし、名前を憶えてくださったのは助かります。これで特定しやすくなる」
彼の言う通り、そう思って覚えていたのだが。聞き逃せない話題を出されてしまった。
「警察が動かないって?」
「言葉通りです。現在の日本に、そんな余力はありません。他にもっと優先すべき事態がありますので」
「……というと?」
「外国の破壊工作員、諜報員、強盗団などへの対策です。もちろんこれらはダンジョンによるブーストが掛かっています。超人には超人でしか対抗できません。それらに比べれば、ケンカなど取るに足りない事ですから」
肩をすくめる一樹さん。取るに足りない事、と言われてしまうと当事者としてどうしても納得いかないものが湧いてくる。
「強盗団って……わざわざハンター崩れを使うほどの事ですか?」
「マジックアイテムを盗みに来るのですよ、宏明さん。いろんな保管場所を狙ってね」
「最悪じゃないっすか!」
「ええ。あれらの中には個人所有を禁じられるほどの危険物がありますから……となれば国が欲しがるレベルであるとも言えます」
物騒な話に、歩が眼鏡の位置を直しながら入ってくる。
「……第三次世界大戦は、今までの常識が通用しなくなる。そんな予想が評論家の中で飛び交っているとか。魔法やアビリティは個人能力。戦場への影響は限定的。しかしマジックアイテムの中にはそれらを凌駕する広い効果を持つものがあるとか」
「危険視して、民間人がダンジョンに入るのを禁止するべきだという声もありますが。じゃあ対処をする新しい組織を作るのか。財源はどうするのかで揉めて話が前に進まない。もう10年ばかりそんな感じですね」
珍しく健平が会話に入ってくる。彼の世代は、正しくダンジョンによる世の変化に翻弄されているからな。思う所もあるのだろう。
話題がだいぶ変わってしまったから、本流に戻そう。
「警察が動かないということは、やはり対処は自分たちでやるしかないのか?」
「……どうしても、そうなってしまいますね。まあ、警察組織に伝手がないわけでもないのですが」
一樹さんがそう言っていると、来客を告げるチャイムが鳴った。
「ああ、来ましたね。その伝手が」
「そういえば、今日だったか」
よりにもよって、という気持ちもあるが。丁度良い、というタイミングでもある。来客を迎え入れてもらう。ついでに、一部の人間には外に出かけてもらうことにした。やはりどうしても狭いから。
パート組が買い出しに。その付き添いに健平が運転手となって出発。そして代わりに入ってきた三名が、居間に通された。
「お邪魔します。なんとも、大変な状況のようで……あと、初めまして。
挨拶してきたのは、俺たちと同年代の男性だった。髪の毛はしょっと長め。テレビで見る時は和装なので、普通の洋服を纏っているのは新鮮に見える。背は俺より高い程度か。
その隣にいるのは、栗色の髪を腰まで伸ばした美女。背は隣の男性よりも拳一つ分くらい低い。160くらいかな?
「
三人の中で一番背の高い娘が、女帝に促されている。剣聖、女帝、そして断神。テレビの有名人が、我が家にいる。ちょっとした異常事態だ。
そんな彼女、俺に恐怖を植え付けてくれた人が真っすぐこっちを睨んでくる。我が家はなんだかんだ美男美女がいるのだが、頭一つ抜けて輝いて見える。バリバリの現役タレントは伊達じゃない。スタイルの良さはマリアンヌさんに匹敵するしな。
「……その怪我はどういうことですか」
「里奈ちゃん、ご挨拶! あと失礼なこと言わない!」
「
思いっきり詰問されている。……なんというか、特に腹が立たない。あれかな、欲しいものを目の前で取り上げられた子供。そんなのと同じ表情をしているからだろうか。この間までは土下座して帰ってもらうつもりだったが、なんだかそんな気分も失せた。
俺たちの現状については特に隠す事でもないし、ちょうど良くもある。座ってもらって状況を説明する。かくかくしかじかー、の一言では済まないので約十分間くらいで話をまとめた。
「
きっぱり言い切る道明さん。相手の正体が分かったのは喜ばしい。
「地王カンパニーは日本有数のハンター系勢力です。通常は企業が主でハンターが従。ですが地王はその逆でやってますね。複数の企業をハンターが従えているという形です」
香さんが説明を付け加えてくれる。……形態としてはうちと同じ。というか究極発展版みたいな感じなのかな。
「あそこは海外との繋がりもあったはず。銃の入手はその伝手ですか。……想定していた中で、一番大きなところをぶつけてきましたね。道理で動きが見えなかったわけだ」
一樹さんが難しい顔をしている。さっきも言っていたが、相手が上手だったようだ。
「しかし、アダムソンが動いていたと分かったのは大きい。早速東京に連絡して、地王へ調査に入ってもらいましょう。これである程度、連中の動きを阻害できるはずです」
「え。警察ってハンターのケンカには首突っ込んでくれないんじゃ?」
空気の読めない男、流。ここで一発カマましてしまう。道明さんとしては苦笑いを浮かべるしかない。
「……人手が足りないせいで、致し方なくそうなっています。ですが、警察も決してそれを望んでいるわけではないのです。犯罪者を抑え込む力があれば、たとえ危険であってもハンターを捕えるのに躊躇いはありません」
「そして、私たちドゥームブレイカーズの任務の一つには、犯罪者ハンターの捕縛があります。つまり私たちが動けば、警察も協力してくれるというわけです」
おお、と感嘆の声が上がる。諦めていたのだが、ここで公権力の介入が期待できるのか。
「じゃあこれで解決っすね!」
という流の一言に、すっと三名ほどが視線を逸らす。具体的に言うと剣聖、女帝、うちの一樹さん。それをじっと眺めていると、代表するかのように道明さんが語り出す。
「……実行犯は、なんとか。ただ社長や組織全体となると、たぶん弁護士山ほど立てられて長々と抵抗されると思います」
「金持ちがよくやる奴……」
「はい。実際金は山のように持っているはずなので。先ほども申し上げた通り、多少なりとも相手の動きを阻害させることはできると思います。ですが、解決はちょっと……」
とのお言葉。肩透かしを食らって、社員一同唸るしかない。
「……結局、うちの会社が助かるにはどうしたらいいんですかね」
宏明の言葉に対して、東京から来た三人は答えられない。まあそもそも、彼らに解決を求めること自体間違っているから仕方がないのだが……。
「分かりました。私が全部斬りましょう」
と、思っていた所で立ち上がる我らが断神様。ぐっと握りこぶしを作る様は頼もしく愛らしく恐ろしい。
「待って! 里奈ちゃんまって! それやっちゃうとまた色んなところから叱られちゃうから! 今回はダンジョンカンパニーだから! 出版社や芸能事務所やヤクザの事務所とは違うんだから!」
後ろから抱き留め、引っ張るようにして翻意を促す香さん。しかし断神様は大木のごとく仁王立ち。一歩も動かず。
「せっかく、私が、休みを取ったのに。楽しみにしてたのに。邪魔されたのだから、抗議する権利があると思うんです。ばっさり」
「里奈ちゃんがばっさりすると、普通の会社は機能停止するの! 今度やったらかばいきれないって上からもさんざん言われてるでしょ!」
なにやったの断神様……いや待てよ? 動画サイトでなんかそんな感じの与太話が流れていたっけか? 彼女を怒らせたどこぞのゴシップ出版社が何日も謎の現象で機能停止に陥った。彼女の怒りに触れたからー、とかなんとか。あれ、マジだったんかい。
しかし楽しみに、なあ。てっきりプライドを傷付けたから……と思っていたのだけどなんだ感じが違う。敵意がない。嘲りもない。不満はあるようだが、それは俺の怪我についてのようで。
ちょっと話題はそれてしまうが、ここいらで彼女の真意を伺ってみるとしよう。
「すみません、観月さん。一つよろしいでしょうか」
「……なんでしょう」
「ちょっと話が逸れてしまうんですが。そもそもの話、観月さんは、自分にどのようなことを求められているのでしょうか? この首を斬り落とすことが目的、ではないのですよね?」
「違います! 大変、心外です!」
頭から湯気を噴き出さんばかり怒りぶり。うん、なんとなく違うと思っていたけど一応ね。
「では、攻撃を防がれるのが目的、ということでしょうか? 残念ながら今の自分にはとてもそんな技量はないのですが……」
「ううんんん……近いようで、遠い感じで……。防いでほしいのではなく、防がれた上でさらにそれを超えたいというか……ううう」
「里香ちゃん、がんばれ!」
何故か力強く応援する香さん。隣で道明さんが力強く頷いている。ついでに説明もしてくれる。
「里奈はなんというか……とても直感的というか感性で語る所があって。思う所を言葉で説明するのがなかなか」
「ああ。擬音で喋り出す系の人っすね。分かります」
流の言葉に、ふと思い出すのは日本野球界の伝説。ものすごいバッターだったが、色々トンデモエピソードを持ってた人。あの人も擬音でしゃべる系の人だったな。つまりは天才系。彼女もそうであるということだ。実はそれほど珍しいというわけでもない。言い方は悪いが、もっとひどい人は山のようにいる。
「……お聞きした所を思うに、訓練をしたいように感じました。それならば、同僚の方でよろしいのでは? それこそ、こちらの剣聖殿とか」
歩が上手くまとめてくれた。それに対して彼女は首を横に振る。
「道明くんはダメです。なんというか、合わないんです」
「合わない、とは? 訓練にならないという意味ですか?」
「大体そんな感じです。こう、私は大きな剣を思いっきり振り下ろすタイプです。道明くんは早くスパーンと切るタイプです。なんかこう……合わない」
「なるほど。戦い方や速度が合わないから訓練にならない、ということですね」
「そう、それです!」
見事な翻訳ぶりを見せる歩。断神様もにっこり。同僚二人など拍手すらしている。しかし、訓練にならないか。ドゥームブレイカーズには、彼女と打ち合えるタイプのハンターがいない様だ。そしてさっきの発言。つまり里奈さんの要求とは。
「……練習相手になってほしい。そういう感じでいいですかね?」
「それっ!!!」
我が意を得たり、と喜色満面で宣言する彼女。……なるほど、やっとわかったぞ。日本のトップとされる彼女には、競い合える相手がいなかった。仲間もそうだし、同業者にもいない。
とびぬけて強い人たちはいるが、ジャンルが違う。彼女と高め合える人間がいなかった。そこでうっかり攻撃を防いでしまったのが俺だ。
自分の望みを叶えてくれる相手が見つかった。だから会いに来たかった、と。そういうことだったのか、と皆が納得の表情を浮かべている。ご友人二人などは特にそれが強い。
「……すみません。これは身近にいる自分たちが察してやるべきでした。彼女の剣はチームで一番、いや日本一だとずっと思っていた。彼女がさらに上を目指しているなどと、考えたこともありませんでした」
「ごめんね、里奈ちゃん」
どうにもこの三人、ただのチームメイトという以上に友情で繋がっているように思う。十年一緒だったのだから、それぐらいでないとやっていけないのかもしれないが。
ともあれ、これで彼女の怒りの理由もわかった。折角見つけた自分の練習相手をボコられた。わざわざ休みまで取って会いに来たのに、邪魔された。楽しみを取られたのだから、そりゃあ怒るわけである。
相手の望みが分かれば、話のしようもある。やっと彼女と向き合えるというものだ。そろそろ、テレビのあこがれの存在などという色眼鏡で見るのを止めよう。
目の前の女性は一流の先輩ハンターである。対する俺は? ミナカタの社長だ。
「えー、観月さん。申し出は大変ありがたいのですが、ご迷惑をおかけしてまでお手を煩わせるわけにはいきません。お気持ちだけいただきます。ありがとうございます」