【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
頭を下げる。己の小ささを自覚した今、見栄などゴミ箱に捨てるだけ。これで二人に見捨てられることになったとしても、諦めるわけにはいかない。ここで何もしなかったらこの先、生きていてもしょうがない。見栄を捨ててもなお、耐えられない。ダサい。死んだ方がましだ。
頭を上げられない俺の肩に、それぞれの手がかけられた。
「もちろんです、先輩。一緒に助けに行きましょう」
「……すごく大変で、危ないぞ? もう一回、地王カンパニーと戦うことにもなる」
「そんなのへっちゃらですよ。この間からさらにパワーアップした私たちに隙はありません。全部蹴散らして見せますよ」
やさしく、力強く二人はそう言ってくれる。心強く、申し訳なく、涙があふれて止まらない。
「すまない……本当にすまない。迷惑をかける」
「うーん。分かっていましたけど、これは本当に重傷です。どうしましょう、兄さん」
「根が深いからな。ゆっくりと、理解していただくほかあるまい」
……自分の情けなさは自覚したが、いつまでもしょげてはいられない。涙を拭う。無理矢理押し込める。
「よし。それで、具体的にどうするか、だが」
「はい。ほかの社員にも声をかけます。体調不良でもない限り、大体集まるでしょうから」
「……やっぱり、それしかないよな」
理解していたことだが、実際に行動に移るとなると尻込みする。二人に頼ったことですら申し訳なさ過ぎてどうにかなりそうなのに、この上社員たちにまで……。
「しっかりしてください先輩。魔女殿を助けるんでしょう?」
「そ、そうだった。その通りだ……」
しっかりしろ、俺。マリアンヌさんを助けると決めたじゃないか。そのためならば、できることは何だってする。何をどれだけすれば埋め合わせになるかさっぱり分からないが、受けた恩はしっかり返さねば。
「よし。夜遅くに悪いが、皆に説明を……」
「それは自分たちでやっておきます。先輩はとりあえず明日に向けて休んでいてください」
「いや、それはだめだろう」
こんな大事なことを勝則たちにまかせて、自分だけ寝るとかどんなクズだ。
「今日は色々ありましたし、明日も大変なんですから休みませんと。あとぶっちゃけ、先輩が入ると多分長引くんですよね。互いの納得とかで。時間ないからその辺は巻いていきましょう」
「サッチー。ぶっちゃけるにもほどがあるぞ」
確かにその通りだけどさ! 皆に頼むのだって気持ちを振り絞らないといけないけどさ! だからって……。
そう言葉を続けようとした俺の前に、指が一本突きつけられる。
「それでは先輩、おやすみなさい。羊が一匹、羊が二匹、羊が三匹」
「まてサッチー。その呪文はさすがにどうかと……」
「問答無用。スリープ」
頭をぶん殴られたような衝撃の後、俺の意識は途切れた。夢は見なかった。
「アンモニア、電気ショック、フライパンをお玉で打ち鳴らす。アウェイクン」
「ふわ!?」
そして再び衝撃を感じたら、外は明るくなっていた。
「おはようございます、先輩。朝ですよ-」
部屋の入り口に、小百合が立っていた。ベットから起き上がる。……眠らされたときは出ていたわけだがら、二人が運んでくれたのか。恥ずかしい、がそれはさておき。
「おはよう、サッチー……起こすのは、呪文じゃなくてよかったんじゃないか?」
「いえ、思いのほかがっつりかかっちゃいまして。呪文じゃないと起こせなかったというのが本当です」
「……なあ、それって普通に使って大丈夫なやつ?」
「さあさあ、下に降りてきてくださいね-」
「おおい、これはちょっと流せない話題なんだがー?」
問うても答えは返らず。……まあ、今度勝則に聞けばいいか。ぐっすり寝たおかげで、体調は万全だ。急いで着替えて、居間へゆく。
「社長、おはようございまーす」
次々と、朝の挨拶をかけられる。そこには社員たちが集まっていた……もちろん、一部だ。全員は入れるほどの広さはない。勝則、小百合、流、宏明、歩。初期メンバー、といえばいいか。パートさんたちはいないが、元々今日は休みだしな。
「おはよう……集まってくれたのか」
「戦闘できる面々は、ほぼ参加っすよ。一樹さんだけお休みですけど、魔女さん? って人と約束しちゃったからでしたっけ」
「ああ……そうか。リューたちは、マリアンヌさんと会ったことなかったか」
「ねーっすね。シャチョーうらやましいなーおっぱいボインボインなんでしょ? ……とても痛い!?」
小百合のローキックが、流のケツに叩き込まれた。いい音だ。朝の空気によく響く。
「……本当は、一人一人に感謝と覚悟を聞いて回りたいところだが」
「残念ながら、時間的余裕がありません。最低限自分の方で聞いておきました。その辺は、全て終わった後でお願いします」
「ああ。……手間をとらせたな」
勝則に礼を言って、食卓につく。おむすび二つ、ゆで卵(ケイブチキン)ひとつ、味噌汁、サラダの小鉢。大急ぎで腹に詰め込んでいく。
「そのままお聞きください。ほかの社員たちは、現在それぞれ準備中です。社長の準備が終わる頃には、全員集まる予定です」
「陽子さんたちも、お弁当作りとかでサポートしてくれてます。後でお礼言ってくださいね」
「ああ、もちろんだ」
本当は丸呑みする勢いで行きたいところだが、消化に悪い。体を動かすのにそれは、わりと致命的だ。顎が疲れるほど咀嚼して、食べる速度を上げる。あとはもう、プラーナの万能性任せだ。体に関わることなら、結構なんとかなる。
そうして朝食を終え、歯を磨き装備を調える頃には外が騒がしくなりつつあった。
「集まってきたようですね。そろそろ自分たちも……と、そうでした。社長、よろしいですか?」
「うん? なんだよかっつん」
「今回は、大きな困難があると予測されます」
「……そうだな」
「なので、我が社の隠し財産を使う時だと思うのですがいかがでしょう?」
「隠し財産~?」
首をかしげる。はて? そんなものがあっただろうか。へそくり? そんなものした覚えはない。お上に顔向けできないような財産隠しとかもやった覚えがない……。
「スペクターのコアですよー。……もしかして、忘れちゃってました?」
「あ、ああ!?」
小百合の言葉が、寝ぼけていた脳みそに突き刺さった。そうだ! す~~~っかり、忘れてた! あったな、そういえば!
「忘れてた! そうだそうだ、それがあったな! 取ってくる!」
俺は食卓から立ち上がると自室に駆け込んだ。押し入れを開き、ガラクタ入れの中からおもちゃのボールを取り出す。そしてえいや、と力を込めた。接着剤でくっつけた場所があっさり割れて、中から出てきたのは水晶球……に見えるなにか。
春先に我がダンジョンをピンチに陥れた謎の怪物、スペクター。そのボス個体が落としたコアである。売ったら一千万とかいう代物で、希少品ということもありこの存在を隠していたのだ。
隠すと決めたら、下手に置いてはおけない。絶対にばれないように、と色々考えた結果こんな隠し方をしてみた。……勝則たちが相談に乗ってくれればよかったのだけど、だめと言われた。知っている人間は少ない方が秘密は守られる、とのこと。
なんでまあ、素人ながらこんな小細工をしてみたんだ当時は。……今にしてみると、本当に小細工だな。専門家がうっかり見つけたらアウトじゃねーか。
まあ、今はいい。とりあえず水晶球をひっつかんで居間に戻る。
「もってきたー!」
「はい、ではお預かりします」
「よろしく。……使えるか?」
「拾った時に、何度か試しましたから。いけると思いますよ」
「これを使わなきゃいけないような事態に、ならないといいんですけどねー」
小百合の言うとおりだ。これを使う時は、ハウルボアやレッサードラゴンと真っ正面から殴り合う場合だろう。できればそんな事態は避けたい。目的は別なんだから。
さて、そんなことをしていたら時間を食ってしまった。慌てて身支度を調え、安全靴に足を突っ込み外に出る。駐車場では早朝の冷たい空気の中、社員たちが体を動かして待っていた。
その中には里奈さんたちの姿もある。視線が合うと、手を振ってくれた。……三人とも、手伝ってくれるのか。こんなに心強いことはない。
「おはようございまーす!」
一人が挨拶すると、皆がそれに次々と続いていく。いつもの光景だが、今日ばかりは胸が詰まる。いつも朝礼でやっているように、荷下ろし場の上に立つ。
「皆、おはよう。今日は俺の……私用に付き合ってくれて、本当に感謝している。本当なら、もっとそれについて語りたいところだが、時間がないので割愛させてもらう。寒いしね」
笑い声が上がる。うん、重い空気なんていらない。
「今回助ける相手は、俺にとってとてつもなく大事な恩人だ。彼女がいなかったら、俺はとっくの昔に潰れていた。勝則たちが合流するまで、保たなかったかもしれない。……まあ、間接的には会社の恩人だと思ってほしい」
思えば彼女には多くの事を教わった。ダンジョンの基本的なこと。魔法。崑崙マーケット……。我が社が今の形になれたのは、彼女の助力があってこそだ。そして、それへの対価を全く支払っていない。
「そんな彼女が、殺されそうになっている。警察には頼れない。道筋は見つけたが、俺一人でも無理だ。もう一度、地王カンパニーと戦う必要もある。……改めて頼む。皆、力を貸してくれ」
深く、頭を下げる。これはけじめだ。それができずして、どうして皆に顔向けできるだろう。そう思っていると、社員の中から大声が上がった。
「社長、質問だ。その恩人って人、社長の恋人かー?」
三郎君ってば、またストレートに聞いてくれる。
「違う。告ったこともない」
「じゃあ、助けたら告るのかー?」
途端に、はやし立てる声があがる。まったく、皆色恋沙汰が好きなこと。
「そうだな……それもいいかもしれない」
歓声がさらに上がる。女性陣の黄色い声が強くなる。……? 里奈さんたちの動きがおかしいな。道明さんたちが左右で挟んで何か話している。声が大きくて聞こえないが。まあ、いい。
「助けて、告白して……盛大に振られることにしよう!」
と、言い切ってみたのだが。盛り上がっていた空気が一気に下がった。社員たちの俺に向ける目が、非常に残念なものへのそれになっている。
「社長、そりゃちょっと情けなくねえかー?」
「いいかい梧桐君。美女を助け出して告白して幸せなエンディング、なんてのは君たち美男美女にしか許されない特権なんだ。俺や流や宏明みたいのは、夢見ることさえ罪なんだ」
「「いっしょにしないでー!!!」」
どんぐり共から抗議の声が上がる。
「俺は違いますからね! スペック優秀ですから、後は出会いさえあれば!」
「万年フラレマンはまずナンパ成功報告をちょうだいね」
「俺、大学時代は彼女いましたから!」
「三ヶ月続いたためしがねーだろーがお前」
ゲラゲラと、笑い声があちこちから上がる。空気が和んで何よりだ。
「と、いうわけで。俺は恩人助けて告白して振られる! 君らは特等席でそれを眺めてくれ!」
歓声と拍手があがる。ノリがよくて何よりだ。これから地下五階という危険地帯へ足を踏み込む。その手前の四階も危ない。それが分かっていない社員たちじゃない。でもこうして明るくしていられるのだから、全くもって強い奴らである。ありがたい。
「シャチョー! だったら宴会! 宴会を希望しまっす!」
「おう、俺のオゴリで好きなだけ食わせてやるわい」
流の言葉に安請け合いすると、今度は宏明が手を上げる。
「だったら、あの店! ハウルボアの解体頼んだあそこにしましょうよ!」
行路飯店かー……支払いが面倒だなあ。でもまあ、いいか。
「よーしわかった。俺の貯金が空になっても、たらふく食わせてやる! だから今日はひとつよろしく頼む!」
今日一番の歓声があがる。周囲が無人で本当によかった。休日の早朝からこれでは、たっぷりクレームが来るところだった。……ふと改めて見やれば、微妙な雰囲気だった里奈さんたちが皆と一緒に喜んでいた。あれは何だったのか……まあ、いいか。
「それでは、今日も一日ご安全に!」