【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第94話 牙の実はじめました

 ダンジョン地下四階。三階に続く階段からそれほど離れていない場所で、俺たちはモンスターと戦闘していた。

 

「ギギギギギギ……」

 

 身体を軋ませて、鳴き声じみた音を発しているのはファングツリー。その本体が、太い枝をしならせて暴れている。これが結構な早さであり、しゃれにならない。野球選手のバッティングみたいな勢いで、丸太が振り回されているのとほぼ同じ。そんなのでぶん殴られた日には、一般人はたちまちあの世へホームランである。

 

「大気、圧縮、回転……サイクロンエッジ!」

 

 頼れる後輩、我が社の最古参、多くの男が羨むイケメン。御影(みかげ)勝則(かつのり)が、十八番の魔法を発動させる。空気でできた回転のこぎりとでも言うべきそれは、恐ろしい切断力を発揮する。この階層のモンスターであっても、十分通用する威力だ。弱点は射程距離の短さだが、そこは本人の優れた運動能力でカバーしている。

 

「ハッ!」

 

 気合い一発。枝が振り切られたタイミングで踏み込み、サイクロンエッジでそれに切りつける。飛び散る木くず。鉄かと思うほどに堅い表皮が、みるみる削られていく。

 

「ギッ!」

 

 ファングツリーが逆スイングで迎撃する。だが、その場に彼の姿はない。流石の判断力で、安全圏に避難済みだった。……これでファングツリーとの戦いは五度目なのだが、どうも勝則にとってヤツは相性のいい相手らしい。

 枝や根を使った攻撃は、素早い身のこなしで軽々避ける。そしてタイミングを見計らって風の刃で切り込む。素材を必要以上に破損させないのもいい。

 メインは彼で、サポートに二人ほど居れば無傷で完封出来てしまう。地下四階のモンスターを、である。一体どこまで強くなる気なのか。是非とも一樹さんに迫ってほしいと思う。超えろ、とは流石に言わない。無茶振りが過ぎる。

 さて、本体の相手は非常に順調に進んでいる。だがこのモンスターはほかにはない特別な力を持っている。名前の由来である、巨大な実。具体的な大きさは、ハロウィン等で使われるオバケカボチャ、アトランティック・ジャイアントに近い。重さも大体同じで、一つ100kgほどだ。

 コイツが羽根もなく宙を舞い、敵に向かって突っ込んでくる。表皮を変化させ牙を作り、噛みついてくるのだ。重さ、堅さ、そして牙。ダンジョン探索初期、幾多の命を奪った恐るべき存在である。しかし、これが俺たちの目標。この実は金になる。そして、美味しい。

 しかし、楽はさせてもらえない。これまた大変厄介なのだ。

 

「ガチン!」

 

 果物が放つとはとても思えない、堅い音を立てて顎が閉まる。舌もなければ喉もない、ただ対象を噛みちぎるだけの口。自衛隊のボディアーマーを容易く食いちぎるその力と鋭さ。まともに命中したら、俺が着ている重鎧『大魔神マーク3』でも穴が空く。

 なので避けなくてはいけない。勢いよく突っ込んでくるお化けカボチャじみた果物を、重い鎧を着たままで。前はギリギリだったが、今は違う。

 

「ほっ!」

 

 声を上げて、攻撃を捌く。危ないのは牙と重さ。実の皮に攻撃性はない。触れても怪我はしない。つまりそこに触れて、身体を動かす為の支点にする。武道武術にはいろいろな受け身があるわけだが、これはその中の一つ。半年以上真面目に練習した成果だった。

 くわえてもう一つ、こんな常識から外れた技が繰り出せた理由がある。端的に言えば、俺はレベルアップしたのだ。

 身体能力を向上させる不思議パワー、プラーナ。俺はコレまで、下腹から湧き出るこいつを全身に行き渡らせるように使用していた。それが普通だと思っていたのだけどあのドラゴンとの戦闘後、身体に変化が起きたのだ。

 簡単に言えば、プラーナの運用が凄く楽になった。専門家である行路飯店の李明珠(リーミンジュ)店長によれば、経脈が通ったとのこと。難しい話だったが、それをかみ砕いて説明するとこうなる。

 曰く、人間の身体にはプラーナの流れ道が存在する。しかしそれは普段塞がっていて、自然に開くことはない。身体を鍛え、厳しい訓練を超えた後にそれは開くのだとか。あの激戦を乗り越えたご褒美なのか、俺の身体にそれが現れたというわけだ。

 結果、それが俺にどのような影響を与えたか。

 

「ガチン! ガチン! ガチン!」

「ほ、よ、ほいさっ!」

 

 苦手だった軽身功(けいしんこう)が、こんなにも簡単に出来る。未だ流のように軽々とは行かないが、回避が凄く簡単になった。それだけではない。ほかの技、重身功(じゅうしんこう)堅身功(こうしんこう)もより精度を高めて使えるようになった。

 さらに言えば、消耗も少ない。今まで同じだけの効果を得ようと思ったら、プラーナをガンガン消費しなくてはいけなかった。さながら真夏の電気代のように。今はもう、前の何分の一というレベルだ。エコ家電万歳。

 いや、すっごく嬉しかったね。俺も頑張り続ければステップアップできるんだと。思わず会社が終わった後、一人でダンジョン地下一階に飛び込んで大はしゃぎしたよ。人目を避けてこっそりと。流石に回りに社員がいると、そんなことは出来ないから。

 

「社長! そっちもう一匹行った!」

「おおっと!?」 

 

 宏明の声で、さらなる敵の接近に気付く。こいつ一匹……一個? とりあえず匹で数えるか。ともかく一匹だけでも厄介なのに、複数居るからたまらない。

 一本の木に十~二十匹と、ややばらつきが大きいがともかくファングツリーの実……長いから牙の実とでも呼ぶか? それが成っている。宙に浮いて、四方八方から襲いかかってくるのだ。ダンジョンに慣れたハンターでなければ、対応不能と言っていいだろう。

 かく言う俺たちも、コレをどうするかとても悩んだ。ただ倒せばいいわけではない。弾丸サンマ同様、なるべく無傷で捕まえて倒さなくてはいけないのだ。傷が付いたらその分、価値が下がるからね。売れないわけじゃないけど。

 でもって、我らミナカタがどのような準備をしたか。

 

「あ、よいしょぉ!」

「がふっ!?」

 

 飛びかかってくる牙の実、その片方の口に、用意していたものを放り込む。反射的に噛み付くが、ちぎれない。これは何かというと、樹脂で出来た円柱である。ただの樹脂ではない。ボクサーが使うマウスピースと同じ材料を使用している。

 殴り合いの時にボクサーの歯にかかる圧力は凄まじいものがある、と聞いたことがある。それに耐えうる素材だ。一回や二回ではちぎれたりはしない。

 このアイデアは、流、宏明、歩の三人から出されたものだった。噛むという攻撃方法はビッグアントと同じなのだから、似たような方法で攻略できないかと。言われてみればその通り。それを元に試行錯誤して、このような形となった。結果はご覧の通りだ。

 無事に相手の攻撃は封じることが出来た。しかし、相手が口から樹脂円柱を吐き出してしまえば意味が無い。そうはさせるかと俺は牙の実に飛びつき、叫ぶ。

 

「サッチー、出番!」

「お任せあれっと!」

 

 舞うように現れた小柄な美少女……に、見える成人女性。御影(みかげ)小百合(さゆり)が右手に携えたナイフを一閃させる。狙いは牙の実、その頭からひょこりと伸びた『へた』だ。刃がするりと滑り、そこそこの太さのへたが切り落とされる。

 するとたちまち、牙の実は動きが鈍くなった。俺の拘束から逃れようと、あれほど暴れていたのに、一秒ごとにそれが弱まる。へたは、本体からマナを受け取るアンテナだ。それを斬られては、ただのでっかい果物にもどるしかない。

 

「ウォーカー、パスー!」

「ガッツが足りています」

 

 よく分からん返事と共に186cmの長身社員、森沢(もりざわ)(あゆむ)が飛び出てくる。ともかく早くこいつを渡したい。何せこの間も、ずっと牙の実から襲撃を受けているから。いくらプラーナの効率が良くなっても、一つ抱えたまま避けるのはかなり辛い。

 なんとか手渡しして、引っこ抜いておいた樹脂円柱を構える。一対一なら、問題ない。皆の状況はどうだろうか。余裕が出来たので周囲を見る。

 まずは、俺から牙の実を手渡された歩が戦闘空間から離脱する。そこでは運搬係が待機していて、いつでも移動できるよう準備している。ほかのモンスターが襲撃してきた場合、この場を放棄出来るように。

 さて、回収した牙の実はそのまま運べない。本体からのマナ供給を断たれた実はただの(とても高価な)果実でしかない。せっかく苦労して確保したのだから、なるべく傷つけずに運びたい。

 そこで用意したのは、緩衝材。透明なビニールに、空気の入った小さな玉がくっついているやつだ。これをぐるりと巻いてビニール紐で縛り、背負子に乗せる。戦ってはいないが、これも大事な作業だ。

 

「おっしゃあ! 捕まえたぜ!」

 

 2メートルの大男、梧桐(ごとう)三郎(さぶろう)が、()()()()()()()()()()()()()()雄叫びを上げる。暴れる牙の実を押さえ込むため、全身の筋肉が隆起していた。そう、彼はプラーナに覚醒したのだ。

 彼だけではない。あのドラゴンとの戦いの後、ハガクレ組はプラーナまたはマナを操れるようになった。一人の例外もなく、である。とてつもない戦力アップとなったのは言うまでも無い。ハウルボアとファングツリーを取り扱うと決めた理由でもある。

 

「はい、おしまい」

 

 いつの間にか、三郎くんの捕まえていた牙の実のへたが切り落とされていた。目にも止まらぬ早業……と言うわけではない。気づかれないように忍び寄ったのだ。乱戦の中とはいえ、軽々と出来ることじゃない。

 

「……腕を上げやがったな、482」

「いい加減、ナンバーで呼ぶの止めてほしいな。私は綾乃(あやの)だよ」

 

 ハガクレの中でトップランクに足の速い女性、戸島(とじま)綾乃(あやの)さん。ハウルボアの引きつけ役をやってた彼女はなんと、マナとプラーナ両方に目覚めた。かなりレアケースで、マリアンヌさん曰く世界に百人いないとか。

 ただ本人の自己申告では、マナの方はおまけ程度しか使えそうにないとのこと。とはいえその相乗効果、さらには持ち前の身体能力と合わさればどうなるか。悪いことになるとは思えないが、先は見えない。

 ただ、一樹さんがすっごい笑顔になっていたことだけは、関係者の背筋を寒くした。お手柔らかに、と念を押したが果たして……強く生きてほしい。

 そのほかの社員も、問題なく仕事が進んでいるようだ。牙の実の収穫も順調だ。

 

「がふっ!」

「もう一匹、つっかまーえた! 誰かー!」

「はあい、まかせて!」

 

 相対していた一匹に円柱を噛ませて捕まえる。そして大声で吠えれば、応答あり。声とほぼ同時に、片手半剣(バスタードソード)がへたを切り落とす。剣の扱いもプラーナの制御も絶好調なのは、スレンダー美女、乙川(おとがわ)とわさん。

 ハガクレの中では一、二を争うプラーナの使い手である。……っていうかね、皆プラーナまたはマナの使い方をあっという間に習得している。生まれの特別さもあるのだろうけど、それにしたって早い。

 まあ勝則や小百合、さらにはドゥームブレイカーズという前例がすでにあるから、そうなるんじゃないかとは思っていた。異世界、蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)への対策として計画されたのだ。先天的か後天的かは知らないが、素養があるのは当然なのだろう。

 その是非はさておき、我が社としては困るなんて事は全くない。社員が強くなればそれだけ稼げる。強いて言うなら……俺のちっぽけなプライドが悲鳴を上げているくらい。俺の方が早くダンジョンに潜っていたのになー。多分半年後には抜かれるなーこれ。

 まあ、今更である。勝則たちとの戦力差は月とすっぽん。マナ、プラーナなしの格闘練習でも相変わらず勝てていないのだから。

 

「社長、実はそれで最後のようですよ」

「おう。本体の方はどうだ、サッチー」

「そろそろ片付くみたいですよ、ほら」

 

 見れば、ファングツリーの枝が大分少なくなっていた。剪定と言うには大胆すぎるほど。当然その分攻撃回数は減り、勝則たちの攻撃回数は増えている。

 

「勝則君、そろそろ決めちゃってー!」

 

 超能力系魔法使い、芦名(あしな)宏明(ひろあき)がサイコキネシスで相手の動きを阻害する。その隙を逃さず、勝則が幹の部分にサイクロンエッジを押し当てる。派手に飛び散る木くず。チェーンソーなら、さぞかしやかましいだろうが魔法なのでそれほどでもない。

 バッサリと切断したところで、ファングツリー本体からマナが抜け落ちた。後に残るのは伐採された木だけ。

 

「社長、完了しました」

「おーう、お疲れー。皆、休みたいだろうけどもうひと頑張りだ。かき集めろ!」

 

 大急ぎで、撤収作業が進む。切り落とされた枝、および本体をまとめてロープで結ぶ。ここは俺の得意分野。テキパキと縛る。本当、勉強して良かった万力縛り。

 牙の実の梱包も終わり、ひとまとめ。荷物の片付けは終わった。葉や木くずが飛び散っているが、これはこけ玉にお任せだ。

 

「お疲れ様です。怪我はありませんか?」

 

 丁度良いタイミングで、離れていた一人が合流した。我が社最強のハンター、ドラゴンキラーの藤ヶ谷(ふじがや)一樹(かずき)さんだ。彼は今回、この場にほかのモンスターが寄ってこないように囮をやってくれていた。いいタイミングで合流してくれたが、大方何かしらの手段でこちらの状況を確認していたのだろう。彼なら出来る。

 

「問題なし。そっちは?」

「こちらも同じく。すでに連絡したので、ほかの囮役もこちらに戻ってくるでしょう」

「ありがとう、助かるよ」

「っしゃー、いちばーん! ……じゃ、なかったや」

 

 ()()()()をサーフィンボードのように滑らせ、その上に乗って登場したのはチャラ男……ではなく、黄田(こうだ)(りゅう)。我が社で最も身軽なコイツに、最近新装備が貸与された。ハンターの憧れ、飛翔剣である。

 少し前に地下四階で発見されたこれを巡って、我が社の会議は紛糾した。売るのは無し。大金になるが、ほかの品で十分稼げている。社員に貸与して戦力増強。長期的に見てこちらの方が利益がある。では誰が使う?

 操作自体は、プラーナまたはマナを使えればなんとかなった。俺でも出来た。しかしそれ以上、乗って移動となると話が違った。バランス感覚、操作技術、状況対応力。様々なものを要求される。難易度が跳ね上がり、脱落者を大量に出した。俺もダメだった。乗るのはなんとかなったが、速度を出してカーブを曲がるとなるとバランスを崩してしまう。

 結局残ったのはハガクレの上位陣、そして流。前者はそのスペックから当然と言えた。後者の方は、やたらと軽身功だけは上手い。一芸とやる気だけでトップに食いついたのだから、ここは褒めてやるところである。

 結局最終的に、地下一階一周タイムアタック大会を開催。その優勝者に貸与という話になり、接戦の末このような結果と相成った。結果として、流の囮能力が大変向上した。たった一人で何匹ものハウルボアを引き連れ、悠々地下四階を飛び回っている。

 なお一樹さんは、訓練と称して地下二階と三階を飛翔することを命じている。ケイブチキンや弾丸サンマが飛び回っているあの階層を。そのときばかりは流の悲鳴がダンジョン内を木霊している。合掌、立派になれよ。

 流が到着した後にも、時間をおいて囮役達が集まってきた。皆、怪我がないようで何よりだ。地下四階での作業も安定しつつあるな。

 

「持ち物確認、人員確認、全部よしです社長」

 

 小百合の報告に頷き、太極図の画かれた護符を取り出す。

 

「よーし、全員目を閉じろ。崑崙マーケットに、移動!」

 

 おなじみの感覚の後、周囲の変化を感じ取る。目を開けば、いつものエキゾチックな屋台が見えてくる。魔法使い達のコミュニティ、崑崙マーケットに無事到着した。

 

「よし、おつかれさん。荷物を運び終えたら休憩だ」

「ういーっス。えーっと……あっちっスね」

 

 飛翔剣を肩にかけた鞘に収め、流が先頭となって先へ進む。そこにあるのは、簡素ながらひろい露天スペース。そこに置かれた看板には『ダンジョン屋 ミナカタ』と日本語英語並列表記されていた。そう、我が社は崑崙マーケットに出店したのだ。

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