【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
新しい酒と料理が来て。またもハウルボアの料理に衝撃を受けたりもして。気分を変えて次のお話と相成った。
「マナの増えた理由について語る前に、蛮王についてもう少し知っておいてほしい事があります。基本的にはお山の大将であり、その実力はピンキリ。山賊の頭みたいのもいれば、ドラゴンがそう名乗っている場合もあります。そして玉石混交な蛮王の中にも、飛び抜けた実力者が十二人……匹? ええと、とにかく十二ほどの席があり、それぞれが座っています。ドラゴンが六匹、残りはそれ以外の種族。蛮王の頂点を、覇王と向こうでは呼称しています。まとめて十二覇王と呼ばれる場合もあります」
「なんだか、唐突に漫画みたいな話になってきたな」
「そりゃまあ暴力至上主義なんて世界、漫画じゃなきゃ困るだろう」
「たしかに」
宏明と歩がそんな話をしている。そうだなと、思わず同意したくなる。
「そしてその覇王の中の一匹、時間竜クロック・ブラックこそが地球を狙い行動を起こしていた張本人……でした」
「でした?」
「はい、過去形です。ソレについてはこの後に。時間竜の目的は先ほど申し上げたとおり、太陽の恵みそのものです。向こうでは農作物の栽培にこちらより遙かにコストがかかっています。それを無制限に持ち込めるようになったら、どれほどの利益が生まれるか。語るまでもありませんよね?」
足りないものを売る。商売の基本だ。向こう側の人口がどれほどかは分からないが、さぞかしボロ儲けができることだろう。
「ドラゴンは利益の為に幾多の異世界を調査していました。そして不幸なことに、我々の地球が見つかってしまったと。マナが増えたのは、向こう側がこちらで調査する際に持ち込んだものでした。希薄でしたから、魔法が使いづらかったのでしょうね」
それでこっち側の魔法使いにばれた、と。こちら側に知られてもかまわないと思っていたのか、そもそも調べられると思っていなかったのか。ずいぶん傲慢なことだ。ドラゴンらしいとも言える。
「敵を知った私たちは、早速その実力の調査をはじめました。……そして、恐るべき事実に行き着いたのです。連中がこちらに進行してくれば、我々は負ける。理由は、圧倒的な魔法技術の格差によるもの。私たちを素手に例えれば、相手はアメリカ軍。その程度には絶望的な戦力差、技術の差があったのです」
空気が鉛のように重くなった。絶望的な戦力差。それほどのものが地球を狙っている……いや、いた、か。ともあれ、笑っていられる話じゃない。
「補足しまーす。ミナカタの社員のみなさんは、俺の魔法についてはご存じですよね?」
ここで、一樹さんが手を上げた。昨日の戦闘に参加していた者達の顔から、若干血の気が引く。
「はい、もう大体分かっていただけましたね? あんまりこういうこと言いたくありませんが、呪いほど対人に優れた術はちょっとないです。何ならそれこそ、人類絶滅用の呪いとか作れたりしますからね」
「そのとーり。若いの、分かってるじゃないか」
「どーもー」
死霊術士のおじさんが親指立ててる。笑顔で返す一樹さん。そして俺たちの顔色はさらに悪くなる。なるほど、そういうことね。一樹さんと同レベルとまでは行かないが、そういった呪文が使える相手が現れたら、人類はなすすべがない。一方的にやられて終わる。
マリアンヌさんのおっしゃるとおり、絶望的な戦力差というやつだ。
「技術の習得には、時間がかかります。一朝一夕で、覆る戦力差ではありません。なのでまずは耐える必要がある。ソレも直接的な殴り合いではなく、そもそもそれを行わない手立てが必要だった。そこ私が作り出したのが、あの巨大魔方陣。向こうからの転移に反応、介入して阻止する。ソレによって、対応する時間を確保しました」
あれはそのためのものだったのか。凄まじいものだと素人目にも分かっていたが、まさか世界を守るシステムだったとは。……あれ? それってつまり。
「俺たち、世界の危機を防いだってこと?」
「よもや社長の……アレ、でそんなことに関わるとはな」
言葉を濁してくれてありがとう。流石にこんな場でばらまかれると俺も辛い。
「はい。おかげさまで世界結界は今も稼働しております。皆様には感謝してもし切れず、改めてお礼申し上げます。……それでは話の続き。壁を作ったのなら次は兵。これは私たちだけではどうしようもないこと。なので各国のトップに秘密裏に話を通し、専門家を育成していただくことになりました。ほかにも魔法についての基本的なレクチャーなどですね。私だけでなく、多くの魔法使いがこれに参加しました」
俺ー! 私ー! という声が外野から聞こえてくる。やっぱりとんでもない人が平然と参加しているな、このマーケット。その最たる人がマリアンヌさんなんだが。
さて、この説明を受けて手を上げる人がいる。ドゥームブレイカーズの、道明さんだ。
「それはつまり、俺たちのような?」
「はい。選定のフォーマット、訓練方法、メンタルケアなどなど。それを各国、および魔法使い達で作成しました。あなたたちの人生に、私が大きく関わっているのは間違いありません。お望みとあらば、刃を抜かれるとよろしいでしょう。おとなしく斬られるわけには、いきませんが」
室内の空気が、重くなった。これは外圧によるものだ。もしマリアンヌさんに害を成せば、彼女を信奉する魔法使いが動く。それ以前に、李飛龍がいる。部屋全体が、彼の間合いだ。本人の立場からしても、確実に止めに入るだろう。
そんな状況で、道明さんは首を横に振った。
「いいえ。そこまでは致しません。貴女の介入がなければ、幼くして人生を終えていた者も身内にいますので」
そう言って、彼は口を閉じた。思うところは多いだろうが、この場で出す気はないらしい。マリアンヌさんは、それを見て頭を下げた。
「ありがとうございます。皆さんの努力により、現状を維持できています。……さて私自身も論理魔術の手引書などを作成し、時間竜の侵攻に備えました。それでも正直申し上げまして、非常に厳しい戦いになると予想しておりました。相手は精鋭、こちらは素人。どれほどの犠牲が出るのかと。そうして予測された開戦日……向こうからの大規模な攻勢は、行われませんでした」
はあ、と大きく息を吐く。眉根にしわを寄せる彼女の顔には苦悩が浮かんでいた。
「前日まで、確かに襲撃を計画し実行しようとしていたのです。そのために費やされた時間も物資も決してブラフではなかった。竜の配下も大変混乱していました。それでも……なぜか、攻撃は中止されました。今もって、理由は不明です。何せもう、死んでしまいましたし」
「死んだ?」
「はい。今から三、四年前。唐突に時間竜の死亡報告が
地球侵攻を企んだ異界の覇王、時間竜クロック・ブラック。果たしていかなる怪物だったのか。そしてそれを殺したのは誰だったのか……。時間、竜……いやそんなまさか。
ふっと思い浮かんだそれを放棄する。話はまだ続いているし。
「話を侵攻中止当時に戻します。ともあれ一度ブレーキを踏んだ以上、もう一度心変わりしたとてすぐには動けません。そこで我々は、防衛のための第二案を実行に移すことにしました。本来であれば、もっと早くにやっておくべきこと。しかし戦争を間近に控えている時にはできなかったこと。すなわち……マナ格差の是正です」
この一言に、社員達の顔が険しくなる。……ここまで聞けば、ある程度は推察できる。これから語られるのは、ダンジョンについてだ。
ふと、苦い表情を浮かべているのが俺たちだけで無いことに気づく。マリアンヌさんもそうだし、周囲の魔法使い達も同じだった。
「当初から、これについては大きな難題として認識していました。あちらのマナをこちらに移す。それ自体はたやすいのです。それこそ、穴を開ければいい。高いところに置いた水槽の底に穴を開ければどうなるか。下に向かって滝のように流れていきます。……しかしその結果何が起きるか。世界は空前絶後の大惨事に見舞われます」
「……具体的には?」
「マナの操作には意思が必要。一人一人の意志は弱くても、一定の方向性を得れば大きな力となる。それにマナが反応すればどうなるか。モンスターが、生まれるのです。どのようなものが発生するかは、土地や意思によって異なるでしょうが……イメージしやすいのは、スペクターでしょうかね?」
絶句する。あれが、地上に溢れる? マナがあればいくらでも増える、物理攻撃無効のクソモンスターが?
「スペクターはほんの一例。信仰の篤い場所なら天使が。治安の悪い場所なら悪魔が沸いて出るかもしれません。もちろんそれは本物ではありません。ですが一匹見れば三十匹。一つの例がSNSで拡散され、新たな個体を生み出すでしょう。その末が、ダンジョンブレイクなど比較にならないモンスターの大氾濫」
「……冗談と、言ってもらえませんか?」
なんとか言葉を絞り出したが、マリアンヌさんは神妙な表情で首を横に振る。
「入川社長。残念ながら事実だ。ついでに言わせてもらえば、ここまでの話も俺の知るとおりだ。李家の名誉にかけて、保証する」
飛龍氏のフォローが入る。発言の保証ができたことで、葬式の場かと思うほど空気が重くなった。素晴らしい料理が未だテーブルの上に並んでいるのだが、食欲が失せるレベル。
マナがあふれたら、地上がダンジョン以上の魔境になる? それはもう、文明崩壊とか言う話に繋がりそうで背筋が震える。そしてそれ以上に、あの夢を思い出す。円錐塔の夢。世界中の人が見た、怪物による蹂躙の悪夢。
俺は一度しか見ていないが、それでもあのリアルさは脳に焼き付いている。だからこそ、余計にその恐怖を感じてしまうわけで。
「向こう側の侵攻が本格化した場合、やっぱりそれが起きますかね?」
「時間竜の計画を調べたところによれば、最初からその予定だったようです。……ほかの蛮王、覇王が侵攻を企んだ場合、同じ手法を高確率でとると思われます。こちらを混乱させるのに、これ以上無い手段ですからね」
俺は残っていたビールを飲み干して、おかわりを注文した。いつもよりペースが早い。でも飲む。飲まないとやっていられない。
社員達もそんな感じである。……好きな人を助けに行ったら! 世界滅亡の危機を救っていたとか! 飲み込めるか! と、叫びたい気持ちで一杯である。さっきよりも衝撃が強いのは、イメージできた被害範囲の違いだろうか。
前のは戦争だろうな、と感じた。今回のはバイオハザードである。どこにも逃げ場無し。どうしろってんだよ本当。……そしてふと、思いついたことを吐き出す。
「いままで皆さん、こんな重い事実を背負っていらっしゃったんです?」
そう尋ねるとマリアンヌさんはじめ外部の皆様方はそれぞれを見合い、苦笑を浮かべた。
「お察しの通り、最初の頃は私たちも事実の重さに苦悩しました。しかし人間、何事にも慣れるもの。対策のために忙しくしていれば、気も紛れましたし」
「老師ほどのお方であればそうだろう。俺などは若い頃に聞かされて、ずいぶん眠れぬ日々を過ごしたものよ。己を顧みるいい機会ではあったが」
俺はどうだった。嘘つけ貴様はこうだった。お前こそ……といったやりとりが聞こえてくる。陽気に振る舞っているが、とてもそんな風に片付けられる話ではないだろうに。強がっているだけなのか、はたまた言葉通り年月で慣れたのか。
ここの魔法使いだけに留まらず、裏側から世界の危機を防いだ人々は多いのだろう。隠されていたこととはいえ、知らずに過ごしてきたというのはなんとも申し訳なく感じた。
「話を戻させていただきます。……かような理由により、安易な方法でマナを移動させるわけにはいきませんでした。安全な方法を模索し論議を重ねた結果、私たちが出した結論は『物質への固定』でした」
首をかしげる俺。しかしマリアンヌさんは俺たちの反応を予測していたようだ。手を軽く振ると、次々と幻を浮かべてみせる。そしてそれは見慣れたものだった。
「こけ玉、ビッグアント、ケイブチキン……ダンジョンモンスター。それから数々のマジックアイテム。あらかじめ方向性を与えておけば、予測外の変化は起きようが無い。……実際には多少なりとも漏れはありますが、大混乱には至らないというのが我々の予測となります」
「……つまり、ダンジョンの作られた目的とは」
「はい。安全な……失礼、妥協できるレベルの危険性でできるマナ格差の是正。そのために私はダンジョンを世界中に配置しました」
そこまで聞き終えて、俺は視線を移した。ダンジョン発生により人生に狂いが生じた男。黄田流。そしてその両親である憲兵と陽子さんへ。
三人とも、口を閉じて下を向いている。思うところがあると、これ以上も無くはっきり態度で見せてくれている。そのままにはできない。
「リュー。ちょっと本音言って見ろ」
「……いや、そりゃ無理っすよ社長。俺だって空気読みますよ」
「いいから。俺が許す。周囲のお偉いさん方にも、何も言わせないさ」
言ってきたら、全力で抗う覚悟がある。場合によっては土下座もする。なのでコイツには本音を言ってほしい。ダンジョンに人生をゆがめられた一般人、という立場にいるのはこの場で黄田一家だけだ。
道明さんたちや、勝則たちもそれぞれ言いたいことはあるだろう。だけどおそらくマリアンヌさんが、そして魔法使い達が聞きたいのはこの三人の言葉だと思うのだ。
流はしばし口をへの字にしていたが、やがてそれを開いた。
「まあ……そりゃ思いますよ? いい迷惑だ。何で俺らを巻き込んだ。よそでやれ。理屈抜きで、そういう感情はあるっすよ。……でもソレを言う資格、ないっすもん俺ら。だって社長に、先輩にダンジョン押しつけたの、俺ですもん」
「いや、元は私が管理者で。乗ってしまった責任は私に」
「親父は黙ってて!」
言い合う親子。チラリと見渡せば、事を企てた側にいる人々が神妙な顔で聞いている。罪の意識はある、と。ふーむ。じゃあ、まあ、落とし所は見えたな。
「そもそもダンジョンが無ければこんなことにはなら無かった、という話はしないのか?」
「せんぱーい……そりゃーたしかに、そーかもしれませんけど。そんなの言い出したらキリないじゃないっすか。第一ダンジョンが無かったら、っていうか魔女さんが頑張ってくれなかったらあのドラゴンや鬼がわんさかこっちに来たんでしょ? あの円錐塔の夢みたいに」
「まあ、そういう話だな」
「結局人生オジャンになるじゃーん、って話っすよ。それも、十年早く。だからまあ本当、言えないっすよね文句。逆に感謝しなきゃいけないくらい」
「だよな。……じゃあ、それでいこうか。ミナカタ社、社員一同、起立!」
俺が気合いを入れて吠えれば、一同がなんだなんだと面食らいつつも席を立つ。酒が入ってるからちょっとふらついているのもいるが、概ね大丈夫そうだ。
「えー民衆を代表する立場でもないし、善悪正負を決めれる訳でもございません。ですので、ただ一人の人間として受けたご恩に対してお礼申し上げます。マリアンヌさん、並びに魔法使いの皆々様の働きにより今こうして生きていられています。ありがとうございます!」
「「「ありがとうございます!!!」」」
この人達の罪を罰することは誰にもできない。正しく法に照らし合わせ……なんてのも無理。多分どこの国もやってくれない。何せ、その国家が共犯者だから。これで、恥も外聞も無い無法者であれば、また色々違っただろう。
だけどこの人達はそうじゃない。だからそ、裁かれぬ罪で苦しんでいる。ソレも一つの罰であると思う。俺たちが口汚く罵った程度で、ソレが軽くなるわけじゃ無い。むしろ傷を増やすだけだろう。
なので、礼を言う。罰を望む人々にとっては辛いことだろう。だけど幾分かの、慰めになるのではないか。そうあってほしいと、頭を下げた。
魔法使い達の表情は、様々だった。驚き、渋面、苦笑い。そして少しだけの安堵。色々思うところがあるだろう。各々で、消化していただくしか無い。
そしてマリアンヌさんは。
「……まあ、なんて厳しいお言葉。長く生きてきましたが、これほど心に刺さるお礼は初めて。ですが、はい。確かに、お礼ちょうだい致しました」
少しだけ浮かんだ涙を拭い、そう述べた。その顔には少しだけ、笑みがあった。……ヨシ!
「はい、それじゃあ一通りの説明も終わったし……飲むぞお前らーーー!」
「「「おおおーーー!!!」」」
「世界の危機とか! 真実とか! 異世界とか! そろそろおなかいっぱいだ! 胸にもつかえる! 酒飲んで流し込めー!」
「「「おおおーーー!!!」」」
「はい、シャチョー!」
流から渡されたのは、なみなみとビールが注がれたジョッキ。よろしい、やろう。
「ハイ! のーんで飲んで飲んで、のーんで飲んで飲んで、のーんで飲んで飲んで、社長!」
軽快なコールに乗って一気飲み。昔はよくやったなあ。社会人になって全然できなくなった。……しかし、ハンターとして鍛えたこの体を無駄に使えば!
「ぷはーーーっ!」
「お見事ーーー!」
拍手喝采雨あられ。いやあ、気分が良い。その後は場が一気に宴会モードに突入した。社員だろうと魔法使いだろうとお構いなし。飲んで食べてどんちゃん騒ぎ。酒が回れば、ハウルボア肉の衝撃もそれほどではなくなる。美味しさそのままで、どんどん食べられる。明日大変なことになりそうだけど。
見回せば、皆が楽しそうに笑っている。マリアンヌさんは……いろんな人に囲まれているな。
「質問です! 地下十階から離れて大丈夫なんですか!」
「結界のメンテナンスは必要ですけど、常駐しなきゃいけないわけじゃないんですよ。あそこにいた最大の理由は、世界中に放った使い魔をコントロールするためでしたから」
「使い魔でダンジョン管理のフォローをされていたようですが、もう止めてしまうのですか?」
「今回のような事態がまた起きた場合、今度こそ世界結界に致命的な問題が起きかねません。今後は別のアプローチ、私が直接動く以外の方法でフォローをしていきたいと考えています」
「蛮王、覇王はこれからも地球に侵略してくるでしょうか?」
「地球が蛮族の楽園にとって極めて魅力的な土地である以上、脅威はあると考えるべきです。これから先、結界を超えてくる蛮王は増えるでしょう。各国に改めて注意を促すべきかと」
……すごい人気ぶりである。うちの社員もいるが、それ以上に魔法使いのみなさんに。大魔導師なんて肩書きもってるもんな。そっち側の人たちにとっても、重要人物なのだろう。
そう思って眺めていたら、ふらふらニヤニヤと寄ってくる男二人。
「シャッチョー。そろそろ、メインイベントの時間じゃないっすかー?」
「我々はー、報酬の支払いをー、要求するー!」