【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「入川社長がお前たちの腕を見込んで仕事を依頼したいそうだ」
「ほほう、拝聴しましょう」
楽し気にそんなやり取りをしている。うーん、ちょっとよろしくない。このまま流されると、確実に儲けが減る。利益が欲しいのは誰だって同じ。交渉一つでそれが増えるなら、決裂しない範囲でなんだってやるものだ。
よし、と腹をくくってまずは宣言しよう。
「行路飯店さんと業務提携を結びたいと考えています。我が社は状態の良いハウルボアを取ってくる。そちらには解体をお願いしたい」
「なるほど。うちの料理人たちの腕を見込んでいただけたと。それはなにより。……だけどご覧の通り、あれは実に大仕事。軽々に請け負うわけにはいかないわ」
早速の先制パンチ。メリットを示せときたものだ。落ち着け俺、カードの出し方をしくじるな。
「もし受けていただけるなら、解体した部位の優先購入権を提供したい」
「ふうむ。まあ確かに……それはお得ね」
ちらり、と周囲に視線を流す。聞き耳を立てる見物客の多いこと。あ。あそこにいる紳士は
こんな開けた場所で交渉しなければ、こうはならなかった。それでもやったという事は……これにも意図があるね、飛龍氏。
「悪くはない。それでも一時間少々とはいえ、うちの上位料理人たちをこの仕事にかかりっきりにさせなきゃいけない。その分店の仕事は制限しなきゃいけないのよね」
今度は、技術を持つ人材という札を出してきた。同じカードを出してもいいが……いや、ここはもう一回譲歩しよう。
「たしかにマイナスですね。では、解体時に出た細やかな肉の切れ端は、そちらの取り分としてください。あれだけの巨体ですから、普通に作業するだけでもそれなりの量になるでしょうし」
「あら、それはお得。……うちの料理人にもミスはあるから、うっかり多く削りすぎることはあるかもしれないけど、そこは大目に見てほしいわ」
「っ……。まあ、ミスは誰にでもあります。全く無いようになどとは申し上げません。ですがその場合はしっかり報告していただきたい。隠すのは信頼を損ないます。ですよね、李大兄」
「ああ、もちろんだ。明珠、看板に泥を塗るなよ?」
「……ええ、もちろんですとも」
あっぶねーーー! 即座に刺しに来たよこの姉さん! 危うく取り分多くされるところだった! あらかじめ『予習』しておかなかったら、今ので持っていかれていたよ! 冷や汗ぶわっと出た! 安易に譲歩するもんじゃないな。
とはいえ、完全に無傷じゃないな。咄嗟のことながら、飛龍氏のお助けカードを使ってしまった。当然、あちらも使ってくるはずだ。
「まあ、利益が多いのは理解したわ。とはいえ、ここは崑崙マーケット。うちの店だけで回っているわけじゃない。これだけ大きなものを解体するのだから、臭いもするしゴミも出る。となれば当然、こいつらが寄ってくる」
そう言って彼女は、足元にいたこけ玉を蹴り飛ばした。解体を始めてから、何処からともなく集まってきたダンジョンの掃除屋たち。警備員や見物人、ハガクレ組が率先して対処してくれたが、やはりどうしても邪魔である。
「大兄としても、これらがいつも以上に寄ってくるのはよろしくありませんよね?」
「まあ、たしかにな。面倒が増えるし、手下どももいい顔をしないな」
ほら、さっそく使ってきた。本来ならこれ、割と無理筋だ。そこまでは流石にうちの会社が対処する話じゃないのだが、飛龍氏というカードを添えられるとそうも言っていられない。さて、これはどうしよう。
実際問題これ、俺がどうにかできるか? こけ玉は駆除できないし、寄ってくることも抑制できない。相手側に負担をかけるのはどうしようもない。あー……ダメだ。これはさらに身銭を切るしか……。
「一次的にこけ玉を近づけさせない術なら、心当たりがありますよ」
そこにひょいと足を踏み入れてきたのは、一樹さんだった。
「フジく……藤ヶ谷。何か提供できる技術や道具があるのか?」
「ええ。最近丁度良い術を開発しまして。こけ玉程度であれば、あまり術者に負担はかかりません。他の場面でも使い勝手はあるでしょうし、これの提供で飲んでいただけませんでしょうかね?」
おだやかにそういってのける彼。が、対面の二人は顔を強張らせている。理由はなんとなくわかる。一樹さんが踏み込んできたのを、感知できなかったんだな。二人とも相当の手練れだけに、それが大変大きな意味を持つ。
「いかがでしょうか店長。こちらの提案は」
「……そう、ね。そんなに便利な術があるのなら、ありがたく受け取りたいのだけど」
「いや。契約の譲歩としては大きすぎる。私の方で買い取ろう。術者もこちらで派遣する。それでいいな、明珠」
「……承知しました」
うわー、流石だ。即座に引いて被害を最小限にしたよ。たぶん、明珠さんがそのまま受け取ったらさらに一樹さんが踏み込んだと思う。それくらいは平気でやるという確信がある。
さて、せっかく彼が出張ってくれたのだ。社長としては頑張らねば。
「では、仕事を受けていただけますでしょうか」
「……ええ。互いにとって良い利益となるでしょう。このお仕事、受けさせていただくわ」
おっと、明珠さんもさっさと利確に走ったか。下手に長引かせて、一樹さんの介入を防ぐ魂胆と観た。多分正しい。ぶっちゃけ彼がどんなカード握ってるか俺もわからんものね。
「ありがとうございます。社員も増えましたし、これからは客としてもより多くの買い物をさせていただきたいなと考えている所でして」
「それは……ごひいきにどうも。しっかり良いお取り引きをさせてもらうわ」
おほほ、と何とか取り繕って笑って見せる彼女。飛龍氏といえば……先ほどから渋い顔をされている。
「……それで。そちらの御仁は、御社の社員か」
「はい。ハンターの藤ヶ谷です。ダンジョンが現れてからずっとやっている、ベテランですよ」
「初めまして、藤ヶ谷一樹と申します。今後ともどうぞよろしく」
丁寧に一礼して見せるが、相手側の緊張は相変わらずだ。一流は一流を知る、とどこかで聞いた。飛龍氏ほどにもなれば、一樹さんがどれほどの実力なのか推し量ることができるのだろう。
「……差し支えなければ、何故そちらの会社で働いているか聞いてもよろしいか」
固い声で尋ねるマーケットの顔役。俺はそれを黙って見守る。
「そうですね。色々ありますが働き甲斐がある、というのがまず一番ですか。同僚の教育や、突発的な事件への対処。私が今まで学んできたことが、色々と生かせる職場。ハンターカンパニーは数あれど、うちのような会社はまずないでしょう」
いつも手間をかけて申し訳ない、という言葉が口から出そうになる。空気読んで飲み込んでおくけれど。
「自分より弱い者の下につくことに、抵抗はないと?」
「会社の運営能力と、戦闘能力は全く別ですからね。今の所、社長に対して不満はありません。楽しくお仕事をさせていただいています。妻も働かせていただいていますしね」
「……左様か」
眉根に皺を寄せてしばし思考を巡らせていた飛龍氏は、短く息を吐いた。
「不躾な質問、申し訳ない。御身の労働が健やかであることを祈る」
「ありがとうございます。術の受け渡しについては、いかがしましょうか」
「我が方の配下を呼び寄せるのでしばしお待ちいただきたい。さて、解体も終わったようなので私は屋敷にもどる。後は任せるぞ、明珠」
「はい、大兄」
颯爽と歩み去る飛龍氏。配下の皆さんも長椅子やテーブルを片付けてあとを追う。それを見送ってから、ややげっそりとした表情で明珠さんが手を上げてくる。
「……それじゃあ、まだ仕事があるんでこれで。契約については、また今度でいいかしら」
「はい、おつかれさまでした」
「ええ。……まったく、藪をつついたら龍が出てくるなんて」
ぼそりと悪態をついて、彼女も立ち去った。見物人たちも三々五々と散らばってき、残ったのは俺たちのみ。そうなってから、俺は大きく肩を落とした。
「疲れた……」
「おつかれさまでした、社長。概ねシミュレーション通りの結果となりましたね」
「フジくんのおかげでね」
ハウルボアの依頼が入った後、俺たちは考えた。行路飯店が解体できるなら、業務提携を結べるのではないか。仕事が終わったら、依頼してみてもいいんじゃないか。
最初はそんな感じに楽観的に構えていた。しかし準備の最中、話を聞いたとわさんが俺たちにこう疑問を呈してきた。
『依頼して、素直に受けてくれるような相手ですか?』
相手にも利益があるのだから問題ないだろう、と思っていたのだが一度そう言われてみると不安が出てくる。なのでどのような問答があるか想定して準備などをしてみた。結果はご覧の通り。もしやっておかなかったら、今頃かなりの利益をあちらに吸い取られていた事だろう。
「結局、最後はフジくん任せになったけどね」
「いえいえ。序盤に社長が粘ってくださったからこそ、自分のカウンターが綺麗に決まったのです」
初めから一樹さんを前に出す案もあった。しかしそうすると、警戒されて契約そのものがご破算になるかもしれないという予測もされた。あちらのあの反応を見る限り、その可能性はやはりあったと思う。
話がある程度進んでいて、飛龍氏もあのタイミングでは引っ込みがつかなかったのだろう。余裕をもって衆目のある場所で話し合いなどをしていたのも、この時ばかりは悪かった。まあ流石に、こっちに一樹さんというジョーカーを握っているとは予測できなかったのだろう。
もしかしたら、御影兄妹のことを明珠さんから聞いていたのかもしれない。なまじ二人が優秀だから、それ以上はないと考えた……というのは根拠のない推測だ。この辺にしておこう。
ともあれ、仕事も終わったし目的は果たした。めでたしめでたし、だ。
「よし、おつかれ。それじゃあ約束通り、観光していくか」
いえーい、と喜ぶ社員一同。ここを何度か利用しているので、マーケットで使える金の貯えはある。高いものは駄目だが、食事くらいはいいだろう。残念なのは、福利厚生で計上できないことか。
「しかし、思った以上に手ごわい人物でしたね、李大兄」
勝則がそう感想を漏らす。全くだ、と首を縦に振る。
「伊達にこのトンデモ市場を仕切ってないな」
「ええ。最後は予想外の反撃を受けましたが、それ以外はほぼ彼の想定通りでしょう。マリアンヌ氏から譲り受けた一回分の依頼権。彼はそれで多くの利益を得ました」
「……なんとなーく、そんな気がしてはいた。具体的に教えてくれ」
勝則が説明してくれるところによれば、あちらの目的もまた我が社との契約だったとのこと。定期的にハウルボアが入荷できれば、崑崙マーケットへの客足は多くなる。当然、市場を仕切っている彼の利益も増える。
だからこそ、見物人にハウルボアの解体を見せた。そして人目を集めた場所で、交渉などもやった。宣伝効果は抜群だろう。
「……一石で何羽落としたんだ、あの人」
「最後だけは思惑通りとはいきませんでしたが、おおむね達成したので収支としては大きなプラスでしょう。侮れませんね」
「こっちは社長一年目。相手はトンデモマーケットのトップ。年季が違うぜ」
大きく息を吐く。嫉妬した所で意味はない。いつも通り、自分ができることをやっていくしかないのだ。
「社長ー、急いでくださいよー」
「おーう」
いつの間にやら大分先にいっていた三郎くんに応える。……あ、歩幅か。皆足長いものね。嫉妬に意味はないと分かっていても、こればかりは羨んでしまう。うぎぎぎ。
急ぎ足で進みながら、マーケットのあちこちに視線を向ける。探し人の姿はない。地王カンパニーとの戦い以降、マリアンヌさんと会えていない。偉大な魔女は、行方不明となっていた。