【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第79話 達人遊戯

 希望とも言えぬ、わずかな可能性。それに手を伸ばすため、席を立った。店を出て、人通りがいよいよ減った崑崙マーケットを進む。李飛龍氏は、ここに拠点をもっている。行路飯店と同レベルの豪華な住居を。

 正直、どうやって維持しているんだと首をかしげる。ダンジョン内には、掃除屋であるこけ玉がいる。あいつらはゴミだろうとモンスターの死骸だろうと、何でも取り込んで分解する。

 流石に産業廃棄物や核物質は無理らしい。が、それらはいつの間にかダンジョン外に排出される。便利なゴミ捨て場にはならない。よくできている……本当にマリアンヌさんが作ったのなら、そう伝えるべきだろうか。いや、話題にするにはちょっとセンスが悪いか。

 話を戻して。なので、ダンジョン内に形のあるものを残すのは困難が伴う。普通にその階層のモンスターが攻撃してくるし。

 この崑崙マーケットの維持に、どれだけの人員を割いているのだろうか。我が社レベルでないことは、間違いない。

 飛龍氏の拠点は、マーケットの端にある。パッと見、屋敷にしか見えない。初見の時は思わずあんぐりと口を開けてしまったのを覚えている。

 門まで近づくと、聞こえてくるものがある。鋼と鋼が打ち合う音。そして、尋常ならざる気迫のぶつかり合い。ああ、やっぱり。

 門番の方々に手を上げてご挨拶する。

 

「夜分遅く申し訳ありません。ミナカタ社の入川と申します。観月を迎えに来ました」

「しばしお待ちください」

 

 待ち時間は、一分そこらと短いものだった。門が開き、中を覗く。広場では、達人達が剣を交えていた。

 

「やぁっ!」

 

 グレートソードが唸りを上げる。大剣であるにもかかわらず、その速度はぞっとするほど速い。さながら落ちるギロチンの刃。当たれば、何かしらが断ち切れる。問答無用の説得力が宿っている。

 

「ハッ!」

 

 飛龍氏の長剣が、それを華麗にいなす。添えられた剣によって、グレートソードの軌道がわずかに変えられる。どれほど鋭い刃も、当たらなければ意味がない。

 彼の武術、梅花剣法(ばいかけんぽう)というものを見るのはこれが初めてだ。一見した感想は、彼にふさわしい華のある剣術といったところ。その動きはまるで舞のよう。しかし振るう剣は里奈さんを確実に追い詰めていく。一挙手一投足に淀みは全く見られず、洗練された技の数々は思わず見惚れてしまうほど。

 あの領域に至るまで、いったいどれほどの血と汗を流したのだろう。俺の短い経験では、それを推し量ることなど全くできない。

 ただそんな彼をして、断神に勝つのは容易ではないようだ。

 

「はぁぁっ!」

 

 気合い一発。狙いすました横なぎの刃が、飛龍氏に迫る。当たれば身体が上下泣き別れ。即死間違いなしの危険技。

 

「くぅっ!」

 

 飛龍氏は、それを驚愕の身体能力で交わす。咄嗟の横への跳躍、身体のひねり、長剣の反動。それら全てを使って、死の刃から逃れ切った。

 

「なんたるや……!」

「李大兄をあそこまで手こずらせるとは」

「剛力にもほどがある。女子の腕力ではないぞ」

 

 観戦していた警備員たちから、どよめきがあがる。まあ確かに、外見からあの戦闘力を推察するのは無理だ。いったいどうすればあのナイスバディお姫様が、死神みたいな刃を振るえると想像できるというのか。

 とりあえず警備員の中から、辛うじて顔見知りである(ワン)さんに声をかける。

 

「すみません。迎えに来たのですがこれは一体」

「……見ての通りだ。あの娘が、目をらんらんとさせて我らの稽古を眺めていたのでな。あの外見で、目を引いたのが悪かった。若い連中が声をかけて、あれよあれよという間に比武の流れに」

「比武……対戦という事ですか?」

「ああ、武を比べるのだ。……一応言っておくが、あれはお前との約束を守ろうとしていたぞ。その上でこっちの若いのが責任は自分らが持つ、などと口にして舞台に上がらせたのだ」

 

 じろり、と彼は横にいる同僚に険しい視線を送る。一斉に、ばつが悪そうに彼らはそっぽを向いた。なるほどな。

 

「一人目が、情けないほどあっさりと負けてからは雪崩のごとし。我も我もと挑んではあっさり返り討ち。このままでは門派の名折れと、李大兄が台に上がることになってしまった。これが経緯だ」

「連れが大変ご迷惑をおかけしまして……」

「それについては、後で大兄に言ってくれ。俺では責任が取れぬ」

 

 そんな会話をしていたからだろうか。一瞬、里奈さんの視線が俺に向けられた。達人である飛龍氏との戦いの最中にそんなことをするのは致命的。だがそれを、大きく相手から離れた瞬間にやることで上手く誤魔化したようだ。

 そして、次の瞬間から明らかに動きが変わった。先ほどまで、まるでミキサーのごとく剣を振り回していた。今は違う。グレートソードの重さを上手く使いながら、回避に専念しだした。

 

「……なにを考えている? 大兄に対してあれは悪手だ。嵐のような連続攻撃に見舞われることになる。それぐらい、あの娘ならわかるはずだが」

 

 王さんの言うとおり。たちまち里奈さんは防戦一方になった。これ幸い、と苛烈に舞い踊る飛龍氏。手数は先ほどまでの三倍に迫ろうという勢いだ。

 だが、しかし。

 

「プラーナ、貯めてますね」

「……なんたる内功。下手な門派の主を超えるぞ。本当に人間か?」

「伊達に、ダンジョンの最前線で十年間戦い続けていないという事ですよ」

 

 我らが日本の守護神。災厄の街を刃で救う美しき戦士。誰が呼んだか、断神様。一般に知られぬ達人たちがどれほどのものかは分からないが、それに彼女が劣るとは限らない。

 そしていよいよ飛龍氏が攻撃の手を止めて、間合いを取った。そして彼も恐ろしい速さでプラーナを貯めていく火山が二つ、目の前にあるような感覚。噴火して、果たして結果はどうなるか。ひとつわかるのは、これで決着がつくという事だけ。

 固唾を飲んで見守る。まばたきもできない。一瞬でも目を離せば、見逃すほどの速さで終わると理解できるから。

 

「「破ッ!」」

 

 動いた。そして爆発した。そうとしか言えない。練り上げられたプラーナの爆発が、観戦していた俺たちにも届いた。咄嗟に踏ん張れず、ひっくり返る羽目になった。強かに背を打つが、受け身を取れた。やっててよかった柔道の練習。

 圧が引いたのを肌で感じたので、何とか上体を起こす。舞台を見れば、二人は立ったまま見合っていた。両者その手に、武器がない。それに俺が気付いたのと同時に、二人の背後で甲高い金属音が鳴った。

 地面に落ちたのは、両者の剣だった。そして、

 

「俺の負けだ」

「私の負けです」

 

 同時にそんなことを言い出した。あ、ややこしいことになるぞこれ。俺たち観戦者は全員、そう理解した。

 

「何を言う。技を磨いた年月ならば、俺の方がはるかに上。その俺が得物を飛ばされたのだ。誇るがいい。見事だぞ娘」

「かっちーん。なんですかその上から目線。それはそれとして、私のグレソの方が重くて大きい。大変御立派。それを同じように飛ばされたんですから私の負けです」

「愉快なことを言う。確かに重ければ威力はある。上手く当てれば、弾き飛ばすのは確かにできよう。だが扱いやすさから言えば俺の剣が圧倒的に上。振るうも避けるも自由自在。貴様の剣で狙う事自体が至難である。これが出来るのは我が師や、ごく一部の好敵手のみだ。それをやってのけた貴様が勝ちである。間違いない」

「難しいのがすごいなら、そっちだってやってるじゃないですか。こっちが時間かけてプラーナため込んだのに、そっちはあっという間だったでしょ。やろうと思えば、もっと早く勝てたって事じゃないですか」

「しかし実際は……」

「すみませーん、いいですかー?」

 

 口論がひたすら続くので、割って入らせてもらうことにした。戦いについて当人意外が口を出すのは野暮以外何物でもない。でもほったらかすともう一戦という話になりかねない。流石に付き合いきれないよ。

 

「あ、社長さん。……あ、暴れてませんよ?」

「うむ。我らの方から手合わせ願った。これは合意の比武だ」

「ええ。それは王さんから伺っています。で、とりあえずですね。ここは大兄が勝者として立っていただけないでしょうか」

「ふむ?」

 

 飛龍氏が口の端を吊り上げた。とりあえず聞いてくれるようだ。

 

「端的にお尋ねしますが、この状態で素手で殴り合った場合勝つのはどちらでしょう」

「私の負けですね!」

 

 笑顔の里奈さん。うん、ちょっとばかり静かにしてほしいなあ。とても言えないが。

 

「入川社長、それは話が違うぞ。我らは剣士として比べあったのだ。ここで武技の全てを出し合ったら、そもそも比武が成立しない」

 

 彼は堂々と言ってのける。自然と気取っているが、虚勢は何処にもない。実力に裏打ちされた自信というやつだ。

 

「はい。であればこそ、大兄には目指すべき頂にあってほしいと思うのです。里奈さんも目標があった方が励みになるので」

「次は勝つので、今日は負けておきます!」

 

 そして里奈さんも威風堂々、御立派な胸を張っておっしゃる。こちらも虚勢なし。意欲に満ちておられる。そんな彼女を見て、飛龍氏は薄く苦笑いを浮かべた。

 

「……仕方がない。後進のために、今日は勝者となっておこう。励めよ娘。その方が我が同門の者共も奮起するのでな。……なあ?」

「「「はい、大兄!」」」

 

 一斉に返事をする観戦者たち。皆、表情が硬い。うーん、武門の上下関係っておっかないね。

 

「夜分遅くまでお騒がせしました。今宵はこれにて失礼します。また、後日お礼に伺わせていただきます」

「次は入川社長と比武を楽しみたいものだな」

「ははは、自分などとてもとても……」

 

 やだよ! 誰も彼も表の格闘技大会でたら優勝かっさらえそうな人ばっかりじゃないか! 俺なんか秒で負けるよ! 伊達にハガクレ組に訓練でボコボコにされてないぞ。それくらいなら俺だってわかるんだ。

 というわけで、愛想笑いして踵を返す。

 

「ニャー」

「おお、猫さん。ナイスタイミング」

 

 一体どこに隠れていたのか。大事なキーパーソンが足元にすり寄ってきた。そのまま先導するように前に進むので、ついていく。

 

「……それで、どうでしたか里奈さん。足を使った感想は」

 

 あの秋の夜道での雑談。素人のアイデアを、彼女は見事に形にしたようだ。

 

「全くもって練習不足。……でもなんていうかこう、レベルが上がった! って気分ですね」

「それは何より」

 

 そんな話をしながら、二人と一匹で道を進んだ。

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