申し訳ない……。
塔が見える森林地帯。
この辺りには、人の目に一切触れないような希少なモンスター達が姿を潜めているという。
代表的なものは、”轟竜 ティガレックス”の希少種にあたる”大轟竜”だろうか。
塔の周辺の豊かな生育環境によって、通常種より遥かに巨大に、さらには爆破属性を得るに至ったという希少な個体なのだという。
「ねぇ、アルメリア」
一人の少女の妖艶な問いかけに、一人のハンターは立ち上がった。
銀火竜の素材が用いられた専用の軽量な装備を身に纏い、背には血に汚れ錆びているようにも見える大剣――輝剣リオレウスを負っている。
だが、それはもう使い物にはならない。
左腕があるべき箇所に、彼女の腕はない。
片腕では、大剣などを振り回すことはいくらハンターといえど不可能である。
白髪を三つ編みに束ね、やや虚ろな蒼穹の瞳は誰かの呼びかけに応えるや否や、ぱぁっと明るく変化した。
「何してたの」
彼女に歩み寄るのは、少女。
純白のドレスを身に纏い、さながらその少女の周囲にだけ淡い陽光が降り注いでいるかのような不思議な雰囲気を醸し出す風貌。
アルビノの肌、雪のように白く長い髪。
右眼は悍ましいほど深みを有する紅であり、赤いヴェールで覆われた左眼にも同じような瞳があることを容易に彷彿とさせてくる。
「喉……渇いたんだ」
「あら、それは大変ね」
ハンターの足元には、小さな川があった。
その水面に自らの顔を映し、覗き込んでいたようだ。
「お水ならあるわ」
少女はたっぷりと水の入った革袋を取り出し、彼女に見せつけた。
ハンターが手を差し出そうとした途端、白いドレスのその少女は革袋の水を口に含む。
きょとん、とするハンターの頬に触れ、彼女を抱き寄せるようにして、自分の唇と彼女の唇を交わらせる。
ハンターの口に、少女の口が含んでいた水が受け渡される。
驚きで喉が詰まりそうになったが、すぐに嚥下し、乾きは潤った。
「……ありがとう」
「どういたしまして」
ハンター――アルメリアは、ぺこりと頭を下げる。
少女、アーキはいたずらに笑う。
二人の関係は姉妹でも、恋人でもない。
互いが互いのことを、違うふうに感じている。アルメリアは恋人や家族のように思っているかもしれないが、アーキは違った。
「うーん……これからどうしましょうか」
アーキは置いてあった籠を脇に抱える。
その籠の中には果物や野菜が沢山収穫されていた。
――あの一件以来、アルメリアは塔の秘境とその周辺から動いていない。
動けないのだ。アーキの管理下にある、といっても過言ではない。
それが彼女にとって、幸せであるからいいものの。
「ふふ、ぼうっとしちゃって。ここはあったかいから、気持ちがいい?」
「……うん。アーキと一緒だし」
アルメリアの一言に、アーキはにぃ、と歯を見せて笑った。
アルメリアの頬をつん、と突き、背を向けて歩き始めた。
「ほら、ボディーガードさん。私のことを守ってくださいな」
「腕がないから、あんまり期待しないでね」
「私を抱えることくらいできるでしょ」
アーキの言葉に、アルメリアは苦く笑う。
彼女はその気になれば、どんなモンスターだって寄せ付けない力を発揮できるはずなのに――。
だが、同時にそれは
彼女への疑念は、アルメリアは自分への安堵に繋げた。
そうするしかできない。
この、虚ろな気持ちを紛らわせる為には。
◇
「義手……?」
聞き慣れない言葉に、アルメリアは首を傾げる。
美しい景観の塔の中。
石の塊を椅子代わりに、二人が陽光漏れ出す空間で談笑に耽っていたところ、アーキが「義手をつけてみたらどう?」という提案をしたのだ。
「あら、知らない? 代わりの腕よ。腕を無くした人が得る、ね」
「そんなことできるの……? ただくっつけることはできるにしても、前と同じように動かすことなんて」
アーキは頬杖をついて、こちらに微笑みかけてくる。
「そうねぇ……腕がある前と比べたら、相当不便だとは思う。けど、ないよりマシだと思うわよ。その道の技術者を知ってるわ」
いわばそれは、「早く腕を着けてハンターとして生業を立てられるようになれ」という意味だろうか。
アーキは自分に何をしてほしいのか、いまいちよく分からない。
とはいえ、あの言葉を忘れたとは言わせない。
――これからも、たっくさん可愛がってあげる。
もう彼女無しでは生きられない身体になったのだ。
狩りに生きるしか無かった自分に、愛を振りまいてくれた責任は取ってもらわなくては。
「紹介してよ。私……アーキの役に立ちたいから」
「……まだ何も言ってないのに……ふふ。アルメリアってば、そんなに私のことを思ってくれてるのね」
三日月のように柔和になる彼女の口元。
アーキは、アルメリアといるとよく笑う。もっとも、彼女は自分と居ないアーキの姿を知っているわけではなかったが。
アルメリアの意思の通り、アーキは彼女へ義手職人を紹介することになった。
職人がいるのはドンドルマなのだという。
ドンドルマは技術力の発展も著しく、あれだけ大きな街のため、知らないだけでそういう技術を持った人がいるというのは頷ける。
だがアルメリアは、一つだけ懸念点があった。
ドンドルマには戻りたくない。
あのクエストを受けて以来、帰還できていないからだ。
正式なハンターである以上、帰還できていないアルメリアはおそらく行方不明で捜索対象――最悪の場合死亡と見なされているに違いない。
そんな人間が町中に姿を現せば、知り合いならば大騒ぎになるに決まっている。
アーキに相談すると、彼女は快くその意思を受け入れてくれた。
「お顔は隠したほうがいいかもね。あとは……偽名も用意しましょうか」
顔を隠し偽名を使うだなんて……。
知人への暴露を防ぐためとはいえ、なんだか密猟ハンターみたいで嫌だった。
ギルドは密猟ハンターには容赦がない。モンスターを無断で狩るような輩を、逆にハントする人員もいるという都市伝説も生まれるほどだ。
数日後。
久しぶりにドンドルマにやってきた。
ごった返すような人混みに目眩がしそうになる。あのクエスト以来、”塔の秘境”という辺境の地に入り浸っていたのだから、その症状は当然と言えば当然だ。
アーキが顔を隠す為にくれたのは、顔面全てを覆い隠すほどの蒼色のヴェールだった。これなら視界をある程度保ちながら、遠目では誰か分からないようカモフラージュできる。
装備も彼女特注の物だったため特定に繋がるゆえに、一旦は脱ぎ置いて素朴な黒のワンピースを身に纏った。
普通の衣服を纏うのはいつぶりだろう。
防具かインナーかの生活だったからか、全く着慣れなかった。
それに――この姿だと怪しさ満点だ。
幸いこの街には行商人から大道芸人まで色々な人がいるから、なんとか誤魔化せてはいたが。
アーキに導かれた先には、石造りの建造物に埋め込むようにして造られたドアがあった。
ドアを開けば、中にはくり抜いたような部屋が広がっていて開くや否や、鉄臭さと熱気で満ちあふれていた。
中にいたのは一人の小さな竜人。だが肌の具合からして、アーキより遥かに長く生きている竜人族であるのは火を見るより明らかであった。
その竜人族の手引きによって、アルメリアの手術はすぐに始まった。
物凄く痛かった。
その竜人族によると、神経と機械を接続するために、凄まじい激痛を伴う手術になってしまうらしい。
加えて、神経接続に利用するのは雷属性のモンスターの素材を用いたワイヤーのようなもののため、ゴワゴワしていて痛い。
アーキにずっと右手を握ってもらっていたが、それでも完全には誤魔化せないほど痛かった。
手術が完了し、失われた自らの左腕は鉄で造られたものに成り代わっていた。
動かそうとすると、若干の違和感はあるものの指も関節も問題なく動かすことができる。
その竜人族にお礼を言い、代金を支払ってからドンドルマを足早に後にした。
◇
「さぁっ、腕もなんとかなったことだし。貴女にはやってほしい事があるの」
――飛行船に乗り込んで半日。
落ち着いたアルメリアに対して、アーキは容赦なくそんな事を言ってくる。
アルメリアは珍しく浮かない顔をした。
術後の高熱で今の今まで寝込んでいたのに、酷い言いようだ。
「……ご褒美、もらってない。あんなに、頑張ったのに」
唇を尖らせながら言ってみると、アーキはぷっと吹き出してから大爆笑した。はしたなく大きな口を開け、腹を抱えて笑った。
暫く笑って、漏れ出た涙を拭き取りながら言う。
「はいはい。そうだよね〜欲しいよね〜。ちゃんとおねだりできて偉いね〜」
アーキは子供をあやすような口ぶりで彼女に近寄りながら、アルメリアの身体を抱き寄せた。
「はーい、ぎゅうっ〜〜……!!」
柔らかな肢体を押し付けられて、アルメリアの火照った身体は、一気に癒しの渦に叩き込まれた。
だけど、もうこれでは足りない。
「アーキ……き、きす……」
「ん? なぁに? 聞こえない」
いたずらに聞き返してくるアーキに、アルメリアは頬を赤くしながらもう一度言う。
「キス……!! して……!!」
クスクス笑うアーキは、そんな装いをしながらも、素直にそれに応じてくれた。
「目閉じて」
彼女の指が、アルメリアの額を這う。
絹のような繊細な髪をかき上げて、アルメリアの顔の隠れ場を無くす。
言われるがまま目を閉じると、彼女の唇の感覚が自分の唇に重なるのをはっきりと感じる。視界を閉ざしているからか、より触覚が研ぎ澄まされ、生々しい感触で伝わってくる。
「満足?」
目を開き、アルメリアはこく、と頷く。
「なら良かった」
アーキの笑みを見て、急に眠気が襲ってくる。
飛行船が、彼女も知らぬ目的地に着くまでの間、アルメリアは深い眠りに落ちるのだった。
◇
目が覚めると、飛行船が停泊していたのはアルメリアにとって馴染みのないが、他のハンターからすればありきたりな拠点だった。
広大な蒼海。その真ん中にぽつりと浮かぶかのように築かれた拠点。
沢山の船が入っては出ていく盛んな港――タンジアの港と呼ばれる、ハンターたちが集まる集会所的拠点だ。
アルメリアはここに足を運んだことはない。名前を知っている者は愚か、顔を知っている人間も存在しないだろう。
「ここなら、お顔隠す必要はないわね。まぁ……偽名は使ったほうが身のためだと思うけど」
アーキも久々に来る様子で、変わった港の景観に興味を示しているようだった。
アルメリアは俯きながらぽつ、と呟く。
「……やっぱり、私はハンターとして生きるしかないのかな」
人混みの騒音で賑わう最中、彼女のその言葉は一際目立って、なおかつ冷たい響きに感じられる。
幼き頃から誰もが受けるべき母親の抱擁を受けられなかった。若い女性ともあろうものが、一人で生計を立てるために狩りに勤しんだ。若いころからそうなっては、もはやそれ以外の道を開くことなど難しい。
商人、鍛冶屋、受付嬢。道はいくらでもあったのにハンターに固執した。固執せざるを得なかった。そこに愛なんかない。ただ命を殺めるだけの、モンスター達からすれば恨まれて当然の存在だ。
「それでいいじゃない」
アーキは顔を落とした彼女にそう声をかけた。
「貴女がハンターだから、私と出会えたのよ」
複雑な想いを交錯させていたアルメリアの楔を解いたのは、そんな、数秒にも満たない一言だった。
「……そうだね」
アルメリアはにこ、と笑う。
笑ったのは随分久しぶりだ。
アーキの側にいることができる。こんなに幸せなことを掴めたのは、自分がハンターだったおかげだ。
「さて……アルメリア、身体がなまってるんじゃない? ここ最近、のんびり暮らしすぎてるようだし」
「腕がなかったもん」
「ふふ。それはそうね」
アーキはくす、と笑う。アルメリアの言葉の真意を分かってくれたかどうかは、その声音からはとてもじゃないが分からなかった。
「私の知り合いが困ってるようなの。わざわざ鳥で依頼書を押し付けてくるくらいに」
「知り合い……」
手術をしてくれた竜人族の件から察していたが、アーキは意外と顔が広いようだ。
竜人族という――いや、それさえ超えた特異な立場ながら、ハンターズギルドに依頼を出せる彼女。それだけ動けるのは、それなりのツテがあるからに他ならない。今の世で孤高に生きることは不可能だ。
「助けてあげてくれない? だいじょうぶ、ちゃんと
【狂気止まずして、猛火は鎮まらず】
メインターゲット
狂竜化アグナコトル一頭と狂竜化ジンオウガ亜種一頭の討伐
サブターゲット
狂竜化解除を2回成功
目的地
溶岩島
依頼主:黒く煌めく装束を纏った青年
貴様の力を見せてもらおう。ハンター。
黒い闇を払い、調和を取り戻す礎を築けるだけの力が貴様にあるのか……。
取り戻された黒く煌めく艶やかなる大地を見るのは、貴様か? それとも奴らか?
(要約すると、厄介払いをしてほしいだけなんだって♡)
追記:ハンターズギルドより追記いたします。溶岩島にて発見された狂竜症を発症しているモンスターの調査も兼ねて狩猟をお願いしたい。……ふざけた依頼が多くて困ったものだ。