【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第73話 個人雇用猫

 さて、ダンジョン借用に話を戻す。契約期間について、綱引きめいたやり取りをしばし行い現在の状況になっている。まあこのまま行けば、継続して借りることになるだろう。これは理由その二に繋がる。

 我が社はありがたいことに労働者が増えた。対ハンター用に育成された特別な人材と、その家族。おかげでいろいろ余裕が生まれたが、その分コストがかかる。そう、人件費が上がるのだ。それも盛大に。

 危険な仕事だから、ダンジョンに入るメンバーの給料は厚くしている。基本給ではなく、手当という形で。ほかにも必要な資格を取ったらその分だけプラスするなども。

 ……正直、ハガクレ組が入ってくれるまでこれぐらいしか社員に報いる手段がなかった。福利厚生、特に有給について我が社はろくに対応できていなかった。誰も彼もが貴重な戦力で、一人抜けられるだけでも安全性が下がるのだ。

 フルメンバーなら、弾丸サンマを狩れる。一人休むと地下一、二階の間引きを行う。これぐらいの対応をしていた。当然その日の利益にも大きな差ができる。仕方がない、命には代えられないのだ。幸い会社の懐事情は悪くなかった。借金はあったが、返済に問題が出るほど困っていない。

 ハガクレが入ってくれたことで、その面は大きく改善された。大いに胸をなでおろすところである。このまま有給消化ができない様だと、労基に何か言われそうで怖かった。

 また話が若干逸れた。人件費に話題を戻す。今まで以上に稼がなくてはいけなくなったわけだが、ダンジョン一つだけでは問題が出る。端的に言うと、労働者に対してダンジョンの広さが足りていないのだ。より正確に言うと、一つの通路での戦闘で四十名弱は多すぎる。過剰だ。

 武器や魔法の使用。回避に移動、さらには逃亡。それらには、必要な間合いというものがある。この大人数がそれぞれ、その距離を確保するのは無理だ。ましてや、その状態で連携や秩序だった行動など軍隊でも難しいに違いない。

 なら場所を分ければいいじゃないか、というのは当然誰もが考えるだろう。当然俺たちもそう考えて行動した。そして新たな問題が発覚した。

 それは『同じ階層で二つの戦闘が行われると、モンスターの行動が乱雑になる』というものだった。最早繰り返すまでもないと思うが、我が社の商品はモンスターそのものである。利益を上げるためには損傷はなるべく少なく、かつ新鮮である必要がある。

 それを実現するには、なるべく丁寧な戦いが肝要となる。攻撃する箇所はなるべく非可食部に絞る。疲労させると味が落ちる(と思われる)ので戦闘は素早く終わらせる。強力な魔法で一網打尽、などもってのほか。

 そしてそれを実現させるためには、邪魔の入らない落ち着いた環境が必須だ。しかし、二か所で戦闘が起きるとこれが保てなくなる。特に弾丸サンマがダメだった。これは俺たちの狩猟法に原因がある。

 我が社のやり方を簡単に説明すると、欲しい魚だけ取って残りは魔法で足止めするというもの。百を超える群れで泳ぐ弾丸サンマを狩るにはこれが最も効果的だった。この足止めというのが問題で、群れで動けなくなった連中は混乱し好き勝手泳ぎ始める。

 結果、別チームの戦闘場所に飛び込むという事態が生まれてしまったのだ。いや本当、最初に発生した時は焦った。

 すぐに原因を特定し、問題解決を図った。そして出た結論が『今はダンジョン二つあるんだから、別々でやればいいじゃないか』だった。ぶっちゃけ、混乱した弾丸サンマの群れをコントロールする方法などない。これ以外の方法となると、一樹さんの魔法で全滅させるぐらいしかないのだ。

 それはそれでどんな反応が出るか分からない。わざわざ危険な橋を渡る理由もない。というわけで、そういう事になった。戦力を分けることになったが、何とかなっている。魔法使いも四人いるというのが決め手になっている。。

 Aチームに御影兄妹。Bチームに一樹さんと宏明。現在はこれで問題なく弾丸サンマを両チーム共に確保できている。人手が増えたから、運搬量も向上。利益もうなぎのぼりだ。おかげで凄まじい額となった人件費も賄えている。トップとしてはひと安心である。

 ダンジョンを二つもつ、というのにはメリットもある。……より正確に言えば、我が社の人員が増えたからこそメリットが発生した、か。ひとつあるだけでも、人生をぶち壊す負債からメリットを見い出せる。気がつけば、ずいぶん凄い状態になったものだと思う。

 それはさておき。メリットとはマジックアイテムの数である。ダンジョン内に、いつの間にか配置される宝箱。その中にある価値ある不思議な道具の数々。その発生率は、どのダンジョンでも同じらしい。

 で、あるならば。ダンジョンの数はそのまま宝箱の数となる。トラップは厄介だが一樹さんという知恵袋が居てくれるおかげで、それの解除に困ったことがない。 

 回収した中身は、非常にまちまちだ。いつぞやのロングソードのように見事な逸品があるかと思えば、何の値段も付かないゴミもある。それでも(良い品であれば)公営オークションに出すと数十万から数百万の値段が付く。

 個人から見れば、数百万は高い。だけど社長としてみれば……お話にならない。弾丸サンマ、一日での最高額は3000万弱である。同じだけの人件費を払ってもしかしたらそれだけ稼げる……ではちょっと割に合わない。

 じゃあなんでやるかといえば、一つは前に一樹さんが言ったとおり会社の名声のため。高額のアイテムを出品できたというのは、国内で名が通る。今後さらなる人員増強を考えるなら、そういった面での宣伝はとても大事だ。

 もう一つは社員強化。宏明のナイトスターのように、今後も使っていけるような強力なアイテムが出るかもしれないからだ。実際、剣やハンマー、槍、盾、手甲などそこそこの数がすでに見つかっている。一樹さんに言わせれば『+1』程度の性能らしいが、あって困る物ではない。

 それらは全てではないが、少量ながらストックしてある。一樹さんのコレクションには性能の高い武具が多々あるらしい。だがそれを直ぐ強請るのはダメだろう。社員の成長にもよろしくない。正直この間から借りっぱなしの盾も一度返したいくらいなのだ。

 一足飛びは事故の元。一歩一歩確実に。安全確認、ヨシ!

 

「ニャー」

 

 汗を拭き、身支度を整えていると猫の鳴き声が遠方から聞こえてきた。なんとなく、妙な確信が沸いたのでそちらに足を向けてみる。庭に一匹の黒猫。そしてあかりさんがいた。冬という事もあるが、彼女はずいぶんと着ぶくれ……訂正。温かい恰好をしている。体が冷えて体調が崩れたら大変だからな。大事な時期だし。

 万が一そうなると、確実に一樹さんが使い物にならなくなるし。まだなってないけど、絶対そうなるという予感がある。

 

「あ。社長。猫さんが、またも戦果を挙げられましたよ」

「おお、すばらしい。今日のエネミーは?」

「黒いアイツが二匹です」

「冬はこいつらも大人しくなるはずなのになあ……そんなにモンスター肉がほしいのか」

 

 ゴミ拾いに使っている火ばさみと、市指定ビニール袋を用意。見事に仕留められたGを放り込んでいく。さて、この黒猫。地王カンパニーの二度目の襲撃があったあの夜に拾った子である。性別はメスだった。当初はずいぶん弱っていたが、それも数日で回復した。

 やはり弾丸サンマのすり身を与えたのは効果的だった。劇物過ぎないかと心配したのだが、杞憂だったようだ。……普段食べている俺たち、体力等が底上げされたんだけどなあ。

 元気になった黒猫をどうしようか。これも悩んだ。まがりなりにも食材を扱っている会社だ。衛生管理の面からして、動物を飼うのはいかがなものかと。さりとて放り出すのは心情から忍びないし、関係者と思われる彼女の事を考えると避けたい所。

 社員たちをどう説得するべきか。俺の悩みは悲鳴によって解決した。

 

『ギャー! ゴキブリー!』

 

 結婚してお腹に子供がいるとはいえ、ギャーという悲鳴はいかがなものか。そう思いながら台所へ向かうと、あかりさんが悲鳴を上げていた。我が社の女性陣は総じてGが嫌いだ。いやまあ、好きなものなど男性陣含め一人としていないのだが。

 なので害虫駆除業者に定期的に依頼、自分たちでも虫退治用のエサや粘着シートを各所に配置している。……だが、黒いアイツは湧いてくる。敷地内で駆除しても、外から集まってくるのだ。虫にモンスターやダンジョンへの恐怖はないらしい。

 とりあえず駆除しようと、硬いものを探した。流石に素手でやるのは俺も嫌だった。しかしそれよりも先に、足元を黒い影が颯爽と駆け抜けた。そして電光石火の早業で前足を振り下ろす。

 

『あ、やった! 猫ちゃんがやってくれた!』

 

 喜ぶあかりさん。どこか誇らしげに胸を張っているように見える黒猫。とりあえず俺はティッシュペーパーで前足を拭いてやった。Gもついでに処分。そして、思いついたことを実行してみる。

 

『猫さんや。貴方を害虫駆除要員として雇用したい。報酬として今までと同じ食事を用意する。いかがか』

『社長なにやってるんですか』

 

 背後から、思いっきり呆れた声で小百合が声をかけてきた。たぶんあかりさんの悲鳴を聞きつけたのだろう。振り返りながら答える。

 

『何って、新人勧誘。夏場には蛇とかも出たし、専門でこういうことをしてくれる人がいると助かるじゃないか。猫だけど』

『だからって真面目に猫を勧誘しないでください』

『俺だって普通の猫にはこんな事は言わん。だがこの子は特別だぞ。なあ?』

『ニャー』

『ほら』

『ほらじゃないです……。兄さん、何とか言ってやってください』

 

 頭痛を堪えるように小百合が頭を抑える。そしてあとからやってきた勝則に無茶ぶり。兄もこれには苦笑い。

 

『……社長。流石にそれは非常識ではないかと』

『しかしな、猫は俺の言葉が分かるように鳴いたぞ? だよな?』

『ニャー』

『このとおりだ』

『声をかけられて反応しただけでしょう』

『第一、非常識というがな? ダンジョン、魔法、アビリティにプラーナ。常識、この十年でずいぶん怪しくなったよな?』

『う……』

 

 兄と妹が同時に呻く。何故か俺の後ろであかりさんが腕を汲んで深く頷いていた。

 

『今更、人の言葉が分かる猫が出たぐらい、驚くほどじゃないだろう。……なにより、この子はマリアンヌさんの関係者っぽいんだよ』

『……それを早く言ってください。危うく社長が心労で病院のお世話にならなきゃいけなくなったかと思ったじゃないですか』

『心配はありがたいが、なんだかひどいぞサッチー』

『気のせいです』

 

 ともあれ、その後俺は無事に黒猫の雇用に成功した。残念ながらミナカタ社の社員ではなく、俺の個人雇用である。彼女はほぼ毎日のように何かしらの害虫、または害獣を退治してくれた。見事な狩猟技術だと感心している。

 黒猫の雇用……というか飼う事を主に喜んだのは女性陣。Gから守ってくれる頼れる存在であるし、何より可愛い。中でも一番構っているのがあかりさんだ。『黒いアレに関しては一樹よりも頼れる』と発言しており、それを聞いた夫はひざから崩れ落ちていた。

 他に特筆するべき点としては……どんな名前で呼ばれても、決して反応しないという所か。女性陣がノワール、タマ、ペチュニアなどと呼んでいたが見向きもしない。どうにも彼女は名前を付けられることを避けているようだ。そこにどんな意図があるのかは分からない。こればかりは、喋ってもらわないとな。無理だけど。

 

「よし、それじゃあダンジョンいってきますよ。留守番よろしく」

「いってらっしゃーい」

「ニャー」

 

 猫と従業員に見送られ、俺はダンジョンに続く階段に足を運んだ。

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