【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「様々な訓練と勉強を強制されました。運動、機械操作、格闘、射撃。諜報、防諜、尾行、隠密、そして暗殺。素手で、武器で、兵器で、日用品で。あらゆるもので人を殺す方法を仕込まれました。私たちだけでなく、沢山の子供たちがそうさせられていました」
……周囲の空気が鋼に変わったかのようだった。あまりに異質で、物語のような過去。兄と妹は交互に、すさまじい話を続けていく。
「何故我々がそれをしなければならなかったのか。説明はありませんでした。出生についてもわからず。余計な質問や反抗は体罰で押さえつけられました。自分たちが何故こうだったのか。それを知ったのはだいぶ後、その施設から脱走したその時でした。偶然……」
「……兄さん?」
「いや、いまはいい。ともかく偶然、監督者の部屋に置かれていた資料を入手することができたのです。……さて、ドゥームブレイカーズのお三方。貴方がたも、両親については知らない。そうですね?」
不穏な話を振られたというのに、当人たちは静かに頷くだけだった。勝則は少し目を見開いた後、落ち着いて続きを語る。
「今から三十年以上前。ダンジョン発生による混乱に対応するため、様々な計画が立案実行されました。その中の一つがサキモリ計画。強力なモンスターと戦える人材の育成。そうして育て上げられたのがこちらにいるドゥームブレイカーズの皆様です。……ご存じでしたか」
「まあ、自分達にもいろいろありまして」
なんてことでもないように、道明さんが言ってのける。人に歴史あり、の一言で片づけるにはあまりにも内容が濃い。
「話の腰を折ってごめん! 流石に聞き捨てならない! 何? 政府ってダンジョンが出現するって知ってたの? どうやって?」
手を上げて宏明が騒ぎ出す。確かにそれは現代日本に生きるものとしてスルー出来ない話だ。何せ多くの人の人生がダンジョンによって酷いことになっているのだから。
答えたのは小百合。と言っても彼女自身、確信を得られていないと表情で語っていた。
「協力者、がいたようです。私たちの出生にも関わっていると思われるその人物……個人か複数かも不明ですが……それによって、ダンジョンの情報がもたらされたと。おそらく、魔法なども協力者から情報を伝えられていたと思われます」
「なるほど……腑に落ちました」
「納得するのかよ森沢。こんなトンデモ話」
「ダンジョン発生後、政府は次々と状況にあった法案を通していった。あの異常事態の中で、ろくに揉めもせず。その理由が、とうの昔に根回しが終わっていたというのであれば理解できる。……なにより、だ。魔法だダンジョンだという時点で科学文明から外れているのだ。今更じゃないか」
「くそ、反論が浮かばん……」
肩を落とす宏明。俺もまた、歩の言葉には納得するしかなかった。そして、小百合が語る『協力者』について一人思い当たるひとがいる。……が、今は語るまい。話を混ぜっ返すだけだ。
場が落ち着いた所で、勝則が説明を再開する。
「……さて。サキモリ計画が順調に進む中、政府の一部がこのように考えました。ダンジョンのモンスターに対抗できる超人。それがもし国家に牙をむいたら危険であると。なのでそれに対処できる人材を育成しなくてはいけない。性能もまた、サキモリ以上でなくてはいけない。それによって極秘裏に進められたものがハガクレ計画。自分たちはそれによって生み出されました」
……とびっきりの重い話である。つまりは暗殺者育成計画ではないか。この平和ボケした日本で、よもや政府がそんなものをやっていようとは。耳を疑う俺たちだったが、ここで大きく息を吐くものが三名。
「だからか……貴方がた、その計画から脱出したのって十年前くらいですよね? ダンジョン発生の混乱期」
道明さんが尋ねれば、兄妹が揃って頷く。
「あの頃、私たちへの対応ががらっと変わったんですよ。圧が弱まったというかなんというか。いざとなったら皆さん……ハガクレ計画? で対応できるって考えていたんじゃないんですかね、周りの大人たち」
やや乾いた笑いを浮かべる香さん。まあ思う所が色々あるのは当然か。国の都合で作っておきながら、処分方法まで用意されていたとなれば心穏やかではいられない。むしろ、よくもまあこの程度の反応で済ませているというのが俺の感想である。もし俺だったら、責任者ぶん殴っているだろう。実際殴れるかはさておいて。
「自分たちの背景については、とりあえず以上となります。まだ語れますが、本題から逸れるのでまた後日に」
「ハガクレ計画の仲間たちとは、今も連絡を取り合っています。皆を呼び集めて、ここで再訓練を施します。私たちを見ていただいてもわかる通り、一般人よりも性能……能力は上です。地王のハンターと、十分戦えると考えています。いかがでしょうか、社長」
爆弾のような秘密の開示はこれにて終了。ここからは判断の時間だ。正直、衝撃的情報に揺れるメンタルを落ち着けたいのだが、そうも言っていられない。社長には責任がある。
とりあえず、まだ足りないので聞き出す。
「その人たちは、本当に来てくれるのか? それぞれ生活があるだろうに」
「自分たちは目立つわけにはいきません。いくら特殊技能を仕込まれたとはいえ、普通の人間より少々マシという程度です。大衆の中に隠れることはなんとかできましたが、それ以上は難しく。うっかり目立ち、背景を探られればまた逃げなくてはいけません」
「国家の暗部、その生き証人です。都合が悪いなら……あとは言うまでもありません。そんな状況ですので、働ける環境も発揮できる能力も限られています。皆が生活に困窮しているので、それより良い状況に来れるならそれこそ喜んで集まってくれるはずです」
兄妹から、とっても殺伐とした話が語られる。この二人のこれまでの人生は、そういったものだったのだ。
と、ここで宏明が手を上げた。
「質問、あるいはツッコミひとつ。勝則くん、小百合ちゃん。もしかして、君らって現状でも結構危ない状態だったりしない?」
「……おっしゃる通りです。この間のダンジョンブレイク。あれで新聞に載ってしまったのは本当に不味かった。あの状況では、顔を変えることもできず」
「仲間内から何やっているんだと、めちゃくちゃ怒られました」
弱々しく笑う二人を見て、心穏やかではいられない者あり。俺である。
「そういう話は、もっと早く言ってくれ。思いっきり、責任俺にあるじゃないか……!」
悲鳴のように叫びたい所だったが、何とかギリギリ抑え込む。ダンジョンブレイクの応援に行くと決めたのは俺の判断だ。それでこいつらに迷惑が掛かっていたなどと聞かされればこうもなる。 だが二人は、首を横に振る。
「ついていくと決めたのは自分たちです。社長が気になさる必要はありません。あの状況では我が社として動かない訳にはいきませんでした。そして主力である我々が行かない訳にもいかなかった。他の社員に示しもつきませんし」
「遅いか早いかの違いでしかなかったんですよ社長。目立つのが嫌だったら、魔法に覚醒したあの瞬間に動くべきでした。そうしなかったのは私たちの判断です。隠れたまま安泰な一生などというのは、初めから私たちの人生になかったのです」
などと言われても、到底納得できる話ではない。が、今度は歩が手を上げる。
「つまりお二人は、いつ国家組織から追っ手を差し向けられてもおかしくない状況にあると。ではなおさら、ご友人達……ハガクレ計画の皆様とひと所に集まるのは危険では?」
「逆です。事ここに至っては、拡散している方が不味い。自分たちの正体が露見すれば、おのずと仲間たちの生存も疑われる。そう簡単には見つからないにしても、潜伏はさらに難しくなります」
「ならば露見は覚悟の上で、集まって戦力を強化する。それが私たちの生存戦略というわけです」
「だったらなおのこと、もっと早く言うべきだっただろう……!」
たまらず声を上げてしまう。生き死にに係る事ならば、急がない理由はない。思わずそれを責める言葉が出そうになったが、それを遮る挙手あり。
流がへらりと笑いながら語り出す。
「いやー、そりゃ無理っすよ先輩。先輩がこの二人に負担かけるのが嫌なのと同じで。勝則っち達も先輩に迷惑かけるのすげー嫌なんですよ。こんな状況にならなきゃ、この二人はギリギリになるまで言い出さなかったと思うっす」
ぐ、と喉を詰まらせる者三名。誰かは語るまでもない。……俺たちの事をよく見てるじゃねーか。流石、大学時代からつるんでるだけある。で、一樹さんが軽く手を叩きながら語り出す。
「流さんお見事。一本とりましたな。さて社長、正しくここに至っては是非もなしというものです。それぞれ思う所はありましょうが、お話を進めていただきたく」
ぎゃふん、とでも言えばいいのか。揉めていていい状況ではない。もはややるべきことは決まっているが、それでも一応確認しなくてはいけない事がある。
「……受け入れることで想定されるデメリットは?」
「国の組織にマークされます。我々でなく、会社そのものが。どんな組織が動くかは、調査が必要でしょう。それによって対処も変わります」
「大きい話はそれくらい。小さいものだと……人が増えるので、当然それ関係のトラブルが発生するかと。あとまあ、実力を重んじる風潮があるので社長がちょっと大変になるかも。まあそれに関しては私たちも対処します。ええ」
なんか、小百合が指の間で雷をパチパチさせておる。勝則もうっすらと笑っている。なあに? そんなに血気盛んなの? ちょっと怖くなって来たぞ。
とはいえ、そうだな。人が増えればトラブルが起きるのは当たり前。その辺は今更だ。当然ながら、事務手続きは増えるし……ん?
「かっつん、サッチー。大事なことを聞きそびれいていた。その……ハガクレ計画の人たちだけど。どれくらい人がいるの?」
「自分たち二人を含めて三十名。実際はそれ以上になるかと」
「そうか三十……三十!? そんなに!?」
「脱走してから十年。皆それなりに人生過ごしているので、中にはパートナーが出来た人もいると思います。少なくとも一人は確実」
さあっと、血の気が引く。これは、とんでもないことになってしまった。話を聞くに、ハガクレの人たちは裕福ではない。つまりここに来た時の勝則たちと同じ状態であると考えられる。金も物ない人間が三十人。
「三十人分の家や生活を世話しなきゃならんって事か……! うああ、えらい事だぞこれは!?」
俺の悲鳴に、各々状況を理解した模様。あの一樹さんですら目を見開いている。そうだよね。寝泊りをどこでさせるか。衣服や家電の準備。そして会社での生活。やらなければならない事が、山となって唐突に現れたのだから。
「社長、慌てるお気持ちは分かりますが一旦落ち着いてください」
「無茶をいうなウォーカー。流石にこれは……」
「せめて話に区切りをつけましょう。そうでなければ動き出せません」
うぐぐ。全くもってその通り。はやる気持ちが空回りする。ぐっと抑えて、これからの方針を決定しなければ。じゃないと動き出しも取っ散らかる。
有無を言わさず結論を出したい所だが……一応、社員に振ってみるか。もしかしたら何か意見があるかもしれない。
「ハガクレの人々の受け入れについて、思う所を聞いてみたい。まずはヒロっち」
「女性はいますか! 可愛い、あるいはセクシーな人はいますか!?」
「コノヤロウ……ッ!」
本当にブレねえなこいつ! この状況でも!
「だってしょうがないじゃないですか! 我が社は出会いが無さすぎます! これが営業職なら外に出ることもできるのに、そういった機会もさっぱりない! 出会いを……ときめきを……ッ!」
テーブルをバンバン叩いて主張してくる。これにはお客様も半笑いである。里奈さんは珍獣を見る目をされているが。
ともあれ、否定的ではない。むしろ積極的にアクションを起こしていくのが容易に想像できる。それはいいのだが……とりあえず兄妹の方を見る。
「実際の所、どうなの?」
「とりあえず、女性はいます。十五人ずつでしたから。それから……ほとんどの者とはここ十年顔を合わせていないのですが、まあ容姿には優れている方かと」
「よっしゃ!」
渾身のガッツポーズを決める宏明。こやつめ。それをあきれ顔で眺めつつ、小百合も続ける。
「基本的に実力主義なので弱い男に興味ないと思います。多分今はそれに加えて甲斐性も要求してくるかと」
「魔法資格勉強頑張る! 特訓頑張る! おっしゃ! 春が来た!」
「もう秋だぞ」
一応突っ込んでおく。……なんかこう、確実にトラブルが起きそうな気もするが、ここでストップをかけるとそれはそれでまた別のそれが発生するのが簡単に予測できる。ええい、なる様にしかならんか。
「……次、ウォーカー」
「アニメ、漫画、その他サブカルチャーに排他的であると困ります」
「我々もそうでしたが、たぶんそれ等に触れている余裕はなかったかと」
「つまり、布教してもよろしいと?」
歩の眼鏡がキラリと光る。ねっとりと重苦しいオーラを放っている気がする。もちろん幻覚だ。
「……常識の範囲内でお願いします」
「もちろんです。趣味を押し付けるのはマナー違反」
さしもの勝則もやや引きながらなんとか返答する。ともあれ、歩も否定的ではない。よし。
「リュー、お前はどうだ?」
「やー、いいんじゃないっすかね。いろんな問題が一遍に解決するんでしょ? 代案もないし、否定とかないっす」
「危険も増えるぞ?」
「俺は最近学んだっすよ。危険は常にある。それはダンジョンだけではないってね」
いつの間に……などというのはおかしい話か。気づいて当たり前のこと。日本人は平和ボケしていてその当たり前を忘れてしまう。もっとも、この十年でその平和ボケも大分解消されたが。良い事か悪いことかはさておき。
生きていれば経験も学びもそれなりにある。こいつなりに考えることが何かしらあったというだけの話だ。とりあえず流も問題なし、と。……遠慮しているようにも見えるが、無理に言わせることもない。何かあれば個別に話を聞こう。
「最後になりましたがフジくん、ご意見は」
「参入には賛成です。流さんからもありました通り、多くの問題を解決する提案ですから。発生するトラブルも、まあ対応可能の範疇でしょう。それを超えたら、また改めて話し合えばよろしい。それで一つ確認なのですが」
彼は輝くような、それでいてとても背筋が寒くなる笑みを浮かべた。この顔の一樹さんは、いつも楽しそうに俺たちを特訓でシゴいているのだ。条件反射も出るってもんだ。
「……どうぞ」
「御影のお二人と同等のポテンシャルをもつ人々が、三十……いえ二十八名ですか。その人たちを、私が鍛えても?」
俺は天を仰いだ。即答するには、少々重い話だった。これから迎え入れる若人を、地獄に叩き落とすということだから。だが実際問題、早急に戦力となってもらわなければならない。一樹さんの特訓は、それを促すに十分な過酷さがある。俺たちはそれを身をもって知っている。
選択肢はなかった。済まない、新入社員たちよ。
「……よろしく、お願いします」
「はい、精一杯励ませていただきます。いやあ、これはやりがいのある大仕事だ」
一樹さんはひまわりと肩を並べられるぐらいのスマイルを放っている。俺を含めて社員一同は、しおれた彼岸花のような有様だ。未来が見える。多数の悲鳴が響く未来が。
せっかく来てもらう人たちに、とてつもないトラップを用意してしまった気がする。待遇でもてなして機嫌を取るしかないな。幸いダンジョン食材という切り札もある。常用してるけど。
「では社長、宣言を」
勝則に促され、立ち上がる。
「地王カンパニーのハンターへ対抗するために、ハガクレ計画の人員を迎え入れる。これによって多くの問題が片付くだろう。問題は時間だが……」
一樹さんの伝手で問題の人物をおびき寄せる。こちらのタイミングで行えそうだが、その前に地王カンパニーが動かれては対応に苦労する。それに加えて、政府の動きも怖いのだが。
そんな悩みを、道明さんが一刀両断してくれた。
「時間。政府と地王カンパニーですよね? 長くは無理でしょうが、ある程度であれば僕らに任せてください。連中の動きに釘を刺して見せますよ」
「……よろしいのですか?」
「正直な所、皆さんの今回の活動は僕たちにとってとても好ましい……聞こえは悪いですが、大変都合がいいんです。メリットがあるので、ぜひ手伝わせていただきたい」
願ってもない話だ。準備期間さえあれば、俺たちの計画に不安点が大きく減ることになる。
「そのメリットについて、お伺いしても?」
「話すとまた長くなりますので、要約させていただきますけど……僕たちもそろそろ、自分たちの人生というものが欲しいのです」
苦笑いしながら、彼は首から何かを引っ張るジェスチャーをして見せる。得心がいった。サキモリ計画で生み出された彼ら。ダンジョンへ対応し続けた十年間。この人たちには選択肢などなく、強制的にそのような人生を送る羽目になった。
俺たち日本人が、今日のような日々を送れている一端は、間違いなく道明さん達の働きによって成っている。彼らの人生、というものを犠牲にして。俺には、三人に見えない首輪と鎖がついているように思えた。
平和を享受した日本人として、俺はこの人たちに借りがある。であれば自由を得る手助けをするのは当然のことではないか。もちろんそれによって、とんでもないトラブルが起きるだろう。何せ日本ダンジョン対策の要が抜けるのだから。
人が抜けるなら、その穴を埋める必要がある。日本全国は無理だが、周辺程度であればこの間のように積極的に参加していこう。それが我が社の名を売る事にもなるし、地域貢献にもなる。後は他社と国の働きに期待しよう。道明さんたちに全部頼りっきりというわけでもないだろうしね。
考えを短い時間でまとめた俺は、彼らに向けて手を伸ばした。大きく目を見開いた三人。代表して道明さんが握り返してきた。
「申し出、ありがたくお受けします。その後についても、ご協力させてください」
「はい。こちらこそよろしくお願いします。……ちょっとした旅行のつもりが、望外の成果を得られました」
ついで、というにはあれだがここで里奈さんについても返答しておこう。
「観月さん。今はまだ未熟者ですが、貴女の練習相手を務められるよう努力いたします。……期待に添えられなくて申し訳ないのですが、今回はこれでひとつ」
「……わかりました。とりあえず、納得します」
私我慢しました! という顔で断神様は矛を収めてくれた。やれやれ、である。俺はホワイドボードへと振り返る。そこには新たに『人員増強して待ち構える!』と大書されていた。
「時間は、国友さん達が確保してくださる。猶予は出来たが余裕があるわけじゃない。早速行動に移っていこう。御影兄妹、お友達に連絡を。一樹さんは稲村貿易に話をつけてください。流、親父さんを呼び戻せ。歩、宏明、俺と一緒に雑務をこなしてもらうぞ。さしあたっては……」
一つ短く深呼吸。何せ気合が必要だ。
「……二十八人、もしかしたらもっとかもしれんが。その人数の生活環境の確保だ。大仕事だぞこれは」