【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
再度、頭を下げる。今度は戸惑いがない。いかなる心中なのか、察するのは難しい。俺が頭を上げると、手が大きく上げられた。どうぞ、と促せば一人の男性が立ち上がった。
でかい。身長はたぶん2m近い。額に傷がある、短い髪の青年だった。
「ナンバー510、ランキング三位。今は梧桐三郎って名乗ってるもんだ。あんたに聞きたい事がある。あんたが覚悟決めてる理由が知りたい」
この間聞いた話だが、勝則達は施設では番号で呼ばれていたらしい。三つのランダムな数字を割り振られていたとのこと。001から999までいるわけじゃないんですよ、と本人たちは笑っていた。
到底笑える話じゃなかった。名前すら与えないとか、いくら何でも非道が過ぎるだろう。そこまで人道に反していたのかと、普通にキレたわ。
さらに能力を競わせて、一位から十位までは多少待遇を良くして、残りを虐げたとか。ランキングとはそれを指している。これも聞いた時ははらわたが煮えくり返ったものだ。というか今でも十分腹立たしい。
まあそれについては、今は置いておく。それより質問に答えなくてはいけない。とはいえちょっと抽象的すぎるのでもうちょっと絞らせてもらおう。
「覚悟を決めている、とはどの部分を指しているのか伺ってもよろしいですか?」
「そこで踏ん張っている理由だよ。聞いたぜ? チャカで撃たれたって。それも一発や二発じゃないって。でもってアビリティ持ちのハンターに襲われもした、とかよ。施設から出て十年たったけど、そんなイカれた根性したやつ今まで見たことないぜ。普通は逃げるなり警察に逃げ込むなりするもんなんだよ」
そうだそうだ、といった感じで頷くものが多数いる。何なら、うちの社員までそうしている。
「どうにも分からねえ。あんた一般人だろ? 特別な知識や技術があるわけでもない。俺たちみたいな出自でもない。なのに、この状況でも逃げ出してねえ。その理由、根っこの所。そいつを聞かないと、据わりが悪くて仕方ねえのよ」
なるほど、と理解する。俺がここまでする動機が知りたいと。まあ確かに、変にスリルジャンキーだからとかいう理由で続けているとかだと困るだろう。社長がそんなだと、命がいくつあっても足りないし。
さて、とは言え困ったな。理路整然と理由を並べればいいのだろうか。……いや、たぶん違うな。それはそれで必要だろうが、まずははっきりとした意思を語るべきだろう。彼にはそっちの方が伝わりやすそうだ。
「なるほど、分かりました。それではご質問にお答えします……ダサいからだ」
「……あ?」
返答を聞いて呆ける三郎くん。当然の反応だろう。構わず続ける。
「ダサいだろう。こっちの二人を見ろ。どこにも行く当てがなくて、騙されてダンジョン押し付けられた男に頼ってきた。魔法が使えるようになった今、こんな厄介な場所にいる必要もない。にもかかわらず、支え続けてくれている。こいつらを置いて逃げる? 冗談じゃない」
御影兄妹を指し示しながら語る。根っこを語れというのなら、丁寧な口調は無しだ。目の前の連中は、嘘を見破る訓練くらいしているだろう。とりつくろえばバレる。ド本音を吐き出すとする。
「二人だけじゃない。集まってくれた社員の大半がそうだ。頼って頼られて、支えて支えられた。そんな状況で俺だけイモを引く。これほどダサい話があるもんか」
聞いている者達の表情が変化していく。大抵は懐疑的なものだ。こいつは何を言っているのだ、と。三郎くんは、唇の端が吊り上がり始めているが。
ではここから、理屈を混ぜていこう。
「第一、逃げてどうなる。仕事は無くなる。ダンジョン管理放棄だから警察にも追われる。このご時世、まともな仕事はろくにないってのは皆さんご存じの通り。伝手もコネもない、見知らぬ土地で生きていくのがどれほど大変か。この辺も、実体験で知っているはず」
顔をしかめるもの、表情を暗くするもの。反応はどれもマイナスだ。悪い記憶が想起されているのだろう。だが共感は得られた。
「今の立場を投げ捨てたら、俺の人脈なんて消滅する。誰にも頼れないし、助けてももらえない。プラーナ? アビリティ? そんな能力持ってても、表にいられない立場なんだから、行きつく先は決まってる。犯罪者の下っ端に成り下がる人生なんて冗談じゃない。搾取された上に、使い捨ての鉄砲玉にされるのが目に見えている。逃げたって生きられない。じゃあ根性出して踏ん張るしかないじゃないか」
むしろ、よくも彼らはそういう道に進まなかったものだと感心する。習い覚えた技術を使えば、そっち側でそれなりにやって行けただろうに。政府を恐れたか、それとも仲間の為か。ともあれ、それだけ頑張り続けたのだ。報われなければ嘘だろう。
「以上。ダサい、生きられない。この二つの理由から踏ん張っている。……ご理解いただけましたか?」
まあもう一つの理由として、逃げたら死ぬからというのもある。魔女の契約でそうなっているのだ。これは語る必要がない。場を混乱させるだけだし、たぶん勝則達に怒られる。
聞いている者たちの表情には納得があった。自分たちと同じ、追い詰められたものであると理解された。
「ああ、とりあえずは飲んどくぜ。あんたの美学、まあ納得できる範疇だった」
そういって、彼は腰を下ろした。隣に座っている女性が、その袖を非難するかのように引いている。彼女は三郎くんのパートナー、確か名前を
さて、彼のおかげで相互理解の第一歩が踏めた。良い成果だと言える。これで劇的に、とはいかない。順々にやっていくしかないのだ。
「それでは今後についてご説明します。勝則、頼む」
「はい。まずは今後の生活についてご説明させていただきます。まず初めに生活の……」
「おい234、その気取った話し方は止めろよ」
三郎くんからヤジが飛ぶ。234、というのが勝則の番号だそうだ。小百合は200と聞いた。
「邪魔するな510、口を閉じていろ」
「お前が丁寧に話すときは、いっつも企んでる時だったじゃねーか。落ち着かねえんだよ!」
同意の首肯が多数みられる。……勝則ってば、昔どれだけ悪さしたのか。視線を向けると、すこし目を逸らされた。
「ごほんっ……進行の為、口調を変える。えー……まず初めに生活を安定させる。その為に、労働リソースの集約を行う。食事や洗濯などを集団で行い、個々人の負担を減らす試みだ。一般的に言えば、寮生活と言えばイメージできるか?」
今回の合流で、我が社の人員は五十名を超えた。今までの労働環境は完全に崩壊したので、改めてそれを整える必要がある。まあ最初と違って、今は俺たちの方は体力に余裕がある。これ以前もそうだったが、改めて手伝える部分はどんどんやっていくつもりだ。
「パートナーの方々には、そういった面をフォローしていただく。当然ながら給金は支払う。雇用形態については、応相談だ。また仕事についても、状況が落ち着き次第改めて考えていく」
これも事前に説明してあったし、すでにそのように動いている。七名の内男性二人、女性五名だが今は全員裏方だ。料理洗濯掃除のみならず、事務仕事の方も手伝ってもらう。集団の生活というのは、ともかく労力が必要なのだ。
「状況が安定次第、トレーニングとダンジョン作業に入っていく。トレーニングについては、近隣にあるジムを利用する。すでに契約済みなので、手続きについては気にするな」
ハガクレの面々にはあえて伝えない事だが、ジムの用意には苦労があった。まずジムそのものが閉まっていた。当然の話だ。ダンジョンが出来たことで周辺住民がいなくなった。そこの利用者も軒並みだ。
当然商売にならないから、経営者も店を畳むしかない。……が、俺たちにとって幸いなことにまだ廃業まではしていなかった。未練があったのだろう。実際経営者は、近隣のジムでインストラクターとして働いていたし。
いつもの地元ネットワークに助けてもらいその人物に接触、再開してもらえるよう交渉した。三十名を超える利用者の確約。むしろ感謝されてしまった。閉まっていた店の清掃も手伝ったしね。
実は常々、こういう場所は欲しいと思っていた。自社駐車場という広いスペースはあるが、運動場としては当然不適切。丁度良い機会だった。それに幸運もあった。経営者の方、なんと柔道のオリンピック選手候補に選ばれた事があるらしい。それを学びたいと思っていた俺にとっては大変ラッキーな事だった。
裏事情はさておき、勝則の説明は続く。
「ダンジョン作業は、地下一階から状況を見て進めていく。一般人が入れる場所だからと言って油断するな。……そんな性能の低いやつはいらんぞ」
煽る言葉に対して、ハガクレ全員の目の色が変わった。怒りもあるが、それ以上に挑戦的な色がある。件の施設では、こういうやり取りが当たり前だったのだろうか。一面から見れば極めて酷い話だが、この状況では奮起するトリガーとなっている。
良いことなのか悪いことなのか、俺には判断がつかない。誰にも付けられないのかもしれないな。
「とりあえずはこの流れで、性能を戻していく。時間はないが、焦ってさらに悪化させては意味がない。まずは体調を整える所から進めてくれ」
この発言に、若干名反応する者がいる。生活環境がよろしく無かったため、健康を損ねている者たち。ここに到着してからは、療養に務めている。でもってその中に一人、今も特別険しい表情をしている女性がいる。
ナンバー108、
聞いた話によれば、彼女こそが第一位。このハガクレの面々で、最も上位にいたとのこと。故にプライドが高いと小百合から聞いている。実際、不甲斐ない自分の状況にかなり不満を抱いているようだ。
「質問だ234。敵についての調べはついているのかよ」
「もちろんだ。相手は地王カンパニー。日本有数のダンジョンカンパニーだ。抱えている戦力も、規模通りと思え」
「偵察は出しているのか? 情報の確度は」
「ドゥームブレイカーズと伝手ができた。そこからの情報だ、当てにはなる」
この名前には、流石の彼らも驚きを隠せない。特に一般人の方々はそれが大きいようだ。
「どうやって……そもそも信用できるのかよ」
「もちろんだ。何しろ、社長の人徳によるものだからな」
胸を張って言い切る勝則。苦笑する小百合。何言ってんだこいつという感情を顔面一杯に浮かべる三郎くん。
本人動きそうにないし、ここは俺からもフォローしておくか。
「あー……あちら側もトラブルを抱えていて、それを手伝うという約束になっています。互いに利益のある間柄です。なので信用してもらって大丈夫」
本当はトラブルではなくもっと大きな話だが、語り出すとまた長いからこう話しておく。
「……そっすか」
とりあえず納得したようで、三郎くんは口を閉じた。この後、細やかな質問が出てきたが一つ一つ答えていった。主な内容は生活関係と給金に関してだったな。生きるのに直結する話だから当然だろう。
一通り終わった所で、再度俺が立つ。
「えー、長時間おつかれさまでした。それでは今日からさっそく、各自の仕事について改めて割り当てていきたいと思います。繰り返しになりますが、まずは生活の安定と体調の復調に務めてください。以上となります」
「全員起立。……おつかれさまでした」
「「「おつかれさまでした」」」
勝則の号令で説明会が終わり、人の動きが生まれる。作業の割り当て、共同生活での動き、今日の食事について……。
そんな中、陽子さんに支えられて一人の娘が退室していく。乙川とわさんは肩を落とし顔を伏せ、身を縮こまらせながら歩いていく。心配ではあるが、ここまで人が多くなると流石に手が回らない。黄田一家にフォローを任せたので、状況を聞きながら対処していこうと思っている。
「社長、準備整いました」
歩に声をかけられて、振り返る。あの体の大きな三郎くんを始め、比較的元気なメンバーが並んでいる。瞳に闘志がやどっていて、その辺は流石であると言えた。
「おう。行こうか」
これから彼らと一緒に、ダンジョンへ降りる。狙いはケイブチキンで、理由は食材確保。新メンバーと合わせれば40人を超える大所帯だ。必要とする肉の量もそれなりとなる。
このまま行くと、うちのダンジョンでは賄えなくなるだろう。早々に、市役所が抱えるダンジョンを借りなければ。
毎日目が回るほど忙しいが、それでも前には進んでいる。
*510こと梧桐三郎は、書籍版追加分で顔を出しております。