【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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格好つかない恋の歌
第69話 ボアハント


 荒々しい獣の気配が、近づいて来ている。四肢に込められた力が、その怒りぶりを表していた。ダンジョン地下四階に響く、削岩機のような打撃音。それは凄まじい勢いで俺たちに近づいて来ている。

 そしてその音にかき消されそうな足音も。

 

「来るぞ。皆構えろ」

 

 俺、入川(いりかわ)春夫(はるお)が社員たちに声をかける。ダンジョン屋ミナカタの新人、二メートルのイケメン大男、梧桐三郎(ごとうさぶろう)が手に持った得物を掲げて見せる。……スレッジハンマーが似合うというのは、中々稀有な才能だと思う。

 

「いつでも来やがれ、ってやつですよ」

「油断しないでよ、510。相手は大物なんだから」

「てめえこそ、足元すくわれるなよ108」

 

 三郎くんと昔の名前で呼び合うのは、乙川とわさん。170cmのスレンダー美人が好戦的に笑っている。元気なのは結構だが緊張感を……いや、大丈夫か。二人とも、そういう油断をする人たちじゃないから。

 

「……あ、来た。あんなので煽られたら、そりゃ怒るよね。おーい、もうちょっとよー!」

 

 とわさんが声を上げる。それとほぼ同時に、目に映るものがあった。それは光だ。大きさはおそらくソフトボールほど。赤、青、黄色とあまり目によろしくない速度で切り替わり光を放つ。

 そしてそれを追いかけ現れる巨体。反り返った一対の牙に、分厚い毛皮。足は強靭という言葉を形にしたかのような太さ。ダンジョン地下四階を徘徊するモンスター、ハウルボアである。

 

「ブギィィィィィ!!!」

 

 光に煽られ、猛り吠える大猪。ちなみにこの光はダンジョンで見つかったマジックアイテム。ただ浮いて光るだけの玉で、オークションで取り扱ってもらえないレベルの品物である。

 しかし、使いようによってはこの通り。モンスターを引き寄せる役に立つ。操作を覚えるのは一苦労だったが。……というか、俺はまだ完璧に使いこなせない。走りながら併走させるのは難しいんだ。

 結局今回はそれができる者に任せた。足も速くて器用なハガクレ組の女性社員である。さっきとわさんが応援したの彼女に対するもの。今、必死の表情でこちらに向かってきている。そりゃまあ、後ろにハウルボアがいるものな。さもありなん。

 さて彼女の頑張りもあって、位置もタイミングも望んだとおり。あとは合図ひとつだけ。

 

「ぶちかませ、ヒロっち!」

「かっ飛べ、ナイトスター!」

 

 腕を振り上げ、気合を入れて叫ぶ芦名(あしな)宏明(ひろあき)。彼の念に応え、現在我が社が保有する最強の武装が空気を裂いて飛来する。

 念動力にのみ反応、操作可能となる棘付き鉄球。三つでワンセットのそれが、十分な加速距離でハウルボアのド頭に叩きつけられた。生物の頭から響いたとは思えぬ、大きく鈍い音が響き渡った。

 

「ブゴォォォォ!?」

 

 人間なら頭部が粉砕飛散すること間違いなしの一撃を受けて、悲鳴を上げるだけ。つくづく出鱈目な生物である。だからこそモンスター(怪物)なのだろうけど。

 しかしながら、強烈な一撃を与えられたのは間違いない。こちらの都合の良い場所に獲物を呼び込むのは狩りの基本。今回はなるべく真っすぐな通路のある場所を選んでみた。一撃必殺とはいかなかったが、大ダメージなのは間違いないはず。そうでなかったらお手上げだ。

 

「社長、どうします!?」

「ヒロっち、すまんがもうひと仕事だ! やつの動きを鈍らせろ!」

「超能力を使えるようになってから、仕事量が増えたぁ! サイコキネシーーース!」

「フゴッ!?」

 

 愚痴る宏明が右手を掲げる。それが輝きを宿すと、ハウルボアの身体がわずかに揺れた。激痛に頭を振り回していたのに、その動きが鈍る。止まるというほどでもないし、遅いわけでもない。しかし手のつけようもないほどの暴れぶりではなくなった。

 なおこの間に、釣り出し役を務めていた彼女は俺たちの後方に走り抜けた。安全なところで休んでもらう予定である。お疲れ様。

 

「ぐあー!? きっつい! めちゃキッツイ! 長くは無理ですよ、シャチョー!」

「よくやった! あと少しがんばれ! 行くぞ梧桐くん、ウォーカー!」

「待ってました!」

「お任せください」

 

 我が社で上位のガタイの良さを誇る男、ウォーカーこと森沢(もりざわ)(あゆむ)。彼が振り上げるのもスレッジハンマー。五百ミリリットルのペットボトルと似たような大きさの金属ヘッドに、一メートルほどの柄。工事現場で使用される、扱いを間違えれば怪我ではすまない工具。今回はこれを武器として使用していく。

 俺もまた同じ武器を振り上げて、デカ猪に突撃する。狙うのは、危険極まりないあの巨大な牙!

 

「オラァァァァ!」

 

 フルスイング。プラーナで強化した身体があれば、トップヘビーで取り回しの悪い工具も何とか扱える。芯を捉える、とまではいかなかったが手ごたえは確かにあった。

 

「ブギィィィ!?」

 

 悲鳴を上げるモンスター。猪が武器として使う牙だが、必ずしも使い勝手の良いものではない。なにせ歯である。丈夫であるが、根本は骨と繋がっている。そいつを強烈にぶっ叩いたらどうなるか。人間にだってわかる。大変痛いのだ。衝撃もそのまま脳に伝わる。

 この化け物の構造は、サイズこそ違えども基本的に猪と同じである。というかモンスターの大半は、特殊能力とサイズ違いを除けば地球生物のそれと似通っている。例外はこけ玉。あれだけは元になったであろう生物が見つかっていない。

 さておき、身体が猪の構造と同じであるため生物としての弱点もそれに準じる。

 

「フンッ!」

 

 歩がハンマーを振るう。カス当たり。ダメージにはなっていない。

 

「っしゃぁ!」

 

 三郎がハンマーを振るう。ジャストミート! ハンマーのヘッドが見事に牙を打ち据えた。

 

「ブゴォン!?」

 

 たまらぬ痛みに鳴き声を上げる。よし、止めを……。

 

「だめだー、限界!」

 

 宏明の悲鳴と共に、ハウルボアの動きが元に戻る。あまりの暴れぶりに抑えきれなくなったか。大猪が、息を大きく吸い込む。身体が膨れる。あの夏に何度も見た姿。その後に何が起きるのか考えるまでもなく理解した俺は、大猪の前に立つ。そして魔法の剣を大盾に変えた。

 

「ブオオオオオオオオオッ!」

 

 衝撃波を伴う咆哮(ハウル)がダンジョンに轟く。大盾を全力で突き出しながら、最近覚えたばかりの技術を使う。プラーナ運用法のひとつ、重身功(じゅうしんこう)。文字通り、身体を重くできる。

 この様に踏ん張る時に最適な技術で、俺にしては珍しく覚えが早かった。おかげでこの切羽詰まった状況でも失敗せずに使用できた。今までなら吹き飛ばされているような衝撃でもこの通り、立ったまま耐えられた。……振動でダメージは受けたが。

 

「社長、大丈夫か!?」

「かまうな! ハガクレ組、かかれーーー!」

 

 何とか大声を絞り出し号令をかける。即座にハウルボアの左右から複数名の男女が飛び掛かった。その手には肉厚のナイフ。銃刀法に引っかからない、ギリギリのサイズだ。刀剣所持許可証は取得が厳しく、未だ我が社ではこれを所有しているのは一人しかいない。

 

「ブギイイイイ!?」

 

 連続で受けた攻撃に加え、名前の由来となった咆哮まで使った。その身体に蓄えられたマナは確実に消耗している。だからこそ、特別な処置を施していないナイフでもその身体に刃をねじ込めた。しかし何せ巨体である。ただむやみに切り裂いた所で大したダメージにならない。毛や脂肪で防がれてしまう。なので全員、徹底的に攻撃場所を絞った。

 その場所とは、血管である。体表に近く、多量の出血が狙える場所。猪の身体を参考に、それぞれが分担して挑む。この時ばかりは、ハウルボアの巨体がマイナスに働く。複数名で挑戦しても、互いが邪魔にならない。

 

「だめだ!」

「うそ、弾かれた!?」

「毛が冗談みたいに硬いぞ!?」

 

 ……が、しかし。なかなか思惑通りには行かなかったようだ。ここ最近で能力を飛躍的に向上させたハガクレの面々が、苦戦している。どうする? ここは夏の時と同じ方法を狙うべきか。そう思い一歩踏み出そうとしたのだが。

 

「ふっ」

 

 すくい上げる、刃の閃き。風のようにするりと踏み込むと、手にした剣でハウルボアの首をなで切った。彼が三歩進むと、勢いよく出血が始まった。

 

「ブオォォォォ……」

 

 苦し気に吠えるが、血を止める手段がない。痛みを紛らわせるように首を振るが、出血が酷くなるだけ。手負いの獣、という言葉通りにむやみやたらと跳ねまわる。巨体にもかかわらず跳躍して見せるのだから、尋常じゃない怪力だ。

 しかし厄介だ。これでは手が出せない。ハガクレ組も遠巻きに状況を見守っている。……が、例外が一人いた。

 

「ばぁか! 跳ぶってことはなぁ!」

 

 暴れるハウルボアの顔目がけて、走りこむ三郎くん。下から迎え撃つように、スレッジハンマーを振り上げる。

 

「落ちるって事なんだよ!」

 

 落下軌道を予測して、再度思いっきり牙を殴りつけてみせた。芯を捉えた音が、周囲に甲高く響く。

 

「ブオオン……」

 

 これには堪らぬと、動きが鈍る。その隙を逃さぬと、囲んでいた者達が再度攻撃を仕掛けた。出血と大暴れが、さらにマナを減らしたらしい。今度は何名かが、ナイフを突き刺すことに成功したようだ。

 傷が増えれば、その分余計に死に近づく。ついに活力を失ったハウルボアは、しばしフラフラと通路を歩き、やがて倒れ伏した。心臓はまだ動いているらしく、血だまりが広がっていく。

 とりあえず俺は、首に致命傷を与えた功労者に声をかける。

 

「フジくん、お見事」

「いやあ、緊張しました。やれましたけど、なかなか難しいものですね」

 

 朗らかに笑う、我が社のジョーカー。ベテランハンターの藤ヶ谷(ふじがや)一樹(かずき)は楽しげにそう言ってのけた。

 

「やっぱり、もうちょっとマナを使わせるべきだったかな」

「そうですね。まだプラーナも使えませんし、武器もよろしくない。次回がありましたらもう少し消耗させましょう」

「だってよ、ヒロっち」

「また社長が無茶を言う! 魔法使い酷使反対!」

「便利に使われるのが魔法使いの宿命よ。その分お手当は分厚くつけるから!」

「うごごご、社長が札束で殴ってくるぅ」

 

 そこまで分厚くはまだ無理だな。……いや、ハウルボアを日常的に狩るようになったら、できるかもしれない。

 そんな話をしていると、とわさんが軽やかな足取りで近づいてくる。

 

「社長! 私、アタック成功させましたよ!」

「おお、すばらしい。よくやれたもんだ」

 

 笑顔でそう報告した後に、くるりと振り返る。後ろからでも分かる、勝ち誇った笑み。仲間たちが途端に悔しそうな顔をする。

 

「くそ、調子を取り戻してきたな108」

「久しぶりに見たぞ、あのドヤ顔」

「ああやって調子に乗る所、子供のころから全然変わってない……」

「負け犬の遠吠えは敗者の特権。せいぜい吠えるといいわ!」

 

 元気よくそう言ってのける彼女。いやはや、仕事始めの頃は思いつめた表情が多かったがすっかり明るくなった。ついでに言うと、彼女が煽るからハガクレ組もいろいろなことに熱が入り始めた様子。ムードメーカー、といった感じなのかね。

 

「ですが残念、乙川さんは二番目です」

 

 ハウルボアの傷を確認していた一樹さんの声に、一同が振り向く。

 

「一番は、フジくんって話?」

「いいえ社長。自分はこの通り剣を使っておりますので同じ土俵ではありません。ナイフを使用してのアタックという枠組みで、二回の有効打を与えた者がいます」

「二回? あの短時間で?」

 

 一体誰が? という俺の疑問にはすぐ答えが出た。最早虫の息となっているハウルボア。その身体から一本のナイフが飛び出て宙に浮くと、持ち主の手に戻っていった。

 

「……ウォーカー。役割が違うぞ」

「すみません社長。丁度良い位置に立てたので、投げてみました」

 

 投げても手元に戻ってくる魔法の投げナイフ。それをキャッチし刃についた血を拭いながら、平然とそう答えて見せる。二回というスコアの理由一つ目がこの武器。攻撃力を上げる性能はないが、それでも魔法の武器には違いない。ハガクレ組のそれよりも、敵の防御を貫きやすかったことだろう。

 そしてもう一つ、理由がある。

 

「流石、アビリティ持ち……」

 

 とわさんが悔しそうに唸る。そう、歩もまたアビリティに目覚めたのである。その詳細については……またあとで。とにかくその二つがスコアに貢献したのは間違いないだろう。

 

「ウォーカーも、今回はフジくんと同じ枠じゃない?」

「いえ社長! 私たちは絶対、森沢さんを超えて見せます! 今回はそのままで!」

 

 ライバル心を燃え上がらせて、とわさんが手を上げる。うーん、チャレンジャースピリットが輝いている。他のハガクレ組も同じ気持ちのようだ。

 

「まー俺は今回、がっつり活躍したから。お前ら頑張れよー」

「510……ダンジョンから出たら覚悟しておきなさいよ」

 

 そんな仲間を、三郎くんが煽っている。確かに、彼のパワーは目を見張るものがあった。筋力を用いた戦闘なら、すでに我が社ナンバー1にいるだろう。彼と柔道で何度か対戦しているが、一度も一本取れたことが無いんだよね。技術とセンスの格が違う。

 まあそれも、純粋な身体能力だけに限ったこと。異能が絡むと話が変わってくる。

 

「だ、そうだ。追われる立場になったな、ウォーカー」

「皆さんの為にも、さらに腕を磨こうと思います」

 

 淡々と、しかしどこか楽しそうに語る。基本的にノリは良い男である。話が終わったのを見計らったのか、一樹さんがこちらに振り返る。

 

「社長、ハウルボアの心臓が止まりました」

「よし。それじゃあ移動だな。みんな、集まってくれ」

 

 号令をかけて、全員が大猪を囲む。それを確認して、俺は胸ポケットに仕舞っていたホイッスルを吹いた。甲高い音が、ダンジョンに響く。ほどなくして、遠方より轟雷が響き渡った。

 

「派手にやったなー、サッチー」

「うぐぐ。200め……」

「乙川さん、焦ってはいけない。一歩一歩ね」

「……はい社長。まずは芦名さんを撃破してからです」

「何で俺を狙うのぉ!?」

 

 そりゃお前がちょうどいいポジションにいるからだよ。魔法使いのなり立てなんて、経験値稼ぎの相手に最適じゃないか。……という言葉は飲み込んでおく。とわさんのチャレンジャーな所が、先輩社員の刺激になればいいと考える俺である。一樹さんも同じ気持ちらしく、すげえニコニコしている。

 ほどなくして、走り寄ってくる三つの影。まず見えてきたのは黄田(こうだ)(りゅう)。とても速い。オリンピック選手に迫る速度を出しているだろう。まあ、当然だ。プラーナに目覚めたのだから。

 その後ろに、御影兄妹。何かしらの魔法を使っているらしく、一歩ごとの移動距離が普通じゃない。まるでスケートを滑っているかのようだ。……訂正、ほぼそれだ。だって足下凍っているもの。

 

「とうちゃぁぁぁく! ……疲れたぁ!」

「おう、お疲れ。よくやった」

「お待たせしました。申し訳ありませんがお急ぎを」

「足止め用の術を使ってきましたけど、たぶん長持ちしませーん」

 

 この三人、今回は他のモンスターを狩り場に近づけぬ役目をしてもらった。おかげで無事に仕事が片付いた。もし二匹目、三匹目が乱入していたかと思うとぞっとする。確実に事故が起きていただろう。

 それにしても、今まで主力としていた御影兄妹に別方面を任せられるようになるとは。我が社も層が分厚くなったものだ。そんなことを考えながらも、俺は懐から木札を取り出す。

 

「全員、ハウルボアになるべく寄るんだ。いくぞー」

 

 陰陽太極図が刻まれた木札に、目を閉じて意識を集中する。すでに何度もやっているから、戸惑いはない。コツは、不思議に心を囚われないこと。

 なんで札に念じると転移できるのか。この札はなんなのか。そもそも転移とはどのような方法で行われているのか。そんなことを考えているとダメなんだ。ただただ、ひたすらに移動の事だけを思い描く。

 

「社長、移動完了です」




「汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず」
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