【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第83話 迷宮タコ

汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず

本日発売! よろしくおねがいします。

 

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「はーい、おまかせあれっと」

 

 トレードマークであるグレートソードを鞘から抜き放つ。鋼鉄の塊をまるで傘のように振り回し、下段に構えた。俺たちもまた、それぞれ武器を構える。呼吸を整え、体内でプラーナを溜め始める。これをやっておけば、大抵のことには対応できるから。

 ケモノの息づかいが、近づいてきた。

 

「フゴォッ!」

 

 鼻息荒く現れたハウルボア……だけ。仲間の姿はない。安心したが、同時に不思議もある。一体あいつはどうして、あんなにいきり立っているのだろう?

 俺の内心の疑問に、当然ながら誰も答えをくれるはずもなく。ハウルボアはその距離を詰めてくる。同時に、里奈さんがグレートソードを振り回し始めた。タイミングを合わせて、やつの鼻面に刃を叩きつけるに違いない。テレビで散々見たが、彼女の一刀は大型モンスターの頭蓋をかち割れる。このコースなら、一発KO間違いない。

 全員の視線がハウルボアへと注がれる。俺もまたそうだったのだが、ふと右手に違和感を感じた。光っている。俺の意思に関係なく魔法の剣が何かをする場合、大抵危険が迫っているサインだ。

 それを直感的に理解した俺は、とっさに周囲を見渡す。いた。黒く大きななにかが、天井にへばりついている。そしてそれが手らしきものを伸ばし、里奈さんを捕まえようとしているではないか。

 

「あぶ、ないっ!」

 

 苦手とか言ってられない。軽身功を使い、一足飛びで距離を詰める。彼女を押して避けさせる、というのは無理。今の状態で背中から押せば、ハウルボアと正面衝突だ。なので俺にできることは一つだけ。

 モンスターの手に、自分から飛び込んで壁になることだけだった。

 

「ぐあ、あああ!?」

「社長ーーー!?」

 

 宏明の驚く声が響く。俺としてはそれどころじゃない。とんでもない圧力が全身にかかっている。怪物の手が俺を包み込んでいる……いや、巻き付いている?

 ぬるりとした皮膚。鎧に張り付く吸盤。そして先ほどまでの里奈さんの言葉。このモンスターを思い出した。

 

「めいきゅう……だこ……ッ!」

 

 迷宮タコ。名前の通り、巨大なタコのモンスターである。下に降りれば降りるほど、モンスターは大きく強くなる。コイツも例外ではなく、地下五階の生息地にふさわしい体格をしている。具体的に言うと頭のてっぺんから足先まで、大体二十五~三十メートルほど。

 世界最大の無脊椎動物、ダイオウイカのギネス記録は十四メートルほど。ざっくり倍くらい大きいというわけだ。ダンジョンに出る海産物は、どいつもこいつも無法が過ぎる。

 特徴は先ほどの里奈さんのお話の通り、越境ならぬ越階。本来の住処は地下五階だというのに、四階や六階に出没するのが確認されている。理由はいつものごとく不明。ほかのモンスターと交戦しているのが記録されているので、食事が理由なのではと推測されている。

 戦闘方法はこれまたご覧の通り。頭上や物陰からの奇襲攻撃。吸盤で天井や床に張り付いて、近づいてきた獲物に襲いかかる。……かとおもえば、音もなく忍び寄ってくることもある。今回のように。

 

「うぐ、ぐぐぐっ」

 

 溜めていたプラーナを、堅身功(こうしんこう)に全部つぎ込む。名前の通り、防御力を上げる技術だ。現代技術が惜しみなく注ぎ込まれた重鎧、大魔神マーク3が軋んでいる。俺自身が踏ん張らないと、握りつぶされそうだ。

 コイツの巨大な手、ではなく足にがっつり捕まってしまっている。脱出を図るにしても、まずは潰されないことに集中せねば。

 

「ナイトスター! いけぇぇぇっ!」

 

 タコ足から、衝撃が伝わってくる。宏明がマジックアイテムで攻撃を開始したようだ。天井に張り付いている迷宮タコを攻撃するのに、たしかにあの空飛ぶトゲ鉄球は都合がいい。

 

熱血野球(プレイボール)!」

 

 もう一度、振動が来た。今度は歩がアビリティを使ったか。……前衛を俺、里奈さん、三郎くん。後衛を宏明と歩、というバランスで組んでみたわけだが。どうやら正解だったらしい。

 

「ブゴゴォォ!」

「いぃぃぃやっ!」

 

 ダンジョン全体に響けといわんばかりの咆哮に、里奈さんの気合い。一匹と一人が激しく戦っているようだ。三郎くんの声は聞こえないが、彼が何もしていないなどということはあり得ない。介入するべく機をうかがっている感じか?

 ともあれ、このままでいいはずがない。なんとかして脱出せねば。幸い、やつの怪力には耐えられている。一般人だったらとっくに全身粉砕骨折、内臓破裂で死亡していただろう。

 だが俺も、もう少しでダンジョン管理歴一年の男。ハンターの端くれ程度にはなっている(はず)。毎日のようにダンジョンに出入り。肉、野菜、穀物とバランスの良い食事。トレーナーによる筋トレ。専門書を使ったプラーナ訓練、および先生による指導。

 これに加えて、様々なダンジョン食材がある。ケイブチキンの肉と卵。弾丸サンマの刺身と骨。最近は体作りのために、乾燥させたビッグアントを粉にしてパン生地に練り込んで焼いたものを食べている。

 勝則たちのように才能がないのはよーくわかっている。それに嘆いていても何にもならないことも。だったらできることは何でもやる。そうしてここまで来たのだ。不意打ち食らった程度で死ぬような、柔な鍛え方はしてないのだ。

 呼吸を、整える。プラーナを、練り上げる。コイツは今、俺を持ち上げている。筋肉がついたことで、体重はかなり増えた。大魔神マーク3を装備して、重量はさらに上がっている。さてさて、この状態で重身功(じゅうしんこう)を使ったらどうなるか。

 幸い、堅身功と併用は可能だ。体力は消耗するが、やって損はないだろう。いざ勝負っ! 時間が経つにつれ、俺の体は重量挙げのバーベルのように重くなっていく。するとどうだろう、迷宮タコからの締め付けが明らかに緩んだのだ。

 ははは、重さに耐えかねたな? と喜んだのもつかの間。少しずつ、腕が揺れ始めた。捕まっている俺も、振り子の重りのよう。さっさと離せばいいのに、何をしているんだコイツは。

 

「十秒、ハウルボアを押さえて! 早く!」

「ああもう、コイツをぶつけるつもりだったのに! ナイトスター!」

 

 宏明の嘆き混じりの叫びと共に、聞き覚えのある大音が鳴り響いた。

 

「ピギイイイイ!?」

 

 ナイトスターを通路の端まで飛ばし、そこから全力の加速をつけて叩きつける大技。以前のハウルボア戦でやったアレだ。あの攻撃なら、確かに大猪を止める一撃となるだろう。

 

「足場っ!」

「どうぞっ!」

「ヤァァァァァッ!」

 

 里奈さんと三郎くんの短いやりとり。そして彼女の気合い。何だ? と思う暇もない。短い落下間隔の後に、俺は地面に激突。振り子運動のせいで、ゴロゴロと転がる羽目になった。

 

「ぐ、ううう……たす、かった」

「社長、ご無事で!?」

「なんとか。手間を取らせたね」

 

 三郎くんに手助けしてもらって立ち上がる。周囲には、断ち切られた迷宮タコの足。推察するに、里奈さんか切り離してくれたようだ。ということはさっきのやりとりは、ジャンプするための踏み台として彼を使ったということか。

 立ち上がって、自分の状態を確認する。怪我はない。だけどプラーナ運用を全力でやった結果、流石に疲れがある。飛んだり跳ねたりは難しい。

 戦闘は未だ続行中。モンスター二体は、ダメージがあるものの健在。増援の気配はないが、このままどったんばったんやってれば、音を聞きつけて次が来かねない。

 速攻で片付けるべきだ。この状況で、俺がやるべきことは一つ。

 

大君(タイクーン)! 済まんが、みんな任せた!」

 

 アビリティを発動。所有物の重量軽減とスタミナアップ。この二つの力を仲間たちに分け与える。ずしり、と体に重いものがのしかかる感覚がある。この程度なんぼのもんだ、とやせ我慢。じっと戦況を見守る。

 

「おっしゃあああっ!」

 

 三郎くんが、凄まじい気合いを放つ。それと同時に、長い足でハウルボアの脇腹を蹴り上げた。なんて無茶な。いかに彼がフィジカルエリートでも、たかが人間の蹴りであの大猪は……。

 

「フゴォ!?」

 

 ……効いているな。ここまでの戦闘で、体内のマナを大分消費したと見える。おかげで、蹴り一つも無視できない有様のようだ。

 

「社長さん、使います!」

「出力ミニマムでよろしく!」

「はーい……断神(リーパー)!」

 

 必殺のアビリティが、解放された。グレートソードがするりと、ハウルボアの頭部を上から下へと抜けていった。うめき声も上げられず、大猪が崩れ落ちる。大量の血が、床にこぼれていく。

 里奈さんは、今回の遠征で最大の攻撃力をもつ。それを安易に使っていては、いざというときに困る。アビリティの使用には体力やプラーナが消耗されるのだ。

 なので、いざという時以外は使用を控えてもらうようお願いしていた。例外は、俺のアビリティで支援していた場合。負担を幾分かこっちで肩代わりできるから。俺が疲れる程度で断神様の攻撃回数が増えるなら、非常に安いコストだといえる。

 これで大物が一匹片付いた。さてもう一方だが。

 

「くっそ、これだけ殴っても全然落ちてこねえ!」

 

 ナイトスターを散々ぶつけているが、手応えの無さに宏明が悪態をついている。どうにも、このモンスターと、我が社保有最強武器は相性が悪いようだ。ヌルヌルした皮膚に、柔らかい体。衝撃を逃がしてしまうし、トゲも上手く機能していない。

 

「投げナイフ程度では、傷が小さいようで。これは少々、困りました」

 

 歩も攻めあぐねているようだ。なんとかして頭を狙おうとするが、そのたびに足によって防がれてしまう。小さな刺し傷はつけられているようだが、それだけ。致命傷ではない。

 さて、どうするべきか。里奈さんの手があいたから、もう一回斬ってもらうことはできる。だがこれ以上の負担はかけたくない。火力の高い攻撃……ナイトスターがだめなら……と、考えていたのがよろしくなかったのか。

 

「社長、上!」

 

 宏明の注意に、反応しきれなかった。できたのは上を見上げることだけ。そこから降ってくる、迷宮タコは避けきれない。足を大きく広げ、胴中央の大口を開き落ちてくる。

 

「お、おおおおおおお!」

 

 白いリングのようなそれに、とっさに両手を挙げて手をかける。先ほどの締め付け以上のパワーで噛みついてくる。通常の状態だったら、これで本当に死んでいたかもしれない。助かった理由は二つ。ひとつ、大君を使用中だったから。重量軽減の能力は、自分で持ち上げようとするものにも効果を発揮する。巨大タコの重さにも、なんとかあらがえた。

 もう一つは、アビリティのためにプラーナを溜め込んでいたこと。それを全身の強化に再度使用することで、なんとか食われずに耐えている。

 だけど、長くは保たない。今も、食いちぎろうとタコが口に力を込めている。大ピンチだが……大チャンスでもある。

 

「宏明ぃぃぃ! こいつの口の中で、爆発を起こせぇぇぇ!」

 

 とっさの思いつきを、全力で叫ぶ。それに反応した彼は、うねる足をかき分けて、俺の元にやってきた。命令しておいて何だが、見事な勇気だ。

 

「爆発、爆発、爆発……ぅぅぅ、ぁぁぁ……」

 

 訓練中、嫌というほど一樹さんに追い込まれた。そんな時でさえ、宏明のこんな追い込まれた表情は見たことがない。

 そして彼は、大きく目を見開くと腹の底から大声を上げた。

 

「爆発しろ、リア充ぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

 怒りと怨嗟が込められた、全くもってひどい咆哮だった。魔法的な爆発が、迷宮タコの体内で発生する。丸い頭が倍以上に膨れ上がったことだろう。タコの頭の中には、重要臓器が全部入っている。脳も心臓も。完璧な致命傷だった。

 ……さて。そんなことになれば当然、中身はぐしゃぐしゃだ。形を保っていられない。支えもなくなるわけだから、落ちるしかない。そして真下には、口という穴がある。ミンチ肉になった内臓はそこから落ちていく。

 そしてその下には誰がいる? そうだね、俺だね。

 

「うわぁぁぁ、社長ーーー!?」

 

 モツの滝に飲まれる俺を見て、宏明が悲鳴を上げる。俺だって本当はそうしたいけど、口を開けたら入ってくる。できることは目を閉じて下を向く事くらい。下手すりゃ鼻と口が塞がるぞこれ。

 とりあえず、迷宮タコから噛む力が失われたので投げ捨てる。そして……どうしようもない。頭のてっぺんからつま先まで、ドロドロしたもので覆われている。

 

「タス……ケテ……タス……ケテ……」

「悪い科学実験で改造された被検体のような有様ですね」

「言ってる場合か! 俺、上の人呼んでくるからここ任せたぞ森沢!」

 

 走り去る音が聞こえる。もうね、目も口も開けたくない。ずっと下を向いて耐えることしかできない。戦闘終わって良かった……あ、だめだ。ここはダンジョンなんだ。

 

「マワリ……チュウイ……マワリ……チュウイ……」

「周辺警戒、承知しました」

 

 歩がノリノリで答えてくる。コノヤロウ、楽しんでやがるな。まあ、いいけどさ。激戦を乗り越えたんだ、野暮は言うまい。ただ、やはり……。

 

「ツライ……」

 

 全身を覆う不快感の中、思わず弱音が漏れる俺だった。

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