【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「でもなんで、それが秘密にされていたんです?」
小百合の指摘に、再度道明さんの表情が険しくなる。激情に言葉を詰まらせた相方の代わりに、香さんが説明してくれる。
「犯罪者の集団、それもハンターが野放しになったというのは警察組織にとってとんでもない醜聞です。下手をすると政治の世界にも波及します。それでなくても色々ガタガタな国です。ちょっとしたことで大崩れが起きかねない。隠せるならば……といった判断があったようです」
「加えて、地王カンパニーが皆さんへ再度接触するのではないかと考えた捜査員がいたようで。俺たちにも情報が伏せられていた理由がそれになります」
「俺たちは、囮にされたと?」
カチンとキた。俺はともかく、うちの社員を危険に晒すとはどういう了見だ。出るところ出てやろうか。思わず腰を浮かしそうになったが。
「だから、斬っておきました」
あっけらかん。笑顔でそう里奈さんがおっしゃった。……ええー?
「斬った、とは」
「えー……一部の責任者と捜査員が、極度の疲労により入院しました。命に別状はありません。肉体の損傷もありません。しばらくベッドの上から起き上がれないとは思います」
頬を引きつらせて笑う道明さん。そうかー、斬っちゃったかー。さぞかし苦労したのだろうな。あと物理ではなくそれ以外、プラーナやそれに類する何かを斬れるのか。流石断神様。
「……社長、いかがしますか?」
「いかがも何も……よしとするしかねーだろう、かっつん。お上に俺らが手を上げるなんて無理だしな。法の裁きも難しい。マスコミも……当てにならんだろう。里奈さんが一発入れてくれた。それで十分としておこう」
「お望みとあらば、まだ斬りますよ?」
「お気持ちだけで十分でございます」
にっこり笑ったままの彼女に深々と頭を下げる俺である。
「話を戻そう。とにかく、地王カンパニーが逃げ出している。足取りがつかめない。つまりいまだ我が社の危険は去っていない……か?」
話しながら疑問が沸いた。それに続いて小百合も首をかしげる。
「それってどうなんでしょう? そもそも、あの連中って仕事でウチを攻撃しに来たんですよね? でも、依頼人は……?」
「稲村貿易の常務、海田も行方不明です。ですが、すでに彼は会社を懲戒解雇になっています。彼の財産をかき集めても、地王カンパニーへの報酬額には全く足りないと思いますよ」
道明さんの説明にふむ、と頷く。で、あれば仕事にはならない。元々はあの常務……おっさんが、稼ぎ頭だった一樹さんを引き戻すために仕掛けてきたことだ。すっごい大事に発展したけど。
「それでも、油断はできないと思うのですが。連中がこちらを逆恨みしている可能性は十分あります」
「俺もそう思うんだ、かっつん。特にあの、アントニー・アダムソン。俺はアレにたぶんめっちゃ恨まれているだろうからなあ」
「目の敵にされてましたよね、社長」
「楽しそうに言うなサッチー。まあ、なんだ。自分より下だと思っている相手にボコられたら、大抵ああなるんじゃないか? プライド的に」
夜道で襲ってきた時が、その始まりだった。奴としてはきっと、簡単な仕事だったんだろう。それが失敗してプライドを大きく傷つけた。そして二回目もああなった。怒り心頭だろう。
「んんん? そうすると、だ。ブチギレ状態のアントニーが、今の今までウチに突っ込んできていないのは逆におかしくないか?」
「それに関しては、『どうやって連中が逃げ出したのか』という疑問にもつながると思います。実は、地王カンパニーの代表及びほかの主要メンバーも行方不明になっているんです。これらを繋ぎ合わせると、答えは推察できます」
「アントニー達は社長である
剣聖と女帝。二人の説明になるほどと納得する。たしかに、もっと上が出張ればあのアントニーも大人しくならざるを得ない……か? むう。
「社長、どうされましたか?」
俺が思わず漏らした唸り声に、勝則が訪ねてくる。
「いやな? あのアントニーが、会社の代表だからって大人しく従うか? って思えてな。しかも、今は犯罪者集団となって表を歩けない身だ。一般的には、会社というグループが成り立たなくなるような状態だ。何せ仕事ができない、給料も払えない。それじゃあ立場の上下も保てないだろう」
「流石は先輩。社長業に理解がある」
「おだてても何もでないぞサッチー。しかし、うむ。そうなってくると、だ。その……半戸? って代表には、まだ組織を維持できる何かがあるんだろうな」
そうでなきゃ、現状が説明できない。人をまとめるのはとても大変だ。皆それぞれ、目的がある。それは十人十色だが、根本にあるのは生存本能。生きたいという当たり前の気持ち。まともに生活できなくなった組織に、所属し続ける理由とはなんだ。
「この状況で、逆転の手があるって事ですか?」
「
「サッチー! その通りだが! 俺を身代わりにするな! ……ええい。ともかく、そうとしか考えられない。そうだなあ、今も警察の目を逃れられているわけだから海外逃亡とか可能なのかもね。あ、そうだ。あいつら銃とか使ってたじゃん。そのツテが使えるとか、あるかもしれん」
「警察も、その線は疑っています。各所と連携して、主要な港などは警戒しているのですが」
俺の思い付きは、的外れではなかったようだ。そして、落ち着いてもう一度考えてみる。
「地王カンパニーは、追われる身。その状況で、俺たちをやっつけて得られるものはあるか?」
「我が社を潰しても、彼らの状況は変わりません。ですが……ワンチャン、もしかしたらという可能性が」
「あるのか、かっつん」
「……一樹さんのコレクション。多数あるという噂のマジックアイテムに、一発逆転する何かがあってもおかしくないかと」
「あー」
たしかに、と納得してしまった。彼のコレクションから出てきた不思議なアイテムの数々。矢避け(弾避け)の護符、フライングカーペット、大盾『獅子の咆哮』、呼び寄せ香炉……。さながら世代を超えて親しまれるあのアニメ、青い猫型ロボットのポケットのごとし。
その全容を見たのはおそらく、当人のみ。妻であるあかりさんも、果たしてどこまで知っているやら。その量には呆れていると聞いたが。
「……それはちょっと、本人に確認する必要があるか」
「あと、地王カンパニーについても社員に連絡する必要があると思うんですよ」
「そうだなサッチー。すまんが頼めるか」
「はーい」
「社長。自分は一樹さんの所へ行ってきます」
「それなら、自分たちもご一緒させてください。……彼にも誠意を見せておいた方がいいと思うので」
勝則に同行を申し出る剣聖殿。まあ、分かる。これで機嫌を損ねるとは思えないが、蔑ろにして何かしらの不興を買うのは怖い。実力者にはそういう配慮が必要だ。
そんなわけで、日も暮れているのに各自が出かけることになった。小百合は流たちのいるアパートへ。そこのメンバーに手伝ってもらって連絡を回すとの事だった。
で。俺と里奈さんは家に残ることになったのだが……。
「うーむ」
「どうしたんですか?」
子供のように首をかしげて見せる。可愛い。いや、そうではなく。
「今思いついたんですけどね。連中、魔法使いの専門家に伝手があるんじゃないかって」
「専門家、ですか?」
「ええ。俺たちのような、ダンジョン発生後のにわかではなく、長いこと研究やら勉強やらやってきた本物たち。そういう人たちなら、警察の目を掻い潜るぐらいやれるかなと」
なにせ、今現在も世間一般からは完全に隠れ続けているのだ。その道のプロフェッショナルと言っていいだろう。
「……そんな人たちがいるんですか? お知り合いとか」
「ええ、まあ。で、そういう人たちの集まる場所に心当たりがあって。ちょっと話を聞きに行ってみようかなと」
俺の話を聞いた里奈さんは、ゆっくりと眉に皺を寄せていった。……ただいま考え中。ただいま考え中。そんなテロップがグルグル頭の上を回転してるイメージが湧いてくる。
そして唐突に表情が明るくなった。
「その人たちって、強いですか?」
ひえっ、しまった。断神様のやべー面が興味をお示しなられたぞ。
「いやー、どうだろう。そういう人もいるとは思います。ただ、魔法使いなので物理面はちょっとわかりませんね」
「じゃあ、剣を使える人に心当たりは」
思わず、黙り込む。脳裏に浮かぶのは、腰に剣を帯びた華美な伊達男。
「いるんですね?」
「……はい」
そして、輝かんばかりの笑顔を浮かべる彼女に嘘はつけなかった。多分バレるから。
「私、行ってみたいです!」
「戦いに行くんじゃないんですよ? 話を聞きに行くだけです」
「ええ、分かってます!」
「本当でござるかー?」
「本当でござりますー!」
元気よくお答えになるが、大変怪しい。まだ付き合いが短いが、彼女の興味及び趣味が剣に偏っている事は十分理解している。というかほぼ剣にしか関心がない。
……このまま俺一人で行くか? いや、だめだろう。そうなったら、彼女がこの家に一人になる。この外見ナイスバディお姫様、中身剣大好き元気小学生を一人にする? ありえん。目を離した隙に何をしでかすか分かったものじゃない。暇だからとダンジョンに単身飛び込むとか、容易に想像できるぞ。
道明さん達が彼女を置いて行ったのも、ここに俺が残っているから。信用してのことだろう。一樹さんの所に連れてっても、やることないし。うっかり何か変なトラブル起こしたら目も当てられないしな。
……みんなが戻ってくるまで、家で待つか? しかし、そうなると遅くなる。崑崙マーケットが何時まで開いているか分からない。店じまいとなったら、話は明日になってしまう。
急ぎではない。ないのだが、どうにも胸騒ぎがする。ただの勘でしかないが、地王カンパニーの動向を放置してはいけない気がする。あとはまあ、あの
さんざっぱら、人のことを下に見て貶してくれた男だ。俺も自分のことをそれほど立派な男だとは思ってないが、それでも多少は自尊心というものがある。一回ボコった程度じゃあ、あのナメ腐った態度は許せるもんじゃない。檻の中に入るというから、それで良しとしていたのだ。
「……じゃあ、行きますか」
「はーい!」
そういう事に、なってしまった。とりあえず、家には書置きを残す。電話しようかとも思ったが、二人とも今忙しいだろうしな。