【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第84話 天を突く光の塔

「到着、だな」

 

 俺の目の前には、地下五階へと続く階段があった。一息はいて、体にまとわりつく悪臭に閉口する。

 あの後も大変だった。俺は一度、地下三階に戻された。そこで待っていた仲間たちの助けで、ドロドロ状態を脱出しようと四苦八苦。幸いなことに、陽子さんたちが荷物にタオルをたくさん入れておいてくれた。これに勝則たちの呪文で水を作ってもらい、体と鎧の清掃をすることができた。

 まあ正直、まだ生臭い。すごく生臭い。それでも、さっきよりは遙かにマシである。前は見えるし、重さもない。ただ、疲労が全身に残っている。プラーナとアビリティを使い過ぎた。このコンディションで、地王カンパニーと戦うのは正直かなり不安がある。社員の手前、それを表に出すこともできないが。

 そうして俺の状態がマシになった頃、流が戻ってきた。階段を見つけたのだ。探索に出ていた残り二人は、伝達の魔法で呼び戻した。ダンジョンでは電波が入らないので携帯が使えない。無線機は使えるが、遮蔽物が多いと届かなくなる。遠方への連絡手段は、魔法しかないのだ。

 そうした後に、また少数に分かれて地下四階を移動した。先ほどのように迷宮タコが現れないとも限らない。皆によくよく注意しておいた。全員、神妙に頷いていた。……危険よりも、俺のような目にあいたくないという感情が見え隠れした。社員の安全に繋がるなら、何も言うまい。

 そうしてモンスターとの遭遇に気をつけながら移動することしばし。やっと俺たちは目的地に到着したというわけだ。

 

「お待ちしていました、社長。確認は終えています。これで、全員です」

「待たせちまったな」

 

 安全優先で移動したため、どうしても時間がかかってしまった。しょうがない。今の俺のコンディションではハウルボアと戦うなど不可能だから。

 

「それから、こちらを。社長たちの分です」

 

 タオルに包まれたそれを差し出された。なんだこれは、と首をかしげてしまう。

 

「おお、すっげーいい香り。開けていい?」

 

 道案内してくれた流が、そんな風に言う。……鼻がバカになっている俺には分からないが、どうやらそうらしい。ほかの人たちも笑顔になっている。

 

「……そうだな。社長の装備では大変だろうし。リュー、やってくれ」

 

 差し出されていたそれを、流が受け取って開く。そこに入っていたのは、切り分けられた果実のようなもの。眼前に差し出されれば、今の俺でも香りが分かる。リンゴともミカンとも言いがたい、しかし爽やかなそれがなんとも心地よい。

 

「ファングツリーの実です。道明さんが採ってきてくれたんですよ」

「そんな。なんて無茶を」

 

 このメンバーの中で最速の彼ならば、可能ではあると思う。しかし楽ではなかったはずだ。実を奪われて怒れるファングツリーを引き離す。大荷物を保ってそれを成すのが、どれほど困難であることか。

 

「我々もそう言ったんですが、ご厚意ですから。それに、皆に必要とのことでしたので」

「必要、なあ……。ありがたくいただこう。いただきます」

「「「いただきまーす」」」

 

 離れた所で手を振っている道明さんにお礼を言いながら、果実を口に放り込む。途端に、口の中で味が弾けた。甘みと酸味が香りとなって鼻に突き抜ける。歯触りは良く、それでいて噛み応えもある。飲み込めば、たちまち体が熱くなる。疲労してた体に、元気が回っていくようだ。

 人間の体はそんなに早く消化吸収できるようになっていない。だからこれは、実そのものの力によるものなのだろう。

 

「お、おお……これ、本当にすごいな」

「ですよね。疲れが吹き飛ぶとはこの事です。必要といった意味も分かりました」

「全くだ。ありがたい」

 

 少しだけ座らせてもらって、プラーナを生産する。この力は体に様々な変化を与えてくれる。身軽さ、筋力や耐久力、反応力の一時的上昇。そしてその中には、怪我の治療や疲労回復なんてのもある。

 さっきまでは疲れすぎていて試せなかったが、今なら可能だ。果実が与えてくれる元気を、プラーナに乗せて体全体に行き渡らせる。一呼吸するたびに、疲労が抜け落ちていく。これはすごい。近々には無理だが、絶対にこれも獲得できるように計画を練っていこう。そう心に決めた。

 

「テレビであれだけ騒ぐはずだ。味も最高だが、この即効性はほかのダンジョン食材にはないぞ」

「ですよねー。私も、ダンジョン潜るときはいつも取ってますから」

 

 里奈さんが笑顔で話しかけてくる。……ただし、いつもより五歩ほど離れた位置で。そんなに臭いか。臭いだろうな、うん。

 

「おかげで助かりました。……よし、と。皆は準備いいか?」

「問題なしでーす」

 

 小百合が元気よく手を挙げる。……隣で、とわさんが微妙な顔をしている。そうか、今回の探索で彼女だけ成果がないものな。道明さんも同じだと思ったら、実を持ってきてくれたし。彼女としては不満か。探索してくれただけでも十分なんだけどな。上手くねぎらえればいいんだが。

 気にかけておきたいが、状況はいよいよ本番に近づいている。申し訳ないが後回しにさせてもらおう。

 

「それじゃあ、行こうか」

 

 号令し、階段を下りていく。一番先頭は道明さんと里奈さん。香さんは全体の真ん中。ドゥームブレイカーズがいてくれるありがたさ。……今更ながら、日本最高の英雄を私用に付き合わせるとか、とんでもなく罪深いな俺。

 そんな自分は最後尾となった。理由はなんとなく分かる。臭いだ。これを嗅ぎつけて、モンスターが寄ってこられたらたまらない。実際、地下四階移動中はそれで結構危なかったしな。

 階段を降りきった先では、皆が簡易的な陣を組んでいた。さて、さて……。

 

「猫さん、こっちへ」

「にゃー……」

 

 若干弱々しい鳴き声が聞こえてくる。社員たちの足下にいた黒猫が、俺に近寄ろうとして足を止めた。……そんなに嫌か。ええい。

 とりあえず、魔法の剣を取り出してみる。

 

「剣の人、地下五階にたどり着いたぞ」

 

 すると、昨晩と同じ事が起きた。剣は光の玉となり、黒猫に吸い込まれる。変化は瞬く間に起こり、そこにはマリアンヌさん……の姿をした誰かがいた。それを見て、皆がざわめく。説明されていても、実際見てみるとそうなるよな。

 

「やり遂げたか。……ひどい臭いだ」

「俺だって、できることなら避けたかったよ。不可抗力だ」

 

 憮然として言い放つ。彼とも彼女とも言いがたい誰かは、表情を変えず一つ頷いた。

 

「ともあれ、貴様たちはたどり着いた。ならば仕事をせねばならんな」

 

 剣の人が手を振ると、なんとダンジョンの床から二本の木が生えてきた。瞬く間にそれは成長し絡み合い、アーチを作る。するとアーチの向こう側の光景が一変した。豪華な洋館というべきか、はたまた洋風のホテルか。そんなものが向こう側に見えるのだ。

 あっけにとられる俺たちに向けて、魔女の姿をした者が促す。

 

「さあ、急げ。トカゲやタコに見つかれば面倒だぞ」

「……いこう。前進だ」

 

 これはなんだ、と問いかけたかったが確かにそれどころじゃない。モンスターに見つかる前に、さっさと移動するべきだ。

 再び先ほどと同じ順番でアーチをくぐっていく。本当は俺が先に行きたい気分だが、ここで騒いで時間を取る方が問題だ。おとなしく順番を待ち、最後にアーチをくぐった。

 空気が変わった。ダンジョン内の過ごしやすいそれではない。環境が違う。場所が違う。その変化を、如実に語るものがある。

 ()()()()()()()()戸惑う俺たちをよそに、最後に剣の人がアーチをくぐってきた。

 

「ようこそ、というべきか。地下十階にして地上階。ダンジョンの中心にして発生地に」

「地上……?」

「いかにも。ダンジョンは地下から伸ばされたものではないのだ。この場で行われた儀式がその始まり。さあ、あれを見よ」

 

 アーチが消える。視界を遮っていたそれが消えて、向こう側が見える。全員、言葉を失った。

 光だ。淡い光が、巨大な柱を作っている。……柱といったが、もうあれは塔というべきか。大きく、高く、理解が及ばない。そこいらの高層ビルを超えるのではないだろうか。

 

「……魔法、陣」

 

 一歩踏み出して、勝則がうめいた。彼には珍しく、青ざめている。

 

「どうした、かっつん」

「先輩……あれは、魔法陣です。途方もない数の魔法陣が重なって、塔のように見えているんです。訳が、わからない。あんなもので、一体どんな魔法を……まさか」

「推察のとおり。アレこそがダンジョンの心臓。システムの中心だ。あの下に、マリアンヌはいる。ついでに彼女を殺そうとする者たちもな」

「あ! そ、そうだ。間に合ったのか!?」

 

 思わず声を上げてしまう。焦ったところで、ダンジョンで死んでしまっては意味がないと我慢していた。だがここまで来たのだから、もう急いでもいいよな? いや、急ぐべきだ。

 

「ああ。未だ防御は破られていない。十分間に合う。それはそれとして、君よ」

「……俺?」

 

 自分を指さすと、剣の人は頷いた。彼女は一方を見やる。そちらにあるのは、先ほどゲートから見えたあの豪華なお屋敷だ。

 

「あそこの入り口へいけ。洗浄液を用意してもらった。その臭いのままでは格好がつかんだろう」

「……死ぬほど気持ちはありがたいけど、一分一秒争うこの状況でそれは」

「ちょっとやそっとでは破られん。それより、そのままの方が問題があると行っているのだ。時間がないのだから、さっさと行け」

「はい」

 

 マリアンヌさんの顔で厳しいこと言わないでほしい。悲しくなる。本当は気落ちした気分のままゆっくり歩きたいところだ。しかし急ぎたい気持ちの方が勝るので、さっさと屋敷まで駆け足ですすむ。鎧が重いので走るのは難しいのだ。軽身功(けいしんこう)使えば別だが、わざわざこんなところで消耗するのもばからしい。

 屋敷は本当に大きなものだった。外国の貴族が住んでいたといわれても信じるレベル。今だと、億万長者とかかな? そんな屋敷の入り口に、ちょこんと桶が置かれていた。

 今更ながら、いつの間に連絡を取ったのだろうか。魔法の一言で片付けられそうだから、あえては聞かないが。そう思いながら桶をのぞき込む。中には、なんだかとろみのついた液が入っている。これを……どうしろと?

 

『頭からかぶれ。それだけでいい』

 

 剣の人の声が届く。……魔法だとは分かるが、驚かせないでほしい。あと、直前の思いつきはやっぱりその通りだったようだな。

 

「ええい、ままよ」

 

 桶をひっくり返して、頭からかぶる。やはり水、ではない。とろみ、というよりは粘液。粘液というよりは……スライム? 子供の頃、そういうおもちゃを友達が遊んでいたのを思い出した。俺は買ってもらえなかった。

 なんだかついさっきの、タコモツを浴びたあの感覚を思い出して軽く凹む。唯一救いなのは、臭いが全くしないことくらいか。……いや? なんか変だな? この粘液、動いてる?

 

「う、うわああ!?」

『普段、屋敷の清掃に使用されているものだ。害はないからそのままでいろ』

「そうは、いうけど!?」

 

 悲鳴を上げても状況は変わらない。不確定名スライムは、鎧の隙間からどんどん中に入ってきて、体の表面を隅々まで覆ってきた。口や鼻は塞がれなかったから呼吸はできたが、それでも気持ちが悪い……というか怖い。これ本当に、清掃用なの?

 じっと耐えること一分弱。スライムは俺の体から抜け落ち、自力で桶の中に戻っていった。そして気がつくと、タオルでは拭いきれなかった不快感がさっぱりなくなっている。まるで風呂に入ったかのように爽やかだ。鎧も、清掃したてのようにシミ一つない。

 

「す、すげえ……ちょっとほしくなったかも」

『馬鹿なことを言ってないで、もどってこい』

「わ、わかったよ」

 

 踵を返して、皆の方へと駆け足する。幾分か進んだ所、背後で物音がした。屋敷のドアが開いたらしい。思わず振り返ると、そこには目を疑うようなものがいた。

 

「ね、ネズミ……?」

 

 もちろん、只のネズミではない。人のように大きな、服を着たネズミだった。背丈はあまり高くない。百五十センチ、あるかないか。毛並みが良く、ふさふさしている。アレが普通のサイズだったら、女性陣が大騒ぎしそうだ。

 大ネズミ人は俺と目が合い、慌てた様子でスライムの桶を回収して屋敷のドアを閉めた。ほんの十秒かそこらの出来事だったが、これまた衝撃的だった。この地下十階(地上階?)に到着して十分も経ってないのに、何度驚いたんだ俺。

 

『先に言うが、アレについても説明するつもりはない。彼女に聞き給え』

「あんた本当にそればっかだな……」

『私の仕事ではないからな』

 

 不満はあるが、文句は言わない。ここまで連れてきてくれただけで十分だ。疑問はたっぷりあるが、屋敷から離れ今度こそ皆と合流した。

 

「あ。すっげえ、社長ぜんぜん臭くない!」

 

 流が駆け寄ってきて、盛んに鼻から息を吸っていた。

 

「そんなにひどかったか、俺」

「ぶっちゃけ、ナマモノを夏の日差しの下にほったらかしにしたレベルでした」

「そんなに」

 

 確かにそれは嫌すぎる。皆が離れるはずだ。そして、これからの戦いにそれでは確かに格好がつかない。感謝するべきだろう。

 

「では、この道をまっすぐ進め。途中で決して立ち止まってはいけない」

「そうはいうけど、この距離を歩いて行くのか……」

 

 光の塔までは、かなりの距離があった。一キロ、いやもっとか? 本当に間に合うのだろうか。

 

「もちろん、ここにも仕掛けが施されている。立ち止まらず歩き続ければ、一分もかからん」

「……止まったら?」

「そこからは自力だ。間に合わなくなっても責任はとれない。……では、私はここまで。あとは貴様ら次第だ」

 

 そう言い放つと、マリアンヌさんの姿は消えた。後に残るのは光の玉と、黒猫一匹。その光も俺の方に飛んでくると消え去った。元通りというわけだ。黒猫も一声鳴くと、館の方へと走り出す。一瞬引き留めようかと思ったが、止めた。これからドンパチするのだから、安全な場所にいる方がいい。

 あっけにとられている社員たちに振り向き、号令をかける。

 

「……皆、聞いたな? まっすぐ進むぞ」

 

 促してから、先頭に立って歩き出す。それにしても、ここは本当に現代なのだろうか。ファンタジーな世界に放り込まれたといわれても信じるぞ。見えるもの触れるもの、どれもが不思議すぎる。

 社員に預けていた『獅子の咆哮』もここで装備する。武器はいらない。この分厚い大盾でぶん殴れば、大抵の人間は戦闘不能になる。ハンターだからあんまり手加減しなくていいというのも素晴らしい。

 塔に続く道へ、一歩踏み出す。途端に違和感を感じた。同時に、何かに似ているとも。

 

「あ、これ、動く歩道だ」

 

 何のことはない。駅や空港など広い施設にまれにある設備。感覚がアレとそっくりなのだ。違いは機械ではなく魔法ということか。とはいえ、知っているものと似ているというのは助かる。同じ調子で、歩いて行けばいいのだ。

 そうしていくと、景色が凄まじい勢いで流れていく。車よりも早い。新幹線に近いか? 一体時速何キロでているやら。

 高速移動は剣の人の言うとおり、一分もかからず終わった。気がつけば、光り輝く天井の下にいた。よく見ればそれは文字によるものであり、勝則がいう魔法陣というやつなのだろうと分かった。

 

「十年探し求めたダンジョンの真実。こんなことでそれに触れることになるなんて……」

 

 香さんが複雑そうな表情でつぶやいている。道明さんが無言でそれに寄り添う。ほかにも、思うところがあるらしく表情を硬くしているものがいる。というかほとんどがそうだ。

 俺だって、色々思い浮かぶものはある。何故マリアンヌさんはダンジョンを作ったのか。剣の人のいう、ダンジョンは目的ではなかったというその言葉の意味とか。

 だけどそれは全部後回しだ。俺にとっては、彼女を助けることが最優先なのだ。

 

「あそこ、ですね。人が見えますよ」

 

 小百合の指さす先には、建物が見える。丘のような所に立っており、階段が三十段くらい確認できる。そこに立つものは家でもなければ、ビルでもない。真っ黒な石材で作られた、四角い建築物。縁起でもないが、墓を思わせる佇まいをしている。

 階段前にはかなりの人数の姿がある。百を超えているだろうか。地王カンパニーのハンターのほとんどがあそこにいるというわけだ。

 

「……地王カンパニー、銃もってたよな。俺が先頭に立って一列になればいいか?」

「いけません社長、それでは魔法のいい的です。横列になって二つのグループに分けましょう。短時間なら、自分と小百合の呪文で守れます。接敵すれば、撃てないはずです」

 

 勝則が冷静に進言してくれる。横列で突撃……なんだか、戦国時代みたいだな。大の大人が何してるんだか。これから本気で殴り合いするんだから、さらにしょうもないという気分になる。

 それはそれとして、準備は大事だ。彼の言葉通りグループ分けして、前進を開始する。……正直、じれる。恐怖も感じる。いきなり撃ってきたら、どうしよう。今回は一樹さんの力は借りられない。はたして奴らを倒しきれるか……。

 

「撃つな! 銃を置け!」

 

 前方の集団から、大声が響いた。昨日聞いた声だった。わざわざ階段を駆け上がり、こちらに振り向いた。

 

「入川ーーー! お前だな! 出てこい!」

 

 

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