【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
第92話 パーティ-タイム
かかげられたグラスの中で、ワインが緩やかに踊る。
「それでは皆様、今宵の出会いを祝しまして……乾杯」
「「「乾杯」」」
集まった紳士淑女が、騒ぐことなく唱和に応じる。ホールの天井からは照明の輝きが降り注ぎ、磨き上げられた調度品がそれを反射する。それらが着飾った参加者をさらに照らし、ここを特別な場であると演出させる。
パーティー会場が煌びやかなのは、理由あってのものなのだなと理解する。俺、
全身に筋肉が付いた結果なのだが……ワイシャツの時点でダメだった。胸元のボタンを無理矢理入れたのだが、千切れそうになってしまった。いわゆるパッツンパッツンというやつ。
そんな状態なので今までの背広は廃棄した。そもそも、パーティに使用できるほどの品ではなかった。なので今回用のそれと同時に、普段使いのものまで一通り買いそろえる羽目になった。一人で良かったのに、皆付いてきて大変だった……閑話休題。
とはいえ、いくら筋肉が付いても俺の外見に大きな変更はない。165cmの背丈に、平凡な顔。同年代の男性を十人集めれば一人二人は似たようなのが居る。そんな一般人である。ブランド物のスーツも、欠点を補ったりはしない。注目を集めるなんて事は無いのだ。
しかし。
「すっげえ……」
「でっ……」
「嘘でしょ。なにあれ」
男女問わず、衆目を集めている。その理由は当然、俺では無い。左側からそっと寄り添っていらっしゃる、絶世の美女が原因だ。
エキゾチックな美貌はそれだけで人目を集めるのは十分。すらりと伸びた手足に、きゅっと締まったウェスト。バストとヒップは魅惑的な豊満さ。身に纏う黒色のドレスは、胸元が大きく開いた特注品。そして止めとばかりに下品にならない程度に身につけた宝飾品の数々。
大粒の宝石で飾られたネックレス。これまた宝石が輝く指輪がいくつか。イヤリングだってキラキラ光る。本人曰く、色々控えたらしいが結果はご覧の通り。すっかりパーティーの主役となっている。
まあ、役者が違うのだからしょうがない。日本経済を牽引するハンターカンパニー、その上位層が招待されたこのパーティ。凡人はいないし、頭抜けた者もそこそこいるだろう。だけどソレでは足りない。偉大なる大魔導師。マリアンヌ・ヴァルニカには届かない。
薄く微笑む彼女の隣に立っていると、他の人々の表情がよく見える。驚き、嫉妬、興味。スケベ心を隠しきれないのがそこそこ居る。さもありなん。
そして、俺にははっきりと猜疑心の混じった視線が向けられる。こちらもまた無理からぬ事。こんな美女の横に、平凡な男が立っているのだから。コイツ一体何者だ? 立場をわきまえろと言いたくなるのも当然のこと。
ため息をつきたいが、ぐっと我慢する。マリアンヌさんには聞かれたくない。代わりに、手元にあったワイングラスを傾ける。
口に含めば、芳醇な香りがたちまち鼻孔をくすぐる。飲み込めば、ソレと一緒にアルコールが喉を流れ落ちて行くのが分かる。
「いいワインですね、社長」
マリアンヌさんもグラスのなかのそれを堪能している。その仕草は実に絵になっていた。
「……俺にはもったいないくらいですよ」
素直な感想を返す。俺はワインをあまり口にしない。晩酌や社員達と飲む場合、ビール、日本酒、焼酎などが主となる。飲めや唄えやどんちゃん騒ぎが主な目的なのだから、こじゃれたワインを選ぶ理由がない。酔って騒げれば良いのだから。
なのでこの渋さにはなかなか慣れない。味の良さを分かる日はいつになるのやら。
「失礼。お話しさせていただいてもよろしいか?」
俺たちの会話を遮るように、一人の男が声をかけてきた。不快感よりも驚きが勝った。マリアンヌさんの美貌に気後れすることなく前に出てきたのだから。
背の高い男だった。最低限運動はしているようで、筋肉が足りていないという印象は受けない。年の頃は三十五くらい。自信と気迫が、ハンサムな顔にもにじみ出ている。シワもほつれも見当たらない、真新しいスーツがエリートサラリーマンっぽさを醸し出している。多分実際にそうなんだろうな。
その後ろには俺より一つか二つ、年上のイケメンが控えていた。こっちはまるでホストのような格好。彼の視線は、思いっきりマリアンヌさんの胸へと向けられていた。……すぞ。は、いかん。殺気を抑えねば。
「はい。弊社社長にどのようなご用件でしょうか?」
でもってマリアンヌさん。自分に突撃してきたハンサムを、こっちへパスしてきた。相手としてはたまったものじゃないだろう。実際、毒気を抜かれたかのような顔をしている。
美女と話したいのに、その隣の添え物など用はない。でも相手が社長となれば無視もできない。このパーティは、業界の交流を目的として開かれているのだから。
「……これは、失礼しました。初めまして、アサナギインダストリーの
アサナギインダストリー。重工業を主とする大企業だ。本拠地は名古屋で、主な取引先は国内自動車メーカーや建築系。テレビ番組のスポンサーだってやってる、有名大企業だ。それがダンジョンに手を出している。
参入時に記者会見が開かれ、そこで語られた理由は二つ。一つは未来のため。ダンジョンで見つかる未知の鉱物。これを入手、研究し技術発展に役立てる。アサナギは金属原材料なら国内指折りの大企業。まあ分かる話である。
もう一つは切実なものだった。自社工場敷地内に、ダンジョンができてしまったとのこと。野球場が何個も入るような広大な敷地だ。広ければ広いほど、当たりを引く可能性はある。
こうして、本来なら絶対に参入しないような企業がダンジョンカンパニーとなった。これが数年前、東京でハンターの騒乱がピークになっていた頃のこと。
現在のアサナギは、ダンジョンカンパニーとして
十分な管理ができている地域などほとんど無い。この事業には大きな需要があった。瞬く間に規模は拡大し、この分野では東日本トップとなっている。
そんな有名所が、マリアンヌさんの美貌で釣れた。彼女のすごさと男の
「これはご丁寧に。ダンジョン屋ミナカタの入川春夫です。こちらは秘書のヴァルニカ」
俺が名乗った途端、川那部さんの後ろに控えているイケメンの表情が変わった。さっきまでこちらにはかけらも興味が無いといった風だったのに。……俺を知っている? まさかな。少なくともこっちに覚えはない。
「初めまして。マリアンヌ・ヴァルニカでございます」
「どうも。……不勉強で申し訳ありません。御社のお名前は初めて伺ったのですが」
大企業のハンサムは、笑顔の中の困惑を隠しきれていない。聞いたこともない会社の冴えない社長が、絶世の美女を侍らせている。誰だってそうなる。俺だってそうなる。脇で聞いてるほかの連中も似た表情になってる。
それはそれとして、普通に対応する。だって俺、社会人だし。
「ああはい、お気になさらず。まだ立ち上げて一年経っておりませんので、名が通ってないのも当然です。今回は……」
「入川社長、こちらでしたか。ああ、どうも川那部さん。こんばんは」
横から入ってきたのは、ハンサムと同じ年代の男性。スーツを隙無く着こなした彼の名は
昨年の秋、稲村貿易の
ともあれ約束の通りマジックアイテムの委託販売について、業務提携を結ぶ運びとなった。手数料を支払ってもなお、国に売るより高い利益が見込める。代わりに時間がかかるのだが、ためらいを覚えるほどではない。ほかで賃金と経費をまかなえる利益を出しているからな。
さてそんな訳で、相手側の窓口である竹花さんとはそこそこ良い関係を築きつつある。……きっかけである一樹さんは全然関わってこないのが若干気になるが。竹花さんに話を振っても言葉を濁されるし。やはり辞めた会社の関係者だから、色々思うところがあるんだろうか。
それはさておき。『日本のダンジョンカンパニー大手が集まるパーティが開かれる。一緒にどうですか』という連絡が先週、彼からもたらされた。正直、悩んだ。それ自体は知っていたが、参加を辞退しようと思っていたのだ。
人はひとりでは生きていけない。会社も単独ではやっていけない。横のつながりは必要だ。……しかしだからといって、顔見知りになれれば何でもいいというわけではない。出会いが全て素晴らしいものであるのなら、人間関係のトラブルなどという言葉はこの世に無いのだから。
ダンジョンカンパニーの知り合いを増やして、一体何のメリットがあるのか。我が社は今のところ、順調にやっている。新しいプロジェクトの話もある。新人のアテも(素晴らしいことに!)ついている。経営状態についても言わずもがな。
手を広げてタスクを増やすくらいなら、無理につながりを増やすこともないのでは。そんな風にも考え、お断りの連絡をしようと思っていた。
気持ちが切り替わったのは、あの人の言葉を思い出したから。もっと目立てよ。そんなんだから舐められるんだよ……未だ記憶に新しい思い出。
確かに一理あると思ったのだ。前回はなんとかしのげたが、次はどうなるか分からない。だったらそれを回避するための努力をするべきでは無いのか。少しは知名度を上げるべきでは無いのか。
そう思い至った俺は皆と相談の上、今回の食事会の参加を決めた。皆、概ね賛成してくれた。特に強く勧めてくれたのはダニエラさんの旦那である
『たとえどれだけ面倒な相手であっても、顔を知らないよりはいいよ。全く分からないところから殴られるのが一番危ないんだから』
ともすればダンジョンでの注意事項にも取れるが、間違いなくビジネスの話である。トラブルへの気構えという点では同じだが……いや、この辺で止しておこう。
そんなわけで俺はマリアンヌさんを伴って、東京へとやってきた。一人でもよかったのだが、社員達(特にハガクレ組)が同行者を連れて行けと猛プッシュしてきたのだ。曰く、社長はなにかとトラブルと遭遇しやすいからとのこと。
なんでじゃ、そんなことないやろ……と反論したのだが。
『ダンジョン付き一軒家をうっかり購入。日本で年に一回レベルのイレギュラーモンスターの発生。ベテランハンターとの偶然の接触。ダンジョンブレイクの対処でボスモンスターに殺されかける。さらに断神にうっかりずんばらりされかける。……去年の半分だけでもこれです。秋冬も数えますか?』
『私が間違っておりました』
ぐうの音も出なかった。我ながら、昨年はどうかしていたと思う。ここまで悪いのは去年だけ、と言い切れればいいのだが……先のことは分からない。備えは大げさなくらいで丁度良い。そんなわけで俺は、同行者……というよりボディガードを連れていくことに了承した。
で、人選が結構揉めた。主にハガクレ組の自薦で。ありがたいことだったが……どうにもあれ、仲間内の競争もあったようだ。連中のモチベーションだし、ほかに悪い影響もないからそのままにしているけど。
で、次々ハガクレ組が立候補する中に混じって手を上げたのがマリアンヌさん。
『新参者が出しゃばるのも恐縮ですが、立候補したいと思います。パーティには慣れていますし、何よりいざというときの対応には自信があります』
ほかの立候補者が、まるでしおれたホウレンソウのようになった。圧倒的実力者がエントリーしてきたのだ、こうもなる。実際、彼女に肩を並べられるのは一樹さんくらいなものだ。そんな彼はこの状況で口を閉じている。となればもう、決まったようなものだった。
こうして、俺はマリアンヌさんを連れて東京へと向かうことになった。……二人きりで。いや、気づいたときは緊張を覚えたというか頭を抱えたというか。
デートのようなことは何度かさせて貰っているが、今回は仕事だ。これまた、いつもとは違うと言うことで自分の振るまいに不安を覚える。とはいえどうしようもないので、せいぜい間抜けな事をしないように気をつけるくらいしかできないのだが。
さてせっかく東京に足を運んだのに、パーティに出席するだけで帰るのでは味気ない。竹花さんの誘いもあったので、俺たちは稲村貿易の本社ビルにお邪魔した。流石は大企業、でっかいビルがオフィス街に堂々と鎮座していた。
そこでダンジョン関連のオフィスやらハンターのトレーニングルームなどを見せてもらった。うん、とてもイメージ通りだったよ。
革靴で歩くと堅い反響音の響く廊下。汚れ一つ無い窓。広く明るいオフィス。パーテーションで区切られた事務スペース。いくつもある会議室……。大学に送られてくる企業パンフレットの通りの光景が広がっていた。
こんなところで働きたかったなあと、大学時代の俺が胸の中でぼやくほど。実際働けば、相応の苦労があるのだろうと分かっていても、憧れというものはある。
そんな反面、ハンターの方はぱっとしなかった。スポーツジムっぽい場所はあった。訓練用の武器防具が並んでいたのは一般的なそれとの差異だったが、それだけ。人も設備も目新しさがなかった。
俺たちよりもダンジョンの経歴が長いはずなのだが……凄みがない。三郎くん一人突っ込めば、全員蹴散らせるのではないか。実際やってみれば楽なものじゃないだろうけど、そう思えてしまったのだから仕方が無い。
二時間ほど見学させて貰った後に、一旦お暇。予約していたビジネスホテルにチェックイン(もちろん、部屋は別だ!)。パーティ用の衣服に着替え、夜になって指定されたホテルに集合。そして今に至るというわけだ。
「どうも、竹花さん。……こちらの方をご存じで?」
顔見知りが来てほっとしたのだろう。情報を得ようと少し声を大きくして問いかける。
「ええ、もちろん。我が社の重要な取引先です。大変お世話になっているんですよ」
「……稲村貿易さんと。ということは、マジックアイテムを?」
「はい。いくつか大きな値段が付きそうなものを、お預かりしてますね」
「なる、ほど……」
と、口には出しているが顔に納得できていないという感情が現れている。自分で言うのも何だが、二十代半ばで社長。稲村貿易と大きな取引。隣に絶世の美女。何かの冗談では、と疑うのも当然だと思う。
これで、先代から会社を受け継ぎました、というのであればまだ多少はあり得ただろう。親が凄かったと言うだけで片が付く。だけどそれも、さっきの俺の発言で否定される。何をどうすれば、こんなことになるのか。彼は理解に苦しんでいる。
いやまあ、確かに去年の俺……俺たちはどうかしていた。運命とか偶然とか、そういう奴が。パチンコやパチスロだったら、一体何回大当たりしてるんだろうね。いや、やったことないけど。ゲーセンのしか知らない。
そんな話をしていると会場が若干、騒がしさを増した。俺たちに集まっていた視線が、別方向へと向けられる。そちらに振り向く前に、優しい声で話しかけられた。
「こんばんは。早速お話が弾んでいるようで、パーティを開いた甲斐がありましたわ」
「
川那部さんが、輝かんばかりの笑顔を向ける。振り向けば、そこにはうら若き乙女の姿があった。腰まで流れるつややかな髪。春をイメージしたのか、薄桃色のドレスに包まれたスタイルの良い身体。身長は……俺よりちょっと高い。169cmくらいか。
最近は美人を見る機会が多いのだが、その中でも間違いなく上位層。立ち姿、振る舞いの品の良さはトップだと断言できる。
「竜宮代表! 今夜はお招きいただき……」
「いつも弊社とお取引いただきありがとうございます。今後とも……」
「ちょっと、押さないでください。挨拶ができない……」
たちまち、代表と呼ばれた女性は集まってきた人々に囲まれてしまう。先ほど本人の言葉にあったとおり、このパーティを開いたのは彼女だ。招かれた客は、挨拶するのは礼儀だ。しかしそれ以上の熱気があるのは、彼女の立場故である。
「凄い人気ですね」
俺とマリアンヌさんは、押し寄せる人の波によって押し流された。あっという間に竜宮さんを囲む輪から追い出され、壁際に避難する。
「竜宮グループは西日本を代表するハンターカンパニーですからね。当然でしょう」
着飾った男女による挨拶攻勢を笑顔で対応する彼女を見ながら、そう答える。
竜宮グループは、西日本に拠点を置くダンジョンカンパニーだ。十年前から頭角を現し、最近では名古屋から向こう側で比肩しうる会社はいないとまで言われるまでになった。その組織の代表が、大学を出たばかりの彼女である。
冗談のようだが本当の話。流石に未成年だった頃は代理人が色々やっていたらしいが、今は彼女が取り仕切っている。ビジネス誌でもよく表紙を飾っている。……話題性と見目、果たしてどちらが目的やら。
なお竜宮グループの母体は海運業である。他には警備、運送、アウトレットモール経営など手広くやっている。ダンジョン業はその中の一つである。
そんな関西の巨人が、わざわざ業界人集めてパーティを開いた。大事件、といっていいだろう。招かれなければ入ることのできないここに、一体どれだけ来たい人間がいたのやら。
「あ、ここにいらっしゃいましたか。自分も押し出されてしまいましたよ」
「お疲れ様です」
苦笑いを浮かべてやってくる竹花さんを、同じ表情で迎える。
「しかしまあ、凄い人気……って言っていいんですかね?」
「内情は、色々でしょうね。特に川那部さん辺りなんかは複雑でしょう」
「ライバルが東京に手を伸ばしてきたと、そう考えている?」
「この状況でのんきに構えているようなのは、ビジネスマン失格でしょう」
そう。竜宮グループもまた、ダンジョン管理代行業を手がけているのだ。西と東、棲み分けしていたライバルが越境してきた。まあ、気を張るのは当然だろう。
「今までは武闘派がいましたけど、これからは自分たちが矢面に立たなければいけませんからね。その分の利益も上げているでしょうけど」
「人員も増強されたはずですしね。地王カンパニーから流れたのが」
ここに居る大半の業界人はこう考えているだろう。今回の竜宮グループの動きの原因は、かのカンパニーの消滅が原因ではないか、と。多分、一因ではあると思う。関東でも指折りの組織だったのだから。
それが居なくなって、混乱中の東京に、西のトップが乗り込んできた。ご覧の通りの大騒ぎ。うーん、端から見てるとドラマみたいだな。
「よう、そこの社長さん。ちょっといいか?」