【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
彼女にお願いすれば、俺たちはだいぶ助かるかもしれない。しかしだからと言って、負担を押し付けるのは違うだろう。いくら里奈さんがそう望んでいるとしても、周囲の意見は違うのだし。うっかり変な所から敵意を持たれてもよろしくない。
「……悪党の対処は、どうされるおつもりですか?」
とはいえ彼女の質問も当然のもの。筋と建前だけでやっていけるほど世の中甘くない。……今回の事で、実行犯は捕まえられるかもしれない。だが主犯はそのまま……ん? 主犯?
「フジくん。そもそも、今回のたくらみをしてるのってだれだっけ?」
「はい。私が前に就職していた企業の重役、
「その過程で、うちが邪魔になり……過激なハンターが投入された。その過程で俺が命を狙われたと」
がた、と立ち上がる里奈さん。慌てて両側から抑える友人二人。座っててどうぞ。
「つまりその海田をどうにかできれば、ハンターの襲撃は止まるわけだ」
「報酬が支払われなくなるわけですから、おそらくは」
「……罠、張れるか?」
ぼそりとつぶやく。正直な所、正攻法はもう無理だ。会社の格を上げ、容易に手出しできない状況にする。当初のプランは瓦解した。相手があまりにもイリーガルだった。
会社のために法は順守する。しかし、法を守って会社が倒産しては意味がない。……裏帳簿とか粉飾決算とか非合法収入とかそういうのに手を出そうという話ではない。念のため。
ともあれ、まっとうな手段で守れないのであれば是非もない。相手の首取ってこの戦争を終わらせるしかない。仕掛けてきたのは相手なのだ、文句など言わせるか。
「海田に犯罪行為を自白させる。またはその証拠を確保する。そうして地王カンパニーとの繋がりを断って状況を終了させる。……こうでしょうか?」
「ばっちりだ、ウォーカー」
いつの間にか宏明がホワイトボードを持ち出してきた。そこに『海田を排除する!』と太くマーカーで書き出した。
「次です、社長。罠を張ると言いましたが、具体的にどんな方法があるでしょうか」
「うーむ……罠といえば……餌、か?」
ただの思い付きで口を開く。そこでひょいと手を上げるのは流。
「はい! 餌、相手が欲しいモノ。相手の目的と言えば、フジくんっす!」
「フジくんを餌にする、なあ……本人的には、どう?」
「望むところ、の一言に尽きます。今回の騒動は私の不始末が原因。決着をつけるのに、どうして躊躇いがありましょう」
いつもより、ずいぶんと凄みのある笑みを浮かべる一樹さん。うーん、やる気十分。宏明は『藤ヶ谷を餌に敵を釣る!』と新たに書き加えた。
「……やや急ぎすぎな感じがありますが、これ以上はない気もしますのでこのまま行きましょう。餌は決まりました。次は罠です。どのような罠を、何処に設置するか。それによって誘導方法も変わってくるかと」
歩が話の進行を買ってくれてるので任せる。そして罠の位置と種類か……いよいよもって、難しくなって来たぞ。何といっても、ここにいるメンバーの半数はもと一般人だ。罠だ何だとは、無縁の世界に生きていた。
思い付きのアイデアは出せるが、良い悪いの判断がなあ……。そう悩んでいたら、道明さんが手を上げてくれた。
「部外者ですが、一言。どのような罠になるにせよ、最悪を考えておく必要はあると思います。おそらくは地王カンパニーが出張ってきます。マジックアイテムを多数所有していると予測できますから」
「周辺被害を考えるなら……ダンジョンの中というのが、安パイだと思いますよ」
香さんも知恵を貸してくれた。そうか、ダンジョンか。確かに、そこなら一般人は絶対近寄ってこない。警察の目もない。派手な事をしても、外からの介入がない。外部勢力の援軍が望めないという意味でもあるけど。
「なるほど、それではうちのダンジョンに……」
「せっかくの会社の設備を危険にさらすのはどうかと。どこか別のダンジョンを借りるのはいかがでしょう」
一樹さんの言葉には、頷くしかない。被害は少ない方がいい。とはいえそうなると、別のダンジョンが必要になるわけだが……アテがあるな。
「よし。市役所に言って、ダンジョン借りよう」
「そんなことが可能なんですか?」
目を丸くする道明さんに対して、親指を立てて見せる。
「家は市内ダンジョンの間引きを請け負った実績があるんです。そのツテがあれば、市が管理しているダンジョンの間引きも同じように行けるはず。あとはその中で一番周囲に被害がない所を選べばいい。……確かここに、市のハザードマップがあったはず」
戸棚を探して、目的のものを引っ張りだす。ハザードマップとは本来、水の氾濫や津波で被害が予測される場所を記載した地図である。昨今の地図には、これにダンジョンの位置も追加されているのだ。
「たーしーか、市の管理しているダンジョンがここいら一帯にまとまっててー。でもってこの一帯は……やっぱり。畑や農家ばっかだ」
「所有者にはご愁傷様というべきでしょうが、なるほど。今回に関しては都合がいいですね」
剣聖殿からの評判も上々。ならばここで迎え撃つということでいいだろう。ホワイトボードへさらに一文。『市管理ダンジョンを借りる!』。
「順調ですね。さて、場所が決まったらあとはどんな罠を準備するか。そしてそこへの誘導方法ですが」
「誘導については、どうかお任せを」
一樹さんが手を上げた。
「どんなアイデアが?」
「稲村貿易に協力させます。外はともかく、内側のことなら連中も使えるでしょう。必ず、海田をダンジョンへ引きずり込めるネタを吐き出させます」
闘志をみなぎらせて彼が笑う。抑えてはいるが、うっすらと怒りが滲んでいる。さもありなん。ここまでされているのだから、当然の感情だろう。
「……社長。思いますに、件の海田なる人物への接触方法はとても限定されています。その中で、一樹さんのアイデアは有力であると考えられるかと。これで進めていただき、ダメであればまた別の方法、というのはいかがでしょう?」
「そうだな。……別の方法なあ、何か思いつくか?」
「ふつーに、フジくんと契約したければここまでこい。さもなきゃ話はご破算だ、でいいんじゃないっすか?」
「リューくんよ。そりゃちょっと弱いぜ。相手だってわざわざこっちが待ち構えてるヤベー所に足踏み入れたくねーよ。だから藤ヶ谷さんが会社揺さぶるっていってんじゃねえの」
「はーん。弱みがダメだった場合のライン……スケベ心? ヒロっちじゃあるまいしなあ」
「よーし表出ろコノヤロウ」
「脱線してるぞ、どんぐり共」
「「ひどい」」
「でも悪くはなかった。フジくん、海田とやらがよだれをたらすようなマジックアイテムってある?」
「もちろんあります。なるほど、それで吊り出すと。セカンドプランとしては十分ですね。用意しておきます」
「よろしく……これで決めるべきことはあと一つか」
どんな罠を用意するか。さあ、これはいよいよ困ったぞ。
「海田が出てくるなら地王カンパニーもついてくると考えるべきだよな」
「計画を立てるなら最悪を想定するべき、とよく言います。であれば当然そうなるかと」
歩が恭しくうなづく。……こいつ、一般人枠なのになんでこう様になるのか。オタクパワーとはこういう時にも役立つのだろうか。
「……銃器を装備し、アビリティも覚えているハンターの集団。これに対応するのは、並大抵のことじゃないよな」
「はい! 私が斬ります!」
御立派な胸を弾ませて、全力で挙手されたのはもちろん我らが断神様。当然友人二人が止めに入る。
「里奈ちゃん、ちょっと落ち着こう? いつ来るかわからない相手の対処だよ? お仕事もあるし、いつもここにいられるわけじゃないんだよ?」
「そうだぞー。休暇だってそんなに長くとれるわけじゃないんだからなー」
「でも、自由時間は何処に居てもいいって話でしょ?」
「いつでもダンジョンブレイクの対処に入れるって前提だよ? ここじゃあそれも無理……」
「……フジくん。今の話、こいつでちょっとズルできねぇかな?」
取り出したるは、崑崙マーケットの通行証。一樹さんは顎に手を当てて唸る。
「……これでは無理ですね。これはあくまで、あのマーケットへの通行証でしかない。出発点と帰還点は変えられません」
「だめかー」
「ですが、言わんとする所は分かります。……かの魔女と、交渉してはいかがでしょう。社長の言葉であれば、もしかするとワンチャンあるかもしれません」
「マジか」
むむむ、と唸る。果たして、彼女の助力を得られるだろうか。前回は、ダンジョン管理できるかできないかの瀬戸際にあった。そういった切羽詰まった状態だからこそ、助けを得られたと思う。
今回はどうだ? 命を狙われたのだから、同等のピンチであるとは言える。……あとは代償として何を差し出せるかだ。前回はダンジョン管理の全う。反故にした際のペナルティ。この二つを約束したわけだ。
ほとんど命を差し出したに等しい。これ以上、何を出せるのか。何とかして、俺一人の持ち物で納めなくてはいけない。
「ちょっと、保留ですね。もしかしたら、何とかできるかもしれない。便利なマジックアイテムを借りられるかも……不確定ですが」
「そうですか……何とか頑張ってください。私は、怒っています」
ふんす、と怒気を噴き出す里奈さんである。彼女が参加してくれたら、確かにこれ以上のない戦力増強。存在自体が罠となるだろう。
さて、そのほかの罠。トラップ。国内有数のベテランハンターを相手どれるようなもの。早々、思いつくものではない……のだが。
「……そろそろ、なんかあるんじゃないか。かっつん、サッチー」
この話し合いが始まってから、ずっと黙っている兄妹に声をかける。二人の目が、強い意志を宿してこちらに向けられていた。
「一つ、提案があります。事が大きくなりますので、採用については社長に一任いたします」
ただの提案をするにしては、ずいぶん硬い言葉だった。いっそ気迫と呼ぶべき様なものが、勝則から感じられた。
続いて小百合が、この場にいる全員を見回しながら語る。
「この提案については、表ざたにできない情報が含まれています。聞かれるのも語るのもご自由に。ただし、その後については自己責任にてお願いいたします」
……この一言で、納得した。一つフォローを入れておく。
「今から、この二人のくっそ重くて笑えない話がスタートする。席を外すなら今の内だぞ?」
俺の一言に、二つの反応が生まれた。まずお客様三名。顔を見合わせたがそれだけ。聞く姿勢を保っている。
「よろしいので?」
「仕事柄、守秘義務を負うことは良くありますから」
「人様の秘密を語って歩くような趣味もありませんし」
「そもそも、人のこと言えた生い立ちでも……」
「里奈ちゃん、しっ!」
……流石は、国の組織に所属しているだけはある。落ち着いたものだ。あと、最後のは聞かなかったことにしよう。
で、もう一方。我が社員たちはといえば、何とも言い難い難しい顔で互いを見合っていた。
「どうした。悩むくらいなら外してもいいぞ?」
「いやー。正直言えば帰りたいんすけどねー。なんか、すげー厄介事の臭いがプンプンする」
代表して語り出したのは宏明。でもね、と彼は続ける。
「そんな前振りされたら、逆に帰れないんすよー! 気になって仕方がない! 俺たちゃ一般人ですよ!? 空気読むにしたって限度があるんですよ!」
そうだそうだ、と歩も深く頷いている。
「俺はアレっす。大学時代からの付き合いで、二人がなんか抱えてるなって分かってたし」
何故か清々しささえ感じられる笑顔で流がそう語る。
「やっぱ、わかるよな」
「付き合い、長いっすからね」
二人して分かり合う。こっちの三人の反応はこの通り。最後の一人である一樹さんと言えば、無言で頷くのみ。まあこの人も秘密が多いから……いや、ちょっと違うか。抱えている情報が多いから、結果的に語り切れていない感じかな。もちろん、故意に口に出していないものもあるだろうけど。
とはいえ、これで全員の意志は確認できた。最早是非もなし、だ。
「よし。それじゃあかっつん、始めてくれ」
「……まずは、提案から始めさせていただきます。自分には、ダンジョンで働ける人間のアテがあります。短期間で、戦力化できる人材です。それをもって、地王カンパニーに対抗する。端的にはそういう内容です」
皆が黙って聞いている。疑問を覚えても口にしない。どうせこの後語られるだろうし、それどころではなくなるという確信を持っていたから。
兄に続いて妹が口を開く。
「我が社は立ち上げから現在まで、ダンジョンで働ける人材の確保に苦労しておりました。なのに今更こんな話をする。当然、これまで言い出せなかったのには理由があります。お察しの通り、私たちの出生にまつわる話です」
妹から引き継いで、兄が再度語り出す。いよいよか。それじゃ重い話、よーいドン。
「御影勝則、御影小百合という日本人は本来存在しません。我々が戸籍などを偽造して作りました。自分と妹、そして仲間たちは物心ついた時から閉鎖された施設で育てられていました。そこでナンバーで呼ばれ、管理され、厳しい訓練をさせられていました」