【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第95話 アップグレード

 何でこんなことになったのか。理由はシンプルにこのファングツリーである。最初は、持ち帰れないほど確保した実を、行路飯店に卸すという話になりそうだったのだ。しかしそこで、店のお客が『自分たちにも売ってくれ』という話になり。さらには『実が取れるなら、本体の方も持ってきてくれないか。買うから』という要求まで発生。

 

『そんな話になるなら、社長の所も出店するべきだな』

 

 と、ここを管理する李飛龍(リーフェイロン)氏からお言葉を頂戴してしまい、結果こうなったというわけだ。いつも開いていなくていい、売るときだけで良いという自由さも決断の理由になった。実際に店を持ってみると今回のように休憩所のような利用も出来ると分かり、利益以上のメリットを得ている。

 

「ふう……」

 

 荷物を置き、装備も外して一休み。水筒から飲んだ清涼飲料水が身体に染み渡る。やっぱり、ダンジョン内で安全に休憩出来るというのは素晴らしいな。ほかの場所だと、どうしてもモンスターの接近を警戒してここまで休まらない。

 崑崙マーケットなら、トイレだって借りられる。これがまたとても、とても、とても! 助かるのだ。いくらこけ玉が清掃してくれるからと言って、ダンジョン内でいたすのはあまりにもリスクがでかい。同じ会社のメンバーであっても(あるいはだからこそ)、人目は気になる。

 だから普段はなるべく、ダンジョンに入る前に済ませる。……急に腹痛が来たときはどうするか? 俺の場合はプラーナでなんとかする。あれは体調を整える作用もあるので、頑張ればなんとかなる。ならなかったら軽身功(けいしんこう)で地上にダッシュする。

 そんなダンジョントイレ事情はさておき。休憩が終わったので、露店を開く。すでにお客様が店の前に集まりつつあるしな。

 

「社長、出品する数ですが実は三つでよろしいですか?」

「ああ。あとは木の全部。いつも通りな」

 

 勝則の確認に返答する。ここでの利益は崑崙マーケットでしか使えない。皆の給料にするためには、上にもって行けるものを最優先にする。お客様にもっと売ってくれ、と言われてもここは譲るわけにはいかんのだ。

 なお、実は全部切り売り販売である。まるごと一つは手が出ないと言うお客様は意外と多かった。なので量り売りである。包丁やらなにやら、準備が意外と手間かかったな。あと決済方法。

 この崑崙マーケットでは、専用の端末を使用して電子決済をしている。何でもかんでも物々交換というわけには行かないからね。データは専用サーバで保存されているそうなのだが。

 疑問に思って、マリアンヌさんに質問してみた。

 

『これ、不正すれば簡単に数字増やせますよね?』

『えーと、サーバ? 大本をいろんな魔法使いでしっかり(まじな)いをかけてあるので、正規の手段以外で変更すると大変なことになりますよ』

 

 うーん、マジカルセキュリティ。どう大変になるのかは、怖くて聞けなかった。とまあこのように、管理もしっかりされているデジタルマネーを使って我々はここを利用している。

 ……え? 何で最初から使わなかったかって? 信用が足りていなかったのさ。それに、少ししか使わない相手にいちいち手続きしていたら大変だし。お役所でも銀行でもないのだから。

 

「はい。500グラムですね。お待ちください」

「こちら、劣化が早いものになっています。保存にお気を付けください」

「端末をお願いします……はい、支払い完了しました」

 

 それにしてもハガクレの面々、店員姿が様になっているな。露店を開いた回数それほど多くないのに、まるでベテランのようだ。

 

「あいつら、すげー慣れてるな……なんで?」

「スーパーとかで働いてた経験があるんだって聞いたよ」

 

 俺と同じ疑問を抱いた社員達が、こんな会話をしていた。この男女二人は地王カンパニーから移ってきた人材だ。男性の方は古志(こし)憲治(けんじ)君。年齢二十二才。身長176cm、中肉中背。普通に女性に持てそうな容姿。女性の方は江畠(えばた)広美(ひろみ)さん。同じく二十二才。身長162cm、理想的な体型。これまた異性にもてそう。でも、すでに二人はお付き合い中だとか。宏明が嫉妬で燃えていた。

 あの事件で警察に出頭した者達のほとんどはすでに出てきている。一部、色々やらかしていたアントニー達のようなのは未だ檻の中だが。

 地王カンパニーから三十五名、我が社に入ってくれた。そのうち事務方が十名なのでハンターは二十五名である。これがまた、新しい悩みを生んでしまったのだが……まあ、後にしよう。

 ちなみに、この人員は地王の一部でしかない。大抵は余所の大型ハンターカンパニーに流れた。具体的に言えば、アサナギインダストリーだ。うちに入ったのは、地王のトップだった半戸代表に心酔していた面子。確かに、うちに入っていればあの人の行方を知るのに一番近いだろう。

 

「本体の売れ行きも好調だな」

「そーですねー。お値段、ほどほどですが」

「普通だったら捨てるしかないものに値段が付いているんだ。十分だよ。ダンジョン管理の面からもな」

 

 小百合に言葉を返しながら、切り分けられていく木材を眺める。未だ地上では、ファングツリー本体の有効活用方法が確立していない。葉だけは、薬剤や茶葉に利用できるという結果がでているものの採算ラインには乗っていない。

 しかし魔法使い達は違う。紙、杖、お守り、その他木工製品の材料として利用できるらしい。もちろん、魔法の品として。需要があることはいいことだ。捨て置いてこけ玉のエサにするしかないよりは、よほど。

 商品はあれよあれよと数を減らし、あっというまに完売。魔法使い達からの販売についての質問を受け流しながら撤収作業を終わらせる。

 

「……よし。それじゃあ30分休憩。マーケットで欲しいものがあったらいつも通り俺に報告すること。買うかどうかは相談だけど」

 

 というわけで、社員達が三々五々と散っていく。皆の狙いは、ここで売られている様々なマジックアイテムだ。ダンジョンで使えると判断したら、ここでの売り上げを使って購入する。そして本人に貸与する。金を貯めて、会社から買い取ることも可能としている。

 自分の特性に合ったアイテムを探せる。これはダンジョンでは出来ないアプローチだ。何せ宝箱の中身はランダムなのだ。

 とはいえ、ハンターに必要な装備というものは表の世界で需要がある。その分だけこの場での供給は少なくなる。崑崙マーケットの露店は数あるが、必ずしも見つかるわけではない。

 それでも中には、己にぴったりな装備を見つける者がいる。たとえば、先ほど見事な隠密をしてみせた戸島(とじま)綾乃(あやの)さん。彼女の履いている靴は、足音を消すという魔法が込められている。忍び寄るのに、大変便利な装備といえるだろう。

 三郎君などは、シンプルに腕力強化の腕輪を見つけてきた。それ以上パワーアップしてどうするの? という気持ちにもなったが、人外のパワーが必要になる日があるかもしれない。購入、貸与した。結果、主に運搬で活躍している。

 そうかと思えば、これと言った装備を見つけられない人も居る。乙川(おとがわ)とわさん等がその代表例。彼女ってば器用だから、特化した何かでは逆に邪魔になるらしい。結局一樹さんから+2の片手半剣(バスタードソード)を借りている(資格は取った)。

 ともあれ、ここでの稼ぎを会社に投資する活動は順調だ。一般の企業よりもよほど早く、所属ハンターの強化が出来ている。派手にやりすぎると、表のいろんな所を刺激しそうなので節度を持ってやらねばならないが。

 さて、社員達を見送った俺は行路飯店へ向かう。お供は御影兄妹……この二人を『兄妹』と表現できなくなる日も近い。良いことなのだが、違和感もある。まあ、慣れていくしかないが。

 しばし歩けば見えてくる、中華時代劇風の建物。崑崙マーケットの名店、行路飯店だ。

 

「こんにちはー、ミナカタでーす。ファングツリーの実、お届けに上がりました-」

「はーい、いらっしゃいませー。少々おまちください」

 

 店員さんが店の中に入ると、すぐに体格のよい料理人と店長の李明珠(リーミンジュ)さんが出てきてくれた。

 

「ようこそー……って入川社長。下の仕事を取るのは良くないことよ?」

 

 俺が牙の実を運んできたのを見て、そう苦言を頂戴する。

 

「しかしですな。二人の方が強いし、俺の方が腕力がある。これは適材適所では?」

「出来ることとやっていいことは別よ。組織のトップの振る舞いではないわね。そんなんだと、会社が軽く見られるわよ。素直にもう一人、荷物持ちを連れてきなさいな」

 

 むむむ、しかしなあ。せっかくの休憩時間、羽を伸ばさせてやりたいという気持ちもあるわけで。素直に飲み込めずに居ると、小百合が一歩前に出た。

 

「店長さん」

「何かしらお嬢さん」

「もっと言ってやってください。うちの社長はその辺の自覚がまだまだ足りません」

「サッチーこのやろう」

「ほーら。部下にこんなこと言われてるんじゃまだまだよ。取引しているうちの店も軽く見られちゃう」

「うぐぐぐぐ……善処します」

 

 大事な取引先に迷惑がかかるとあっては、飲み込まざるを得ない。……あとまあ、こういう苦言をいただけるというのはやはりありがたいことだ。

 頷いた俺をみて良しとした店長さんは、配下に命じてカートを押してこさせる。俺も、料理人さんに配達物を手渡した。

 

「はい、それじゃあこの間の注文の通りそろえたわ。確認お願いね」

「かっつん、頼む」

「拝見させていただきます。……武功書三冊、丹薬五種類。確かに確認致しました」

 

 崑崙マーケットで出物を探すのもいいが、やはり確実なのはこの店に注文すること。ジャンルは限られているが、必要な物が手に入る。今回の武功書の内二冊には、プラーナ運用を前提とした格闘と剣術の技法について書かれている。

 プラーナは人に、限界を超えた身体能力を与える。ちょっとした跳躍で数メートルを移動。パンチでコンクリの壁に大穴を開ける。体重を重くする、あるいは軽くするなどは明らかに物理を逸脱している。

 一般的な格闘技、武術などでは対応しきれない技術が多々ある。自分たちで研究しようとすれば何十年も必要だ。これがどれだけ貴重で素晴らしいかは、もはや語るまでもないだろう。

 そんな武功書の内、最後の一冊を手にして李店長は苦笑を浮かべた。

 

「それにしてもこの、『盾を使う武功』って注文には苦労したわ」

 

 写本したものらしく、その装丁は真新しい。表紙には『山河盾法』と筆で書かれていた。残りの二冊はそれぞれ『六合拳』と『三才剣』の文字が見える。

 注文したのは俺だ。割と軽い気持ちで、こう言うのありませんかと聞いたのだが。

 

「……そんなにお手間を取らせてしまいましたか」

「本があるのは知っていたけど、使い手が全然いなくてね。腕の立つのに学ばせて、実用性があるか調べる羽目になったよ」

「それはまた、申し訳ありません。……そんなに使う人がいませんか、盾」

「有名じゃないのは確かね。探せば使い手もいると思うけど……近場には居なかった。まあ、大抵の武術は攻防両方学ぶもの。わざわざ防御主体のそれを学ぶのは理由がないと」

「なる、ほど」

 

 そもそも武術というのは対人技術として発展した(はず)。過剰な防御力より、相手を倒す技を研鑽するのは当然の話。盾を使う武術がマイナーなのは当然か。むしろ技術があった事を驚くべきか。素晴らしきかな、武術文化。

 

「プロのチェックをしていただけたのならば、技術に問題は無いということでよろしいですか?」

 

 勝則がそう問うと、李店長は眉根に皺を寄せて見せた。

 

「一応、盾を使用した防御技術という点では合格点。内功を使用しているから、そこら二流武者程度ならあしらえる。……ただし、凡人が極めるのは至難という評価だったよ」

「至難、ですか」

 

 思わず唸る。何せ俺は、自他共に認める凡人なのだから。気落ちしたのが顔に出たのか、そんな俺をみて彼女は苦笑した。

 

「そんなにがっかりしないで。評価したのは歳食った爺様だったからね。基準が昔なんだよ」

「それって、今とは違いがあるんですか?」

「あるとも。ダンジョン前と後じゃあ世界が違う」

 

 小百合の質問に店長は武功書を置き、代わりに丹薬の入った瓶をつまみ上げながら語る。

 

「ダンジョンの怪物はその身体に凄まじい力を宿している。ただ食べるだけでも、その効能が現れるほど。昔はこんなの、地の果てまで探して一つ二つあるかないか。見つかったと噂が流れた日には、強欲な者どもが次々集まって血が流れたって」

「それは、また」

 

 絶句する。信じられない、という気持ちとその逆の感情が半々だ。

 

「こんな丹薬だって、簡単に作れたりはしなかった。それが今じゃ、当たり前のように商品として扱っている。実際、爺様たちは世の中の流れについて行けないと嘆いているよ。今の時代に生まれたかったとも言ってたね」

「代わりに、ダンジョンできまくって人生もしっちゃかめっちゃかですが」

「ハンターにでもなる気だと思うよ。まったく、当事者じゃないからって気楽なものよ」

 

 まあともあれ、と仕切り直しながら李店長が袋に荷物を詰めていく。

 

「昔なら、たかが一年弱身体を動かした程度で経脈が開くなんて天地がひっくり返ってもあり得なかった。修練と、技術と、そしてダンジョン。それらが不可能を可能に変えた。だからまあ、血反吐が出るまで頑張れば、社長もこの武功を極められるでしょう」

「……血がにじむ、では足りませんか」

 

 頬を引きつらせながら、そう呻く。過酷極まる訓練が容易に想像できた。ついでに爽やかに笑う一樹さんもセットで。

 しかし李店長は、腹が立つほどの輝く笑顔で言い放つ。

 

「足りない足りない。凡人が一流以上の境地に立とうと言うのなら、死の寸前まで行くような修練なくしてあり得ない。……まあ、入川社長はその辺に関しては才能あると思うから」

「……どんな才能でしょう?」

「どん底まで追い込まれても折れないど根性」

「「ありますね」」

 

 御影兄妹が、ここぞとばかりに同意してきた。

 

「嬉しくない才能だなあ……」

「あっはっは。精進しなさい、若人よ」

 

 店長は勝則に荷物を手渡す。そしてそのまま店の奥に引っ込んでしまった。頭を下げて見送る。店から出た後、呟く。

 

「……俺たちは恵まれているのか、それともその逆なのか。よく分からなくなってきたな」

「簡単に善し悪しで言い表せないものかと。ただ、そうですね。平時と乱世、それぞれで求められる才能は違う。それに適応出来る人材もまた同じ……という感じかと」

「適者生存、ってやつですねー」

 

 二人の言葉に、ふうむと唸る。俺はどうだろう? ダンジョン管理をする羽目になったこと自体は、幸運とはとても言いたくない。しかしその後は、不幸とも言えない。痛い目も見たし、汗水もたらした。ピンチになった回数は片手で足りない。

 しかし単純に収入を見れば、同世代の何十歩も先に居る。立場で言えば、会社の社長。優秀な部下に、充実した設備。止めとばかりに、絶世の美女を恋人にしている……加えてもう一人、面倒見ることにもなっている。

 これで不幸だと言ったら、方々から袋だたきになるだろう。

 

「お前ら、幸福か?」

 

 何気なく聞いてみる。二人は顔を見合わせたあと、こっちに笑顔を見せてきた。

 

「ええ、先輩のおかげです」

「これで不幸だっていったらバチが当たりますね」

「そっかー。それならまあ、よし、だな」

 

 納得を、胸に納めた。ちょっと妙な気分になっていたが、それもお仕舞い。日常に戻らねばならない。さて、これからだが……。

 

「そろそろ、集合時間かね?」

「何かいい物、見つかりましたかねー? また流さんが、変なの見つけてこないといいんですけど」

「あいつの、あのトンチキアイテム発見能力は何なんだろうな」

「大学時代から、その片鱗がありましたよ」

 

 そんな雑談をしつつ、俺たちはマーケットを歩いて行った。なお、今回はあまりめぼしい物はなかった。唯一、一樹さんが金属製の護符を見つけたくらい。防御力が上がるという話なので買った。……何故か俺が使うという流れになったけど。

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