【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
「はい? おや、貴方は川那部さんの……」
ふらりとやってきたのは、あのハンサムの後ろにいた男。改めて見ても、俺の記憶の中に彼の姿はない。顔は間違いなく良い。背も高く、185cmはあるだろう。いろいろ慣れているらしく、周囲に三名も女性を侍らせている。
これはほとんど勘なのだが、多分彼はハンターだ。軽薄だが、立ち姿に隙が無い。重心にぶれがないのだ。……とはいえ印象は、正直悪い。すがめた目、薄笑い、そして声。こちらを侮っているというのを隠そうともしていない。
「あんたさ、入川ってんだろ?
「衛さん、ですか? んんん……?」
唐突な質問に首をかしげる。親父ではない。親戚のおじさんたちでもない。となれば子供や孫だけど……。
「年齢は、どのくらいです?」
「俺とタメ」
血縁者でその年代なら、確実に知っているはず。でも記憶にないってことは、親戚ではない……いや、どっかで聞いたような? でも、気のせいかもしれない。はっきり思い出せないし、不確かなことは答えない方がいいだろう。
「んんん……すみません、覚えがないですね」
「あっそ、んじゃいいや。そっちのおねーさん、俺らと遊ばない?」
あっさりと俺への興味を失った模様で、今度はマリアンヌさんへ粉をかけ始めた。……すぞ。は、だからいかんのだって。やるなら人の居ないところで。
俺が再び殺意を抑える最中、マリアンヌさんは動じることなく笑顔で応対する。
「申し訳ありません。本日は仕事で参加させていただいていますので、ご遠慮させていただきます」
この返答に、相手はあからさまに機嫌を損ねた。鼻の頭に皺を浮かべて、舌打ちをする。
「……冗談でしょ? そんな冴えないヤツに付きそう仕事よりさ、俺の方に来る方が絶対いいでしょ。見比べてよ。いや、比べるまでもないんだけどさあ」
余裕のふりをしているのだが、顔と態度が真逆になっている。断られたのがよほど気に食わなかったようだ。そんなイラだった様子を目の前にしても、彼女は全く気にしていない。ソレがさらに相手の機嫌を損ねた。
「ねえ、分かるでしょ? あんたみたいな美人はさ、俺ぐらいじゃないと釣り合わないって。その田舎社長なんて、隣に居るだけで惨めになるんじゃねえの?」
流石に頭に血が上った。いやまあ、こいつの振るまいは一から十まで腹立たしいがこれはきつい。なんせ図星だ。釣り合いが取れていないなんて、言われるまでもなく自覚している。男の周囲に居る連中も、笑ってくるからたまらない。それでも一応、社会人としての節度を保つ。身体が震えるのは、止められなかったけど。
そんな風に怒り心頭となった俺の隣で、空気が変わった。物理的なものではない。ほんの数秒前まで、理想的な秘書を演じていたマリアンヌさんが、それをやめたのだ。
「あら、そうですか。そんなに外見が大事なら、ちょっと鏡をご覧なさいな。ほら、この通り」
魔女が己のバッグから手鏡(いわゆるコンパクト)を取り出して男へ向ける。するとそこに映し出されたのは、人ではなかった。顔は毛まみれ。耳は大きく、鼻も前方へとせり出している。どことなく人相が悪く彼の要素が残っているが、一言で表せば鼠人間と言うべき姿だった。
「…………は?」
信じられず、思わず男は己の手を見る。これまた人ものではない、長い爪のはえたそれが目に映る。呼吸が荒くなる。周囲に視線を移せば、己に驚愕の表情を向ける者ばかり。先ほどまで侍っていた女性達も、距離を置いて怯えている。
「おい、おい! なんだよこれ!?」
「はいはい、そんなに大きな声を上げなくても聞こえていますよ」
などというマリアンヌさんも、その姿を変えていた。声の質もちがう。それはそうだ、何せすっかりお婆ちゃんになっているのだから。
「……わお、びっくり」
艶やかだった装いも、外見年齢に見合ったおとなしいものに。理想的な歳の重ね方をした、穏やかな表情の老婆がそこにいた。
「ふふ。こんなお婆ちゃんになっても、一緒に居てくださいます?」
茶目っ気のある笑みを浮かべながら、未来の姿でマリアンヌさんが問うてくる。
「もちろん。末永くよろしくおねがいします。最高にチャーミングですよ、マリアンヌさん」
お世辞抜きの本心で答えた。彼女は目を丸くして、先ほどとは違う笑みを浮かべた。
「あらやだ、顔が赤くなっちゃうわ」
「てめえら、ふざけてるんじゃねえ……ギャッ!?」
そんな俺たちのやりとりが、よほど腹立たしかったのだろう。我慢できないとばかりに、鼠人間がこちらに突進しようとする。が、バランスを崩してすっ転んだ。人の身体とは色々違うだろうから、なって当然の結果なのだろう。
疑問を覚えて魔女に尋ねる。
「マリアンヌさん。これって本当に変身しているんですか?」
「いえいえまさか。流石に完全な変化はこんなに軽々しくできません。ちょっと強めの幻で、本人の感覚も惑わせているだけです」
「へー。じゃあ、俺も何かに変われますか?」
「リクエストはございます?」
「ゴリラで」
犬とゴリラ。どちらが好きかと言われると悩むくらいにゴリラには特別な思い入れがある。子供の頃、初めて祖父母に動物園に連れて行ってもらった。そこでゴリラの大きさと力強さに衝撃を覚えたのを今でも覚えている。そのとき買って貰った人形、今でも持ってるからな。
そんなことを思っていると、身体に違和感を覚えた。多分そうなのだろうと思い手を広げてみれば、これまたデカイ。ちょっと腕を曲げてみれば、ちょっとした柱みたいな太さになっていた。なお、服装は替わらない。今の俺は、背広を着たゴリラである。森の賢人が、場にふさわしい装いをしていると。
「マリアンヌさん、これカメラに写るんです?」
「もちろん。撮りましょうか。はい、チーズ」
「ウホッ!」
スマホで写したそれを、見せて貰う。おお、俺がゴリラになってる。……普段よりイケメンな気がするなあ。これがゴリラ効果か。
「あら、楽しそうなことになっていますのね」
そこへ、ぞろぞろと人を引き連れてやってきたのは竜宮代表だった。というか、ホールの視線はいつの間にか俺たちに集中していた。まあ、こんなファンタジックなことしていればそうなるか。
「
その中から一歩前へ出てきたのは、川那部さん。その表情は極めて硬い。
「部長、これはこいつらが! 俺をこんな姿に……」
「いいから立ちなさい。あと、姿はもう元に戻っているよ」
「え……く、クソッ!」
若さを取り戻した迎と呼ばれたハンターが慌てて立ち上がる。スーツについたわずかな毛ホコリを手で払うと、改めて凄い形相でこちらを睨んでくる。しかし彼が口を開く前に、川那部さんがこちらに頭を下げてきた。
「我が社のハンターが失礼しました。こちらで、強く言っておきますので」
「よろしくおねがいします。まあ、ここで騒いだら今度はもっと別なものに変身していただくだけですが。ねえ、マリアンヌさん?」
「今度は可愛い動物とかが良いですかねえ?」
「ははは……お手柔らかに」
ハンサムエリートも、未知の魔法には苦笑いを浮かべるしかないようだ。たとえ魔法が無くても、彼の立場ならそうだろう。自分の所のハンターが、よその社員にちょっかいかけて騒ぎを起こした。それをこっちはちょっとしたいたずら程度で事を納めたのだ。ここで横柄な態度を取ったら、それこそ会社の看板に泥を塗る。
俺としてもそれは一緒だ。正直ぶん殴りたくて仕方が無かったが、パーティを台無しにするわけには行かない。マリアンヌさんが面白いことをしてくれて本当に助かった。
「さて皆様。どうぞテーブルまで足をお運びください。是非召し上がっていただきたい食材が到着致しましたので」
いつの間にか、ホテルのスタッフによっていくつもの皿が運び込まれていた。西洋料理でよく見る、あの銀の蓋がされたやつだ。なんて言ったかな……思い出した、クローシュだ。
竜宮代表に促された一同は、恐る恐るといった足取りでテーブルに近づく。そして、蓋をされてなお漂ってくる香りに食欲を刺激される。……ああ、あれか。
スタッフが、一斉にクローシュを持ち上げる。暴力的と表現するしかない、焼けた肉の臭いが一気に広がる。
「うわ、なんだこれ凄い!」
「ハウルボアだ! この臭いは間違いない!」
「はい、その通りです。今日は仕入れたばかりのハウルボアを、ハンバーグにしていただきました。皆様どうぞご賞味ください」
銀色の皿に乗っていたのは、一口サイズのハンバーグ。パーティだから、食べやすいサイズにしたんだろうな。ここに集まっているのは、誰もが大人。しかも会社でそれなりに立場のある人たちだ。パーティで出された食べ物に群がるなんて、普通はしない。
しかしこればかりは話が違った。我先にと、フォーク片手にハンバーグへ突撃する。たまらん香りがするからな、ハウルボアは。
「美味しいーーー!」
「噛めば噛むほど味が、旨味が!」
「ご飯がほしい……たらふく食べたい……」
次々と感激の声が聞こえてくる。気になるが、各テーブルは人だかりができている。とてもではないが近づけそうにない。
「はい社長。お口を開けてくださいな」
香りと声に振り向けば、そこにはフォークに刺されたハンバーグ。元の姿に戻ったマリアンヌさんが笑顔で差し出してくださっている。
「え、ええと。流石にフォークをいただければ」
「そのお手々では、難しいのでは?」
言われて手を見れば、ゴリラのままだ。これをやっているのは彼女なわけで。解除しようと思えば即座にできるはず。ソレこそさっきのハンターのように。でもそうしていないのは……まあ、いいか。恥ずかしいが、今はゴリラだ。素でやるよりは色々ごまかせる、はず!
「あ、あーん」
放り込まれたハンバーグを噛みしめる。ハウルボアの肉の旨味が、たちまち口いっぱいに広がる。味と一緒に驚きを感じる。ハウルボアの肉というのは味が強すぎる。一口食べるだけで、しばらく何も要らないと思えてしまうほどなのだ。
しかしこのハンバーグは違う。肉の量を最低限だが、それはケチっているということではない。肉の旨味を、ほかの食材で受け止めているのだ。強烈すぎる味をマイルドに調理している。おかげで、十分な満足感を堪能できる。まさしく料理人の技ってヤツだろう。
「これは、凄い」
「本当ですね。是非レシピが知りたいところです」
ハウルボアの味を知っている俺たちは、このように多少落ち着いていられる。ほかの参加者はそうではない。美味いものを食べれば嬉しいもの。嬉しさ楽しさというのはなかなか歯止めがきかない。案の定、大半の参加者達はパーティという枠を超えて食事と酒を楽しみ始めた。
「乾杯ー! こんなにハウルボアの肉を食べられるなんて!」
「ハンバーグにしてるから、それほどの量ではないんじゃ?」
「でも、数は結構あるし……すみません、これって一人いくつまでってルールあります?」
お客からの質問に、スタッフは笑みを浮かべる。
「ご安心ください。竜宮様からは、お客様がお望みになるだけ提供するようにと申し使っています。ハウルボアの肉も、大型冷蔵庫にたっぷりとございます」
「おお、凄い! それじゃあ遠慮無く」
参加者達は、美味に舌鼓を打ちつつ歓談に花を咲かせる。気分がいいから、話も弾んでいるようだ。竜宮グループへの賞賛の声も多い。
俺たちはその騒ぎから一歩離れた所に居るわけだが、輪に加わっていないのがもうひとグループ。川那部さんを筆頭とするアサナギインダストリー関係者だ。流石は業界の大手にいるだけはある。この状況が何を意味しているかを推察したようだ。おかげで美味いものを食べているのにその表情は暗い。
対照的に、竜宮代表の笑顔は輝いている。全ては彼女の書いたストーリーの通りに進行しているのだろう。
「さて皆様、ここで私の新しい友人をご紹介させていただきます。
名前を呼ばれて一歩踏み出した俺は、姿が元に戻っていることに気づいた。マリアンヌさんの方を向けば、ウィンクを返してくる。
そのまま進んで、竜宮代表の隣に立つ。視線が集まるが、緊張は覚えなかった。昨年のいろいろな経験に比べれば、たいしたことじゃない。
「このたび、私どものグループと入川社長の会社とで取引をはじめました。取り扱っているものは、ハウルボアの肉とファングツリーの実。これらを、国内外に販売いたします。今回提供させていただいたお肉も、ミナカタさんから仕入れたものなんですよ」
竜宮代表の説明が終わったところで一礼してみせる。驚愕の声と視線が俺たちへ向けられた。……実は今回のパーティについて、俺たちは事前に知らされていたのだ。ほかならぬこの竜宮代表から。話は少しばかり前、マリアンヌさんを助けてちょっと経った頃にさかのぼる。
崑崙マーケットの行路飯店と契約を結び、解体のめどは立った。後は販路だけと言う状態になったのだが、ここで盛大に躓いた。一般的な販路では流通できなかったのだ……高すぎて。
弾丸サンマが行けるのなら、と楽観視していたのが不味かった。いつもケイブチキンでお世話になっている食肉加工所で『ウチでは無理』と言われてしまい、慌てて余所を当たったがどこからも断られてしまった。
例えるなら、一般車を取り扱う店に『同じ車ならこっちも行けるでしょ?』と高級車の取り扱いを頼むようなもの。我ながら、考え無しにもほどがあった。
崑崙マーケットの伝手を頼るのは躊躇われた。あそこは便利だが、表の世界に出せないものが多々ある。うっかりそれを漏らしたら大惨事だ。責任取れないことはするものではない。
にっちもさっちもいかず、とりあえず手当たり次第ということで稲森貿易の竹花さんに連絡を取った。そのおかげで道が開けたのだが……思い返してみると、やっぱり伝手って大事だな。あの時は本当に頼れる相手の少なさに絶望していたのを覚えている。悪縁であっても繋ぐべきか。
閑話休題。ダメ元で連絡を取ってみたところ、竹花さんは伝手を当たってみるので少々時間をいただくとの返答をくれた。その間、俺も別口でなんとかできないかとあがいてみた。結果、四苦八苦ぶりを見かねた氷川正吉さんがうちに入ってくれる事になったのは正直ラッキーだった。
会社組織についてよく分かっていない、若造だらけの会社なのでこのようなボロが出る。企業で重役をやっていたという経験は、これからの俺たちに必要なものだった。
そんな風にドタバタとしていたところ竹花さんから連絡が入り、紹介されたのが竜宮グループである。……いや、正直最初は耳を疑った。底辺サラリーマンであった頃でさえ、西の大企業の話は耳にしていたのだ。そこと、ウチが取引できると。俺は自分が夢を見ているかと思い、つい小百合に静電気魔法を頼んでしまった。もちろん、とても痛かった。
その後トントン拍子に話が進み、竜宮代表が直接我が社にやってきたりと色々あったがそこまで思い返すと長くなる。ともあれ、そうやってうちは高額食材の出荷ができるようになったというわけである。
「ミナカタさんは独自の方法で、モンスターの可食部位をダンジョンより持ち帰っています。その量は、一般的なハンターカンパニーとは桁違い。毎週、トン単位で出荷が可能となっています」
「トン!? 冗談でしょう!?」
悲鳴じみた声が聞こえてくる。いや、一トンなんてあっというまなのだが。弾丸サンマ、一匹大体200Kg。5匹捕まえてくればソレでおしまい。重量軽減の魔法と、俺含む運搬係が十人ほど居れば一日で軽く3~4トンを超える。
ただまあ、よそ様はこんなに沢山運ばないとも聞くし。疑うのも当然なのかも知れない。そういう意味では竜宮代表も表現を和らげたな。毎日とは言わなかったのだから。
「日本にハンターカンパニーは数あれど、ここまでの出荷量を誇る企業はそうございません。皆々様も、この機会に是非友好を深めてくださいな」
「会社を立ち上げてまだ一年の若輩者です。どうぞよろしくお願いします」
最低限の挨拶で頭を下げる。長々と俺の話を聞きたい人も居ないだろうしね。というかハンバーグ食べ続けたいというのが本音だろう。
一拍遅れてから最初はまばらに、最後には全体から拍手をもらえた。とりあえず受け入れられたという感じかな。そしてそのまま、竜宮代表の作る人の輪の中に入り込む。次々とやってくる他企業の人々。マリアンヌさんや竹花さんがフォローしてくれるおかげで、なんとか対応できた。
そしてふと視線を外へとやれば、剣呑な視線が俺に向けられていることに気づく。アサナギインダストリーの二人とその取り巻き。特に川那部さんと品のないハンター……迎といったかな?
このパーティで、俺は沢山の同業者と知り合いになれた。同時に、新しい敵も得てしまったようだ。まあ、これが顔が売れるということなのだろう。男子家を出ずれば七人の敵ありとは、よく言ったものだ。