【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
『世界が、輝いている!』
怪物の第一声は、歓喜だった。
『漂う空気のなんと清浄なことか! 繁茂する木々のなんと美しいことか!』
聞いたこともない、しかし理解できる不思議な言葉でドラゴンが吠えている。
『ついに我は至ったのだ! 時間竜の財宝、そのありか! 我を覇王の座へと押し上げる王冠に! ははは、はははははははは!』
言葉から察するに、念願が成就したのだろう。……この場に至るために、計画を立ててじっと我慢していた? ではその計画、とは?
「そうだ、俺だよ。俺がアレの手下をやっていた。すまんが行路飯店での話、ちょいちょい嘘が混じってる。依頼人が魔女だ、とかな。しょうがないだろ? あんなの話しても、伝わらんしどうにもならん」
ほかの者たちと同じように、絶望を顔に貼り付けながら半戸代表が独白する。
「ダンジョンで、あいつが描かれた盾を見つけてな。やったぜマジックアイテムだと持ち帰ってみれば、あれが話しかけてきた。アイテムごしに、容赦のないパワーをぶつけてきやがってな。逆らえなかった。まあ、見返りもあったがね。で、魔女の使い魔に呪いぶち込んで操って。隙ができたらアレがこっちに飛び込んでくる。そんな計画だったのさ」
深くため息をついて、彼は呟く。あんなの一体どうしろってんだ、と。つまり、この騒動の黒幕はあのドラゴンだったと。時折半戸代表から感じた違和感は、あれが原因だったのか。
そんな風に考えを巡らせてしまった俺は愚かだった。そんな時間があれば、一歩でも離れておくべきだった。
『さて……虫けらどもが、集まっているようだな?』
「……」
マリアンヌさんが、何かを呟いている。聞き取れない。そうだ、俺の腕の中には彼女がいる。守らなくてどうする。
「逃げ……」
「Gaaaaaaaaaaaa!!!
心臓が、止まった。比喩表現ではない。竜の咆哮に込められた力。威嚇の意思は、ちっぽけな人間にはあまりにも辛いものだった。再度動き出したのは、単純に自律神経の力。もしこれを、子供や老人が受けたらそのまま死んでも不思議じゃない。
「ぐ、ふ。う……まずい。本当にまずい。逃げろ、逃げるんだ」
「動くな入川。もう間に合わん」
そう言いながら、飄々とした足取りで半戸代表は階段を下っていく。動けないままである両社の社員たちをかき分けて、一番前に出た。
「蛮王グラニート様。しもべたる半戸がご挨拶申し上げます」
『うん……? おおう。我がしもべよ、そこにいたか。此度の働き、大儀である』
「お褒めにいただき恐悦至極にございます。そして大願成就、誠におめでとうございます」
『うむ、うむ。これより、我が覇道が始まる。奪われた覇王の座を、竜に戻すのはこの我ぞ』
竜が話すたびに、ビリビリと空気が震える。ライブ会場などで使われている、巨大なスピーカーで音を出しているかのようだ。
「グラニード様。我が配下たちは大役を果たしました。ねぎらいたい為、離脱させたく思います。お許しいただけますでしょうか」
『ふむ……まあよい。貴様の好きにせよ』
「お心遣いに、感謝申し上げます。……入川、全員下がらせろ」
「! ……は、はい。ただいま。全員、撤退だ! 全員だ!」
は。はは、ははは! 半戸代表すげぇよ! この状況で! 全員帰すための機転を利かせた! 一体どんな腹の座り方すればこんなことできるんだよ!
「疲れているやつは、仲間の手を借りろ! 倒れているやつは、複数人で運べ! いいか、全員だからな!」
半戸代表が命令し、俺が従って声をかけ続ける。これがどういう意味か、皆が理解した。先ほどまで殴り合っていた、という事実は放り投げる。竜から離れられる、という大事の前には本当に些細な話だからだ。
あるものは肩を貸し、あるものは背負い。荷物をまとめて運ぶ者、人数確認に走る者。決して竜の不審を買わぬよう、各々冷や汗かきながら撤退を進めていく。
幸いな事にこの状況で不和を起こすような馬鹿はいなかった。粛々と、館へ向けて足を運び始める。よし、動き出した。あとはなんとか、このまま何事もなく進めば……。
『そういえばハンドよ。魔女めは仕留めたか』
雑談のように、竜がそんな話を振ってきた。思わず体に力が入る。マリアンヌさんの顔からも血の気が引いた。半戸代表の答え次第では、全力で走らなくてはいけない。俺は静かに息を吸った。
「もちろんでございます。念入りに、徹底的に、灰すら残らぬほどに止めを刺しました」
……そしてゆっくり、吐き出した。本当に、すげえ。竜に対して、とっさにここまでハッタリ決められるなんて。どんな経験してくれば、こんなに舌が回るんだろう。
『それはずいぶんと、念入りにやったものだな』
「なんと言いましても、こんなものをこさえる魔女です。どんな手札をもっているか分かったもんじゃありません。臆病者のやり口と、どうか笑ってくださいまし」
『ふん、違いない。まあよい、貴様は竜ではないのだからな。仕方がないのであろう』
そう傲慢に言い放って、ドラゴンは口を閉じた。……口八丁で、竜を丸め込んだよ。やべえ、なんてでっかい借りを作っちまったんだ。これが終わったら、本気で業務提携考えるべきか。
そう思いながら、皆と一緒に館へ向かう。
『それで? 殺したというのなら、そこで運ばれていくメスは一体何なんだ?』
頭が真っ白になるのと、全力で走り出すのはほぼ同時だった。衝動的に動き出せた自分を褒めてやりたい。一メートルでも遠くへ、彼女をドラゴンから遠ざけねば。
「
しかし十メートルも進まないうちに、巨大な手によって捕縛された。疲労極まった今の体では、振りほどけない。ならば魔法の剣をと思ったのだが、何故か出てきてくれない。この肝心なときに!
「紛らわしいことをするんじゃない! ……失礼しました、グラニード様。あれは、私の部下でございます。魔女に似ていたかもしれませんが、別人でございます」
……そして、こんな状況でもなお半戸代表はドラゴンを騙そうとしていた。心底呆れて、また感心もした。ここに至ってなお、やり通すのか。それしか手立てがないとはいえ。
『ははははは……ハンドよ』
「はい、我が主」
『竜を虚仮にするのも、大概にせいっ!』
怒りの咆哮が空を震わせる。同時に、何かしらの魔法が働いたのだろう。半戸代表が宙に浮くと、ドラゴンの元へ引っ張られていく。
「代表!」
「まずいぞ! おい、魔法使い!」
「無理言うな、あんなのどうやれば……」
「ディスペル!」
慌てふためく地王カンパニー。そこに勝則の呪文が飛ぶが。
「……だめだ。なんてマナの多さ。びくともしない」
彼でも、竜の魔法をどうにかすることはできなかった。半戸代表はもがき続けたが、抵抗むなしく竜の眼前に吊るされてしまった。
『浅はか極まれり! 貴様はわからんであろう。あのメスと、この巨大な魔方陣はマナで繋がっておる。これが結界の要であるならば、当然それに関連するのは魔女しかおらん。魔法を分からぬ矮小な自分を呪うがいい』
「ああ、くそ。そういうのかよ。畜生め」
『グハハハハ、愚か者め。……ついでに聞いておこうか。我が送ってやった兵隊、いったいどこにやった?』
「あんな人食いの化け物は、とっくに皆殺しにしたさ。てめえがあんなの送ってこなければ、余計な犠牲を出さずに済んだんだ。クソッタレめ!」
『貴様の求めに応じて戦力を送ってやった我に対して、なんたる言い草よ!』
「人間に、それを食うバケモン送りつける時点で考え無しだって言ってんだボケが!」
もう、肝が据わっているなんて言葉じゃ表現できない。あの状況で、竜と口喧嘩してるよ。ええい、今のうちになんとか助けなきゃいけないが、手立てが……。
『よく吠える! まあ、いい。貴様のその負けん気は評価してやる。竜は挑まれてこそ、格が上がる。しゃくに障るが、さすがは覇王の座にある竜は言うことが違う。こればかりは我とて頷かざるを得ぬ。さあて、その気迫がいつまで持つか。我が居城で堪能してやる。しばし牢屋で待つがいい』
そう言って、ひと吠えするドラゴン。すると、円錐塔にまたもやあの赤い魔方陣が現れたではないか。そして代表は、塔へと運ばれていく。さっきの発言からすると、やつのアジトへ拉致する気か!?
「かっつん!」
「無理です、自分ではとても」
「マリアンヌさん!?」
「ごめんなさい。あの塔がくさびになって、私の術を妨げているの」
……ええい、何を情けないことをしている。色々あったが、ここで見捨てていいわけがない。誰かにマリアンヌさんを任せて、俺だけでも向かわねば。そう思って一歩踏み出したのだが。
「
『ガァァァァァ!? ハンド、貴様ァ!?』
信じられない。半戸代表のアビリティ、巨大な手が事もあろうにドラゴンの左目を握っているではないか。
「代表!」
「ボスを助けろ! 銃もってこい!」
あまりの光景に、手をこまねいていた地王カンパニーのハンターたちが色めきだつ。
「馬鹿野郎! 抜けたこといってんじゃねえ! 勝てるわけねえだろ、さっさと逃げろ!」
しかし、ここで半戸代表が大声で一喝する。
「テメエのケツはテメエで拭く! なんとでもなる! おまえら逃げねえと、俺も動けねえだろ馬鹿野郎!」
「半戸代表!」
「入川ぁぁぁ! うちの連中、任せたからなぁぁぁ! おらぁ、その目玉寄越せやぁ!」
「Gaaaaaaaaa!?」
竜が悲鳴を上げる。魔方陣が閃光を放つ。それに目がくらみ、視線をそらす。視野が戻る頃には、代表の姿はどこにもなかった。あるのは、左目から血を流し吠えるドラゴンと。
「ギギッ」「ギヒヒッ!」「ギャッギャ」
塔の根元に、無数の影。頭一つに、腕二つ、足二つ。つまり人の形に近い。しかし額から伸びた角と、凶悪な面構えが怪物であると主張している。鬼だ。鬼の兵隊が、ざっと百以上。こちらを見て、嫌らしい笑みを浮かべている。
まずい。絶対まずい。あれらが襲いかかってきたら。ドラゴンが突っ込んできたら、俺たちは助からない。助け……助け……。
「
助けなくちゃ、社員を! 任された連中を! 全身全霊、全力のアビリティ発動。体力なんて知ったことか! 目的地まで保てばいい!
「走れぇぇぇ! 屋敷へ逃げ込めぇぇぇ!」
号令をかけて、走り出す。先ほどの半戸代表の作戦のおかげで、逃げる態勢はすでに整っている。あとは足を動かすだけでいい。荷物やら仲間やらをもっているが、そこは俺のアビリティが役に立つ。重量軽減の能力のおかげで、足が遅くなることはない。
「なんだこれ、楽に走れるぞ!?」
「あの田舎社長のアビリティだよ! 動きが速くなる……じゃない、荷物が軽くなる? なんて地味な!」
「助かりゃなんでもいい! 後で一杯おごらせろ!」
地王カンパニーのハンターも騒ぎながら素直に逃げてくれた。まあ、誰だってあんな怪物からは逃げたいに決まっている……。
「
里奈さんが、大絶叫と共にグレートソードを振り下ろした。刃に当たったものは何もない。しかし、彼女が見据えたのはドラゴン。鱗に覆われたその鼻面に、深い切り傷が刻まれた。
『ガァァァ!? 誰だ!? まだ我に刃向かう愚か者がいるというのか!?』
「私! ですっ!」
『ギヤァ!?』
今度は横薙ぎに一閃。なんと、右手(右前足?)の小指を切り飛ばして見せた。流石は日本の英雄……って感心している場合じゃない。
「里奈さん! 逃げて!」
「逃げるのは社長です! 自分たちは奴らを足止めします! やるぞ、小百合!」
「はい、兄さん!」
止めろ、という言葉が喉から出かかった。それを押しとどめたのは、現状があまりも不味いから。竜の手下、鬼の兵隊が進軍を開始している。こっちは万全とは言いがたい状態。このままでは追いつかれる。
勝則の言うとおり、足止めは絶対必要だ。なので言うべきは制止じゃない。
「任せた! 上手くやって、いい感じに逃げろ!」
「お任せを!」
不敵な笑みを浮かべた勝則は、荷物から一つの球体を取り出した。あれこそは、スペクターのコア。呪文の威力を増幅させるという、特別な逸品。それに、兄妹が手を添える。
「吹き荒べ乱風!」
「煌めけ轟雷!」
「「
ダンジョン管理をはじめたあの春。スペクターのボスを倒した日。二人が放った大技。あのときのソレとは比べものにならない威力で呪文が解き放たれた。剛風は屈強は兵士たちの足を止めてよろめかせる。雷撃は次々と鬼を打ち据え、その体を黒く焼く。
大戦果とはこのことか。二人の技量が春の頃よりも大きく向上したこと。そしてスペクターのコアによる増幅。二つが合わさって、この結果が生まれている。おかげで相手の進軍は大部分が阻まれる結果となった。
……しかし残念なことに、呪文一つで事が片付くほど状況はぬるくない。大嵐の範囲外から攻め上がってくる鬼たちもいる。ああ、しかし。我が社は人材に恵まれた。
「
歩の剛速球が、鬼の顔面に襲いかかった。怪物の面の皮は、見た目通り分厚い。しかしそれでも、岩石が牙と鼻をへし折った。
「下手に超能力でぶっ飛ばすより、ナイトスターで殴った方がリーズナブル! いや本当、これ拾えてラッキーでしたね社長!」
宏明の操る三つの空飛ぶトゲ鉄球。今回も素晴らしい凶悪さを発揮している。どうやら鬼の耐久力は、ハウルボアほどではないようだ。攻撃を受けた兵士が、派手に血肉を飛び散らしている。もちろんこの成果は、ナイトスターの威力が高いからというのもあるだろう。
ほかにも三郎君やとわさんが、武器を振り回し応戦している。……二人が使っているのは剣。まず間違いなく、地王カンパニーのハンターから取ったものだろう。緊急時なので、いい機転だと言っておこう。
「ハガクレの二人、魔法使いを守って! ……大外から一部隊! 道明!」
「まかせて、
さも簡単に切り捨てているが、それは道明さんだからこそ。ボディビルダーのような体格の鬼たちをぶった切るとか、並のハンターでは不可能だろう。事実、三郎君たちなどは一体仕留めるにも苦労している。
殿部隊は、上手くやってくれている。俺は彼らと撤退する者たちと交互に見ながら、館へ向かう。……あ、まずい。勝則たちを大きく迂回して、こちらに向かおうとしてくる連中がいる。道明さんは逆側だし、ほかのメンバーも射程外。あれを放置したらこっちに来る。
「少しだけ、足を止めてくださる?」
「え、はい」
マリアンヌさんもそれに気づいたのだろう。遠方の部隊を指さす。
「妖精よ。ささやかないたずらをお願い」
彼女がそう呟くと、鬼たちがいきなりふらついた。足下の草が巻き付いている。そういう呪文か。いや、助かるな……と単純に足止めを喜んだのだが。ふらりと転んだ鬼が、地面にあった石に顔面をぶつけて動かなくなった。一匹だけなら、ただの不運だといえた。だけど、次々と同じ事が起きると、単純に怖さを感じる。
思わず彼女を見れば、とっても素敵な笑顔を浮かべてくれた。
「妖精のいたずらって、凶悪ですよ? ご注意くださいね」
「はい……」
返事しかできなかった。まあ、いい。ともかくこれで、危険は減った。後は屋敷まで……。
「お客さん、しっかり!」
「……っは!?」
やっばい。今一瞬、意識が飛んでた。アビリティは……なんとか、維持している。よかった。気合いと根性とマリアンヌさんを抱き上げる感触で持たせていたが、いよいよ以て限界だ。
それでも目的地までは、命を削ってでも持たせる。そう決意して足を進めたとき、視界の外をかすめるものがあった。その後の動きは、完全に直感によるものだった。体の重さにまかせて、転ぶように前に出た。
車にはねられたかのような衝撃を、背に受けた。同時に甲高い金属音が響く。聞き覚えがある。銃声だ。気づいたときには仰向けに地面へ転がっていた。何故仰向け? ……ああ、マリアンヌさんを押しつぶさないようにしたのか。よくやったぞ俺。
「分厚いアーマーに助けられたなぁ、ザコ野郎」
「アントニー……てめえ」
ニヤニヤと笑いながら近づいてくる大男。その手には、硝煙を漂わせる拳銃があった。
「ドラゴンさんよお! 魔女は捕まえたぜ! だから俺たちは助けてくれよ!」
「お望みのコースで魔女を苦しませて見せるぜ! 火あぶり? 首つり? もっと楽しいショーだってお望み通りだ!」
これまた同じ笑みを浮かべて、数人のハンターが近づいてくる。アントニーの取り巻きか。なんとなく、見覚えがある。以前捕まえたとき、やたらと往生際が悪かった連中だ。なるほど、奴の取り巻きということなら納得だ。
もはや、俺にできることはわずか。マリアンヌさんに覆い被さり、身を盾にするしかない。
「ハッ! 最後の最後まで、目障りなんだよ!」
銃声。右肩に激痛。
「せっかくだ。テメエも苦しめてやる!」
銃声。左足に、灼熱の鉄棒を突き込まれたような痛み。
「目の前で魔女をヤって、怪物に足から食わせてやるよ!」
頭を蹴り飛ばされた。視界がぼやける。耐える。マリアンヌさんが叫んでいる。踏まれる。撃たれる。蹴られる。耐える。
「本当に、しぶてえ。めんどくせえ、もういいや。あばよ、ザコ野郎……」
「
……聞き覚えのある、声がした。