【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず   作:鋼我77

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第98話 ミナカタの今後

 十五分たった。なんで時間オーバーしたかというと、トイレがマリアンヌさんの屋敷にしかないから。大急ぎで往復したので、ハンターですら息を切らしている。

 

「みんなー。ラットマンさんたちが、水を用意してくれたぞー。もらっとけー」

 

 ありがとう。ヂュ! というやりとりをして人心地。結局開始したのは休憩すると言ってから二十分後だった。いかんな、巻いていかねば。

 

「えー、再開します。では次の話題。新人教育について。勝則、頼む」

「はい、承りました。……さて皆さん。我が社はこのたび、地元高校から卒業生を新入社員として受け入れることになりました」

 

 ちょっとざわつく。驚くのも無理はない。圧倒的不人気職業に、新卒で飛び込むというのは端的に言えばバカのやることである。普通は望んでも家族が止める。よっぽどの理由が無い限りは、まず選んだりはしない。

 

「皆さんが疑問に思うのも無理はありません。今回、三校から合わせて四名の生徒さんが面接に訪れます。はっきり申し上げますと、よっぽど問題が無い限りは採用するつもりです」

 

 理解が苦笑いと一緒に広がっていく。せっかく入りたいなんて酔狂な者が現れたのだ。逃がすという選択肢は、我が社にない。

 

「失礼、よろしいですか?」

 

 ここですっと手を上げたのは歩だった。彼は左手で黒縁めがねの位置を直しながら語る。

 

「時期がおかしくありませんか? とっくに四月を過ぎています。面接の時期なんてとうの昔に……もしや」

 

 語っているうちに、何か思いついたらしい。僅かに頬を引きつらせている。勝則は神妙な顔で頷いた。

 

「四名の内二名はお察しの通り、いわゆる問題児です。片方は暴走族への参加。もう片方は犯罪こそしていないもの、学業が全くのおろそか。ほぼほぼお情けで卒業させてもらった……いえ、放出したというのが正しい感じですね」

 

 それを聞いて、あちこちから感想が漏れる。

 

「なんだ、チンピラか」

「暴走族……そういえば大晦日にブンブン五月蠅かったっけな」

「どんだけイキったのが来るか楽しみだ」

 

 うーーーーーん、頼もしい! そんなのが来ちゃ困る、って発言が一つも無い。チンピラごときを問題にしない、これが実力と実績に裏打ちされた自信よ。なお、事務方およびパートのおばさん達はそれを聞いてちょっと驚いている感じだ。

 なお、今回の紹介には東松(とうまつ)英人(ひでと)君が関わっている。彼とその友達が、母校および友人関係に話を回してくれたのである。この時期に仕事が決まってない困った奴いない? と。かくして藁にもすがりたい人たちが募集に応じたというわけだ。

 感想のざわめきが収まりつつあるところに、三郎君が手を上げた。

 

「勝則。残りの二人はなんでウチに入るんだ?」

「……半年前に、別の会社に内定が決まっていたらしい。年明けに、その会社が倒産してな」

 

 苦々しく語るその内容に、皆が短く悲鳴を上げる。酷い、なんだそれ、ありえない。質問者である三郎君もまた同じ。

 

「マジかよ。嘘だろ。なんでソレで新入社員取ったんだよ」

「下手に普段と違う振る舞いをすると外部にばれるから、だろう。おそらく、取引先や銀行へのカムフラージュだ。勤め人をしていれば、時折どこからともなく似たような話が聞こえてくる」

「クソかよ。高校生巻き込むなよ」

「全くだ」

 

 潰れた会社への憤りと、巻き込まれた学生への労り。社員達の感じているものは大体こんな感じだ。うん、これなら問題は無いだろう。

 俺は勝則に代わって前に出ることにした。

 

「さて、そういう感じでちょっと訳ありの若い人たちが入ってきます。みんな面倒を見てやってください。新人研修については、選抜メンバーで対応するけど同じ社員なんで困ってたら手を貸してやってください」

 

 はい、と良い返事が返ってきた。で、ついでなのでここでもうちょっと付け加えておく。

 

「それで、ここでみんなに意識しておいてほしい事があります。新人を入れる意味について。まずは単純に、労働力を増やすため。まだまだ仕事は増やせる。増やした分だけ儲かる。そういう、企業としてはとてもありがたい状況に我が社はある。なので人を入れても問題は無い」

 

 いや本当、労働者を入れた分だけ利益が見込めるなんて仕事この世にどれだけあるんだろうって思う。コストに対して利益が圧倒的に高い仕事……思い浮かばない。もしかしたら、とても希少なのかも。不勉強なだけかもしれないが。

 

「次、これは割と深刻な問題。我が社には社員の年齢に偏りがある。具体的に言えば、俺を含め二十代半ばがほとんど。ソレより若いのは一割以下しかいないんだ。これがどんな問題を発生させるか、分かる人」

 

 真っ先に手を上げたのは乙川(おとがわ)とわさん。流石、こういう時は早いな。

 

「はい! 高年齢化すると、仕事が回らなくなります」

「正解です。えー、我々の仕事は身体を使います。素早い動きを要求されます。あんまり言いたくありませんが……俺たち、いつまでも、若くない」

 

 同年代の連中が、苦虫をかみつぶした表情になってる。俺と同じように、自覚する何かを日々の暮らしの中で感じたか。うん、俺もね。昔みたいに徹夜とか無理になった。バカみたいに食べられなくなった。これが歳を取っていくって事なのかと薄ら寒いものを感じる今日この頃です。

 

「全盛期の戦闘力を維持できるのは、いいところ三十才くらいでしょう。プラーナやマナ、ダンジョン食材の影響でもうちょっと長続きするかもしれません。それでもまあ、それ位で考えて人生設計しておくべきだと思います。そしてそれは、我が社の事業についても言えること。とにかく新しい人を入れていかなければ、現状維持すら難しくなります」

 

 ここでは言えないが、正直現状が続くかどうかも不確定だ。ダンジョン食材の値段下落。景気のさらなる悪化。法改正。そして蛮族の楽園(サベージ・パラダイス)の侵攻。不安要素を上げれば切りが無い。そして、全てに対応はできない。

 ただ、自分たちを鍛えることは出来る。それが状況の変化に対応出来るかどうかはまた別の話なのは分かっている。それでもやらないよりはまし。一人でも多くの戦力を鍛える。未来に向けた備えとして、これが最も健全だろう。

 

「というわけで、これからはどんどん若い人を入れていきます。最初は戦力にならなくて当然。はじめから強かった人間なんて居ないんです」

 

 と、ここまで言い切ってふと疑問を覚えた。横に居る、超越者二名に聞いてみる。

 

「……お二人とも、最初から凄かった感じです?」

「いえ、まったく。チンピラにケンカで負けるザコでしたとも」

「私などは、師匠に拾われるまでただの農家の娘でしたよ。呪文どころか文字すら知らなかったんですから。戦うなんてとてもとても」

 

 やはり強者は一日にしてならず。一樹さんやマリアンヌさんですらそうなのだ。

 

「えー、失礼。ともかく、新人さんをしっかり鍛えてやってください……壊さない程度に!」

「ええ、はい、もちろん。加減は心得ていますとも」

 

 春風のような爽やかな笑みを浮かべる一樹さん。我が社に、彼の笑顔で安心するのはごく僅かである。少なくとも指導を受けているハンター達は、絶対に逆の感情を抱く。

 

「さて、新人についてはここまで。最後に今後について軽く伝達があります。まず、今年度から順々に、ドゥームブレイカーズの皆さんが我が社に移ってきます。あちらさんの都合があるので、全員一遍というわけではありません。で、それと並行して一つ国の仕事を請ける予定です」

 

 ざわつく。事務方や古参メンバー以外には、初の情報だからなこれ。

 

「といっても、大きな仕事じゃありません。警察官や自衛官を一時的にお預かりして、ダンジョンで訓練するというものです。でもってそれに直接的に関わるのは俺たちじゃありません。ドゥームブレイカーズの人たちです」

 

 ここで視線を隣に向けて、説明を勝則に任せる。

 

「彼らは日本最強のハンター。それが現役を引退するとなると、それなりの理由が必要です。職業選択の自由を尊重されるべきですが、世間一般はそうは考えません。自分たちの安全に繋がる話なので、理解できなくもないのですが」

 

 皆の表情が、ここでばらけた。納得、渋面、苦笑、いろいろだ。世の中、白黒判別付くことだけじゃないからなあ。

 

「こちらの事業については、まだ計画が立ち上がったばかりです。どのように我々が関わっていくかは、話が進んでからまたお伝えします。……何か質問は?」

 

 手を上げたのは、田中一さん。控えめに、やや顔色を悪くしながら彼は語る。

 

「済みません。これはちょっと邪推になるのかなと思うのですが……ここに警察関係者が来る、というのはその。もしかして、監視も含んでいるんでしょうか?」

 

 この一言は、今日一番で社員達がざわついた。げぇ、という悲鳴。嘘でしょ、という驚愕。あり得る、と呟く納得。一さんは自分発言で起きた騒ぎにあたふたしている。両手を挙げて、落ち着けとアピールする。

 

「はいはい、おちついて。田中さんのご指摘についてですが……自分としても同じ事を疑っています。そうするだけの理由がある。まずなんといっても論理魔術基礎知識の著者、純金のマリアンヌがここにいらっしゃる」

 

 優雅に一礼してみせるこの魔女殿は、各国の政府にとって重要人物だ。何せ世界に魔法を伝えた魔法使い達の中心人物である。加えて向こう側について最も詳しい人間でもある。彼女とのつながりはなるべく太くしたいだろう。

 

「さらに言えば、俺たちは蛮族の楽園について知ってしまった。これを放置するのは、国としては無責任といえるだろう。かといってがっちり首輪を付けるのは難しい。マリアンヌさんの実力もあるし、うっかり断神様の逆鱗に触れたら大事件になる」

 

 ああ、と納得が広がるのが見えた。里奈さんが暴れた場合、止められる人間は僅かしかいないだろう。少なくとも、政府側にはいない。居れば彼女がドゥームブレイカーズを辞めるというのを是が非でも妨害しただろうから。

 

「そんな組織を放置はできない。だからとりあえず表側のラインとしてこういう仕事を振ってきた、という推察はしています」

「表ってことは裏もあると社長は疑ってるわけだ」

「そりゃそうだよ三郎君。スパイとか、監視とか、出来ることはするだろうさ。しない方が手抜きだ。でもまあ、そこに関しては対策を取るから、ねえ?」

 

 話を振れば、不敵な笑みを浮かべるハガクレ組。彼らはまさにそういった専門技術を教え込まれている。しかも、最近は崑崙マーケット経由で最新技術まで学んでいるのだ。おかげで我が社の諜報対策は一般企業としてあり得ないレベルで高い。

 これに加えてマリアンヌさんの魔法もある。すでにいくつか、そういった監視をやんわりと停止させている。具体的に言えば該当者に魔法かけて仕事場に送り返すとか。あくまで、穏便に。直接的な被害が出ているわけじゃないし。過激にされたら、同じように返すが。

 

「ですがまあ、そういう面倒なのは基本的に気にしなくていいです。変に質問されたら、答えるなと言われているって返して会話を終わらせてよろしい。あとは俺たちに報告してください。対応します。まあ、露骨にそんな話を振ってくることもないかもしれないけれどね」

 

 あくまで、我が社は対ハンター、対モンスターのために訓練を行う場を提供するだけである。うちの内情を調べていいよなんて一言も言っていないのだ。ソレで真っ正面から聞いてくるようなやつは蹴り出すだけである。

 

「さて、今回の総会での伝達事項は以上です。ほかに何か、質問などありますか」

「はい、連絡が何点か」

 

 小百合が立ち上がって、手帳を見ながら読み上げる。

 

「一つ目。次回の資格試験で提出する書類について。未提出の方は今週末までにお願いします。二つ目。昨日狩ったハウルボアの肉、取りに来ていない人が居ます。心当たりのある人は持っていってください。最後。新人研修が終わった後、ゴールデンウィークあたりに親睦会をかねてバーベキューを企画したいと思います。今度、出欠席を取るのでよろしくおねがいします」

 

 おー、と感嘆の声が上がった。勢いよく手を上げたのは流だった。

 

「はい! 肉はダンジョンものですか!」

「もちろん。皆さんに頑張って貰うことになりますが」

「酒は!?」

「倒れない程度にセーブしてくださいね、三郎」

「コンパニオンのおねーさんは!?」

「セクハラで訴えますよ宏明さん」

「厳しい!」

 

 会社の飲み会でコンパニオン呼ぶとか、一体いつの時代だ。昔はあったとかちらっと聞いた覚えがあるけど、少なくとも今の時代にはそぐわないよな。

 

「えー、ほかには何か……」

 

 と、ここで手を上げたのは憲治君だった。

 

「すんませーん。この椅子、記念に持ってかえっていいっすかー?」

「ちょっと! 恥ずかしいから止めてよ」

「え。だめか? すっげーファンタジーでいいじゃん」

 

 隣の広美さんに止められているが、本人気にしていない様子。それを見てマリアンヌさんがクスクス笑いながら答えた。

 

「申し訳ありません。それは呪文で形を変えているだけなので、地面から切り離すとただの草に戻ってしまいます。お持ち帰りは諦めてくださいな」

「ぐわー、ざんねーん……いてっ」

 

 あ、叩かれた。でもって、憲治君と同じ考えだった者は意外と多かったようだ。同じく落胆した表情なのがちらほら見える。……うむ、いいかな。

 

「よし。それじゃあ連絡事項もおしまい。これにて社員総会を終了します。お疲れ様でした」

 

 お疲れ様でした、とそろった声が返ってきてお開きとなった。社員達が、ラットマンの案内で来た道を戻っていく。それを見送りながら、俺は草原に腰を下ろした。……いい風が吹いている。魔法で環境を整えているらしい。

 

「お疲れ様でした。……今回はお手間を取らせてしまいましたね」

「いえいえ、必要なことでしたから」

 

 隣に座ってきたマリアンヌさんにそう返す。そう、蛮族の楽園への対応については対応方針を明確にしなくてはいけなかった。異世界の乱暴者共が、バラバラにこっち側へ略奪に来るかもしれない。そんな状態でどうして安穏と暮らせるだろうか。

 俺自身だって、平常心ではいられない。さりとて、抜本的解決方法なんてものもない。それがあるんだったら、とっくの昔にマリアンヌさんたちがやっている。

 魔法使いがいても、ものすごく強い人がいても、出来ることは限られている。さらに生活もしていかなくてはいけない。だから警戒だけはしておいて、いざというときはできることをする。それが、ミナカタとしての方針だ。これしかできない、とも言う。

 そんなのをわざわざ総会を開いて説明する必要があるか? と、外の人が見たら思うかもしれない。必要だとも。人が集まればいろんな思いが沸き起こる。納得できないことなど山ほどできる。解決できない問題も。

 異世界のことだってその一つだ。そういった諸々について全て対処できるわけではないが、大きな事柄ならなあなあにはしていられない。何も出来ないにしても、どう対応していくかはしっかりと方針を示す。じゃないと皆が行動を迷うのだ。

 今回のことだってそう。戦うのか。逃げるのか。相手側に寝返るのか。国と協力するのか……ほら、ご覧の通り。ちょっと考えただけでいろいろな方法が浮かんでくる。俺が方針を定めなければ、自分たちはどんな対応をするの? と社員が迷うのだ。

 

「というか、マリアンヌさん的にはこれでよかったんですか? もっと積極的にそちらに関わってほしいとか、そういう考えは?」

「まさか、とんでもない。現状が一番です。私が何故ダンジョンを作ったか、ご説明しましたよね? あちらとこちらのマナ格差の是正。それなくして戦力差は埋まらない。そしてミナカタ社は、マナ産出量という点では国内トップクラスです。これに注力していただけるのが、私共としましては最も助かるのですから」

 

 熱弁する魔女殿。地下四階の素材を扱うようになったのを大変喜んでくれたが、理由はそれだったのか。強いモンスターほどマナが多い。彼女の目的を進めるのなら、我が社はぴったりというわけだ。……そしてふと思う。

 

「マナが増えた地球って、どうなるんでしょうね」

 

 マリアンヌさんは、雰囲気を真面目なものに変えた。

 

「……今とは、かけ離れた物になるでしょう。神秘はより身近となり、それが原因の危険もまた増加する。人の世は、変化する環境に対応を迫られます」

 

 それは彼女が、長く思い悩んだ問題なのだろう。そうしなければ異世界の侵略に敗北するが、変化そのものに国家が耐えられるかどうか。そのためのダンジョンなのだが……。

 

「まあ、コツコツやっていくしかないってことですよね。なんでもかんでも、ポンと解決できれば苦労はない。そんな便利な魔法なんざありはしないわけで」

「……ええ、そのとおりです。何でも願いを叶えてくれる魔神なんて、私もお目にかかったことがないですしね」

「ランプをこすると出てるヤツです?」

「ええ。踊って歌える魔神なら、最高なんですけどね。あの映画は夢があって、私好きなんです」

「あー……久しぶりに見たくなりました。多分配信してるだろうから、今夜どうですか?」

 

 ……言ってみてから、なんか意味深な誘い方になってしまったなと恥ずかしくなった。しかし彼女は、とても素敵な笑顔を浮かべてくれた。

 

「いいですね。うちの者にポップコーンとコーラを用意させましょう」

「素晴らしい。あとはでかいテレビがあれば完璧だ」

「ホームプロジェクター、持ってますよ?」

「すごぉい!」

 

 今夜の予定は決まった。そうとなったら、ここでダベっている暇はない。俺は立ち上がり、彼女に手を差し出した。

 

「それじゃあ、帰りましょうか」

「ええ、あちらではもう日が暮れているでしょうから」

 

 俺たちは二人並んで、アーチへと向かった。

 

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