【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
アントニー・アダムソンは狭い車の中で、己の内から湧き上がる怒りにじっと耐えていた。順調な人生に、ある時いきなりケチがつく。それがアントニーのジンクスだった。
ハイスクールまでの彼は、王のように振舞っていた。金にも彼女にも困った事がない。気に入らないやつは誰でも殴って楽しめた。そんな愉快な生活が、卒業と同時に一変する。銃が撃てて楽しいだろうと、軽い気持ちで入った州軍での生活は最悪だった。
教官は頭ごなしに怒鳴りつけてくる最悪な男で、殴りかかったら逆に制圧された。散々懲罰を食らい、逆らうだけ損だと分からされる始末。それでもしばらくは耐えたが、結局数年で辞めてしまった。
ダンジョンカンパニーに入ったのは、彼なりに考えてのことだった。一般企業への就職という選択肢は最初に捨てた。今更そんなところになじめるとは思えない。つまらん連中と群れるのもごめんだ。
ギャングに入るという選択肢は、ありえなかった。確かに戦闘技術は役立つだろう。だが入れば自分が下っ端になる。クズ共が自分より上というのは耐えがたい。あっという間にケンカから殺し合いになるだろう。それでは意味がない。
暴力の活かせる、マシな仕事というのを探した結果行きついたのがダンジョンカンパニーだった。入って分かった事だが、ダンジョンでの活動はアントニーに合っていた。
軍で習い覚えた技術は、探索で大いに役立った。静かに動き、状況を把握する。即座に動き、目的を達成させる。ダンジョンという油断ならない環境では、情報と判断力が求められた。
彼はたちまち頭角を現した。次々と成果を上げ、社内の評価も得ていく。そうして過ごしていくうちにプラーナを覚醒させ、いよいよエリートの道へと進みだす。アントニーはかつての人生に帰ってきたと喜びに打ち震えた。
冗談のような稼ぎによって大企業の重役じみた生活を手に入れた。足りない。もっと上がある。そうやって邁進していた彼のストーリーに、またもやアクシデントが発生する。アビリティの発現だ。
あの時の周囲の顔を思い出すだけで、血管が切れそうになる。嘲笑と哀れみ。なまじ地位を確立していただけに、反動は周囲の態度として現れた。忠実な部下のように振舞っていた連中も、肩をすくめて苦笑い。
こんな侮辱には耐えられない。かといって暴力を振るって刑務所行きも笑えない。別企業への転職を考え調べていた時に目に映ったのが日本の情報だった。当時の東京ではハンターの募集に躍起になっていて、報酬の額もそれなりだった。
今よりは低くなるが、それは交渉していけばいいだけの事。彼は母国を離れ、何の思い入れもない日本へと移動した。
当時の東京は、異様な空気が漂っていた。特権階級のように振舞う上位ハンター達。それによって繰り広げられる暗闘。アントニーのセンサーは、これに流されてはいけないと強く警告してきた。これはゴミが詰まってできたダムだ。壊れるのは決まっているし、大惨事も確実にあると。
アントニーはしばし、お行儀のよいビジネスマンのように振舞った。体格よくプラーナも使える彼にケンカを売るものは少ない。一部の上位ハンターには、習い覚えた技術を持って対抗した。所詮はダンジョンで暴れることしかできない素人だ。軍にいた彼にかなうはずもない。
彼の予期した大惨事は、すぐに訪れた。ただしそれは不気味な静けさを伴って。見知っていた、生意気なハンターたちと連絡が取れなくなった。一人二人ではない。数十人単位である。あからさまな異常事態の中で、彼は静かに息をひそめ続けた。
見えない怪物が暴れている。わざわざそれの標的になるような振る舞いをするほど馬鹿ではない。ほどなくしてそれは終息した。東京のみならず、世界各地のトラブルメーカーたちが姿を消した。多くの者が事態を把握するために動いていたが、アントニーは気にしないと決めた。それよりも大事なことが、目の前に迫っていた。
ライバルが減った事で、相対的にベテランハンターの価値が上がった。報酬の引き上げ交渉は楽になったし、それ以上に条件の良い引き抜きも多くなった。彼は十分に吟味し、もっとも高い値段をつけた地王カンパニーへと移動した。
再び、満足できる生活が手に入った。ニューヨークやサンフランシスコ、ロサンゼルスなどに比べれば見劣りするが東京のサービスも悪くない。何より自分より上が少ないというのが心地よい。ドゥームブレイカーズとかいう日本国のお抱えチームが目障りだったが、積極的に接触しなければ問題ない。
稼ぎ、暴れ、使い、楽しむ。気兼ねなく、己の思うままに振舞える。自分こそが王なのだ。そんな風に自尊心を満足させていたアントニーに、やはりジンクスがやってきた。田舎のハンター一人始末するという簡単な仕事。それをしくじってしまった。
あれは自分の責任ではない。ろくに情報を集めなかった他の部署が悪い。奇妙なマジックアイテムを保有しているなど、知らされていなかった。自分のミスばかり指摘されるのは不公平だ。などと言葉を募らせても、ボスである
『お前、部下としばらく身を隠せ。警察が動いている』
『ポリスが? 冗談でしょう?』
ハンターの犯罪には警察は動かない。東京ではそれが常識なのだ。しかし半戸は首を横に振った。
『何故かは分からないが、ドゥームブレイカーズが嗅ぎ付けてきやがった。お前を名指ししている。ヘマしたな』
クソ、と心の中で毒づいた。社長の前で口に出さない自制心はかろうじて残っていた。忌々しいあのアビリティだが、強敵相手には使い所がある。前にダンジョンブレイクで駆り出された時、ハウルボア相手に使用した。あれを誰かに見られていたか。
『連中も暇じゃない。そのうちこっちに構っていられなくなる。藤ヶ谷についてはいったん休止だ。タイミングが来るまでは、隠れていろ』
社長から決定事項を言い渡され、従うしかなかった。流石のアントニーも、戦闘能力では英雄部隊に敵わない。特にトップは化け物ぞろいだ。ダンジョンブレイクの時にそれを見ていたが、悪夢のような強さだった。あれらと殴り合うのは笑えない。
そうして一か月以上、人里離れた山奥でキャンプじみた生活を余儀なくされた。酒と食い物はある。電気も通信もある。だが娯楽は彼の満足できるものとは程遠い。それを耐えねばならなかった。
他のメンバーとはある程度分散したとはいえ、部下の視線がうっとおしかった。腕力で徹底的に分からせてなお、反抗的な目をしてくる時がある。そのたびにしつけし直しているが、一向に修正されない。この状況が終わったら遠くに飛ばすか、あるいはダンジョンで消すか。アントニーがそう決意していた頃、やっと待ち望んだ連絡が来た。
『警察が静かになった。ドゥームブレイカーズも本業で忙しいようだ。仕事を再開しろ。終われば、全部片づけて元通りだ』
これでこの辛気臭い状況も終了。あの生意気なザコハンターもこの手で殺せる。久方ぶりに気分がよかったのだ。ついさっきまでは。
『お前が! お前らがしくじったせいで、私がこんな目にあっているんだ! 分かっているのか!? こっちは金を出しているんだぞ!』
集合場所に現れた太った老人が、顔を合わせるなりそう罵ってきた。周囲が身体を張って止めていなかったら、間違いなく殴り殺していた。今回のクライアントだったとしても、許せるものではない。
あとで説明を部下から聞いてみれば、自社で相当追い込まれているらしい。その理由がこちらの襲撃が失敗したからだとか。笑わせる。そもそも自社を支配するだけの能力が本人にないだけではないか。藤ヶ谷が離脱したのもクライアントの舌禍が原因だったと聞いている。全て自業自得。こちらに当たるのは見当違いにもほどがある。
真正面からそういい返してやりたかったが、別の車に押し込まれてしまった。だからこうして怒りだけが熾火のように燻っている。
なぜあのクライアント、海田とかいう老人を連れてきたのか。問いただしてみれば理由は単純。藤ヶ谷に呼び出されているとの事。なので自分たちの任務は当人との交渉となる。所属している会社を害されたくなければ、こちらの軍門に下れというわけだ。
これまた、面白くない話である。あの日本人ハンターがなんだというのだ。腕がいいとは聞くが、それだけだ。目立つアビリティやマジックアイテムを使っている、という話は聞いた事がない。
特別な何かしらを持っているのなら、堂々と使うはず。ハンター界隈で舐められるのは自分や周囲を危険に晒すのだから。事実そのせいで、あの老人に嫁を害されそうになっているではないか。
半戸は一体何を恐れているのか。やはり現場から離れたハンターは駄目だな、と結論付ける。あれもそのうち引きずり下ろし、自分がトップに立って見せる。自分はチャンスをものにできる人間だ。今回のトラブルも乗り越えて見せる。
車に揺られ続けることしばし。日は暮れて夜が訪れる。田舎は街灯が少なく、闇が多い。そして呼び出された場所も、これまた街中から離れた場所だった。
「……臭い」
車から降りて深呼吸した所、漂ってきた臭いに思わずつぶやく。肥料か、それとも家畜がいるのか。わずかに漂ってくる糞のそれに顔をしかめる。周囲を見渡せば、ほとんどが田畑。民家もあるが、やや遠い。夜に鳴く虫の声が、耳障りに思えるほど響いている。
指定された場所にあった駐車場は、砂利による舗装がされていた。整備はおざなりのようで、水たまりができるであろう凹みがいくつもある。雑草も目立つ。
「なんだこれは、霧? 煙?」
部下が騒ぐのを見て、アントニーも気づく。薄く白いもやが、周囲を漂っている。やっと秋口に入ってきたため、空気は少し涼しい。しかし霧が出るような気温ではなかった。
「リーダー、あれを」
別の部下が、一方を指さす。そこに光があった。何のことはない、ただの懐中電灯によるもの。一人、おそらくは男性が右手にそれを、左手に別の何かをぶら下げている。この霧じみたものは、そこが発生源のようだった。
男が立つ横には、飾り気のない看板が一つ。『市管理ダンジョン。関係者以外立ち入り禁止』とある。彼らが車を止めた駐車場も、このダンジョンへアクセスするためのもの。指定された場所がそこだった。
「……準備しろ。行くぞ」
アントニー達は装備の入ったバックをひっさげ、明かりの元へと向かっていく。別の車から、海田が下ろされ部下たちにより半ば強制的に移動させられる。ダンジョンは、放棄された畑の真ん中にあった。雑に刈り取られた雑草のあちこちから、虫の鳴く声が響いている。
「ようこそ、地王カンパニーの皆々様。そしてお久しぶりです、海田常務」
資料の写真にあった顔。重要ターゲット、藤ヶ谷一樹。そう認識できる距離まで近づけば、彼の左手にあるものも見分けがつく。もっともそれが何かであるとは、なかなか言及しがたい代物だったが。
一見すると、香炉のようなものである。本体は丸く、隙間からは煙があふれ出ている。細い鎖で吊るされていて、先端は藤ヶ谷の手にあった。
「藤ヶ谷! 貴様、なんてことをしてくれたんだ! 私が今どういう目に遭っているか分かっているのか!」
「ハンターであるからと、雑な暴力沙汰を引き起こす組織に依頼してこちらに害を与えてきた。そんな相手に当然の対応をしたまでの事。騒がれる筋合いなどありません」
吠える海田に対して、切って捨てるように言い放つ。その作業をした当人だが、全くもってその通りだとアントニーは心の中で同意した。何なら少しばかりスッキリした気分にすらなった。海田の顔は大変滑稽だったから。
「まあもちろん、貴方が指示したという具体的な証拠はありません。稲村貿易の内部に噂を流した程度。あとは警察に訪問していただいたくらいです」
「それがどれだけ、私に迷惑を……」
「もちろん、嫌がらせですとも。たかが噂くらいでおたおたしないでいただきたい。こちらは会社周辺に火をつけられ、社長に至っては殺されかけたのですから」
なんだ、具体的な証拠は掴まれていないのか。なのにこんな所にのこのこと足を運んできた。どれだけ危機感が足りないんだと、アントニーはあきれ果てた。
「事ここに至って、貴方に発言権はありません。そこで大人しくしていてください。でなければ少々手荒なことになりますよ?」
「き、貴様、ハンターが一般人に手を上げたらどうなるか……」
「犯罪者にはその限りではないんですよ、詳しくはご自分で調べてくださいね。さて……お待たせしました、地王カンパニーの皆様。代表は、どちらの方でしょう?」
「俺だ」
アントニーが一歩前に出て見せると、相手は慇懃にお辞儀をして見せた。
「遠路はるばるようこそお越しくださいました。ミナカタ所属のハンター、藤ヶ谷一樹と申します」
「挨拶は後だ。要求は一つ、我が社に入れ。さもなきゃお仲間を皆殺しにする」
「おい、貴様話が違う……ぐぎゃっ」
ぶん殴った。一応、老人であることを考慮して手加減した。まだ騒ぐようだったら蹴り飛ばすつもりで足を上げたのだが、短く悲鳴を上げて縮こまっている。
「……それで、返答は?」
「その交渉については、下でお話しましょうか。その方がお互い都合がいいでしょう」
「あんたに選択権はない。こっちの手のものが、ザコ共の住処に……」
「リーダー、トラブルです」
近寄ってきた部下がささやいてくる。何とも嫌なタイミングだった。
「各班、目的地にたどり着けないと報告が来ています。深い霧で前に進めないと」
「ふざけるな。そんな霧なんて……」
と、口にして気づく。今も藤ヶ谷の手にある、煙を吐き出す金属球を。腹立たしくも笑顔を浮かべる当人が、聞いてもないのに語り出す。
「はい、お察しの通りマジックアイテムです。本来は特定のモンスターを呼び出すための道具ですが、手間暇かけますと人間にも使えるという。いやあ、皆さんが地王カンパニーという組織に所属していてくださり助かりました。大分手間が省けましたから」
「てめえ、ふざけた真似を……」
「とんでもない、いたって真面目です。そちらの行動は確かに効果的だ。人質を取られるととても困る。町にテロ行為をされても困る。だからこそ手を打たせていただいた。これもさっきと同じですね。そちらが嫌がらせをしてきたのです。こちらがやり返して、文句を言われる筋合いはない」
そこまで言い放つと、藤ヶ谷は笑顔を捨てた。アントニーの背に、冷たいものが走る。アメリカで時折見た、本物達の顔。修羅場を経験した者特有の、感情が削げ落ちたそれ。
「さっさと手下を呼び寄せろ。まとめて相手をしてやる」
「……後悔することになるぞ」
「テロをやられるよりはよほどいい」
舌打ちを一つして、全員をこの場に集合させるよう命令する。全てこの町に配置する予定だったので、集合も早い。マイクロバスが次々と集まってくる。当然駐車場には停まれないから、道に停めた。通行など知った事か。
最初は無表情に眺めていた藤ヶ谷も、次々と連なるそれを見て表情を変えていく。呆れを含んだ笑いに。
「これはこれは。ずいぶんとまあ送り込んでくれたものだ」
「そっちが人数を増やした、という情報は掴んでいる。だから用意したぜ、三倍」
「なるほど、正しい」
この動きは警察の目を引いただろうが、大して問題ではないと判断された。一番危険とされたドゥームブレイカーズは遠方で仕事中だ。連中が動くことはないし、万が一そうであっても事前に連絡が来る手はずになっている。
「このままでは詰まりそうだ。今いる方々は、先にご案内しよう」
彼はそう言って、ダンジョンの階段を下っていく。アントニーは手で合図を送る。それぞれが武装をバッグから引き出す。剣、ハンマー、槍、メイス、ナイフ……それから銃器。ファンタジックな装備は大抵がマジックアイテムだ。
本人も、メインウェポンであるヘビィメイスを引っ張り出す。これと同等の威力を持つものは、半戸のコレクションにしかない。彼の自慢の一品だ。あの時これがあれば、こんな面倒事にはなっていなかった。
今度こそしくじらない。そう決意して、ダンジョンへ足を踏み入れた。怒りと嗜虐心も滾らせながら。