【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
さて。唐突だが、我が社の状況を整理しよう。まず、設備から。保有ダンジョン、一つ。借用ダンジョン、一つ(年度末まで契約)。家一つ(旧黄田家)。駐車場付き倉庫(冷蔵庫、簡易シャワー)。社屋(現在工事中。来年早春完成予定)。社宅(近所の空き家を所有者から借りた。複数)。
車三台。一号こと軽トラ。二号ことワンボックスカー。そして三号、やっぱりワンボックスカー。人数が増えて車が足りなくなったので新規で購入した。まあそれでも、全員で移動しようと思ったら足りないのだが。
最後に社員。社長、俺。社員三十八名。パート七名。猫一匹……は、含めていけないんだった。失礼。ともあれ総勢四十六名である。一気に大所帯となった。生産性は上がったが、それ以外で問題が出ている。主に生活面で。
それについて語る前に、我が社の仕事を列挙しよう。まずは、収入の柱であるダンジョン管理。地下に潜って、モンスターを倒し持ち帰る。メインの収入源は地下三階の弾丸サンマ。そのほかのモンスターは、管理の一環で回収してくる。
これに従事しているのは俺と社員三十四名。具体的には御影兄妹、流、歩と宏明、一樹さん、ハガクレの二十八名。AとB、それぞれ十七名ずつに分けてチームとして動いてもらっている。俺は日ごとに入るチームを変えている。それぞれがどんな状態か確認したいからだ。
事務および雑務。社員四名、パート七名。メンバーは健平、陽子さん、あかりさん、ダニエラさん、そしてハガクレのパートナー(恋人、または婚約者)男性三人、女性四人。
言わなくてもわかるレベルで、偏っている。事務仕事は四人でどうにかなる量ではない。雑務も同じ。この雑務には、社員の生活の諸々が含まれている。つまり食事、洗濯、掃除などだ。とてもパートだけでは片付かない。
ダンジョンに人手が必要なのは仕方がない。利益に直結するから。しかし、そちらばかり注力していては、生活が成り立たない。一般家庭であれば、家族の支援も受けられただろう。だが俺を含め、我が社の社員は多くがそれを望めない環境にある。
なので自分たちで仕事と生活を両立させていかねばならない。普通の社会人なら、個人でそれをやっていくものだ。俺だって会社勤め時代はそうだった。だけどダンジョン管理は、肉体と精神の両方を疲労させる。通常の労働とは比較にならないレベルなのだ。それに加えて、トレーニングや様々な訓練だってしなくてはいけない。
地下二階、三階と下っていくにつれて危険は増大している。個人で地下一階を管理していた時も辛かったが、今はもう比べ物にならない。一人じゃとっくに折れていた事だろう。……いやそもそも、地下二階に足を踏み入れることもなかったか。
そんな訳で、現在も我が社は共同生活じみた状態が続いている。会社を維持するのに、これが一番効率がいいのだから仕方がない。
とはいえ、何でもかんでも自社の人員でやっているわけではない。例えば昼食。これを外注することにした。弁当屋さんは探せばあるわけで、いくつかの会社に分けて注文している。流石に五十人弱の注文を一社に頼むのは負担だし、毎日同じ会社だと飽きも出る。
これだけでもパート陣の負担をかなり軽減できた。支出は増えるが、収入から考えれば軽いものだ。あとはA、Bチーム双方から交代で三名ずつ地上に残すことにした。雑務作業のサポート兼、いざという時の備えだ。
地王カンパニーのようなのは突飛な例外とするべきだが、力が必要なトラブルが起きない保証はどこにもない。そんな時に、腕っぷしの強い者がいるというのは安心できる。
とまあそんな感じで件の事件以降、俺たちは日々を過ごしている。……そして、俺にとっては大きな変化があった。
「……今日もいないか」
いつものホームセンターは、すっかり冬製品で埋め尽くされている。使い捨てカイロ、電気ストーブに灯油ストーブ、エアコンにセール札。ちょっとジャンルが変わるが土鍋なんかも見やすい場所に並べられている。
店内で流れるBGMはクリスマスを思わせるもの。流石におもちゃは売ってないが、隣のデパートならそれらも派手に売り出しているだろう。ともあれ、雰囲気はすっかり冬に染め上げられていた。そんな中、誰にも聞こえない声量で思わずつぶやく。
あの日以降、マリアンヌさんの姿を見ていない。売り場のダンジョンコーナー、そして崑崙マーケット。どちらでも彼女には出会えなかった。
李飛龍氏にも尋ねてみたが、首を横に振るだけ。会話も短く切り上げられてしまった。何か知っているのだろうが、聞きだす手段がない。
そもそもの話だが、俺は彼女の事をほぼ何も知らない。マリアンヌ・ヴァルニカ。魔女にして大魔導士、純金のマリアンヌ。あの春、彼女はそう名乗った。だが俺はそもそも魔女とは、大魔導士とは何かという根本的な所からさっぱりわからない。
分かるのは、彼女と触れあっていくにつれて断片的に得た情報。そしてそこから推察できるいくつかの事柄だけ。
ひとつ。彼女はホームセンターの店員ではない。まあ当然だ。なんで御立派な魔女様が、ホームセンターなんぞで働いているんだって話だ。服装が簡単に変わったり、そもそも俺以外彼女が見えなかったり。幻か何かを使っていたのだろう。
ふたつ。彼女は異世界人ではない。というか世間一般で噂されている異世界人そのものがただの嘘っぱちに思えている。根拠はあの崑崙マーケットだ。あそこの人たちの衣装は奇抜だが、それでも各国の文化が垣間見えた。浮き世離れしていても、この世界から離れているとは言い難い。
さらに言えば、プラーナと武功だ。前者は人が潜在的に備えているものであると聞いた。そして後者は、遠い昔から研鑽されていたものであると。つまりダンジョンが現れて唐突に発現したものではない。この地球で培われたものだ。異世界で作られたなら、俺たちがプラーナを使える理由に説明がつかなくなる。
となれば魔法もそうなのだろう。あくまで推測だが。……勝則達のハガクレ計画、さらには里奈さんたちのサキモリ計画。これらも根本で何らかの繋がりがあるんじゃないかと睨んでいる。彼ら彼女らの魔法やプラーナ、アビリティの親和性の高さがそう考える根拠だ。
話が逸れたので、みっつめ。彼女は何かしらの目的があって俺に接触していた。そしてそれはダンジョンに関連している。だってそうでもなければ、どうして俺なんぞにあんなに助力をしてくれたのだって話になる。
これまでの言動や助けから察するに、マリアンヌさんはダンジョンが正常に管理される状況を望んでいる。それが彼女にとってどんな利益に繋がるかは分からない。善悪すら判断が付かない。……あえてそれから目を逸らしていた。その方が都合がよかったのが一つ。もう一つは……まあ、いい。
唯一の手掛かりと思われるのがあの黒猫なのだが……元気に害虫駆除する以外は、変化がない。八方ふさがりだ。こうやって時間を見つけてホームセンターに足を運んでいるが、やはり彼女はいない。
……会いたい。只々、そう思う。顔を見たい。何でもいいから話をしたい。せめて元気かどうかだけでも知りたい。だけど、望みはかなわない。
「……帰るか」
ため息をついて、踵を返す。特に買うものもない。気になるものも、特にない。いや、興味が持てないというのが正しいのか。
店の外に出れば、冬の風が身に染みる。さっさと一号に乗り込もうと急ぎ足で進んでいると、ポケットのスマホが震えた。画面に表示されたのは、意外な名前。
「道明さんが、なんで? ……もしもし?」
『どうも入川社長。御無沙汰してます』
声の主はダンジョンブレイクの専門家、国内最強チームであるドゥームブレイカーズのメインメンバー。『剣聖』
「お久しぶりです。そちらはどうですか」
『ええ、なんとかやっております。……それですみません。唐突なんですが今日そちらにお邪魔してよろしいでしょうか?』
「今日ですか? ……ええ、まあ、大丈夫です、はい」
本当に唐突だ。忙しい人たちだから、予定を空けるのが大変だというのは分かるが。それにしたって多少は事前の連絡があっていいと思うのだが。
『すみません。ちょっと大事なお話があるんですが、電話では難しく……』
「それ、何か悪い話だったりします?」
恐る恐る、そうでないといいなという気分で聞いてみたのだが。
『……はい、おっしゃる通りです』
「そうですかー……分かりました。お待ちしております」
ドンピシャリでは、リアクションも取り辛い。とりあえずそう返して、挨拶した後に電話を切った。外で電話していた事もあり、すっかり体が冷え切ってしまった。大きくため息をついてから、軽トラに乗り込んだ。
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冬の日暮れは早い。あっという間に夜となった。今日は休日という事もあり、いつもはあれ程賑やかな我が社も静か。家にいるのは俺と御影兄妹のみだった。そこに、家のチャイムが鳴る。
「いらっしゃったか……はーい」
玄関に出迎えれば、ドアを開けて現れる見知った三名の姿。
「こんばんは。お邪魔します」
先頭で入ってきたのは先ほどの電話の主、道明さん。すっかり冬らしい、分厚いコートを纏ってのご登場。
「遅くにすみません」
続いて、同じくドゥームブレイカーズの『女帝』
「こんばんは社長さん。お元気でしたか? 練習は順調ですか?」
そして、それとは全く逆。ファッションは我慢であるとばかりの薄着。今日も見事なボディラインを惜しげもなく見せつける彼女は『断神』
「ええ、はい。がんばっております。……寒く、ありません?」
思わず、思ったことを口にしてしまった。いやだって、普通に腕とか足とか肌が見えているんだもの。何なら胸元まで。
「はい! 私、寒いの全然平気なんです」
子供か、という感想が思わず口から出かけた。何とか飲み込んだが。
「……左様で。お風邪には気を付けて。あ、どうぞ中へ」
ともあれ、お三方をお招きする。居間に入っていただき、飲み物を進める。道明さんは緑茶、女性二人は紅茶だった。
「それで、今回のご用件は?」
飲み物を待つ間、居心地が悪そうにしていた二人(例外の一人は語るまでもない)に、勝則が容赦なく踏み込んだ。
「はい。実は……地王カンパニーのハンターたちが、脱走していました。それもかなり前に」
「……なんですと? かなり前?」
道明さんの言葉は耳を疑うのに十分な情報だった。解決したと思っていた問題が、再び手元に戻ってきた。誰だって眩暈の一つも覚えるだろう。
説明を続けてくれたのは香さんだった。
「あの事件のすぐあと、高速道路で大きな事故があった事を覚えていらっしゃいますか? 警察車両も巻き込まれたとニュースにもなっていましたが」
「あー。ありましたねー。軽く映像流れましたけど、ちょっと目を疑うような車の破損ぶりでした」
小百合が顎に指を当てて思い返す。俺もその映像は覚えている。十名以上が亡くなった、酷い事故だったはずだ。……警察車両?
「まさか」
「はい、その通りです。あれには地王カンパニーのハンター達が乗せられていました。そして、現場には一人として死体が残っていなかったらしいのです」
眉根に皺を寄せて、唸るように語る道明さん。ずいぶんと腹を立てているようだ。
「私たちも知ったのはつい昨日のことで。連中の調査が進んでいるか担当に何度も聞いていたのですが、一向に具体的な話が返ってこなくて。埒が明かないと、直接乗り込んでやっと聞き出したという感じなんです」
香さんはひたすら申し訳なさそうに語ってくれる。……彼女たちに落ち度はないだろう。ドゥームブレイカーズはダンジョンブレイクの専門家。国に所属しているだけで、権限はそうおおきくない……はずだ。実力と実績で、色々と伝手ができているようだが限度はあるだろう。
「連中の手掛かりは、掴めていないのですか?」
勝則が淡々と尋ねる。冷静に、状況を把握しようとしてくれている。
「それが、痕跡が全くないのです。正直言って、この状況は明らかにおかしい。ハンターはプロの犯罪者ではない。この日本で、警察の捜査を振り切ることは容易ではありません。各地にある監視カメラ、銀行口座の動き、人の目。あれだけの人数が、隠れ続ける事なんて不可能なはず」
よく分かる話だ。なにせ、大人数を生活させていくのに四苦八苦している俺である。衣食住、普通に用意するだけで手間も時間も金もかかる。それを、警察にバレずに成立させる。俺にはその手段が全く想像つかない……いや、まてよ?
「魔法や、マジックアイテムを使ったという線は?」
「当然、それはありうる話です。ですから警察も、同じ手を使って捜索をしています」
香さんが淡々と説明してくれる。
「ダンジョン発生以来、魔法を使用した犯罪行為は大小さまざま存在します。残念ながら数が多く、それらのすべてに対処できているわけではありません。ですが今回は事が事なので、それに対処できるチームが動いています」
「国の肝煎りなので、捜査用のマジックアイテムも多数あります。……そんなチームが、いまだ尻尾を掴めていない。事はかなり深刻です」
道明さんが、やるせないとため息をつく。俺としては、シャレにならん話だと冷や汗が浮かぶ。あの連中が、エリート部隊から逃げおおせている。それこそ、一体どんな魔法をつかったのやら。