10年ぶりに会った鼻垂れ小僧はギャルに進化していた 作:しが
──それから数日後……
「…あっ、たっちゃん。オッハー」
「…おはようアオイ」
「ていうか今度遊びに行かん?久しぶりにたっちゃんと遊びたいし」
「まぁそれはいいけど…」
そんなこんなである種のデートではあるが達也は特段身構えることもなく葵を待っていた。いたのだが……
「……」
「どしたん、そんなジロジロ見て」
「いや、よく寒くないなって」
いくら冬晴れの日とはいえ気温は正直寒い。けれども葵の格好はスカートだった。さすがにミニスカではないが生脚の半分は風に当たる。寒くないのかと常々彼は感じた。
「寒いよ」
「寒いんだ」
「寒いけど見栄えは重要でしょ」
つまるところおしゃれのために痩せ我慢してるということだ。関心すると同時に酔狂だなとも思う彼でした。閑話休題。
「…それでどこに行くとか決めてる?予定は何も聞かされてないけれども…」
「うーん特に決めてない…予定は未定」
行き当たりばったり過ぎますね。計画は年密に練るべきとは達也の方針ですが今日はそんなだいそれたことでもないので行き当たりばったりでもいいのかもしれません。
「うーん…それじゃあ、久しぶり行く? あの公園に」
「…うん、いいよ。それが一番最初なのは良いと思うよ」
10年ぶりに遊ぶなら彼処が良いというのは葵も達也も通じ合っていました。それで向かいます。小学二年生の時に遊び通い詰めたあの公園へ。
「あたしもこの公園来るの久しぶりだなー、小ガッコん時以来かも」
そうすると葵にとっても久しぶりの場所である。しかし達也にとってはもっと久しぶりの場所である。その公園はぶっちゃけ言うとどこにでもある児童公園だ。いくつかの遊具や砂場、水飲み場のあるごく一般的な児童公園である。だが達也にとってはそのごく普通の公園こそが思い出の場所である。
「あーうっうん…オレオレオレオレオレオレオレ…」
「急にどうした」
詐欺でもしそうな葵の連呼に達也は少し引いた。急にオレオレ言い始めたら誰だって引く。
「いや、この一人称久しぶりだから気合入れないとすぐボロが出そうだから」
「…何の話?」
葵は咳払いすると再び話し始めた。
「…あーっあーっ……んんっ。たっちゃん 覚えてるか?オレがこの砂場で遊んでた時に全力で砂飲んだ話」
「…そのしゃべり方は…」
正直言うとギャルの今の彼女がやるとすげぇ違和感があるがそれは達也への気遣いであることは分かった。達也は彼女の配慮に感謝すると語り出した。
「うん、覚えてる。最初は僕が砂遊びをしていたんだった。…葵は遊具で遊んでてこっちの作ってるものに気づいて、走ってきたんだったよね。…うん、それで見事に躓いて」
「ありゃ不味かったなぁ。口ん中最悪な味わいだった。すぐに水飲み場でうがいしたけどしばらく喉がサイアクだった」
「まぁ人間が食えるものじゃないからね」
そういう話ではないがそういう他愛のない思い出話はいくらでも出てきた。遊んだのは1年にも満たなかった期間だったがそれでも思い出話には事欠かさない。十年経とうとも幼い頃の思い出というのは中々色あせないとそう思わせてくれる。
「…あーやっぱ無理。違和感バリヤバ。あたしの口がネジ曲がる」
「…気を遣ってくれるのは嬉しいけど今の葵の話したい言葉でいいよ。別に思い出が変わるわけじゃあないんだから」
「そ?ならまあエンリョなく。…にしても自分のことオレなんて言ったのいつぶりだろ。7年ぶりくらい?」
「…もう小学生の頃からオレは使わなかった?」
「んー、あんまり記憶してないけど…中学ん時には間違いなく『あたし』だったよ。もうその頃には男の感覚は消えてたし。いやでもわかっちゃったよ。あたしはもうどうしょうもなくオンナノコってね」
「…あー…」
そのくらいの年齢なら第二次性徴だ。彼女にも訪れたのだろう。月のものと言ういわゆるアレが。
「ぶっちゃけまぁヒトゴトなんだよね。8年間生きた片瀬葵って男の子のことは。ま、性差少ない頃にオンナノコになったから?知らんけどさ」
すっかりと彼女は今の片瀬葵という8歳の少年を遠い過去のように感じているらしい。
「…それでファッションに興味を持ち始めたのは?」
「これもよく覚えてないけどやっぱ中学ん時じゃない?あたしもそこそこ背ェ伸びて着飾れる見た目になって。まぁホント最初は男の頃のテキトーな感覚だったからママの買ってきた服でテキトーに済ませてたけどさ。クラスメイトに誘われてブティックってものに人生始めて行ってさ。もう夢中になったね。あたしって見た目いいじゃん?」
「自分で言うんだ…」
「まぁ自信あるし。んで、すっぴんでも可愛かったのにオシャレしたらまぁ…うん、夢中になってこんな感じ」
なるほど立派なギャルになるわけだ。
いやなるのかよ。
「…」
「ん?どしたのたっちゃん」
「…いや、なんでもないよ」
砂場の端にしゃがみ込んだ葵は、スカートが汚れるのも構わず、指先で器用に砂をこね始めた。
「それよりもさたっちゃん、さ。覚えてる?あたしがこうやってさ、城作ってたら途中で崩れちゃってさ、それで二人で一緒に作ったやつ」
懐かしむように笑って、手を止めることもなく作業を続ける葵。その手つきには、確かにあの頃の“あおいくん”の面影が残っていた。夢中になって、真剣な顔で砂に向き合う姿。指先に砂をつけたまま話しかけてくる無防備な様子。どこか懐かしくて、愛おしい。
けれど。
(違う……全然、違うんだ)
隣に座りながら、達也はそっと視線を向けた。葵の横顔は整っていて、ぱっちりとした目元やつややかな髪、ほんのり色づいた唇に、何度も“今は女の子なんだ”という意識が強くなる。
もちろん本人は昔と同じように無邪気で、悪気のない笑顔で接してくる。ただ、葵の仕草のひとつひとつが、今の達也の心をざわつかせた。
「……なに見てんの?」
「えっ、いや、その、なんでもない」
動揺を隠すように顔をそむけ、手元の砂をすくい上げた。砂の感触は十年前と何ひとつ変わらないのに、こうして遊んでいる相手は全く別の人のようで――でも、変わらない部分も確かにそこにあって。達也の思考は堂々巡りを始めていた。
「んじゃ、あたしはこっち側の塔やるから、たっちゃんは門ね」
「えっ、僕、門? 難しくない?」
「いけるっしょ、あたしのほうがでかいの作るしさ、たっちゃんも細かくね」
昔から彼女――彼の時もそうだった――中々凝り性タイプだった。葵は楽しそうに話しながら、手際よく砂の塔を築いていく。達也も釣られて城門の形を作り始めたが、ふと手が止まった。
(こんな風に、隣に座ってるだけで、なんでこんなに緊張してるんだろう)
十年前はただ楽しかった。葵のことを、ただの“親友”としてしか見ていなかった。けれど今、そこにいるのはスカートを履いて、女子らしい声色で笑う“女の子”であるという事実が、じわじわと心に染み込んでくる。
――たしかに中身は変わってない。だけど、外見も、声も、空気も、あまりに違いすぎて。
「おー! ちょっと見てよこれ、良くない?」
どこか得意げに砂の塔を掲げるようにして見せる葵。髪がふわりと風に揺れ、陽光にきらめいた。
「あたしってさ、高校でも美術の成績だけは良いんだよねー。図工んときもよく表彰されてたし」
「うん、覚えてるよ。作品展示で選ばれてたよね、確か」
「でしょー? だからこういうの任せてくれて正解ってワケ」
自信たっぷりな態度に、思わず笑ってしまう。ああ、これも変わってないな、と思った直後に、やはり心が揺れる。
表情も、言葉も、どこかあの頃のままなのに、無意識に彼女の肌の白さとか、指先の細さとか、そんなものを目で追ってしまっている自分がいる。
(僕……あおいくんにあのあおいくんに異性を求めているのか…)
達也は自分の鼓動が早くなっているのを感じながらも、なんとか平静を装おうとする。けれど、砂をすくいながら、手がほんの少し震えているのが自分でもわかった。
「たっちゃん、指先に砂ついてるー。ほら、貸してみ」
そう言って、葵は無造作に達也の手を取った。ひやりとした指が触れた瞬間、達也は小さく身をこわばらせた。
「わ、わかってるから、自分でやるよ」
「ん? あー、ごめん、クセで」
悪びれもせず葵は笑う。彼女にとっては、ただの昔からの友達。気軽に触れて、気軽に笑い合える存在。だけど。
(僕は……)
もしかすると、自分だけが変わってしまっているのかもしれない。葵は昔と変わらず無邪気なままで、でも自分の目に映る彼女は――いや、彼女“だからこそ”――違って見える。
同じ遊びをしているはずなのに、何もかもが、ほんの少しずつ違っている気がした。
作り終えた“砂の城”を二人で並んで見つめながら、達也はそっと息をついた。
「……立派にできたね」
「でしょー? これSNSに上げよ。タグは“#砂場でガチってみた”ってとこ?」
「やめてくれ……」
葵の笑い声が冬空に響く。変わったこと、変わらないこと。それらを一つずつ確かめるように、思い出の公園には温かな時間が流れていた。
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オレの中で、たっちゃんってのは昔から“守ってあげたい弟”みたいな存在だった。
顔立ちが良くて、髪もサラサラで、ちょっとだけ照れ屋で……でも、どこか危なっかしい。オレはたっちゃんのこと、いつも「可愛いなぁ」って思ってたんだよね。なんかこう、女の子っぽくて、姉ちゃんたちに無理やりスカート履かされて、泣きそうになってた姿とかさ、今でもわりと覚えてる。
だからさ。駅で、十年ぶりに見たとき――まるで知らない誰かが立ってたみたいだった。
あたし、最初はマジで気づかなかったんだよ。あんなに背が高くて、肩幅もあって、スッとした目元に、低くて落ち着いた声。あれがたっちゃん?って、正直頭の中ハテナでいっぱいだった。
でも、あたしの名前を呼ぶ声が――あの昔の、優しい言い方のままだったんだよね。
「……あおい、くん……?」
聞いた瞬間、思い出したんだ。オレが坊主頭で、半袖短パンで駆け回ってたあの頃、必ず隣にいたたっちゃんの声。あの声が、今の彼の口から出たってことに、すごく不思議な感覚がした。
オレの中で止まってた時間が、急に動き出したみたいだった。
んでまあ、それから話したり、ファミレス行ったりして。たっちゃんの話聞いて、やっぱすごいなって思った。ちゃんと約束覚えててくれて、帰ってきてくれて、オレとのことをずっと大事にしててくれた。それって、ちょっと、いや、かなり……嬉しかった。
けどさ。あたし、正直あの時から――今もだけど、少しずつ違和感感じてた。
目が合うと、なんかドキッとするし。
言葉交わすと、昔のたっちゃんと違って、男の人だなって、ふと思っちゃう。
手を伸ばしたとき、たっちゃんの手が前よりずっと大きくなってて、「あ、これはもう、守ってあげたい可愛い弟じゃないな」って思った。
気づいたら、目で追ってた。自然と。何度も。
たっちゃん、すっかりイケメンになった。
そんなの、あたしが言わなくてもわかるくらいのレベルで、周囲のギャルたちが食いつくくらいだから、間違いない。けどそれ以上に、喋り方とか、姿勢とか、あたしに向ける気遣いとか――そういう全部が、どこか“男の人”だった。
不思議だよね。オレが坊主で砂まみれだった頃、まさか将来、たっちゃんのことを“カッコいい”なんて思う日が来るなんて、想像もしてなかった。
それが今じゃ――
……いや、違うな。
“あたし”が、“達也くん”を、カッコいいって思ってる。
たっちゃんがカッコよくなっただけじゃない。あたしも変わった。オレだった頃から、今はあたしで、髪も伸びて、スカート履いて、ネイルもするし、メイクもしてる。
……そして、たっちゃんを見る目も変わった。
たっちゃんが、隣にいると、胸がざわざわする。意味もなく視線を逸らしたくなるし、逆に見ていたくなるし。これって、なんだろう。昔みたいな“友達”のままで、いられるのかな。もしかしたら、もう違うのかもって。
思い出の公園で、二人並んで砂場にしゃがんで、あたしはふと思った。
十年前のオレは、「将来絶対にたっちゃんよりカッコよくなる!」って言ってたけど、もうその勝負、たぶん負けてる。
でも、ちょっとだけ誇らしい。だって、あたしが「絶対カッコよくなる」って信じたたっちゃんは、本当にその通りになってくれたから。
――ホント、たっちゃんはさ。あたしの見る目、間違ってなかったよ。
あたしはもう10年前のヒーローには戻れなくても
それでもたっちゃんと関わりたいとそう思ってしまうのでした。
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