【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第76話 噂をすれば影がさす

 外出の支度をして、一応ダンジョンに降りるのだからと安全靴を履く。すると玄関を開けて、すでに外に出ていた里奈さんが入ってきた。

 

「私も準備万端です!」

「なんで、グレソもってるんですか」

 

 彼女の背には、トレードマークであるグレートソードが覗いていた。ダンジョンからの発掘品。多くのダンジョンブレイクをぶった切ってきた彼女の相棒だ。

 

「私たち、いつでもダンジョンブレイクに対応できるように装備を持って移動しているんです」

「左様でしたか……」

 

 それがそのままの意味なのか、はたまた日本が彼女達に忖度したのか。……まあ、どちらでもいいか。

 

「それじゃとりあえず、ダンジョン地下一階へ行きますよ」

「はーい」

 

 玄関の鍵を閉め、足早に庭へ。日が落ちた冬の空気は、身を刺すような冷たさで襲ってくる。しかしそれも、ダンジョンに降りればずいぶん変わる。

 

「ふう、暖かい」

「不思議ですよねー。いつもの事ですけど」

 

 中の空気は、冷たくも熱くもない。寒暖差のおかげで温かく感じるが。おかげで夏場も冬場も問題なく仕事が進められている。

 ダンジョン地下一階の入り口は、我が社が念入りに管理整備している地点だ。なので、崑崙マーケットへの移動地点として大変優れている。モンスターが近くにいると使えないからね、護符。

 ポケットから太極図が刻まれた札を取り出す。

 

「よし、それじゃあこの魔法のアイテムで移動します。なので近くに寄ってください。一歩くらいの距離なら……」

「こうですか?」

 

 ぴたりと、肩を寄せてきた。俺は冬用の分厚い上着を羽織っている為、直接的なふれあいにはならない。それでも香りや、温かさというものが伝わってくる。

 いかん。よろしくない。彼女はわざとやってない。素だ。変に意識しては駄目だ。

 

「そ、それじゃあ移動します。ちょっと目を閉じていてくださいね」

「はーい」

「ニャー」

 

 大変素直に指示に従う。よし、落ち着け俺。札を意識しろ。いつものように崑崙マーケットを……にゃー?

 

「え、ちょっとまて。猫さん?」

「ニャー?」

 

 思わず閉じていた目を開いて足元を見やれば、呑気に鳴く獣あり。

 

「ニャー、じゃないよ。ここダンジョンだよ。ついてきちゃだめでしょう、危ないよ」

「ニャー」

「あ、可愛い。こんばんはー」

 

 しゃがみ込んで、黒猫をなで出す里奈さん。こりゃいかん、一度地上に連れ出さないとと思って顔を上げた。そして、立ち並ぶ多国籍な屋台の姿にめまいを覚えた。しまった、もう移動していたか。

 

「……しょうがない、連れて行くしかないか。里奈さん、その子捕まえておいてもらえます?」

「はーい。猫ちゃん、私と一緒に行こうねー」

「ニャー」

 

 大人しく彼女の腕の中に収まる黒猫。ふむ、珍しい。実はこの子、あんまり人になつかない。女性陣にしか身体をなでさせず、男が近寄るとすぐに逃げる。例外的に俺は大丈夫なのだが、きっとそれは危ない所を助けたからだろう。

 なのに里奈さんにはこの振る舞い。……圧倒的強者に屈したか? いや、怯えている様子はないな。まあ大人しくしてくれているならそれでいい。ここではぐれたらまず見つけられないだろう。

 

「それじゃあ、移動します。……今回はあくまで情報収集です。チャンバラの相手は、また後日しっかりご挨拶した後にお伺いを立てる。そういう感じにしたいのでよろしくお願いしますね」

「はーい」

「ニャー」

 

 良い返事だ。しかし不安を覚えるのは何故だろうか。……ともあれ先に進むことにした。いつもなら賑わいを見せるマーケットだが、流石に時間が遅いようだ。人通りはまばらだし、多くの露店が店じまいしている。大抵の店が、台だけ残して撤収されている。盗まれても痛くないと思われる、飾りのようなものがわずかに残っている程度だ。

 ……いや、いつぞや死霊術師(ネクロマンサー)氏が言っていたように、防犯用の何かかもしれない。だとしたら魔が差した者はさぞかし痛い目を見ることになるのだろうな。

 

「ここいらには、昼間は露店が並んでいるんですよ。何かあっても、お店のものなので触れないようにしてくださいね」

「分かりましたー」

「ニャー」

 

 またもや良い返事。……まあ、飾りとかを取ったりはしないだろう。剣が置かれていたらワンチャン危なかったかもしれないが。

 そうやって歩いていくと、やがて賑わいを保った場所に出る。中国の時代劇から出てきたかのようなその場所の名は行路飯店。油の良い香りが漂ってくる。夕食を済ませてなかったら辛いことになってたな。

 

「あ。里奈さん、ご夕食は?」

「来る途中のサービスエリアで済ませてきました。お蕎麦でした」

「それはよかった」

 

 もちろん、黒猫の夕食も済ませてある。問題なし、ヨシ。そんな話をしながら入り口に向かっていると、見知った姿が現れた。ここにいるとは、全く思っていなかった男。

 金髪青目の大男。拷問官(トーチャー)

 

「アントニー・アダムソン!」

「クソ雑魚野郎!?」

 

 アントニーが品のない言葉で罵り声を上げるのを見ながら、全力でプラーナを貯めこみ始める。相手は素手、武器防具なし。冬服。状態はこちらもほぼ同じ。安全靴の分だけわずかにマシ。でも状況を変化させるほどでもない。

 

「ここで会ったが百年目! 警察に突き出してやるから覚悟しろ!」

「生意気言ってんじゃねえ! そりゃこっちのセリフだ。今度こそぶっ殺して……」

「あ、じゃあ、斬りますね?」

 

 するり、と抜かれたグレートソード。幾多の怪物を切り裂いたそれに、曇りも刃こぼれもない。ダンジョン内を照らす淡い輝きが、刃の迫力を浮かび上がらせている。

 ……一瞬、頭に血が上って忘れかけた。そうだった、我が同行者は断神様だったじゃないか。彼女の姿を見て、アントニーの顔色が明らかに悪くなった。さもありなん。

 

断神(リーパー)……! クソ、マジかよ! そいつは反則だろうが!」

「お前らとの間にルールを決めた覚えはない。諦めろ。お前に勝ち目は万に一つもない。抵抗したら、即座にズンバラリン、だ」

「今宵もグレソは血に飢えていまーす」

 

 そんなわけで、降伏勧告に移ってみた。こいつの事はむかつくが、ぶっ殺したいほどではない。こいつから、残りのハンターの情報を引き出せれば問題が一気に解決する。枕を高くして眠れるというものだ。

 にらみ合いを続ける中、再び見知った人たちが現れた。今度は、いて当然の方々。この場のまとめ役、李飛龍(リーフェイロン)。それと店主の李明珠(リーミンジュ)さんだ。

 

「おいおい、大それたことしてくれているな入川社長」

「すみません、李大兄。この男は、うちの会社に押し入った犯罪者でして。すぐ捕まえますのでどうか……」

「駄目だ。たとえ表でどれほどの悪行を成していても、ここの法を守る限り客だ。客が暴れるのは、俺が許さん」

「……そうなりますか」

「当然だ」

 

 参った。これは駄目だ。ここのまとめ役がそう言うなら、従わなくてはいけない。ここで無理やり抑え込んでも、その先がない。おそらくアントニーは連れ出せないだろうし、崑崙マーケットとの取り引きは出来なくなるだろう。

 得るものが無く、損害は大きい。俺はため込んだプラーナを放出して、戦いの構えを解いた。

 

「里奈さん、剣を鞘に戻してください」

「はーい」

 

 あっさりと彼女も武器を納めた。……そしてその目は、飛龍氏の剣へ向けられている。ああ、やっぱり興味を持ってしまったか。それはさておき、先にことを納めなくてはいけない。俺は頭を下げた。

 

「お騒がせして申し訳ありません、李大兄。罪は私にあります。裁くのであればどうぞ私を……」

 

 そんな俺の振る舞いをチャンスと思ったのか、なんとアントニーが蹴り飛ばしに来た。まずい、避けられない。

 

「くたばれクソが……ああ!?」

 

 が、その蹴りは届くことはなかった。手だ。悪魔みたいな巨大な右手が、壁となってその蹴りを受け止めたのだ。

 

強奪者(ローバー)。……ったく、せっかくこっちが有利になりそうだったのにこのバカはよ」

「代表! 邪魔をしないで下さ……」

「喧しい」

「グェッ!?」

 

 右手は、そのままアントニーを掴んでしまった。あの大男が、全く身動きできていない。

 

「大人しくしないなら、後で握りつぶす。ここじゃ無理だからな。……返事はどうした、アントニー」

「……イエス、ボス」

「いい返事だ。静かにしてろよ」

 

 手が消え去る。そして、その男はまず飛龍氏に向き直った。

 

「申し訳ない、まとめ役殿。うちの社員も粗相をしてしまって。罰金はいかほどでしょう?」

「金で解決できるという、その態度は気に入らん。だが、自分の手で部下を諫めた点は考慮しよう。今回は不問とする。次はないと思え。入川社長、お前もだ」

「寛大なお心遣いに感謝いたします」

 

 飛龍氏に頭を下げつつ疑問が浮かぶ。本当に問題なしにしていいのか? ……いや、違うか。この場ではこれで納めておいて、別の時に持ち出す。小さな騒ぎであっても、一枚札を握られてしまったぞ。これはいけない。

 今度帳消しにできるような何かを持ち込もう。ダンジョン食材、マジックアイテム……あんまり高いものも良くないか。大事にならなかったケンカだしな。菓子折りとお酒あたりだな。

 俺がそんなことを考えていると、男がこちらに向き直った。年のころは三十代半ば。黒髪をオールバックにした、体格の良い男だった。

 

「さて、部下の粗相を詫びたい。一席、付き合ってくれるかな。入川社長」

「失礼ですが、貴方は?」

「おっと、申し訳ない。こっちが一方的に見知っていたからな。改めてご挨拶させてもらおう。地王カンパニー代表、半戸(はんど)大輔(だいすけ)だ」

 

 アントニーがボスと呼んだのだから、それなりの地位だとは思っていたがよもや社長だったとは。そしてアビリティ持ちと来た。……あいつが頭を下げるのだから、自分より強い相手というのは納得だ。

 ……乗るべきだろう。さっきの事もある様に、この場なら囲まれて制圧されることもない。であるならば、この機会を逃すべきではない。だけど、障害もある。

 

「それはまあ、構いませんが。お宅のアレはどうされるので? 正直同じ席には着きたくないんですが」

 

 親指をアントニーへ向けると、当人はブルドッグのように顔をしかめる。てっきり怒り狂って吠えるかと思いきや、黙ったままだ。半戸代表との上下関係はしっかりしつけられているようだな。

 

「おっしゃることはごもっとも。……しかし困ったな。目を離すと何をしでかすか分からんのです。ここで放ったら、何処でトラブルを起こすやら」

「しつけがなってないですな」

「耳が痛い。敵にけしかけるには最適なんですがね」

「そういう事なら、俺が預かろう。入川社長の近くに置いて、また喧嘩されてはいよいよ面倒になるからな」

 

 飛龍氏が手を上げてくれた。同時に、警備の男たちがアントニーの両脇に立つ。ヤツと同等の体格を持つ連中で、しかも武装している。これでは暴れて逃げるのは困難だろう。

 

「ボス、この扱いはあんまりだ!」

 

 流石にクレームを吠える。プライドの高そうなヤツだから、衆目の中で問題児扱いは辛いのだろう。

 

「身から出た錆だ。大人しくしていろ。もし問題を起こしたら、握りつぶすぞ」

「……クソッ!」

 

 しかし半戸代表は容赦しなかった。冷たく言い放たれた指示に、アントニーは大人しく従う。実力差がよく分かるやり取りだ。

 

「あ。それじゃあ、私も一緒について行っていいですか?」

 

 飛龍氏がアントニーを連行しようと背を向けたときに、里奈さんが呑気にそう声を上げた。ぶわっと、嫌な汗が浮かぶのを感じた。

 

「里奈さん待って。確かに、李大兄は非常に強いお方だと思う。思うけど、今日はそれが目的じゃないから。場は改めて設けるから。だから今日は我慢して」

「だいじょーぶですよ。私もいきなり斬りかかったりはしませんからー」

「本当? ……いやでも、お仕事の邪魔になったらいけないし」

「ああ、かまわん。そこに置いておく方が問題だろう。日本では高名な戦士だと聞いている。粗雑な扱いをしては、俺の名が廃るからな。しっかりもてなすさ」

 

 わずかに剣呑な雰囲気を醸し出しつつ、あくまで笑顔で語る飛龍氏。ありがたいお言葉なのだが、トラブルの気配がプンプンするのだ。……ええい。

 

「里奈さん、くれぐれも大人しくしておいてね? 暴れちゃだめだよ? 約束できる?」

「できまーす」

 

 軽ーい。もうね、わくわくが全身からあふれ出ているのよ。これほど信用ならんのも珍しい。……大学時代、流がだいじょーぶ! って言った時の信用度だ。大抵大丈夫じゃなかったやつ。

 俺は彼女の足元を見た。黒猫が、しっかり俺の方を見ていてくれた。頼んだぞ。祈るように心の中で語る。すると、すっと視線を逸らされてしまった。うん、ごめんよ。無理を言った。

 不安の塊が、まとめてこの場を歩み去っていく。その背を見送っていると、相手から声をかけられた。

 

「それじゃ、こっちへどうぞ入川社長」

「……ええ」

 

 さて、鬼が出るか蛇が出るか。

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