【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第72話 成長報告

 崑崙マーケットでの依頼を終えた翌日の早朝。俺たちはいつも通り、訓練に励んでいた。

 

「はい社長、もっと早く。そして一秒でも長く、その状態を保ってください」

「ふぬぬぬぬ……」

 

 すっかり冷たくなった冬の空気の中、全身全霊でプラーナを運用しながら足を動かす。現在やっているのは軽身功(けいしんこう)の訓練だ。重身功(じゅうしんこう)と違って、こちらは身体を軽くする技術。極めれば、水の上を走るなどという夢のような事ができるらしい。

 そこまで行かなくても足が速くなったり、体が軽くなったりする。屋根の上を走っても、体重で足場を傷めたりしないのだとか。実用的な上に、夢まである。是非自由に使えるようになりたい所なのだが、俺はこれが大変苦手だった。

 心を軽く。水のように流動的に。状況に合わせた形となれ。これが極意なのだそうだが、さっぱりだ。っていうか、ブルース・リーが似たようなこと言ってなかったか? ともあれ、この要領を得ないコツのせいで苦戦中。

 等間隔に立てられたスチール缶の上を歩くという特訓をしているのだが、まあうまく行かない。上手くいっても三歩まで。それ以上は踏み外してしまう。これに比べて重身功は本当に楽だった。あんなに覚えやすい、使いやすいプラーナ運用法は初めてだった。

 さて、そんな風に苦戦する俺の横をひょいひょいと走り抜けていくヤツがいる。流だ。

 

「シャチョー、お先ーっす」

「おのれー……」

 

 プラーナに覚醒した流は、かなりの速度でその技術を習得していった。単純な身体強化、そして戦闘への応用。ケイブチキンあたりなら、一人で捕まえて〆るなんて朝飯前だ。

 そして特にそのセンスを見せたのが、この軽身功だった。水を得た魚とは正にこのこと。空き缶歩行の訓練も、ご覧の通り鼻歌交じりにこなして見せる。

 なので、教官たる一樹さんは訓練レベルを上げることにした。

 

「歩さん、お願いします」

「承知しました。……熱血野球(プレイボール)!」

 

 さあ歩くん、大きく振りかぶって第一球を……投げたっ! 流の脇腹に見事命中!

 

「ほぎょお!?」

「流さん、前に進むだけじゃいけません。折角の軽身功なのですから、回避にも使いましょう。咄嗟に一歩引くといった行動も取れるはずです」

「う、うっす……」

 

 ちなみに、使用しているのはテニスボールである。……さて歩のアビリティである熱血野球、これの性能について。覚醒したのは地王カンパニーとの戦いの後。早速勝則が鑑定してくれたのだが……終わった後、彼の表情は未だかつてないほど困り果てていた。

 

『えー……森沢さんのアビリティ。名前は熱血野球。その性能なのですが……鋼鉄の腕、投球マシーン、鬼の心臓、だそうです』

『……なんだって?』

 

 当然、俺は聞き返した。さっぱりわからない。俺の時はもっと分かりやすかったじゃないか。多くの社員が頭の上にハテナを浮かべていたのだが、そこで立ち上がる男あり。

 

『それ、野球ゲームの特殊能力っすよね!?』

『分かるのか、リュー。っていうか、野球のゲームってそんな感じなの?』

『ウッス。ほら、野球っていろんな選手が出るじゃないですか。そのキャラ性能を特徴付けるためのヤツっス。えーと、そうだな……ホームラン王って書いてあったら、それがしやすくなるキャラっていえば分かるっスか?』

『なるほど分かりやすい』

 

 ゲームキャラにアビリティが付いているようなものなのか、と納得する。そして新しく疑問が浮かぶ。

 

『で、なんでウォーカーだけそんな愉快なことになってんの?』

『あー……稀に、あります』

 

 と、そこで知識を披露してくれるのは業界のベテラン、一樹さん。

 

『前の会社で、一人だけいました。本人の認識が、アビリティの説明にまで影響している人が。その人はいわゆる厨二病……ええと、子供の頃のカッコつけたい気持ちをそのまま大人まで持ち続けちゃった人といいますか』

『その人、何歳でした?』

 

 宏明が、大変致命的な事を無遠慮に尋ねる。うん、正直気になる。一樹さん、視線を逸らしながら答える。

 

『……当時三十二歳、でした』

『筋金入りか……』

 

 男性陣、そろって唸る。そこまで行けば立派と称えるべきか。はたまたどうしてそこまで放置したんだと嘆くべきか。

 

『ちなみに、どんなアビリティだったんです?』

暗黒皇帝(ダークエンペラー)。黒いもやを纏いながら前線でバリバリ戦う人でしたね』

『すげぇ……完璧だ……』

 

 男性陣、慄く。だって、それこそ中学2年生の頃考えるような、かっこいい自分そのものじゃないか。なんなら心の片隅にそれがちょっと顔を出しそうになるまであるぞ。他の連中も若干そんな感じだ。

 なお女性陣、しょっぱい表情。うん、分からんでいいんだ。男児にはこういうバカな所がある。

 

『話を戻そう。ウォーカーの能力説明が愉快になった理由は分かった。問題は、能力そのものがさっぱり分からんことなんだが』

『あ、俺なんとなく分かるッス。ゲームと一緒なら、どんだけ投げても腕が故障しない。投球コントロールがすごい。ピンチになってもビビらない。そんな感じ』

『所有者の感覚としても、大体そういうものであると感じております』

 

 使用者本人からもそうだと言われ、とりあえず理解する。……が、しかしなあ。

 

『改めて言うが。なんでこんなめんどくさいことになったんだ、ウォーカー』

『自分のアビリティが、勝利の栄冠を掴めと言っているようです』

『答えになってねえ……』

『かつてないほど森沢が愉快なことになってる……』

 

 前の会社からの同僚だった宏明も俺と一緒に呻く。とまあ、そんなやり取りがあった。実際の所、歩のアビリティは極めて単純だ。望んだ所に物を投げ込む能力。テレキネシスのように、勝手に向かってはくれない。あくまで、自分で投げなくてはいけない。

 ただそれだけの能力であり、一見すれば弱く感じる。しかし一樹さんに言わせればその逆なのだそうで。

 

「歩さん、どんどん投げてください。アビリティは基本的に、能力が単純であるほど強いものです。断神などが分かりやすいですね。断ち切るという一点に特化したあのアビリティは、国内屈指の火力を誇っています」

 

 ……俺の大君(タイクーン)、能力わりとバラバラだよな。所持重量軽減、スタミナアップ、仲間に能力付与。うーん、ゴミじゃないし影響力もあるけど必殺技には程遠い。

 それを考えるとシンプルが強いという言葉には納得してしまう。

 

「私のこれも、そうなると?」

 

 歩が手を握ったり、開いたりしながらそう尋ねる。

 

「どのように成長していくかは私も分かりかねますがね。断神などは対象がどこに居ても刃を当てるなんて芸当をやってのけています」

「つまり自分も、消える魔球が投げられると」

「……そうかもしれません。そうでないかもしれません」

 

 一樹さんが困り顔で煙に巻いている。歩はいつものクソ真面目な顔なのに、目がらんらんと輝いているからな。目を逸らしたくなる気持ちもわかる。

 

「そういう事であれば、遠慮なく。目指せ、投球三回スリーアウト」

「デッドボールはアウトじゃな、アーッ!」

 

 なりふり構わず逃げ出した流のケツにボールが刺さった。実に好いコントロールである。今はテニスボールだが、これが普通の石だったらどうなるか。あるいはあの投げナイフなら。

 何はともあれ。我が社の社員たちは、順調に成長しているようだ。……会社員としてではなく、ハンターとして。仕事にはプラスになるのだから、文句などあろうはずもない。けど正しいかどうかと言われると、ちょっと言い淀みたくなる。いいのかな……大丈夫かな……。

 

「社長、そろそろお時間です」

 

 訓練を続けていると、黄田健平が声をかけてきてくれた。運動中は腕時計を着けていると邪魔に感じる俺である。携帯電話も身に着けていない。なので手の空いた者に頼んでいる。

 

「ありがとう。おーい、上がるぞー」

 

 声をかけて、訓練を終了する。今日もダンジョン管理のお仕事だ。現在我が社は二つのダンジョンで活動している。我が家にあるそれと、市から借りているもの。両方の面倒を見なくてはいけない。

 市からのものを借り続けている理由は複数ある。一つ目はシンプルだ。まだ借用契約期間が残っているから、である。元々、地王カンパニーの襲撃に備えてのレンタルだった。それほど遠くない時期に来るであろうと予測はしていたが、正確な日時は分からない。当日、借用期間が終わっていたでは意味がない。

 そのような理由だったから、ある程度の余裕をもって借りる必要があった。あとはまあ、市の都合というものもある。それなりの期間というあいまいな区切りを考えると、役所や企業は四半期という枠を思い浮かべるものだ。

 じゃあ三か月程度でいいじゃないか、と借りる側として思うのだが市としてはこの機会を逃したくない。夏頃に似たような話題に触れたが、ダンジョン管理への予算は全然足りていない。常時ボランティアを募っているのがその証拠。

 市管理ダンジョンについては、定期的にダンジョンカンパニーにモンスター駆除を委託しているらしい。だけど予算の都合で、完璧な管理とは程遠い。溺れる人が水面に何とか顔を出しているがごとし。そんな現状で、長期的に借りたいという我が社からの申し出である。飛びつくのも無理はない。

 なので、借りること自体は簡単だった……のだが。

 

『他社が業務として請け負うダンジョン管理を、自社から金を出して借りる。これでトラブルは起きないだろうか』

 

 借り受けた後、こんな疑問が上がった。確かに、管理業務で稼いでいる会社からすれば妨害にも見えるだろう。我が社が一か所長期的に確保する分、仕事が減るのだから。クレームを入れてくる可能性も十分ある。

 これに関して社内で話し合った。当時は地王カンパニーにケンカを売られている真っ最中だった。これ以上敵を増やすとオーバーフローする。懸念は少ない方がいい。社員が考えを出し合った結果、揉める程度でそれ以上にはならないだろう……という結論が出た。

 我が社はあくまで、自社利益向上(という名目)の為にダンジョンを借用する。管理はそのために必要な作業であり、市の負担を軽くする目的ではない。今の所これ以上を借りる予定もない。よって他社の営業を妨害しないし、その意図もない。

 長期的に全管理を任されていたのならともかく、定期的な最低限のモンスター駆除だけ。それなら市が管理する残り二つのダンジョンで十分仕事ができる。仕事が減るという事はないだろう。

 万が一クレームを入れてきたとしても、この説明をするだけ。あるいは市役所に対応を投げるという手もある。状況を考えれば、相手側に立つのはないだろうから。

 幸いなことに現状、他社からのクレームは来ていない。今後は分からないが、その時になったら対処すればいいという結論に至っている。

 

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