【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第77話 社長対談

 行路飯店の一角で、差し向かいに俺たちは座っていた。中国時代劇のセットのような内装は、とてもきらびやかだ。ぶっちゃけ、俺が入った事のある店の中で一番高級感がある。

 

「さあ、好きなものを頼んでくれ。奢らせてもらうよ」

 

 半戸代表は、上機嫌でそう言ってきた。……不思議と、それに嘘は無いように思えた。

 

「いえ。すでに夕食を済ませているので」

「何だ、もったいない。ここの食事は最高だぞ? 俺もいろんな店を回ってみたが、ここと同レベルは東京でもそうはなかった。しかもダンジョン食材が当たり前のように出てくるんだ。地上だったら、何か月も前から予約を取れとかザラだぞ?」

「そういったお店には足を運んだことがないので何とも。でもまあ、事情はよく分かります。需要に対して供給が追い付いていませんからね」

「ああそうだ。俺はあんたとそういう話もしたかったんだ。とりあえず、酒だ。これぐらいはいいだろう?」

 

 そういって、盃を渡してくる。流石にこれは断れなかった。受け取って、酒を注いでもらう。一度テーブルに置き、相手にも同じように注ぐ。この辺はもう、当たり前のマナーだろう。相手との関係がどうであれ、だ。

 

「それじゃあ、ふむ。何に乾杯するべきか。お互いの健康、はちょっと気まずいな。ますますの発展、も今は状況が悪い。さてさて?」

 

 図太い。肝が据わっている。ふてぶてしい。そんな印象を受ける。腹立たしいという気持ちは当然ある。だけど感情に流されてはいけない、という危機感はそれ以上だ。ただのチンピラの親玉ではない。そう強く感じている。

 

「ではこの崑崙マーケットに、でどうですか」

「ああ、悪くない。実際、素敵な場所だからなここは」

 

 二人で盃を掲げ合い、軽くぶつける。

 

「「崑崙マーケットに」」

 

 飲み干す。ずいぶん強い酒だった。ウィスキーのように喉を焼く。それでいて口当たりはまろやかで香りがよい。酒好きが、ついつい飲み過ぎるような味だった。

 

「ふう。どこの酒だろうなこれは。日本酒じゃないとは思うが」

「ここの雰囲気から察すると……まあ、アジアのどこかでしょう」

 

 そんな話をしていると、肴が次々と運ばれてくる。肉、魚、炒め物……油と香辛料の良い香りが周囲を満たす。

 とりあえず、落ち着いた。であればそろそろ本題を切り出していいだろう。このままではこの男に飲まれそうだ。

 

「さて、それじゃあそろそろ本題に入っていただきたいのですが……半戸社長」

「代表と呼んでくれ。昔、クソ……飯時に使う言葉じゃないな、失敬。ろくでもない社長連中に囲まれて仕事してな。奴らと同じ呼び方されるのが耐えられない」

「そんなに。……では半戸代表、改めて本題ですが」

「ちょっとせっかちじゃないか? 酒も食い物もまだ出てきたばかりだぞ? ……だがまあ、そうだな。このままじゃ据わりが悪いか」

 

 半戸代表は背筋を正すと、軽く俺に頭を下げて見せた。

 

「仕事を受けて、入川社長の襲撃を指示したのは俺だ。それについて、まずは謝罪させてもらう。すまなかった。正直田舎の、しかも立ち上げたばかりの会社って事でナメてたよ」

「謝ってもらった程度で許せるような話じゃないんですがね。殺されかけたし、家の周囲は放火されるし。あげくの果ては、大量のハンターで襲撃までされた。映画のヤクザかって話ですよ」

「数年前の東京じゃあ、珍しくもなかったんだがな」

「殺し合いが挨拶のように行われていたとか、一体どこの紛争地帯ですか」

「そんなもんだったよ、あの頃は。まあ、表沙汰にしないって配慮はあったがね」

 

 それが下火になって本当に良かった。街の影を走りながら殺し合いとか、ジャンルが違いすぎる。うちはカタギのダンジョン屋なんだっての。

 

「それで、まさか謝罪一言で終わらせるおつもりですか?」

「まあ、収まらんわな。それで、何を望む? 土下座か?」

「ご冗談。そんなの一銭にもならないじゃないですか。アントニー達を豚箱に入れる。そして、あいつらを脱走させたときに被害にあった方々へ謝罪と賠償をする。まずはこれが最低ラインです。うちへの賠償はその後ですね」

 

 俺の言葉に、初めて半戸代表の表情が暗いものになった。怒りではない。悔やむ感情がはっきりと顔に表われた。

 

「……ああ、そうだな。犠牲者は、必ずそうする。それから、アントニー達は……今は、だめだ。大仕事がある。それが片付いたら、まとめてサツの前に放り出すさ」

「それで俺が納得するとお思いで?」

「こればっかりはどうしようもない。さらに不興を買ったとしても、やり遂げなくちゃいけなくてね。……なあ、入川社長。ダンジョンは、誰が作ったか知ってるか?」

 

 突拍子もない質問が来た。この十年偉い人たちのみならず、直接間接問わず損害を受けた者すべてが思い悩むこと。何故ダンジョンが出来たのか、どうしてモンスターが湧き出るのか、事を起こした者はいるのか。

 ハンターのような例外はともかく、それ以外は皆こう思っている。ダンジョンという負担から逃れたい。この悪夢を終わらせたい。その為に多くの人たちが努力している。進展があったという話は全く聞こえてこないけど。

 

「……貴方はそれを知っていると?」

「当人……に近しい者からの情報を得てな」

「それが偽の情報である可能性は?」

「疑い出したらきりがない。しかしまるで神様みたいな魔法を見せられれば、信じたくもなる。俺たちがどうやって、警察の目から逃れたのだと思う?」

「魔法かマジックアイテム」

 

 俺の答えに、半戸代表は鼻で笑うと酒をあおる。

 

「そいつはちょっと、雑な答えだな。ダンジョン発生から十年。統治者も犯罪者も、目の色変えて不思議な力をかき集めた。少しでも有利に、ズル(チート)ができるように。成功者、権力者の椅子は求める者に対してあまりにも数が少ない。それを得ようと思ったら、何でもやる。昔っからそうなんだ。新しい要素が出たから特別なんじゃない。わかるよな?」

「まあ、そうでしょうね……」

 

 世の中は不平等だ。生まれる前から優劣が決まる。まずは生まれる場所だ。安全な国なら、そこの公共サービスの恩恵を受けられる。紛争地帯ならば、その日の命すら保障されない。

 次は親。地位や金、名のある親の元に生まれれば安泰な人生が望める。貧困家庭や、そもそも両親にその資格が無かったら。只まともな人生を得るのにも苦労し、場合によっては大人になることも難しいなどという事もありうる。

 そして自分自身。美醜。体質。病。健康すらも、必ず得られるものではない。……ああ、そうだな。酷い家だったがそれでも、俺はまだマシな方だった。下を見ればきりがない。

 そういったどん底にいるものから見れば、自分が得られなかったすべてがズル(チート)に見えるかもしれない。何でおれにはアレがない。あいつらばっかりどうして。なら、俺がそれを求めて何が悪い。

 

「それ自体に、どうこう言うつもりはないです。力も道具も使い方次第。法に引っかからず上手くやるか、法に隠れてアコギにやるか」

「ハハハ! そうか、そう言うか。ズルいことはよろしくない! なんて正義を振りかざしたりはしないのか?」

「……場と相手によりますね。貴方に言ってもしょうがない。状況に合わせて、話を合わせる程度で。それに、ぶっちゃければ俺だって人様から見れば恵まれている方でしょうよ」

 

 御影兄妹との出会いと繋がり。そこから始まった成り上がり。一人で地道にダンジョン管理しているような多くの人たちから見れば、俺の状況は羨むに十分だ。

 

「ああ、それだ。全く驚いたぜ。一体どうすれば、うちの連中を跳ねのける戦力をたった半年で用意できるのか。そもそも、アントニーのバカがしくじったって聞いた時だって耳を疑ったのによ」

「部下にずいぶんな言い様だ」

「エリート気取りのまがい物を正しく評価しているだけだぜ。あれが本当にエリートだったら、もっと人を育てられてた。うちは駄目だな。人より多少能力があるが、それ以上にはなれないチンピラばっかだ。それをアイテムで下駄はかせて、なんとか地下五階まで下りれるようにしているけどそれにしたって……ああすまん、愚痴になったな」

 

 再び酒をあおる。空になった盃に俺が注ぐ。

 

「おお、悪いな。で、だ、あー……そう、俺たちがどうやって逃げたって話だったな。実は入川社長の言う通り、魔法とマジックアイテムだ」

「当たってたんじゃないですか」

「ははは。悪い悪い。でも、一般的なそれじゃない。世の中に知られている、いわゆる論理魔法。現代社会に生きる連中に分かりやすくするために、ロジックで作られたそれ。額面どおりに丸暗記してるだけじゃ到達できない領域。つまりは……これよ」

 

 そう言って彼が胸ポケットから取り出したのは、太極図の描かれた木札。崑崙マーケットへ出入りするための護符。

 

「それを使って、脱出したと?」

「いいや、違う。これを使うと何が起きる?」

「移動……瞬間移動。なるほど、分かりました。魔法による瞬間移動での脱出。確かにそれなら、警察はお手上げですね」

「そのとーりだ! おねーさん、お酒追加ー!」

 

 半戸代表は、機嫌よく酒を飲んでいる。俺はゆっくりとしたペースで付き合っている。相手はどうかわからないが、俺は酒豪じゃないんだ。

 

「入川社長、あんたは思わなかったのか? この札を手に入れた時、こいつが世の中にどう影響を与えるかを」

「考えましたけど、そこで終わりました」

「と、いうと?」

「もし瞬間移動の魔法が一般的になったら、物流が大変化を起こします。今の運搬業界は、適応するのにとてつもない労力を要求されるでしょうね。でも、それは俺に関係のない話です。なのでお終いと」

「自分でそれをやろうとは思わなかったのか?」

「思いませんでした。俺はダンジョン屋を回していくので手一杯ですからね。常に人手不足であえいでいます。今は一般職員がほしい」

「東京はいいぞー。質を問わなきゃいくらでも集まる」

「大きな金を使うから、質もある程度は求めたいんですよ俺は」

「だよなあ。ちょっと油断するとマジックアイテム持ち逃げしようとするんだぜ。一体どこで金に換えるつもりだ。うちがその手のルート把握してないと思ってナメやがってよ。あーそこのお兄さん、皿片付けて。あと、注文追加」

 

 ……いかん。どうにも話が弾む。思えば、同業者とこんなに話したことがない。会社の規模が全く違うが、立場は同じ。悩みや視線も近い。となれば共通する話題も多い。

 ほだされるな。こっちは命を狙われたんだ。ああ、半戸代表がアントニーのようであればよかったのに。

 

「……それで、だ。そう、転移魔法。そんなのをポンと使うのが依頼人で、かつ情報提供者だ。俺たちの隠れ家まで提供してくれている。ぶっちゃけな、半分命握られているようなもんだ。とんでもない魔法使いと絡んじまった。この状況で約束反故したら、何されるか分からん」

「なるほど、それがやらなきゃいけない仕事というわけですか」

「ああ。だから御社に詫びの品やら金やら出すにしても、これを片付けないと身動きが取れねえ。報酬も期待できるから、それで状況もひっくり返す算段だ」

「この状況をどうにかできると?」

「とんでも魔法使いだ。それこそ正しくなんでもあり。はー、これぞ正にズル(チート)だぜ」

「お待たせしましたー」

 

 寂しくなったテーブルの上が、再び料理で華やかになる。そしてその中に、ひときわ目を引く一品。真っ赤なそれは唐辛子。揚げた鶏肉と唐辛子の炒め物だ。

 

「何ですかこれ」

「知らんのか? 辣子鶏(ラーズーチー)だ。これがまた美味いんだ、ここのはこれが初めてだけど……うわ辛、マジ辛。やべえ、汗がぶわっと出た。でも美味ぇ」

 

 ちょっと酔いが回り始めていた半戸代表の声がしゃっきりとした。意識をぶっ叩かれるレベルのようだ。

 

「……食いきれるんですか、それ」

「入川社長、君に新しい料理への経験をあげよう」

「押しつけようとしてません?」

「ははは、業界の先輩からのささやかな心づくしだとも。……半分頼む」

 

 仕方がない、と思うのは酒のせいとしておきたい。箸を伸ばして、唐辛子と鶏肉を一緒に掴む。

 

「ああ。その唐辛子は食わなくていい。味付けだから」

「そうなんですか。もったいない……辛!」

 

 半戸代表の言う通り、汗が噴き出る辛さだ。しかし、どこぞのただ辛さだけを掲げるようなカレーとは違う。あれは口を痛めつけるだけだが、こちらは味わいと香りが確かにある。

 

「あ、これ、ケイブチキンだ」

「おお。流石に分かるか。流石にここの料理人は分かってる。これぐらいパンチの効いた味付けじゃないと、肉のうまみに負けるからな。ああ、そうだそうだ思い出した。お宅、利益の主力がモンスター食材じゃないか。面倒くさくないか?」

「そりゃあ、手間暇かかりますよ。環境整備、道具、ダンジョンの外に持ち出すためのあれこれ。そこまでやって、可食部を多くするようにモンスターを仕留める。で、鮮度を保つためにシメたり血を抜いたり。金を稼ぐんですから、当然でしょう」

「そこまでやるかねえ。わざわざ冷蔵庫に、駐車場まで整備したんだろう?」

 

 理解できん、と首を振る。たしかに、マジックアイテム集めの方が準備が楽な分お手軽なのは間違いない。

 

「でも利益はばっちり出てますよ。ダンジョンで売れるマジックアイテム探すよりよっぽど」

「入川社長、そりゃこっちを知らないからだ。いいか? 東京にはダンジョンが山ほどあるんだ。そこを期間を置いて巡回するだけで、確実にアイテムは出てくる。月にウン千万、一発当てれば億の数字がポンと出る。笑いが止まらねえぞー?」

「うち、モンスター食材だけで一日平均4000万弱ですが」

 

 この数字は、けっこう丸めている。品の状態で上下するし、俺の気合いによっても変わるから。後、売上であって純利益ではない。人件費を引くと、もっと落ち着いた数字になる。それでも一般的には高額だが。

 

「……マジで? どうやって?」

「弾丸サンマ、あれを完品で納品すると一匹二百万ですから。四十人で仕事して、二人で一匹運べばいけますよ」

「あのクソ重い魚を丸々全部!? そんなにアビリティ持ちがいるのか!?」

「いえ、重量軽減の魔法を使ってもらう感じで」

「……あったなあ、そんなドマイナーな呪文。せいぜい、荷運びに使うぐらいだと思ってたんだが。はー……」

 

 がっくりと肩を落とす。よほどショックだったようだ。そこまで特別な事か? ……やはり、業界人との交流が無かったのがよろしく無いな。なんか、ガラパゴスになってる気がする。

 そんな風に思っていると、半戸代表は勢いよく顔を上げた。

 

「くそ、やっぱり諦めきれん。入川社長、あんたうちに入れ! 副代表の椅子を用意する!」

 

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