【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
店から出ると、外はすっかり暗くなっていた。
「美味しかったですねー」
「いやあ、本当に」
小さなイタリアンレストランを退店し、里奈さんと並んで歩く。……これからどうしようと悩みながら。
何故こんなことになっているのか。話はあの会議の直後にさかのぼる。大人数受け入れが決まり、さあ動き出そうと意気込んだのだが待ったがかかった。
『何でもかんでも全員で、というのも非効率でしょう。それよりせっかくいらしたお客様の接待をお願いします』
と、一樹さんに追い出されてしまった。まあ確かに、突発的に協力体制を結んでしまったがお互いの事はほとんど知らない。相互理解を深めなければならないとは確かに思う。
そこでゲストのお三方のドライバーとなることにした。タイミング良く、買い物に出ていたメンバーが戻ってきていて車が空いたのだ。
正直、この時の俺は浅はかだった。どこへ連れて行くか、という考えがすっぽり抜けていた。道明さんたちに旅行計画が無ければ、途方に暮れることになっていただろう。
彼らはこの田舎町を事前に調べていた。俺も知らなかったことだが、それなりに歴史がある場所だったのだ。なので俺は、言われるがまま車を走らせるだけでよかった。いやはや、後で冷や汗流したよ。
市内観光は、正直俺にとっても楽しいものだった。神社、遺跡、歴史的建造物、博物館。この町で暮らすようになって半年近く。全く近寄らず、調べもしなかったここの歴史をたくさん学ぶことができた。
俺は心のどこかで、田舎町と侮っていた。反省することしきりである。自分だって大して大きな町の出身でもないくせに。育った町についてもろくに知らないのにな。まあもう、思い入れなんてないんだが。爺さんの家があった町の方がよっぽど故郷だと思っている。
そうやって各所を巡る中、お三方の身の上話も聞かせてもらった。物心ついた時には、孤児院にいたこと。そこで皆兄弟同然で育った。
『孤児院という体を取っていましたが、実際はサキモリ計画の施設でした。新しい子供は入ってこないし、出ていくものもいなかった。世間に出てからやっと、おかしい場所だったと分かりましたね』
助手席でしみじみと語る道明さんの言葉には、様々な感情が籠っていた。懐かしさ、寂しさ、そして僅かな憤り。
子供の頃こそ普通だったが、物心つき始めてから方向性ががらりと変わった。勉強は最低限、一日の大半は運動能力の向上に費やされる。そして、洗脳じみた英雄教育。香さんが苦笑を浮かべつつ過去を振り返る。
『君たちは選ばれた存在だ。来るべき時は弱い人々の為にその力を発揮するんだー……って感じで。今思うとゾっとしますよ。でも当時は、すっかりみんなそれに染まってたんですよねー。里奈ちゃん以外』
『里奈さんは違ったんですか?』
名前で呼んでよい、と許可をいただいたのでそう聞いてみると本人は小首をかしげた。
『……そうでしたっけ? よく覚えてません』
『里奈は昔から、剣にしか興味なかったんだよな……それ以前はボーっとしてて、何考えてるかもわからん子だった』
『初めて里奈ちゃんが竹刀持った時の事、今でも覚えてるわ。人が変わったようにニコニコ笑いながらぶんぶん振り回して。どれだけ先生が注意しても手放さなくなったのよね』
『それは覚えてる』
なんだか、掘れば掘るだけトンチキなエピソードが出てきそうな気がしてきた。すごく気になったが、その時は自重した。確実に話が脇道に逸れると分かっていたから。
そうして学校にも通わず(卒業資格だけは渡されているらしい)日々を訓練漬けで過ごし、ついにその日を迎えた。ダンジョン発生である。
警察、自衛隊、一部の身の程知らずがダンジョンで犠牲になる中、サキモリ計画の面々も現場に投入されることとなった。
『私的な場ですし、入川さんは絶対マスコミとかに言わない人だと思うので語りますけど。当時俺たちみんなビビってましたよ。モンスター怖くて』
『でしょうねえ。テレビで見ている俺だってそうでしたもの』
『盛り上げられて、周囲もそんな感じで。私たちも普段からそれっぽい振る舞いをしちゃってたから今更行きたくないなんて言えなくて。泣きそうになってた時に、まったくブレずに抜き身の剣振り上げて突撃したのが里奈ちゃんでした』
『目に浮かぶようだ……』
『里奈が俺たちの中でヒーローになった瞬間でした。まあ本人にその気は一切ないんですが』
『?』
『この通りです』
いくら家族同然に過ごしたと言っても、漏れ聞こえる断神エピソードは常識を逸脱している。それに振り回される周囲はたまったものではないだろう。それでも彼女は周囲から慕われている。その理由がよく分かる話だ。
『実際、里奈がモンスターに臆した事は一度もないんです。大量に犠牲者を生んだ弾丸サンマ。部隊を壊滅させたハウルボア。遭遇すれば犠牲者確実の迷宮ダコ。そして悪夢の具現、レッサードラゴン。そのことごとくに剣を振り上げて挑んでいきました』
『私たちがその背中にどれだけ支えられたことか。そしてどれだけの人が救われた事か。私たちを英雄部隊って呼ぶ人は多いですけど、実際にその称号がふさわしいのは一人だけですよ』
そう持ち上げられている本人は、会話に全く興味ない様で窓の外をのんびり眺めている。マイペースもここまで行けばすごいものだ。
さて、そうやって開始された対ダンジョンブレイク特殊部隊、ドゥームブレイカーズ。危ない所は色々あったものの、順調に能力を向上させていった。ほどなくプラーナやマナに目覚め、それぞれが得意分野を伸ばしていく。日本の希望と呼ばれるようになるまで時間はかからなかった。
『とはいえいつまでも子供じゃない。世間に触れて、成長するうちに自分たちの状況がおかしいと理解していく。学校に通えなかった。友達は仲間だけ。大人の言うことは絶対。悩みでいい加減爆発しそうな時に、『先生』に出会ったんですよ』
『……どんな人だったんです?』
『それが、わからないんですよねー。魔法で常に認識を誤魔化していた人でしたから。分かっているのは女性で、ちょっと背が低め。あとはめちゃくちゃ強かったということだけ』
『私が本気で斬りに行っても当たらないんですよ!』
『そりゃすごい』
『先生は答えを教えてくれませんでしたが、ヒントはくれました。後はまあ、習い覚えた技術や魔法を悪用すれば欲しい答えまでたどり着けましたね。思えばあれが俺たちの反抗期でした』
しみじみと語る剣聖殿。英雄として望まれ、そのレールに沿って生きる。さぞかし過酷だっただろう。そしてそれに俺たちは救われていた。
『一通り知ったのが二十歳ごろ。仲間で話し合って、自由が欲しいと上に嘆願を始めたんだよね。あの時の空気はすごかったなー。一触即発、戦争寸前って感じで』
『よくまあ、上手くまとまったもんですね』
『……纏まらなかったんです』
『え』
『会議が紛糾して怒号が増えて、殺されたいのかーって売り言葉に里奈ちゃんが反応して』
『あっ……』
『勝ちました!』
『……そっすか。勝っちゃったんすか』
思わず口調が流のようになる。政府も、サキモリ計画の離脱にはそれなりに気を配っていたはず。ハガクレ計画がおじゃんになったとはいえ、対抗戦力ぐらいは改めて用意していたはず。……それに、勝っちゃったか。
つまり日本国家の最精鋭は、彼女一人を抑え込めないという結果が出てしまったわけだ。
『誰一人殺さず、完全制圧。この結果をもってあちら側は白旗を上げました。時間をかけて穏便にという条件で、俺たちの引退を飲んだというわけです』
『暴力は全てを解決する!』
『里奈ちゃん、それは間違ってる方法だから覚えちゃだめだって言ったでしょ』
『……とはいえ、辞めると言っても簡単ではなくそれなりに俺たちにも希望があって。できれば皆一緒の場所にいたい……これは安全面を考慮してます。政府との接触は最低限にしたい……何かあると簡単に頼られるような状況は避けたいので。そしてできれば、ダンジョンカンパニーに入りたい……経験と、収入と、能力の維持および向上のために』
『でもそんな欲張った好条件、早々見つかるはずもなく。どこかを妥協しなきゃと思いつつ結論が出ないままずるずるしていたら、唐突にどんぴしゃりとエンカウントしたというわけで』
『うちですか?』
果たして、そこまでピッタリだろうか。一緒の場所、というのはまあできるだろう。周辺の空き家を借りれば解決する。政府との接触については、まあ田舎町だし。あと勝則たちのことを考えれば、気楽に近づいては来れないだろう。
そしてダンジョンカンパニー……あれ? 考えてみると本当にピッタリだぞ? 確かに、この流れならば彼らは望み通り自分の人生を得られるだろう。……でも同時に、ものすごい話もされている気がするんだ。
『つまり、我が社への入社を希望すると? ドゥームブレイカーズ全員が? いえ、お手伝いするといった手前、拒むつもりは全くないんですが……もっといい会社がいくらでもあるのでは?』
思わず早口になる。運転をしくじらないことを誰か褒めてほしい。だってそうだろう? どうして日本最強のハンターチームが我が社に入ることになっているんだ。驚かない方が無理。正気を保つのも難しい。
『いい会社……この業界に初めからいますけど、日本のハンターカンパニーってどこも質が低いですよ?』
道明さんは苦笑する。……いろいろと問題がある事は勝則からは聞いているけど、そこまでなのか。
『日本企業の働き方と、ハンターのそれが合ってないんですよね。契約して、計画して、仕事して、成果を出す。ダンジョンに入って、モンスター倒して、マジックアイテム探して持って帰る。農家と猟師、ってだれかがいってましたけど割と的を射ていると私は思ってます』
相方に続いて話を続ける香さん。その辺も、似たような話を聞いたな。
『誰も改善しようとは思わないんですか』
『思ってもできない、が正直な所でしょう。ルールの中で生きる企業人。暴力の中で生きるハンター。労働環境と戦い方が違いすぎる。何より生物としての格差が致命的だ。歩み寄りたくても、その方法が見つからない。どうしてもどちらか一方が上となる』
我が社は……最初からハンターの為の企業として立ち上げたからなあ。組織運営ってのはどうしても、全部仲良しこよしじゃいられない。責任を取る者が上に立つ。だからこそ指示ができる。
『もっと簡単に言いますね? ……里奈ちゃんにいうこと聞かせられるハンターカンパニーなんて、日本のどこにもないんですよ』
『わー、とてもわかりやすーい』
そりゃ、日本政府でも無理だったんだ。一般企業がどうしてできようか。
『でも、社長さんならワンチャンあるとおもうんです。頑張ってください』
『無茶言わないでいただきたい、剣聖殿』
『里奈ちゃんの本気の一撃、防げたのってうちのチームでもひと握りだけなんですよ。しかもみんな魔法使い。物理は社長さんが初!』
『ありゃ偶然と奇跡なんですよ、女帝殿』
『でも、努力してくださるって言いましたよね?』
『……はい、頑張らせていただきます断神様』
……まあドゥームブレイカーズ移籍は、まだ先の話だ。今は思い悩まないことにした。流石に処理能力が限界だ。
こんなとんでもない話をしながら、観光を続ければあっという間に夕飯時。どこかで食べていこうという話になったのだがここでまさかの提案。
『私たち、別の所で食べてきますので里奈ちゃんよろしくお願いしますねー』
『え』
『デート、いってきます』
『あっはい、いってらっしゃいませ』
そういうことになってしまった。で、とりあえず唯一知っていた評判の良いイタリアンレストランに飛び込み、食事となった。
選択肢がなくそこにしたのだが、大当たりだった。日替わりコース料理を頼んでみたのだが、どれも素晴らしい味わいだった。
パスタはいわゆるアルデンテ。ホワイトクリームのソースも大変なめらかだった。魚料理のサーモンは程よい焼き加減。香辛料の香りと辛みが食欲をそそらせる。スープにサラダ、最後にはアイスのデザートまで付いてきた。
最初は二人きりでどうしようかと思ったが、ふたを開ければ何のことはない。ひたすら料理の美味さについて語り合ってしまった。なので、レストランまでは特に問題はなかった。
そして今に至る。さあ、話題が尽きたぞどうしよう。あっちのカップルは、自分たちでホテルに帰ると言っていた。では彼女を送り届けてそれでおしまい、でいいのだろうか。こちとら、彼女いない歴=年齢。生まれてこの方デートなどしたことがない。
最近マリアンヌさんと連れ立って歩いたが、あれはもう彼女に遊んで『もらった』という話である。デートの中にカウントしていいものではないだろう。デートとは普通、男がのたうち回ってコースやらなにやら考えて女性を接待するものであると俺は認識している。
翻ってこの状況。プランなし、話題なし、プレゼントも当然なし。本当にもうどうしたものか。できるものなら勝則に電話したい。あいつならきっといい案出してくれるに違いない(願望)。
「そういえば、社長さんはどんな訓練をされているんです?」
思考の袋小路に入っていたら、里奈さんの方から話題を振ってくれた。正直ありがたい。
「あー、そうですね。基礎体力、柔軟、プラーナ運用。あとは格闘と武器などを学んでいます」
……社長という単語からかけ離れた訓練内容だと我ながら思う。だけどこれが必要なのだからしょうがない。
「だれか、教えてくださる方が?」
「ええ。うちの社員の藤ヶ谷が。彼は十年ハンターやっているベテランなので」
「ああ、あの方ですか。でしたら納得です。お強いですものね、あの人」
数々の武勇伝を持つ彼女から、強いという評価を受ける一樹さん。分かっていたが、やっぱ普通じゃないなあの人。
「やっぱり、指導してくださる人がいるといいですよね。私も子供の頃は教官が教えてくださったんですけど、すぐに『後は好きにしろ』とか言われちゃって。先生に出会うまでは闇雲に剣を振り回しているだけでした」
「先生……先ほどちらっと聞いたお人ですね。なんだかよくわからないお方だとか」
「そうなんですよねー。たぶん、斬れば見えると思うんですけど一度も当てられないんですよね……。一年に一度くらいしか会えないし」
さらに強者の情報がお出しされたぞ。……上には上がいるんだな、としか感想が出てこない。一樹さんの強さすら図れない俺だ。先生という人を下手に意識しても意味がない。馬鹿の考えなんとやら、である。
「先生に一発当てることが、現在の私の目標なんです!」
ぐ、と拳を握って宣言する里奈さん。子供のようであり、純粋で真っすぐな気持ちが見えてくる。……直情的な性格と、それによって引き起こされる大暴れエピソード。端的に言えば問題児だ。しかしながら、怪物というわけでもない。
本当に他人のことを思いやれぬ人間ならば、とっくの昔に仲間たちから愛想をつかされているだろう。エゴを振りまく怪物は、退治されるのが世の常である。
俺との関係についてもそうだ。彼女は俺に強くなれと強要しなかった。練習台になれとも言っていない。その気持ちを上手く口にできなかったということもあるが、それでも俺への配慮がなかったわけでもない。
一般人、あるいはかつての俺ならば付いていけなかっただろう。美貌、攻撃力、純粋すぎる性格。彼女の近くにいるには、並みの体力と精神力ではやっていけない。だが今の俺は(うぬぼれもあるだろうけど)一般人とはちょっと違う。
体力に関してはダンジョンで、精神力については様々な経験で鍛えられている。なのでまあ、友人としてやっていくことはできるだろう。……断神様を友人とか、俺も偉くなったものである。やっぱちょっとうぬぼれが過ぎないか、俺よ。
「具体的に、プランなど考えましたか?」
目標があると語る彼女の話に乗ってみる。すると、里奈さんは眉根に皺を寄せて唸り出す。
「ぐたいてきな……ぷらん……が、がんばって剣をふる、とか」
大変抽象的な計画である。何も考えてねぇよこの娘さん。うーむ。俺も数か月程度ではあるが一樹さんに鍛えられた身である。素人よりはマシなはず。
「……剣が大きいわけですから、闇雲に振っても避けられるだけでは?」
「そうなんですぅぅぅ~~~」
しおしおと、情けない声を漏らす。あらやだ可愛い。スーパーモデル、売れっ子タレント、日本最強英雄は何処へ行ってしまったのか。
「うちのフジくん……トレーナーは、大物を当てる時は脚を使えと申しておりまして」
「あし」
「動いて当たる位置へ、あるいは相手が避けられないタイミングを狙って振れと」
「なるほど」
「……今まではどのように?」
「なんかこう……いい感じな時に、えいって」
夜道を歩きながら、取り留めなく話題を弾ませる。うん、まあ。とりあえず友人としての一歩は歩み出せたように思う。
なお、普通にホテルに送り届けて帰宅した事をしっかり報告しておく。送り狼? そんなことしたらバッサリだよきっと。