【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第80話 ネイキッド

 もう少しで日付が変わる時刻。俺は自室で、眠れずにいた。疲労はある。シャワーも浴びた。後は布団に入るだけだが、とてもそんな気分にはなれない。

 

「……」

 

 俺の前には黒猫がいて、真っすぐこちらを見ている。帰ってきてから、ほぼずっと。俺の傍を離れようとしない。その正体からすれば、不思議はないのかもしれない。

 

「猫さんや。なんとかならんか」

 

 声をかけてみる。しかし、反応はない。何度も色々話しかけてみたが、だめだった。何度目かもわからないため息をつく。崑崙マーケットから帰ってきてから、進展はなにもない。

 まあそもそも、帰宅後が大変だった。玄関で出迎えてくれたのは、腕組みして仁王立ちする勝則。とりあえず俺は深く頭を下げて謝罪した。うん、遅くなり過ぎたからね。酒まで飲んできたしね。その後、何があったかを説明。内容があまりに突飛だったから、理解してもらうのに少々かかった。

 まあ、さもありなん。なんとなく行ってみたら、探している相手と遭遇するとかどんな確率だって話だしな。あげくにその相手に酒奢ってもらって話し込むとか。自分で話しておいて何だが、だいぶ荒唐無稽だった。

 そして当然ながら、半戸代表の言葉も疑われた。これまた当然のこと。相手はこちらを襲ってきた集団のトップだ。それが語ってきて話など、胡散臭さの極みにある。

 それでも最終的には納得してくれた。理由はシンプルに、そうすることのメリットがないから。所詮俺は、いち地方のダンジョン屋社長にすぎない。俺に嘘を吹き込んでも、彼らの環境に変化は発生しないのだ。

 ドゥームブレイカーズとの繋がりがあっても、警察を動かせない。崑崙マーケットの話は表にできないのだ。迷惑がかかるし、我が社の仕事にも影響が出る。さらには、転移などの魔法について証明を求められるだろう。そんなのできないし、証拠もない。

 こうやって一つずつ、メリットの無さを紐解いていくことで最終的に真実であるという話に落ち着いた。皆、飲み込めないと渋い顔をしていたが。

 そして案の定、そこで手詰まりとなった。黒猫は鳴くだけでそれ以上のリアクションはしてくれない。我が社の戦力では、地下十階には到達できない。道明さんも、ドゥームブレイカーズはそこまで下りられていないと言っていたくらいだ。

 そこで我が社の切り札に電話をかけてみた。半戸代表の話が真実でないことを願いながら。夜分遅くの電話に謝罪しつつ、事のあらましを説明。そして地下十階に行けるかと尋ねたのだが。

 

『……もしもし? フジくん? 聞こえてる?』

『社長、すみません私です』

『あかりん? フジくんは?』

『それが一樹ったら、いきなり私にスマホ渡してきたんです。で、腕でバツ作ってます』

 

 そしてこのリアクションだった。あの時の絶望が、より色濃く俺を襲った。

 

『……彼に聞いてください。それはマリアンヌさんとの約束のせいか、と』

『一樹。マリアンヌって知ってる? 誰、何処の女? 浮気? ……なんでいきなり嬉しそうなの』

 

 この後、少々夫婦間のトラブルが聞こえてきたが二人の名誉のために忘れることにする。正直そんな気分じゃなかったし。

 

『えーと、一樹が強すぎたから怪しまれたんだって。それで、会社の皆へ害を与えない、マリアンヌとかいう人の計画の邪魔をしないって約束したって』

『約束……契約、ですか?』

『一樹ー。契約かだって。あ、そう。そーだっていってます』

 

 忘れるはずもない。破れば死ぬという、あの契約。それでは流石の一樹さんも動けない。それにしても、一体いつそんなのを。ともあれこれで、彼の力は借りられなくなった。

 お礼を言って、電話を切った。内容を話した後に、その場は解散。夜も遅かったから、里奈さんたち三人は近場の社員寮で泊まってもらうことにした。この家では狭いから。事務所などを作ったせいで部屋がないのだ。流石に居間で三名川の字、というのはお客様への対応ではない。

 そうして今に至る。エアコンの電源も入れていないので、だいぶ寒い。分厚い部屋着をパジャマの上から羽織って寒さをしのいでいる。

 

「はあ……」

 

 ため息が出る。幸い、息は白くない。だけどこのまま冷え込めば、いずれそうなるかもしれない。……諦める? 無理だ。どうして彼女を諦められるだろうか。恩人が死のうとしているのだ。何が何でも止めねばならない。今の俺があるのは彼女のおかげだ。放っておくのは男が廃る。

 

「……ダサいな。この期に及んで、恥ずかしがってどうする」

 

 自嘲する。心を偽るのは止めよう。惚れた女が、死のうとしている。それを見過ごすなんて男じゃない。そうだとも、俺は彼女に一目ぼれした。

 騙されてダンジョン付きの家を買わされた。死ぬかもしれない、危険な場所を管理しなくちゃいけなくなった。家族血族に見放され、ほとんどの友人知人からも縁を切られた。

 先の見えないどん底のあの頃、彼女との出会いだけが唯一素晴らしいものだった。ダンジョン管理を頑張れば、褒めてもらえるかもしれない。もう少し長く話ができるかもしれない。それは間違いなく下心だったが、俺を心の裏側から支えるものではあったのだ。

 俺は沢山の人に支えられて今に至っている。でも本当の最初に、支えとなってくれたのは彼女だ。マリアンヌさんにとってそれが何かしらの贖罪であり、当人の意図とは違っていたとしてもそれは違わない。

 彼女がいなければ、とっくに俺は逃げ出していた。御影兄妹を助けることも、社員たちと支え合う事も無かった。地下十階がなんだ。ダンジョン作成の張本人がなんだ。そんなことはどうでもいい。只々、俺が彼女を助けたい。話がしたい。それだけ。それがすべてだ。

 世界の全てを敵に回したとしても、俺は彼女を助ける。……が、俺は社長なので社員と会社に責任がある。なのでいろいろ誤魔化して、うまい具合にやろうと思う。どうやるかは全く思いつかないが、それは後回しとする。

 決意を新たにしたところで、何となく魔法の片手半剣(バスタードソード)を取り出す。光り輝く、不思議な剣。何度となく俺を助けてくれた、それこそおとぎ話に出てくるような魔法の武器。今回もそれに期待した……訳ではない。ただ見たくなっただけ……だったのだが。

 

「ん……んん!?」

「ニャー?」

 

 一瞬感じた違和感。剣が、その形を崩す。何度か元に戻ろうともしたようだが、結局敵わず。バレーボールほどの玉となって俺の手から離れた。

 

「はーーー!?」

 

 それに驚いている暇はなかった。その後さらに、目を疑う状況が続いたのだから。光の球は黒猫へと飛翔し、そのまま対象を包み込んだ。光はあっという間に猫へと吸い込まれた。そして次の瞬間、猫がいた場所には見慣れた魔女が立っていた。

 

「……マリアンヌ、さん?」

 

 なんで? どうして? 会いたかったのは間違いないが、唐突すぎる。

 

「違う。彼女の意思とは繋がっていない」

 

 いつも通りの声。しかし聞いた事もない硬い声色。顔には表情がなく、目に宿る光は酷く冷たい。なるほど確かに、マリアンヌさんではない。

 

「じゃあ、あんたは誰だ。なんでマリアンヌさんの姿をしている」

「この使い魔に備わっている能力を借りているが故の姿だ。他意はない。そして私が誰かだが……今語るのは止めておこう」

「……何か不都合があるのか?」

 

 俺の問いかけに、片頬を吊り上げて苦笑する。……彼女の顔でそういう表情止めてくれねえかなあ、という感想が口から零れそうになる。我慢するが。

 

「私を証明する手段がない。語った所で混乱を招くだけだ。後で、彼女に直接尋ねるがいいさ。会うつもりなのだろう?」

「それは、そうだけど……」

 

 何とも言い難い。唐突に現れた正体不明の存在。しかも名乗れないとか言っている。流石の俺もこれを簡単に信用はできない。

 

「信用できぬのは当然だ。なので担保になる事実を提示しよう。私は彼女の術を通してこうやって語りかけている。赤の他人が、こんな芸当はできない。見知らぬものが、家や車を借りられるかね?」

「それはまあ、たしかにそう」

「魔法、呪文というのはほぼ体の一部に等しい。家などの高額財産よりも、人の手に触れさせるものではない。他人の術を、勝手に使うなど本来あり得ぬこと。それが出来ている私はつまり、彼女の術の一部でもあるのだ。それを君はすでに知っているはずだ」

「知って? ……もしかして、魔法の剣?」

 

 思い当たることを口にすれば、マリアンヌさんの姿をしたそいつは頷いて見せた。

 

「その通り。あれは彼女の術で形作られていた。あれを媒介にして、私はこうしてここにいる。これが提示できる信用の担保というわけだ。彼女との間柄は言ってしまえば、共犯者だ。まあ、私には罪の意識などないがね」

 

 共犯。彼女の罪。そう言えるものは、先ほど聞いたアレしか思い浮かばない。

 

「共犯者……ダンジョン作成の」

「それは手段にすぎない。目的は別にあったのだ」

「目的って?」

「それも彼女に直接聞きたまえ」

「……あんたそればっかりだな」

「私の仕事ではないからな。私はただ一つをこなすだけ。黒猫を地下五階まで連れて行け。そこから、地下十階に転移させてやる。それが望みだろう?」

 

 目を見開く。まさしくその通りだ。それができるかどうか、疑うまでもない。彼女の呪文、システムを使えるのは今まさに見せている。であれば、転移だって可能なのだろう。

 だけど疑問はある。不信感も。

 

「あんたは、何で俺を助けてくれるんだ?」

「それが彼女の望みだからだ。その為に、あの剣はあった。まあ今回は少々拡大解釈な気がしないでもないが、仕方がないだろう。私としても彼女に死なれては困る。それに彼女の意思は、死ばかりを望んではいないのだ」

「それは本当か!?」

 

 それは、大きな意味を持つ一言だった。彼女が本気で死ぬことを望んでいるのだとしたら、俺のエゴでそれを止めてよいのだろうか。良し悪し抜きにして止める気ではあったが、当人の意思を無視するのは気が咎める。

 なので喜びを抑えられずつい声を大きくしてしまったのだが。

 

「先輩ー夜ですよー。何を騒いでいるんですかー」

 

 騒ぎ過ぎたせいで、同居人がやってきてしまった。

 

「お、おう。すまん、すぐ静かに……」

「手間が省けるではないか。入ってもらえ」

「おい!?」

 

 隠そうとしたのに、不確定名『剣の人』は全く声を抑えず発言する。

 

「失礼します」

 

 となると当然、一切の遠慮なく勝則がドアを開けて入ってくる。緊急事態と判断したら、こいつは遠慮をしないのだ。

 

「魔女!? 先輩、これは一体……」

「あー、これはだな……」

「先輩が女の人を部屋に連れ込んでる!」

「驚く所が違うぞサッチー」

 

 どう説明したものか。やはり最初からか、と覚悟を決めたのだが。

 

「説明は任せる。私が語るべきことは終わった。二人の為に今一度伝えよう。黒猫を連れて地下五階に向かえ。彼女の元に連れて行ってやる。ではな」

「あ、おい!?」

 

 そう宣言すると、止める暇もなくその姿は消えてしまった。残ったのは黒猫一匹と光の球。片方はその場で俺を見上げ、もう一方は俺の胸の中に吸い込まれてしまった。慌てて取り出すが、魔法の片手半剣(バスタードソード)はうんともすんとも言ってくれない。

 

「……面倒だけ押し付けていきやがった。いやまあ、明日の事考えればこれぐらい大したことないかもしれんが」

「先輩、どうなっているんです?」

「説明を要求しまーす」

「ああ、分かった分かった。ええっとだな……」

 

 夜分遅いこともあり、俺はなるべく簡潔に説明をした。黒猫はマリアンヌさんの使い魔(というものが自分にはイマイチわかっていないが)であること。同じく彼女の魔法でできた剣がいきなり動き出して使い魔に宿ったこと。そいつが地下五階にいけば望みの場所につれていってくれることなどを。

 話終えると、黙って聞いていた勝則が口を開いた。

 

「先輩は、どうされたいのですか?」

「それは……」

 

 そんなものは決まっている。マリアンヌさんを助けたい。そのために黒猫と地下五階に下りなくてはいけない。だがそれは、俺一人では不可能だ。根性でどうにかできる領域を超えている。やるならば社員たちの、勝則たちの力を借りるしかない。

 だがこれは、あくまで俺のわがままに過ぎない。皆に彼女を助ける理由も必要性もない。身勝手な理由で、危険に巻き込むなど社長としてあるまじき事だ。公私混同どころの話じゃない。

 それを分かっていてなお、俺は皆に頼まなくちゃいけない。大義名分などない。出せるものは金でも何でも出して、頼むべきなのだ。それくらいならいくらでもやる。会社以外、惜しいものなどない。

 そうだ。頼むべきなのだ。だが、それでも、どうしても。

 

「言ってくださいよ、先輩」

 

 小百合に声をかけられ、床を見ていたことに気づく。顔を上げれば、二人はひどく優しい表情をしていた。

 

「いや、でも、だって……」

「先輩は、自分たちを助けてくださったじゃないですか。困窮していた大学時代に、仕事をなくした春先。最近では家族同然のあいつらまで」

「今度は私たちの番ってやつです。ほかの皆も、付き合ってくれますよ」

「それは……それは……」

 

 ああ、ああ。事ここに至って、俺は自分の小ささに嫌気が差す。俺はこの二人に迷惑をかけるのが嫌だ。嫌われるのが耐えられない。何故か。『先輩』でいられなくなるから。頼られる人間である、というのが俺のよりどころだったから。

 大学時代、親元から離れた俺には何もなかった。自分をないがしろにする家族から解放されたが、それだけ。自由になりたいという目的が達せられ、その後の事はさっぱり考えていなかった。

 目的もなく授業を受け、生活のためにバイトする。ほかの学生のように、モラトリアムを楽しむ気にもならなかった。そうして空虚に日々を過ごしていた時、出会ったのが御影兄妹だった。

 そうだ。生活に困っていた二人を衝動的に助けたあの日。そして後日、先輩と呼ばれ礼を言われたとき。俺は初めて、自分がなにかを成せたという手応えを得たのだ。

 誰かを助ける、という行為そのものが嬉しかったわけじゃない。それを喜べるなら、ボランティア活動にでも参加していた。奉仕活動は尊いと思うが、他人から誘われるそれにはどうしても忌避感があった。全てのボランティアがそうとは言わないが、対価なしで使われるという行為がどうしても受け付けない。今思えば、姉にこき使われた記憶のせいかもしれない。

 だからそういった活動はしてこなかったわけだが、その時は違った。自分の意思で誰かを助け、そして感謝をされた。あのとき俺は、自分の価値を確認できた。祖父母以外で、俺を必要としてくれる人に初めて出会えた。

 それから俺は、よい先輩として二人の目に映るように振る舞い始めた。実際努力もした。それはあまり結果を結ばなかったが、真っ当に大学を卒業する助けになったのは間違いない。

 俺の今日までの振る舞い。先輩として、社長として立っていた本当の理由。この二人の先輩であり続けたい。頼られる存在でありたい。必要とされたい。俺の小さく卑しい自尊心が、それを求めていたから、そうしていた。

 気がついてしまえば、前を向いていられなくなる。ああ、ああ。なんて小さい。肩書きや立場がなければ、胸を張って生きていくこともできない。自分に自信がない。才能も能力もない。

 何がプラーナだ、アビリティだ。周囲を見ろ。勝則たちや道明さん、一樹さんを見ろ。俺が一生かけて努力しても、絶対にたどり着けない場所にいる人たち。社会を見ろ。知識、技術、才能、財産、外見。誰も彼もが、俺より上だ。

 親父たちの言うとおりだ。俺は出来損ないだ。姉貴の残りカスだ。誰かに使い捨てにされるのがお似合いのゴミだ。

 立っていられない。膝をつく。両手を床について、上体を支えるのがやっと。二人が俺を心配する声がする。本当にすまない。俺にそんな価値はない。

 それでも……それでも、だ。俺は声を震わせて、なんとか言葉を絞り出す。

 

「頼みが、ある。とても危険で、大変だけど。俺と一緒に、マリアンヌさんを助けてほしい。このとおりだ」

 

 

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