【書籍発売】汝、現代ダンジョンに希望を持つべからず 作:鋼我77
アサナギインダストリーには、ハンター部門専用のビルがある。口さがない者は、隔離施設などと陰口をたたく。しかしハンター達は気にしない。所詮負け犬の遠吠えであると。
そのビルの上階を、大股で歩く男の姿があった。
彼は本来、そんな辱めを受ける立場ではない。アサナギでも五指に入る実力を持つ男であり、幾度か雑誌の表紙を飾った経験もある。それ故に、パーティの一件は彼の名声に大きな傷を付けた。
同じ会社のハンター達は、まだいい。実力で黙らせることができるから。しかし外はそうはいかない。あの場には業界人が沢山いた。噂はたちまち広がり、しばらく銀座などに遊びに出かけられない状況となっている。
それだけでも彼としてははらわたが煮えくり返っている。かろうじて持ち合わせている社会的常識が、直接殴り込むという愚挙にブレーキをかけている。しかし今日、まさに今起きていることは到底飲み込めるものではなかった。
乱暴にドアをノックし、返事を待たず開ける。
「部長! 配信見てますか!」
「……入っていいとは言ってないぞ、迎ハンター」
苦笑いを浮かべながら返事をしたのは、
自社工場内に発生してしまったダンジョン。これを管理する必要ができた。世の中は不況のまっただ中。アサナギも例外ではなく、収益はよろしいとはとても言えない状況。外部に委託するのは高くつく。なんとか社内で片付けるべくダンジョン管理部門が設立された。
新設の部署だが、本業ではない。出世に寄与するとはとても思えない仕事を、やりたがる者はいない。上に居る者達は全員この椅子に座ることを断った。たらい回しが何度も行われ、最終的に川那部が座ることになった。理由は、前にいた部署の上司からの嫌がらせである。彼の仕事が良かったから、嫉妬したのだ。
当初は絶望した。出世は見込めないと、転職も考えた。しかしやられっぱなしは腹立たしいし、転職先でキャリアアップもこのままでは見込めない。幸いにも能力があり勤勉であった川那部は、ハンター業界をよく調べた。
良いと思えるアイデアは、積極的に採用。上がハンター部門にノータッチであることをいいことに、やりたいことは全部ぶち込んだ。無論全てが成功したわけではないが、それでも多くの結果を出した。具体的に言えばハンターの育成、プラーナおよびマナ使用者の覚醒、高額マジックアイテムの獲得などなど。
最初はただ、モンスターが漏れ出てこないように管理するという目的だけで作られた部署。それが利益を出し始めた。気がつけば、専用の手当まで支給し始めている(上層部はあまり考えず承認した)。今では、工場の作業員から部署異動願いが出始める始末。
これは良くない流れだ、と上が気づいた時点ですでに後の祭りだった。川那部はすっかり、ハンター部門を掌握していた。我の強いハンター達は、彼が上でなくては制御できない。事実、川那部から別の者に部長交代という噂が流れただけで、人事部にハンターが殺気立ってなだれ込むほどだった。
事ここに至って、ハンターというものがいかに異質なものかをアサナギは知ることになる。 そして事態は、上層部にとって思わぬ方向へ流れていった。下請けや同業他社から、ダンジョン管理の相談が入るようになったのだ。近隣、または敷地内にダンジョンが発生。危険を感じながらではとても仕事が出来ない。下請けから部品が入らなくなるのは、アサナギにとっても死活問題だった。
これを、川那部は事業拡大のチャンスであると考えた。この危機的状況を盾に、ハンターを増員。ダンジョン管理代行業を開始した。結果的にそれがさらなる利益へとつながり、彼の部署の名を高めた。その頃はもう、上層部の誰も川那部の部署を侮ることなど出来なくなっていた。
こうして若くして彼はアサナギの幹部の一人となった。苦戦を強いられる本業を尻目に、利益を上げ続けている。今では日本の業界で屈指という成長ぶりに、上層部はもう何も言えない状態だ。
そんな彼が眺めるテレビには、マスコミに囲まれた官僚による発表が続いている。
『今後ドゥームブレイカーズの一部メンバーは第一線を退き、後進の育成に民間企業と協力して行っていくという形となりました。皆様につきましてはご理解とご協力を……』
「あの田舎カンパニーが、断神持って行くってどーいうことですか!」
迎が吠える。映像には確かに、ミナカタ社の名前と『剣聖』
「見ての通りだとも。何やら大きな動きがあったらしい。まったく、うちの上の人たちは何をしていたのやら。お役人と仲良くするのが仕事だろうに」
「あいつらが無能なのは今に始まったことじゃないでしょう。それより、なんで、あの田舎のクソが関わっているかって話ですよ!」
「ああ、はいはい。そんなに大きな声を出すんじゃない。いい物を見せてあげるよ」
彼は自分のデスクに戻ると、飾り気のない書類入れを取り出す。そしてそこから、何枚かの資料を取り出し机の上に並べた。
「この間のパーティ、私も不可解だったんだ。ぽっと出のカンパニーがハウルボアを採算ラインに載せている。しかも竜宮グループや稲村貿易と繋がっている。立ち上げてまだ一年経ってない会社がだよ? どこからそんな戦力を集めてきたんだって思って調べたら、ほらこれだよ」
「
資料に添付された写真を見て、迎は呻いた。この一年弱、行方の分からなかった男。関東圏で指折りのハンターがミナカタに所属している事実に、彼は頭を殴られたような衝撃を受けた。
一年以上前、迎は一樹とダンジョンブレイクの現場で出会っている。涼しい顔でモンスターを切り倒し、呪文一つで打倒する。底知れぬ強さに、背筋を震わせたのを昨日のことのように覚えていた。
「そう、藤ヶ谷ハンター。あの冴えない社長と美人秘書はなんというか……デコイだったんだよ。彼というジョーカーを伏せるためのね」
「なんで、そんな……っていうか、藤ヶ谷があのゴリラの下についているってことですか?」
「実質的なトップは藤ヶ谷だろう。そもそも、彼と稲森貿易はあまり上手くいっていなかったって話だしね。独立させて、会社のあれそれはゴリラ君に任せて……そして竜宮と繋ぎを作る。全く、やられたよ。彼が潜っていたんじゃ、警戒のしようが無いじゃないか」
はあ、と大げさにため息をつく。実際川那部は一杯食わされたと思っていた。美女と凡人のペアは、あまりにも違和感があった。何か特別なものがあるんじゃないか、そう思考を巡らせた。全くの無駄足を踏まされたのだ。まあ代わりに、一樹の存在を明らかに出来たのは大きかったが。
「もしかしたら、君の行動もあらかじめ予測してあのペアだったのかもしれないね」
「はあ!? どういうことですか」
「だって、ねえ? 絶世の美女が、冴えない男の隣にいる。君だったら、普段どうする?」
「そりゃ……ああ、クソ! 俺、ハメられたってことなんですか!?」
「おかげでうちの看板に泥がついた。全く、やってくれたよ。うちは下がって、あっちは上がった。いい面の皮だ」
「あのゴリラ野郎……ッ!」
迎は持っていた書類を握りつぶした。あのときの屈辱が、倍増して蘇ったのだ。
「こらこら、大事な書類なんだから返してよ。……まあ、このままにはしておけないよね」
「じゃあ!?」
「っていっても、影から……って昔の手はちょっと使えない。東京じゃないしね。地王がそれやって、盛大に転んでるし。だから正攻法で行こう」
「正攻法?」
「ミナカタ……っていったかな? あの会社のある地域も、うちの営業範囲じゃないか。我が社は名を落とさず、連中には一発食らわせる。タイミング良く、こんな連絡が来ているんだよ」
川那部は己のノートパソコンを操作し、メールアプリを立ち上げた。そして目的のそれを表示させると、迎に見せる。
「迎君、出張頼めるかな?」
「……ええ、まかせてくださいよ」
いつもとは違う返事をしながら、迎の顔は怒りと愉悦に歪んでいた。
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長野県。山間にある小さな町。とある民家で、二人の壮年の男がテレビを見ていた。
「おい、これどうなってるんだよ」
家主の男が、隣の友人に訪ねる。彼はかつて東京で雑誌社に勤めていた。世の中を見る目は、自分よりはるかにある。そう考えるからこそ訪ねた。
友人は鼻を鳴らすと、湯飲みの茶をがぶりと飲む。
「どうもこうもねえよ。おおかた断神様がわがまま言ったのさ。それで仕舞い。めでたしめでたしだ」
「いや、どこがめでたいんだ。不味いだろ。ドゥームブレイカーズが居なくなったら、ダンジョンブレイクはどうなるんだ」
家主の焦りは、日本人の多くが感じているものだった。英雄の活躍は、これまで沢山見てきた。それが引退するというのだ。平常心では居られない。
「なんとかするだろうよ。そもそも、一般的にドゥームブレイカーズって言われている連中は最古参のグループだ。十年以上戦い続けた連中。そりゃ、いい加減引退だってしたくもなるだろうよ。十五の頃からずっとだぞ?」
「いや、まあ、それは確かに酷いと思うが……でもな?」
「あと、最古参メンバー以外にも、ドゥームブレイカーズは居る。っていうか、そっちの方が多いんだぞ?」
「そうなのか!? でも、テレビには全然……」
「そりゃそうだろ。視聴率取れない連中映してどーするんだ。テレビってそういうもんだろう」
「……そういや、そうだった」
少し気落ちする家主を見ながら、友人は続ける。
「ともかく、まだメンバーは居るし新人も鍛えている。ダンジョンブレイクは都市機能を破壊する災害だ。復旧にかかる費用に比べれば、部隊維持の方が安上がり。だからこそそれなりに層は厚い。心配する必要は無い」
「……そう、か。それなら、安心……かな。……それにしても、政府はよく英雄たちの引退を許可したものだな。あと、マスコミはなんでこんなに静かなんだ?」
記者会見の場は全く荒れていない。淡々と役人が情報を伝え、マスコミは静かに質問をしている。いつものそれとは違いすぎる光景に、家主は疑問を覚えた。
「そりゃお前、断神が目の前にいるんだ。バカやれるマスコミなんて、日本には一人も居ないよ。いたら同業者に袋だたきにされる」
「……みんな断神のファンってことか?」
「ばーか、んなことあるかい。さんざっぱらぶった切られて、調教されてんだよ。下手に逆鱗に触れたら、会社が傾くどころか潰れるまであるんだ。バカやらかす記者なんて、危なくて雇ってられねえ。だから変な質問なんてしないし、させない。今の日本のマスコミはそうなってるんだよ」
しばらく、二人は無言となった。テレビの音だけが、部屋の中に響く。次に口を開いたのは家主だった。
「……なあ、それ、いいのか? なんていうか……言論統制? ってやつじゃないのか?」
「いいわけねえだろ。観月里奈に、あの顔と乳と尻と暴力がなければとっくの昔に……大惨事が起きてたな。マスコミが煽って、断神が反撃して、警察と自衛隊が出動。最後に立ってるのが断神。日本の治安が終わる」
「冗談だろう?」
「冗談だったら、マスコミがこんな大人しくなってねーよ。日本に、あれを制御できる戦力はひとつだってねぇんだ。幸い本人に野心なんてもんが全然ないからこの程度で済んでいる。世が世なら、国を取れる戦闘力もってるんだよアレは」
家主は、テレビに映る里奈を見た。今日も万人を魅了する笑みを浮かべている。そこいらのモデルや芸能人、俳優では足下にも及ばない美の化身だ。
「だけどまあ本当にダメではあるんだが、断神が居てくれてよかったと思ってるぜ俺は」
「は? ……それは、ダンジョンブレイク関係で必要だからって事か?」
「それもあるが、それだけじゃない。……もし断神がいなくてマスコミが昔のように好きかってやってたら、この国は今の状態だったと思うか?」
家主は口を閉じる。彼が若かった頃と比べると、今の報道はずいぶん大人しくなっている。それ以前に、テレビ局そのものが弱くなっている。スポンサー企業が不況で金を出せない。金のかかる番組はほとんど作れない。似たり寄ったりの当たり障りの無いものと、ドラマの再放送ばかりだ。
では、元気だった頃はどうか。端的に語れば、傲岸不遜である。報道の自由という錦の御旗を掲げ、自分たちの安全が確保された範囲であらゆることに首を突っ込む。特に弱者に対しては容赦が無い。犯罪によって心が傷ついて居るであろう被害者に、全く遠慮せずカメラとマイクを向ける。
そしてその報道の結果、どんな影響が起きたとしても考慮しない。誤報は謝罪一つで片付けてしまうのに。マスゴミ、などという蔑称が定着して長い。そういう組織だ。
それを踏まえて、かつてのままであったらどうなるか……。
「ダンジョン関連のあらゆることに、噛みついていそうだな」
「ああ。特にハンターにな。まあ普通に考えれば、連中は一般人にとって脅威だ。暴力に慣れている。武装もしている。魔法だのプラーナだのアビリティだの、怪しい力までもっている。とどめとばかりに金持ちとくる。どうだ、槍玉に挙げたらさぞかし視聴率や雑誌の売り上げに繋がると思わんか?」
「止めろ、趣味が悪いぞ」
「報道に関わってる人間なんてこんなもんだ」
「主語が大きい。そうでない人も居るだろう。……その結果、どうなっただろうな」
友人は鼻で笑う。それは自分の身で経験済みだからだ。
「常日頃から暴力の世界に身を委ねている人間の理性はいかほどだろうな? 少なくとも、断神には多少はあった。どこに居ても届く斬撃でばっさり斬ったが、殺しはしなかった」
「ああ……そうだったな」
かつて、里奈にスキャンダルが捏造されたことがあった。この友人こそが、その記事を書いた張本人。そして断神のお仕置きを受けた第一号なのである。
「実際、やろうと思えば断神は俺たちを一発で殺せただろう。そしてその犯罪は立証できない。もし彼女以外で、同じ事ができるハンターがいたら? そいつをマスコミが怒らせたら? ……死ぬのはマスコミだけに止まらない。もっととんでもない血の量が流れていたな」
「……人間は、もっと理性的であると信じたいのだがな」
「理性はあるさ。しかしそれ以上に娯楽と快楽を求めている。三大欲求から解放されない限り、人間は猿の類似品でしかねえよ」
友人は急須から、己の湯飲みに茶をつぎ足す。熱の失せたぬるいそれで喉を潤すと、一息ついた。
「言論統制は間違っているし、断神は手に負えねえ怪物だ。しかしそれでも、アレが暴れたおかげで日本の秩序はまだましな状態で落ち着いている。海外はもっと酷い。ハンターを排斥した地域でダンジョンブレイク。街を放棄したとかざらにある。そうで無い地域も、これまた不自然に多かったりするんだけどな?」
「ダンジョンが発生してから、世の中おかしくなりっぱなしだ。一体いつになったら平和になるんだ」
「人類は争う生き物だ。一つの地域で平和でも、ほかの地域で紛争戦争大乱闘。ダンジョンなんて一要素でしかない。変化に対応出来なきゃ死ぬだけだ。適者生存ってな。それが人類の、生物の歴史だ。……これも、そんな変化の一つに過ぎんということよ」
湯飲みの茶を飲み干すと、友人は立ち上がった。
「もう帰るのか?」
「ああ。茶、ごちそうさん」
家主は見送るために立ち上がると、ふと思ったことを口にした。
「……そういえば。ミナカタって会社の名前、どっかで聞いたことあるんだが有名どころか?」
「ん? いいや、全然だな。地方のダンジョンカンパニーで有名な会社、ほとんど無いぞ」
「そうかー。どこで聞いたんだったかなあ」
「あれ、お帰りですか?」
居間に入ってきたのは、家主の妻だった。友人は頭を下げる。
「どうも、お邪魔しました」
「ちょっとそこまで送ってくる……そうだ母さん、ミナカタって会社に聞き覚えないか?」
夫である家主の言葉に、妻は呆れたという気持ちをそのまま顔に出した。
「しっかりしてくださいよ。一樹の就職先ですよ、そこ」
「あー、そうだったそうだった。一樹が……ええーーー!?」
事の重大さに藤ヶ谷夫妻が気づいて大騒ぎ。友人の帰宅はもうしばらく後のこととなった。
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福岡県。福岡港にほど近い、とあるビルの上階。重役用会議室に運ばせたテレビでドゥームブレイカーズに関する発表を見ながら、
「ついに発表になりましたわね。これでミナカタさんはさらに戦力増強と。大変結構なことですわ」
「お嬢、そんな呑気にしてていいんですか」
強面の男が唸る。およそサラリーマンに見えない風体であり、それはこの会議室にそろったほとんどの男がちがそうだった。
竜宮グループの母体は、ヤクザである。ダンジョンが発生した頃、解散して組そのものは消滅している。しかし所属していた極道達は条例による就職制限の後、竜宮グループのダンジョン管理部門に入っていた。
彼らだけでは無い。ダンジョン発生後、何故か全国で多発した暴力団の解散。そこに所属していた多くのものが、今は竜宮グループに入っている。おかげで警察からは重点的にマークされているが、摘発されるようなことは今まで一度としてなかった。
幹部や支部長も、ほとんどが元極道である。誰も彼もが暴力の世界の住人であり、威圧的な風貌をしている。その中でただ一人、結衣だけが華やかな雰囲気を纏っていた。
「あら、何か問題がありまして?」
「うちの取引先が、サツの仕事受けたんですぜ? これを機に、こっちにくちばし突っ込んできたらたまらんって話です」
五十を過ぎた男が、トップへ必死に訴えかける。その言葉と態度に、結衣を侮るような雰囲気はかけらも無い。それは彼だけで無く、部屋に居る全員がそうだった。
「別に調べられてもいいじゃありませんか。困る事なんて無いでしょう?」
「そりゃ、後ろ暗い事なんてもうこれっぽっちもありませんぜ? でも奴らは、何かって言うと俺らの邪魔してきますから」
「前職が前職ですから、しょうがありませんねー」
「そーですけど、現場はたまらんって話なんですわ、お嬢!」
「さっきもそうでしたけど、代表とお呼びなさい。まったく、みなさんちっとも直してくださらないんですから」
ぷんすかと怒ってみせると、男達はしまらない笑いを浮かべた。子供の頃から知っている身としては、彼女は彼ら全員の娘のようなものだった。決して口にはしないが。
「警察はともかく、剣聖、女帝、そして断神は不味いですぜ。粒ぞろいすぎる。そんなのを手下にしたら、ミナカタの社長がイキってくるんじゃねえかと」
「なんか、やたらと強いのが居るって話じゃねえか。ふじ……富士山ってやつ」
「藤ヶ谷だ、兄弟。正直そいつに関しては底が知れねえんだよ。……おい、トラ! お前なんか知らんか!」
幹部の一人が、壁際で立っている男へ声を張り上げた。髪の毛をオールバックにした、三十代半ばの大男。獣じみた気配を漂わせたその男は、頭を下げる。
「申し訳ありません、兄さん。自分は関東のことは疎く」
「お前大阪が根城だろう。なんか聞こえてこねえのかよ」
「
代表と呼びなさい、という叱責が飛ぶが男達は笑うだけだった。そのやりとりが終わった後、竜也と呼ばれた男が口を開いた。
「お嬢……代表の護衛で、ミナカタに顔を出した時の印象でよろしければ」
「おお、それよ! どうだった」
「……底の知れぬ男でした。優男のように見えて、全く隙が無い。こっちが探るのと同じくらい、あっちも同じように見てきました」
「ふうん。モンスターだけと、殴り合ってきたわけじゃ無い、か?」
「おそらく。人間相手もそれなり以上かと」
「ふん! そりゃ一発カマしてやらんとな。嘗められたらかなわん。行けるか、トラ!」
「はいはい、皆さん。話を飛ばさないでくださいね。
結衣に話を振られ、帳簿を任されている幹部がへい、と頷く。
「あの人数からすると、半端ない量と言わざるを得ません。思わずうちの連中にも、肉専門部隊を作っちまおうかと思うほどです」
「なんでやらんのじゃ。金になるんじゃろ?」
「手間がかかりすぎます。現場で解体、袋に詰めて運搬。モンスターがうろついているダンジョンですぜ? しかもダンジョンから出たら、今度は冷蔵やら衛生やら……うちのモンにやらせるんですか? そんな細かいことを」
「あー……」
強面の元ヤクザ達は顔を見合わせた。そして同じ結論を出す。
「無理やな」
「無理です。そんなダルい仕事やらせた日には爆発しますわ」
「……そんな面倒なお仕事を、ミナカタさんはどうやってやってるんでしょうね?」
小首をかしげながら呟いた代表のつぶやき。男達は一斉に視線を集めた。にっこりと微笑みながら、親と子ほど年齢が離れた部下達に語りかける。
「これは益々、協力関係を深めていく必要がありますね?」
「む、むむぅ。しかしですな、お嬢……」
なんか怪しい。男親をこっそり自認する元ヤクザ達は、目に入れても痛くないほど可愛い代表の変化を敏感に察知していた。ちょっと肩入れしすぎじゃねえの? やっぱ? 俺もそう思う。男達は視線と表情変化で意思疎通を行った。
それに気づかず、結衣は唄うように続ける。
「それに、単純な好奇心だけじゃないんですよ?」
「……なにか、ほかにあるんですかいの」
「『お爺さま』が興味を示されております」
「!?」
幹部たちの表情が、一斉に青ざめた。さらに言えば、結衣の纏う雰囲気も全く別物に変わっていた。先ほどまでの華やかさはは消え失せて、冷たく神聖なものを身に帯びていた。男達は背筋を伸ばし、姿勢を正した。
「英雄に、魔女。そして……凡人の枠からはみ出しつつある者ども。お爺さまの期待に応えられるかどうかは分かりませんが、注目する理由には十分です」
「……承知致しました。では、監視員の派遣を」
「いえ、ソレには及びません。お爺さま曰く、優秀な使い魔が周辺を監視しているそうで。下手な者を入れると瞬く間に察知されるそうですよ?」
再び、穏やかな表情に戻った結衣がそう語る。神がかった気配が去って、幹部達は静かに息を吐いた。
「なので、普通の交流が最も効果的なのです。……幸い、とは少し言いがたいですが、近々彼らの実力を見る機会がありそうですからね」
部下がまとめた資料の一つを、つまみ上げてみせる。男達はそれを読んで意図を理解した。ソレと同時に、看過できない問題点に声を張り上げる。
「お嬢! もしかして、自分で行くとか言いませんよな!?」
「行くに決まっているじゃないですか。お爺さまが気になさっているんですよ?」
「それはそうですが! 危険すぎます! カメラ中継でいいじゃありませんか!」
「ライブ感が大事なんです。それに、腕利きの方を連れていきますからご心配なく」
その発言を聞いて、男達は一斉に逆方向に振り向いた。幾分か青ざめている、2mの巨漢を。
「トラァ! お嬢様に傷一つ付けたら承知せんぞ!?」
「虎井! アイテム何でも好きなもんもってけ! 下には言っとく!」
「追加の壁、何人用意する? 十か? 二十か? 三十でもええぞ!?」
「……落ち着いてください、兄さん方。お嬢は必ずお守りしますんで、はい」