【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第70話 解体ショー

 勝則の言葉に目を開く。そこに広がるのは、ダンジョン中の異界。それぞれの文化に彩られた屋台の数々。色々な人種の人々が行き交い、活気があふれている。どことも分からぬ、不思議な場所。崑崙マーケットに、今回も無事たどり着いた。

 

「ここが、話にあったあの……」

「うっわー、マジでファンタジーだ。すげー」

「……通行人、明らかに素人じゃないぞ」

 

 ハガクレ組が、興味深そうに周囲を見回している。それでいて油断していないのが、流石である。

 

「シャチョー! 店覗きに行っていいっすか!?」

「あとでな、あとで」

 

 流なぞはこのとおり、観光地に来たようにテンション高くなっている。そして俺はこれをあまり責められない。自分だってマリアンヌさんに連れてきてもらった時は胸が高鳴ったもの。

 

「さて、と。いつまでもこうしてはいられないな」

「そうですねー。すっかり注目の的です」

 

 小百合の言葉通り、俺たちは露店や通行人の耳目を集めてしまっている。まあ、いきなり集団で、しかもハウルボアまで持ってきたのだからこうもなる。血の臭いだって広がりつつあるだろうし。

 

「よし、それじゃひとっ走り行って……」

「その必要はないわ! 行路飯店、ただいま到着!」

 

 人ごみをかき分けて元気よく現れたのは三つ編みを揺らすエプロン姿の女性。まさに向かおうとしていた行路飯店の店長、李明珠(リーミンジュ)さんである。

 

「李店長、すみませんお手数かけて」

「気にしない気にしない。大仕事だったでしょうしね。さあて、仕事の時間よ!」

「「「はい、店長!!!」」」

 

 いつの間にか並んでいた、料理服姿の屈強な男たち。彼らの目標は、もちろんハウルボアだ。

 

「かっつん、サッチー。猪を運ぶから、重量軽減の呪文を頼む」

「それでしたら、今回は浮かせましょう。その方が早い」

「……そんな呪文があるのか?」

「ありまーす。小回りがきかなかったり速度が出なかったり、色々足りない面もありますけどお店に運ぶ分には大丈夫でーす」

 

 そんな便利な呪文があるなら、これからの運搬作業に使えるのではと思ったのだが。どうやらそう上手くもいかない様だ。

 

「ああ、運ぶのはマーケットの外れよ。ウチの店は中心地にあるから。そこで解体作業はクレームが来るだろうし。李大兄とか……」

「当然だろう。私の仕事を何だと思っている」

 

 噂をすれば影が差す。現れたのは、艶のある長髪をなびかせた武人。この崑崙マーケットのまとめ役、李飛龍(リーフェイロン)氏だ。その後ろには警備員の大男もいる。確か(ワン)とか呼ばれていたっけかな?

 

「どうも、李さん。お騒がせして申し訳ない」

「かまわん。そもそも依頼したのが俺だ。……しかしまあ、見事にやってのけたな。どうやら見くびっていたようだ」

 

 華のある武人は苦笑して、呪文で浮かび上がったハウルボアを眺める。

 

「こうまで傷の少ない大猪を仕留めてくるとは。我ながら無理難題を命じたものだと思っていたのだが」

「ご依頼でしたので、全力を尽くしました」

 

 秋の騒動にて、俺はマリアンヌさんの助力を願った。その代償として、この崑崙マーケットの仕事を請け負う事となった。騒動が一段落した後に足を運び、この飛龍さんから請け負った依頼がハウルボアの狩猟。それもなるべく肉や内臓に傷をつけない状態でというオーダーだった。

 

「失血死、か。なるほど確かに、これなら私の要求通りだ。血抜きもできて、料理人としては文句なしなのではないか?」

「料理によっては違ったりもするけど、それは稀だし。私としてはその通り。見事な仕事よ、入川社長」

「ありがとうございます。それでは依頼については」

「ああ。この李飛龍が確認した。これをもって達成としよう」

 

 ふう、と安堵の息を吐く。最初、どんな仕事をするのかと戦々恐々としたものだ。だってこの崑崙マーケットなのだ。俺の想像力をはるかに超えた未知が溢れている。そんな場所からの依頼とか、どうなるか全く予想がつかなかった。

 ふたを開けてみれば、自分たちの得意分野で胸をなでおろしたのだが。まあその時も、

 

『何を想像していたのだ。貴様らにできて、我が方にもっとも利益のある仕事をさせようとするのだ。この手の事になるのは当然だろう』

 

 と叱責されてしまったが。いやはや、ごもっともである。

 

「でも、なんでウチに依頼したんスかね? ここの人たちなら、ハウルボアなんて簡単にやっつけそうなもんスけど」

 

 ハウルボアの運搬についていく最中、流がそんな疑問を口にする。

 

「簡単なことだ、軽功使い。確かに、大猪一匹程度なら容易いと豪語する者は多い。実際の腕もそうだろう。だが、迷宮にはこれの同族がうろうろしている。一度戦闘が始まれば、次々と集まってくる。そんな環境で、なるべく傷をつけずに仕留めて持ち帰ってくる。そんな面倒事をやりたがる者はいない。そもそもできる者も少ないだろう。あまりにも勝手が違うのだ」

 

 飛龍氏が答えをくれる。この方、結構な立場だと思うのだが話しやすい人である。軽口にもこうして付き合ってくれるし。そしてその内容も、納得のいくものだった。実は俺も、仕事を受けつつ同じ疑問を感じていたのだ。

 そもそも、ダンジョンで取ってくるケイブチキンや弾丸サンマがここで引き取ってもらえている。それ自体にも同じ疑問を覚えるべきだった。武人や魔法使いの能力をもってすれば、俺たちのようなダンジョン参加一年目を使わなくてもモンスターは取ってこられるはず。

 それに対するアンサーでもあるわけだ。討伐と狩猟は別物。なるほどなぁ。普段当たり前のようにやっていたことが、よそ様から見れば特別だった。社会ではまあ、時折ある事だ。

 しかし、そうか。そういう事情であれば、今後にも繋がるんじゃないか。一段落したら、話をしてみよう。

 

「よーし、ここいらでいいね。それじゃあ、下ろしてちょーだいな!」

 

 明珠さんの号令が響く。崑崙マーケットの外れに、屋台はない。だというのに人の数は多い。ハウルボアの運搬に、見物人たちが付いてきたのだ。まあ別に、隠すような事じゃない。警備員たちはいい顔をしていないが、口は出していないな。

 料理人たちが広げたシートの上にハウルボアが下ろされる。早速、様々な道具を携えた男たちがハウルボアに群がっていく。淀みなく、素早い手さばき。解体包丁が振るわれ、まずは腹が切り裂かれていく。

 途端にあふれ出る臓物。見物人の一部から小さく悲鳴が漏れる。うちの社員からも。俺もグロさにちょっと引くが、声は飲み込んだ。動物を解体して肉を得るというのはこういう事である。視線を逸らすのは仕留めた獲物に対して失礼だろう。

 まあもちろん、礼儀を持てば命を奪っていいのかという話もあるだろう。しかし相手はモンスター、強敵ハウルボアだ。放っておけば街に大損害を与える、人によっては見ただけで気絶するレベルの怪物。やらなきゃやられるのだ。

 

「状態はどうかしら?」

「綺麗なものです、店長。潰れたり破れたりしたものが一つもありません。それからこっちも。御立派なもんですよ」

「おー、でっかい」

「何がですか?」

 

 明珠さんたちがバラした内臓を品評している。流石は料理人。気後れなど全くしていない。この人たちにとっては食材でしかないのだな。で、そんな二人がのぞき込んでいる大型の料理用金属皿……バット、でいいのだっけ? それを見てみる。判別不能な臓器がそこにあった。

 

「何って、こいつのイチモツとタマよ。こいつで作る薬が高く売れるのよねーうふははは」

「……左様で」

 

 呵々大笑するおさげの店主。そうかー、うん、とってもビックキャノン。さぞかしパワーがあるんだろうなぁ。知らんけど。

 

「ちなみにどんなお薬になるので?」

「そりゃあもちろん、子宝系よ。大きい家になると、深刻な問題だから。そーいったところはもう金に糸目をつけないでこの手の薬を求めてくる。私は大儲け、相手は問題解決。うーん、とっても良い商売」

「……なるほど。じゃあ、オスの方が需要がある感じですか?」

「そうでもないわよ。メスもやっぱり同様の薬が作れるから。女性用のものが。これまた需要があるのよ、鬼気迫るってやつ」

 

 明珠さんは変わらず笑っているが、話題はあまりにもセンシティブだった。お家騒動とかいうワードが透けて見える。

 やや物騒な話題をしている間も、解体は続く。あれよという間に内臓は運び出され、作業は毛皮への対処へと移った。ハウルボア、まあとにかく体がデカい。それから綺麗にはぎ取ろうというのだから、作業も一苦労だ。

 幸いというべきか、料理人も常人ではない。普通にプラーナを使っている。平気で一メートル以上を飛び跳ねたりして見せる。なので巨体への対処もそこそこの苦労で済んでいるようだ。あと、要所要所で御影兄妹が呪文でフォローしている。

 

「傷のない毛皮がこれほどまでに。競売が白熱しそうだな」

 

 飛龍氏がそんなことをつぶやいている。いつ用意されたのか、彼は豪奢な長椅子でくつろいでいた。解体の臭いを消すためか、テーブルと香炉まで置かれている。何とも絵になるし、そうされる地位にいるのだろう。

 ……もしかしたら、俺が直接話しかけるのも不味いのかもしれない。護衛の連中の視線は相変わらず厳しいし。まあもう、今更の話である。

 

「こちらでは、毛皮にも需要があるんですか?」

「もちろんだとも。マナをたらふく吸い込んだ毛皮だ。呪具や防具の材料としていくらでも使い出がある。表では……まだか」

「はい。何といっても供給が少ない。研究している企業はあるようですけど、市場と呼べるものはまだないですね」

 

 地下四階の怪物の素材を、地上まで持ち帰る。これは大変重労働かつ危険が伴う。やりたがるハンターはめったにいない。直接依頼でもしない限りは手に入らない。

 例外的に肉と内臓だけは供給がある。なんといっても美味なのだ。どこの高級肉も、ハウルボアのそれに宿る圧倒的パワーには敵わない……というレビューが出回っている。肉にパワーって何だ、と思うが俺も食べたことがないので理解が及ばない。

 話を毛皮に戻す。そんな状態なので、こちらに関しては買い取り関係の話がほぼない。ウチがハウルボアを商品として扱うようになっても、毛皮に関しては持ち帰ることはないだろう。

 

「知識と技術のないことの哀れなことよ。金塊よりも価値のあるものを捨て置くのだからな。……ふむ、そうだな。入川社長、貴様に一つ尋ねる」

「お答えできることであれば」

「商売の話だ。貴様らはあれを見事に仕留めた。であれば今後は大猪を扱っていくつもりなのか?」

「そうしたいと思っているのですが、課題が二つ残っております」

 

 切り出してきたかー、と平然を装いながら内心気を引き締める。さあ、ビジネスの時間だ。

 

「一つ目は準備と技術向上。良い装備を合法的に所持するための資格が足りていません。それから現場での作業にももう少し慣れと研鑽が必要です。これについては解決の目途が立っていますので、あとは時間があれば」

「どの程度だ?」

「装備については一か月。現場については……あと二回程度ですかね」

 

 刀剣所持許可証の取得は難しいが、不可能というわけでもない。ハガクレ組は優秀だ。体調が万全となったのだから、上手くやってくれるだろう。現場については、これまでの経験から推測してみた。今回のトライで大体の空気はつかめた。後は回数を重ねれば最適化が進むだろう。

 

「なるほど。では、もう一つとは何か」

「解体です、李大兄。我が社がハウルボアを扱うにあたり、これが最大のネックとなっています」

 

 目の前で行われる作業を眺めながらそう語る。毛皮の剥ぎ取りが終わり、首も落とされた。いよいよ肉の切り分けに入っている。

 

「多くのカンパニーがそうであるように、ダンジョン内でモンスターの解体作業はまず無理です。先ほどおっしゃったとおり、内部には敵がうようよしています。短時間ならともかく、長く作業するには現状の我が社でも大変厳しい」

 

 ……実際には、一樹さんという切り札があるがポンポン出してよいカードじゃない。なのでここではないものとして扱う。

 

「さらに加えて品物の品質、衛生面を考えればダンジョン内の作業はあまりにも現実的ではない。かといってハウルボアをそのまま持ち出すのも様々な問題が出る」

「重さと大きさが運搬を困難……いやもう、至難と表現するべきか。魔法使いがいなければそもそも考慮する事すらできない」

「はい、その通りです。しかも移動距離を考えれば、一人じゃ到底足りない。我が社は幸いにも複数名の人材を確保していますがそれでも厳しい。一度や二度であれば、不可能ではないかもしれませんが日常的な業務にはとてもできません」

 

 行路飯店の料理人たちは大変優秀だ。正直モンスターの解体などは専門外だと思うのだが、全く淀みなくそれをやってのけている。部位ごとに綺麗に切り分けられ、バットの上に載せられていく。極まった技術は芸術的だ。見る者を魅了する。

 

「そして、何とかして地上に持ち出したとしても解体業者に当てがない。日本には、ハウルボアのそれを請け負ってくれる企業がないのです。ダンジョンブレイクで飛び出してきたモンスターを処分する企業はありますが、あれはあくまでごみ処理なので」

 

 この仕事を受ける前に、俺たちもできるかどうかを考えてみたのだ。そして色々調べた結果、不可能であるという結論が出てしまった。特に解体がダメだ。どこにも当てがない。そうなると自社で用意するしかないが、いつもの不人気という壁にブチ当たる。

 ハウルボアの商品化は諦め、マジックアイテム収集に注力するべきか。そんな話まででいた所に……今回の依頼が舞い込んできた。

 

「つまり貴様たちに必要なのは、ダンジョンから出ることなく大猪を解体できる組織、というわけか」

「はい。そういった会社とお取り引きできれば、我が社としても今後の発展が望めます」

 

 俺たちは互いに解体作業を眺めながら結論を語る。……他所から見れば迂遠なやり取りかもしれないが、これは大事な手順なのだ。単純な商取引なら、注文して受注するだけでいい。しかし今からしようとしているのはそんな単純な話じゃない。組織同士の業務提携だ。

 本来であれば、事前に互いの調査をするべきだ。これまでどんな仕事してきたのか。評判はいかほどか。大きなミスや不義理などは行っていないか。つまるところ、信用できるかどうか。

 残念ながら、俺は崑崙マーケットの事をよく知らない。調べる方法もない。ハガクレ組が学んだイリーガルな情報網にも引っかからない。一樹さんですら、詳細な情報を持っていないのだ。

 では何をもって信用の担保とするべきか。一つは、マリアンヌさんの紹介であるということ。彼女の紹介であるし、飛龍氏は『老師』と敬称で呼んでいた。あの人を軽んじられる立場ではない。こちらをひどく扱った場合のペナルティは期待できると考える。

 ここは完全にあちらのフィールドである。司法の介入など期待できない。そもそもどこの国かもわからない。法で縛れないなら縁で囲うしかないというわけだ。

 これは彼らが信用できない、という話ではない。どれだけ良い関係であっても、緊張感がなくなれば気が緩んでしまう。雑なやり取りは重要な約束事にも及び、最後には破綻する。俺たちがしっかりしていればいい、などという話じゃないのだ。

 もちろん、我が社としても相手側を軽んじる気はまったくない。飛龍氏個人であっても、極めて戦闘力が高いであろうことは見て取れる。警備員たちも、生半可なものじゃない。この間ウチに攻め込んできたハンター達よりも上だろう。

 これに加えて、崑崙マーケットを管理できているという事実。彼の腕っぷしだけではない。もっと大きな権力が背後に控えていると考えられる。明珠さんの店だってそうだ。あれも、彼女の才覚だけで成り立ってはいないだろう。

 そんな相手を、どうして軽んじられるだろうか。下手をしたら簡単に刃が首を撫でるだろう。礼儀を忘れてはいけない。俺を守る重要な盾なのだから。

 話を信用に戻す。そんなわけで、あの迂遠なやり取りは互いを知るためのものだった。話を合わせられるか。どんな考えや視点でこのプロジェクトを見ているのか。互いを見定めるためのやり取りだった。

 あの毛皮の話題などが分かりやすい。あれは本来、俺に教える必要のない情報だ。知らなければ安く買い叩ける。しかしあえて価値を教えることで、俺たちを一方的に搾取するつもりはないというアピールをしたわけだ。同時に品質の良い毛皮の供給も期待しているんだろうけどね。

 飛龍氏が優雅に笑う。

 

「なるほど。丁度良い所にそれができる当てがある。話をしてみるといいだろう。明珠、こっちにこい」

 

 そしてどうやら、俺への品定めは合格という形で終わったようだ。もし駄目だったら、話はここまで進まなかったに違いない。

 

「はい、お呼びですか李大兄」

 

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