【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「……はい?」
突拍子もない提案に、思わず素で疑問を口にした。しかし、彼の目は真剣そのものだった。
「俺は本気だ。あんたには才能がある! ダンジョンで継続的に儲けていくためのノウハウを見つけられる、そういう才能だ!」
「はあ……過分な評価をありがとうございます」
驚きを感じている。御影兄妹をはじめ、うちの社員は俺にそこそこ甘い。同じぐらい容赦なく厳しい時もある、がそれはともかく。外部の人へ語る場合、持ち上げて評価してくれる時がある。まあそれは、会社の宣伝の一つだと受け取っていた。
看板は立派な方がいい。集団を引っ張るリーダーは、優れている方が望ましい。掲げる冠は輝いているべきだ。ろくでなしをトップとして担ぎたいなどと望む者はいない。そんな組織と取引したいとも思わない。
しかし、外部の人間にこんな評価をしてもらったのは生まれて初めてかもしれない。……これが、命を奪いに来た敵対組織のボスでなければ素直に喜べたのだが。
「うちはいいぞ! でっかいビルがある! 国内トップの勢力! リムジンだってある! お前用にも一台用意させる! もちろん運転手付きでだ! タワマンだって持ってる! 近場にダンジョンあるから投げ売りしててな、お買い得だった。好きな部屋を選べばいい」
「……なんとも豪華な話で」
「おう! そうだそうだ、給料だって弾むぞ。入川社長の仕事を家でやれば、さらに儲かる! なんたって人数がいるからな! もっと稼げる! 日本の長者番付に名前を載せてやろうぜ!」
ギラギラと目を輝かせて希望を語る。ああ、彼は本気で夢を語っている。そこに企みなどないのだろう。
「でもうちには社員がいますし、俺が管理しなきゃいけないダンジョンも……」
「ぜーんぶ、まとめて面倒見る! どうってことねえよ! 魔法使いにアビリティ持ち! なんだよそれ宝の山かよ。損なんて一つもねえじゃねか最高かよ。おまけに藤ヶ谷まで付いてくる! 宝くじ一等賞ってこんな感じか? ……っかー、酒が美味い!」
「……ご執心ですね、うちのフジくんに。まあ気持ちは分かりますが。スペシャルですもんね、彼」
「ドゥームブレイカーズもヤベえが、あいつは別格だ。ガチで国内屈指だと俺は睨んでいる。比較できないのがあれだが、海外を含めても上位に居るだろう。……聞いたぜ? ダンジョン一階層全体を呪文でカバーしたって? おかしいだろ! 普通、呪文ていうのは見えている範囲しか使えねえもんだぞ! どうやってそんな芸当やってんだよ」
「なんか……
「っかー……何だよそれ。これだからおっかねえんだよ、魔法ってやつは。マジックアイテムもそうだけど、俺らが触れているのはほんの一部分だけだ。国内最強なんてイキっては見ているが、実際は何処までなんだか。ここの連中見ているとマジで凹むぜ」
「李大兄なんて、絶対強いですからねあの人」
「やっぱ中国怖えわ。人が多いから人材の層が果てしない」
半戸代表、喉を湿らせるためかまた盃を傾ける。気が付けば、空き瓶がそこそこ並んでいる。お互い酔いつぶれるほどではないが、素面とも言い切れない状態だ。
「あー……で、だ。そう、勧誘だ。うちに入れ、入川」
「すみません。警察に追われている組織はちょっと転職対象に入れられませんね」
「くっそー! それがあったー! そうだったわ、俺追われてるんだった。あー、なんでこうなっちまったかなー。もっと上手くやれんかったかなー。一応お前の所については調べたんだ。でも大した情報でてこなくて。一回ダンジョンブレイクの対処に参加した程度じゃわからねーよ! もっと目立てよ!」
ばんばんと、テーブルに手を叩きつける。店の人からの視線が痛い。
「うちは社員食わせるのでいっぱいいっぱいで、外の事に気を配ってる余裕がなくて」
「そんなんだから舐められるんだよ、うちに! 俺に! それでこの有様だ、ザマアねえな俺! あーちくしょう。やっぱダメだわ。一発逆転かまさないと、先の話なんてできやしねえ。お前の勧誘はその後だな」
「デカイ仕事……ああ、そうでした。ダンジョンを作った人物、それが関係するんでしたっけ?」
「そうだ。……話が盛大にとっ散らかったな。酒飲みながらだとどうしてもなー。まあ、いい。俺は当人から、正確にはそれの使い魔とやらに宿った意思ってやつから依頼を受けた。自分を殺してくれってな」
「それは……穏やかじゃないですね。なんでまた」
「俺も細かいことは聞いてねえ。正直興味もねえ。ともかく当人曰く、そいつがダンジョン作って世界中に大迷惑をかけた。多くの人の人生を台無しにした。罪の重さに耐えかねて、自分を終わりにしたい。だけど今は身動きが取れないから他人の手を借りたい。そこで我が社に白羽の矢が立った。何と言っても、国内有数のハンターカンパニーだからな」
「人一人……そうするのに、そんなに戦力が必要なんですか?」
「そいつはダンジョンの地下十階にいるんだ。……なんでも、すべてのダンジョンの根っこ……だったか? 一階から九階はそれぞれ独立しているけど、十階だけは共通している。そこからすべてのダンジョンが伸びている……らしいぞ? 正直よくわからん。どんな構造なんだよ」
……まともな物理の世界じゃないな。物理的にそうであるとすると、地球全土に地下十階が広がっていることになってしまう。そんなのは現実的じゃない。あと、ダンジョンは実際の地面を掘ってもたどり着けないとも聞いている。空間をいじっている、と考えるのが妥当か。
「と、いう事は地下十階まで下りるんですか? 地王カンパニー、そこまで行けるんです?」
「いーや、全然無理だ。俺も地下六階までしか降りたことがない。それもちょっとだけ覗いてすぐ逃げてきたレベルだ。ありゃ本当に、人が入っていい場所じゃねえぜ。なんでも、地下五階まで下りたら直通の門を作ってくれるんだと。そこまでなら、まあ行ける。レッサードラゴンや迷宮ダコはマジで厄介だけどな。地下四階も油断できねえし」
……なるほど。地下五階は、各国でもフロントラインとされている。それから下を見たことあるのは、本当の精鋭だけ。ドゥームブレイカーズは、さらに下まで行ったと聞いたが、何処までだったかな? ともあれ、相応の実力者でなければ仕事を受けられないというのは分かった。
それはそれとして、疑問が一つ。
「でもその人がいなくなったら、一発逆転とか無理では?」
「そこはお前、先渡しだよ。俺だってタダ働きとか冗談じゃねえし。まー、流石に今すぐにはもらえねえ。地下十階まで下りたら、準備してくれるってよ」
「……どうやって、です?」
「わっかんねー。パっとなんかしてくれるだろうよ。まあ、一応見せ金みたいな感じでやべえ威力のマジックアイテムやら金銀財宝やら見せられたけどよ」
いよいよ酒が回ったためか、割と投げやりに重要なことを吐き出す。……信用できないが、逆らえない相手か。取り引き相手としては最悪かもしれないな。
……この一発逆転、見逃していいのか? 正直言えば、俺はもう半戸代表を嫌いになれなくなりつつある。この人の魅力というものに触れてしまったからだ。
しかし一方で、許すべきでないことがある。俺は命を狙われたし、家の周辺に火をつけられた。かつてそういう環境だったからと、当たり前のように他人を踏みにじるのは受け入れがたい。
気に入った人物だから、その人の悪行を許す。気に入らない人物だから、そいつの悪行を許さない。感情で物事を判断するのはよろしくない。場面によって判断がブレる。
しかし一方で、人間はどうしようもなく感情に左右される。判断にそれが混じる。世の中、惚れた弱みでどれだけの男女が突拍子もない道を突き進んだことか。
天秤の皿に、左右ひとつずつ乗ってしまった。どちらが重いか、俺にはちょっと判断できない。こうなると別の何かが必要になる。しばし考えて、思いつかず。何かのきっかげが生まれるかと思い、聞けていなかったそれを口にした。
「……それで、ダンジョンを作った人物って誰なんです?」
「ああ。言ってなかったな。マリアンヌ、って知ってるか? 人類に魔法を広めた異世界人」
……酒のせいで鈍りつつあった頭が、殴られたような衝撃を受けた。
「……マリアンヌ、さん?」
「へえ。やっぱりすごいなお前、覚えているのか。俺が本人に聞いた話じゃ、世界各地に使い魔? ってやつを放っていてだな。そいつを自分に化けさせて、ダンジョン管理者のサポートをしていたんだとよ。信じられるか? 一体何千、何万……もしかしたら億に届くか? よくもまあ、そんなことをするもんだと思ったね。罪滅ぼしのつもりかもしれんが、よくやるぜ」
その言葉に、あの夜の光景が思い出された。アントニーとダンジョンで戦った日。一瞬だけ現れたマリアンヌさんと、その場に残っていた黒猫。そういう事だったのか。
「普通は、他人に対してそれを語れなくしているんだとよ。思い出そうとすると忘れる魔法、なんだとか。まったくどうやってるんだかな。まあとりあえず、その使い魔を通して俺に依頼してきたってわけだ。そんなトンデモなら、何でもできるだろうよ」
それもまた、思い当たる。彼女から借りた魔法の剣。あれについて本人に伝えようとすると、思い出せなくなった。何故そんな処置をしたのかは分からないが。
その二つで、彼の言葉が真実であると確信を持てた。持ててしまった。それはつまり、どうなる? 依頼人がマリアンヌさんで、彼女は自殺を望んでいる。そして半戸代表はそれを反故できないし、するつもりはない。つまり、マリアンヌさんが死ぬ。
「だめだ。マリアンヌさんは、殺させない。死なせない」
煮えたぎる血が頭を埋め尽くす。必死で理性を保ちながら、なんとかそれだけ絞り出す。それに対して半戸代表は、うっすらと笑って見せた。
「へえ、そうかよ。……だけど、止めるのは大変だぜ? まず、ここじゃ無理だ。理由は言わなくてもわかるよな?」
「李飛龍が止めに来る」
「そのとーり。そして、俺たちのアジトはマリアンヌが管理している。ぶっちゃけ、あそこがどこなのか俺らもわからん。つまり居場所を突き止めて強襲することもできない」
熱くなった脳に、冷たい現実が流し込まれていく。焦燥感とわずかな絶望が、重さとなって腹にたまる。
「俺たちは地下五階まで下りなくちゃいけないが、ここで止めるのも無理だ。世界中に山ほどあるダンジョンの、何処から行くのかやっぱり俺らにも分からんからな。いや、一応もうそこだと言われていて、試しで降りたりもしているから中は分かっているんだが」
「……つまり初見ではないから、移動の遅滞も少ないと」
「弾丸サンマやハウルボア。レッサードラゴンみたいなのは避けていくから、多少は時間を取られるとは思うがな。……ともあれ、ダンジョン内での妨害も無理。となれば、俺らとぶつかれる場所は一つしかない」
「地下十階。全てのダンジョンがそこに繋がっているなら、同じ場所にたどり着く」
「正解……だがそれも絶望的だ。お前の所の戦力で、地下十階まで下りられるか?」
……考えるまでもない。無理だ。ドゥームブレイカーズでさえ、最下層まで到達していない。初見の階層とモンスター、場合によっては罠。それらを突破して地下十階まで到達し地王ファミリーを倒す。
現実的にあり得ない。……たった一人、可能性のある人物に心当たりがあるが。
「おっと、今お前が思いついた奴。藤ヶ谷は、アテにするな。マリアンヌが言ってたぜ。契約を結んであるってよ。自分の目的を邪魔しない限り、そっちへ攻撃しないとかなんとか。まあ詳しくは本人に聞けよ」
お釈迦様がたらした蜘蛛の糸。それが千切れた時の気分とはこんな感じなのだろうか。いよいよもって、手立てが思い浮かばない。
半戸代表は盃の中身を飲み干すと、ゆっくりと立ち上がった。
「もしかしたら何とかするかもしれないが、無理はするなよ。事が片付いたら、また声をかけるつもりだからよ」
「……俺が、それに乗ると思っているんですか?」
「切り札があるんだよ、俺には。お前は首を縦に振るような、とびっきりがな」
半戸代表が浮かべたそれは、鮫を思わせるような笑みだった。
「俺は先にアントニーを拾って帰る。ちょっとずらしてくれよ。あいつが暴れたら面倒だからな。……今日は楽しかったぜ」
そして、しっかりとした足取りで去って行った。俺はしばらく、椅子から立てなかった。何をどうしたらいいか、全く思いつかない。
半戸代表の語った事に、穴は無いように思えた。一樹さんの話だけ、本人に確認する必要がある。だけどこの状況で、簡単に分かる嘘をつく必要があるだろうか?
出発が明日というのも、おそらく本当だ。いくらハンターでも、あれだけ飲み食いして今からダンジョンに潜る、というのはないだろう。
地王カンパニーを止めるには、地下十階に行かねばならない。一樹さん抜きの戦力で、地下十階に到達するのは無理だ。それを可能とするには、マリアンヌさんの力が必要だ。そして彼女に接触するには……。
「藁にも縋る、ってやつだなこれは」