【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第88話 暴走卿

「う、げぇぇぇぇぇ!?」

「おげ、おげぇぇぇぇ」

「……ミナカタに入って、俺も手加減が上手くなった。昔だったら、皆殺しだったな」

 

 酸性の悪臭が鼻につく。見えないが、アントニーとその取り巻きが嘔吐しているらしい。

 

「とっといて良かった、向こうの霊薬。はい社長、口開けてくださいね」

「ぐ!? ウググググ!?」

 

 口に瓶のようなものが突っ込まれる。液体が流れ込んでくる。辛い。タバスコのように辛い。それでいてウィスキーのように喉と腹を焼く。同時に、体中が燃えるような感覚を覚える。傷を負ったところが、特に。

 

「あの竜を見たとき、なにかに繋がるかと思って契約を解除したけど。まさか、この短時間で全階層を踏破してくるなんて」

 

 マリアンヌさんが、何かとんでもないことを言っている。辛さと熱さが引き始めた頃、やっと目が見えるようになってきた。そして声がする方へと顔を向ける。

 そこに立っていたのは、不吉という言葉を形にしたような存在だった。黒い僧服のようなソレは過剰に装飾が施されており、神に仕える者にはとても見えない。左手に構えた盾は、悪魔じみた怪物の顔の皮が張り付けられている。右手に持つ剣はなにかしらの骨でできており、禍々しい赤い輝きを宿していた。

 もしこれで、頭にかぶったドクロじみた仮面を下ろしていたら彼であることを気づけなかっただろう。

 

「フジ、くん……!」

「はい。社長、お待たせいたしました」

 

 いつものように微笑みながら、我が社の切り札がそこにいた。

 

「色々と伺いたいことはありますが、時間もないので要点だけで行きましょう。あれは敵ですね?」

 

 剣で竜を指し示して、彼が言う。俺は頷いた。

 

「ほかは、敵ではないという形でいいですね?」

「アントニーたち以外は、そう」

「ふむ……魔女殿、それらの無力化はお願いできます?」

「その程度でしたら」

 

 震えながらゲロ吐いてたアントニーとその手下たちが、草の縄によって捕縛されていく。それを見届けて、彼は一つ頷くとドクロの仮面を身につけた。

 

「それでは残りは全て、片付けます」

 

 そうやって彼は、気軽に一歩を踏み出して。次の瞬間には、はるか前方にいた勝則たちのすぐそばに立っていた。……疲れ切ってて、驚く元気もない。彼なら何しても不思議じゃない。さっきのマリアンヌさんの発言を鵜呑みにするなら、ほんのわずかな時間でダンジョンを完全踏破したようだし。

 

「黒き腕に無念を込めろ。無数の手に怒りを込めろ。曲がった爪に恨みを込めろ。掌握せよ、グラッジバインド!」

 

 即座に、束縛の呪文が放たれる。しかし、いつぞや見たソレよりも遙かに広く巨大だ。彼の影は大地を飲み尽くさんとばかりに広がり、その上にいた竜と鬼に手を伸ばす。半戸代表の強奪者を思わせる凶悪な手が、怪物たちの肉に食い込んでいく。

 

『ガァァァァァ!? この我に呪文を通してくるだとぉ!?』

「伊達にこんなコスプレじみた装備してねぇんだよ。……はい、皆さんお疲れ様。もう少し離れていてくださいねー」

「藤ヶ谷、さん? 一体いつの間に……あ?」

 

 勝則が話しかけるも、またも彼は姿を消した。今度はどこへ……みつけた。敵軍の側面に回り込んでる。あー……あの移動力なら、好きなだけ横や後ろを取れるよな。やらない手はないわ。

 

「暗闇を見やれ。耳を澄ませ。這い寄る終わりを受け入れよ。フィアー・オブ・デッド!」

 

 次なる呪文が放たれる。色もなければ音もない。しかしソレは瞬く間に、敵部隊へ浸透していった。何故ソレが分かったか。悲鳴だ。鬼たちが、悲鳴を上げている。

 

「ギャァァァァ!?」「ギイギギギギ!」「ヒヒヒヒイィィ!」

 

 手を振り、足をばたつかせる。まるで子供のように震えている。黒い手で捕まえられていなかったら、一目散に逃げ出していたことだろう。恐るべき怪物の振る舞いとはとても思えない。

 

『小癪な! こんな呪いをいくら振りまいたとて、我には何の意味もない……グアァァ!?』

「分かってる。いちいち騒ぐな。ほら、これで少しは痛いだろう?」

 

 再びの瞬間移動。今度はなんと、竜のすぐ足下に現れた。どう考えても危険地帯。あまりにも無謀。しかし彼は何のことはないと、左手の盾で竜を殴りつけた。もはや分かっていたことだが、あれもマジックアイテムだった。

 悪魔の瞳が怪しく輝き、大きく開かれた口が竜からプラーナを奪い出す。奪われたソレは、使用者である一樹さんへ吸収される。なにあれ、すごくほしい。いや、『獅子の咆哮』なんていいもの借りておいて贅沢言っちゃいけないんだけどさ。あれがあるだけで、どれだけ戦いやすくなることか。

 さらに、骨の剣で切りつけもした。赤い輝きが、竜の体に刻まれる。相当堅いであろう鱗すらも気にせずバッサリだ。……つまり、アビリティ解放した里奈さんと同等の火力ということか。

 凄まじい。今までいかに俺たちに合わせてくれていたのかよく分かる。彼が本気になれば、大抵の困難がイージーゲームだ。……そしてそれに慣れたとき、俺たちは堕落するのだろう。もどかしい思いをしただろうに、よくも今まで我慢してくれたものだ。

 

『ええい、煩わしい! そんな武器で我が倒せるものか! これでも、くらえ!』

 

 そう言い終わると、ドラゴンが大きく息を吸い込んだ。……あれは、まさか、もしかして。

 

『ガァァァァァァァァァ!』

 

 咆哮と共に放たれる、無数の岩石。竜は火を吐くものだと思っていたが、あいつは岩を吐くのか。……飲み込んでいた? いや、質量的にそんなの無理だ。魔法じみた現象なのだろう。

 まるで終わらない山津波。地面が次々と穿たれ、土がはじけ飛ぶ。あんなものを俺たちに向けられていたら、一発で終わっていた。一樹さんが離れた位置に陣取ってくれていなかったら、こちらにも被害が及んでいただろう。……っていうか、少数ながら鬼が巻き込まれているな。手下への配慮はないのか。

 

「まあ、下準備はこの程度でいいだろう。たかがアダルトドラゴンだしな。エルダーだったら、もう二手くらいは重ねたが……さて」

 

 一樹さんの纏うローブが、そして仮面が不気味なオーラを漂わせ始める。味方であるはずなのに、あれを止めなくてはいけないと本能が叫ぶ。惨劇が起きると。

 

「今宵、滅亡の宴が開かれる」

 

 朗々と、呪文が唱えられる。ドラゴンも危険を察知したのだろう。己の身が傷つくのもかまわず、黒い手による拘束を引きちぎろうとする

 

「毒杯を干せ。屍肉を喰らえ。亡霊と踊れ」

 

 本来なら見えるはずもない呪いが、色濃く湧き上がっていく様がわかる。なるほど、あの衣装は呪文の増幅装置なのだ。一樹さんが唱えると、装備が呼応しているのが分かる。

 

「抗えぬ滅びを、喝采を上げて祝福せよ!」

 

 そしてそれは完成した。効果はすぐに現れた。鬼たちが、()()()()()

 

「ゲペェ?」「グビヒっ」「ゴボホ」

 

 腕が折れた。足が潰れた。目玉が飛び出した。腰がねじ切れた。はらわたを吐き出した。阿鼻叫喚。鬼といえど、生物だ。その形が崩れていく様は、怖いと言うよりおぞましい。

 

『ガァァァァァァ!? 貴様、一体何をした!?』

 

 竜が、全身から血を流している。ぶちぶちと、筋肉が千切れる音が聞こえる。一体これは、どんな呪いなのか。青ざめつつ見守っていると、マリアンヌさんが戦きつつ呟いた。

 

「なるほど、そういうこと。あれは、()()()()よ」

「強化?」

「そう。強制的に、過剰な強化を全身に与える。限界を超えた肉体が、自らを傷つけている。モンスターは多かれ少なかれ、マナで己を支えている。それを暴走させている……よくできた呪いだわ」

 

 強制自滅魔法、とでもいうべきか。一度かかってしまえば、どうしようもない。足止めや恐怖の呪文を使った理由も分かる。抗えば体を動かす。逃げようとしてもそう。足止めと無力化、二つを成しつつ自滅を加速させる下準備だったと。

 これがベテランハンター、藤ヶ谷一樹の本気。……いやもう、これはハンターの枠にすら止まっていない。それ以上の何かだ。

 

『まだ、まだだ……我は、覇王となるのだ。その時間竜の遺産を、手に入れたのだ。その望みを、こんな所で、断たれるわけには……グワァ!?』

 

 ドラゴンの足に、深い切り傷が刻まれる。

 

「ヤァァァァァアッ!」

 

 一体いつの間に踏み込んだのか。里奈さんがグレートソードで直接斬撃を叩き込んでいた。彼女だけではない。道明さんも、勝則たちも、それぞれが攻撃を集中させていた。すでに鬼たちは全滅状態。であれば火力を集中させるのは当然なわけで。

 ドラゴンも、ただやられるわけには行かぬとばかりに腕を動かし尾を振る。しかしそのたびに、一樹さんの呪いが体をむしばむ。

 あれほど大きく恐ろしいドラゴンが、瞬く間に追い詰められていく。残酷な弱肉強食の世界がそこにあった。

 

『そうか、貴様が藤ヶ谷! おおお、探したぞ。簒奪者の手がかりよ!』

 

 だがドラゴンもただではやられない。膨大なマナとプラーナを放散しながら、拘束から逃れようとする。一樹さんを目指し、体の崩壊すら頓着せず。

 

『言え! 時間竜を殺した簒奪者を! 覇王の称号を奪ったのは一体誰なのか! 貴様が知っているということは、調べがついているのだ!』

「なんだ、そんなことが知りたいのか。……いいだろう、冥土の土産にするがいい」

 

 一樹さんは事もなげにそんな風に答えると、指を一本立てて見せた。

 

「尾を食め、時の蛇」

 

 銀に輝く点が生まれ、ソレがくるりと輪を作った。小さなそのリングが弾丸のように竜へと飛ぶ。ソレがぶつかり、消え去るとまたもや変化が起きた。()()()()()。手足の動き、前へ進む速度、体の崩壊にいたるまで。全ての動作が映像のスローモーションのようになったのだ。

 

『ま さ か』

「よーし、理解したな。それじゃあ仕舞いだ。断神様、おねがいしまーす」

 

 その声に応えて、里奈さんが走る。何をするかと思えばなんと、竜の巨体を駆け上がり始めた。ソレは無茶だ、と声をかける暇もなく。あっという間にたどり着いたのは、竜の首。

 

「次はひとりで斬れるように頑張りたいと思います。せーの、イィィィィィヤッ!」

 

 決意表明の後に、振るわれるグレートソード。刃はするりと通り抜けた。ずれる。落ちる。竜の首が、ゆっくり地面へ。血もまたのんびりとした速度であふれ出す。が、ソレも途中まで。地面まで後一メートルと言ったところで、唐突に元の速度へと戻った。

 首は大きな音を立てて落着。そこに噴水のようにあふれ出た血が降り注ぐ。

 

暴走卿(ロード・スタンピード)……』

 

 今わの際、ドラゴンがそんな言葉を残した。意味は分からない。ただ、隣にいたマリアンヌさんは眉を動かした。何か知っているのだろう。だけど今はもう、問う気力も残っていない。

 

「ドラゴン、討ち取ったりーーー!」

「「「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」」」

 

 里奈さんが勝ちどきを上げ、社員たちが歓声を響かせる。あるものは座り込み、あるものはこちらへ向かってくる。

 そんな中、俺は最低限聞くべきことを訪ねる。

 

「マリアンヌさん。半戸代表を助けには行けませんかね」

「……今は無理、ですね。あちら側で活動するには、準備が必要です」

「そうですか。無理を言いました」

 

 あちら側、というのはどこのことなのか。おそらくはあのドラゴンの住む場所なのだろう。それ以上は分からないが、今はいい。彼の無事を祈ることしかできないのがもどかしいが、ソレばかりにかまけてはいられない。俺には任された責任がある。もちろん、我が社に対しても。

 

「お客さん……いえ、入川春男さん」

「はい」

 

 唐突に名前を呼ばれ、ちょっと驚く。マリアンヌさんはまっすぐ俺を見ていた。

 

「このたびは私を助け、そしてこの場を守っていただきありがとうございます。正式なお礼は、また日を改めてさせていただきます。いまはまず、あの塔を封印せねばなりませんので」

「あ、はい。お疲れ様です」

 

 気の利いたことを言えればいいのだが、とっさに出てこなかった。歩み去る彼女の背を見送り、さらにその向こうにある円錐塔へ視線を送る。

 ことは片付いた。思うところは山ほどあるが、今はとりあえず良しとしよう。流石にもう限界だ。おれは地面にひっくり返った。

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