インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
第1話 パンドラの箱
誰でも一度くらいは、こんな経験をしたことがあるはずだ。
何かを忘れている気がする。
忘れていると言うことは分かっているのに、何を忘れているかが分からない。
重要な事だったはずなのに、どうしても思い出せない。
いつからか、俺はその感覚が抜けなくなっている。
何かをしていれば、頭の片隅にすら残らない。
だが何もしていないときや、手持ち無沙汰なとき。
そう、ちょうど今のようなときに、不意にその感覚が襲ってくる。
ガンガンと暴力的に金属を叩く音で、疑心暗鬼のような感覚から解き放たれた。
その音は軍用トラックの運転席の壁を殴る音だ。それが意味するのは、ドイツ軍基地の検問所を突破したこと。
検問所の軍人には予め賄賂を渡してはいたが、計画の第一段階を無事突破したことに安堵する。同様にトラックの荷台の荷物に隠れる部下たちの姿を確認した後、肩までかかる長い髪を後ろで結ぶことで気持ちを切り替えて報告した。
「アルファリーダー、準備完了。あと三分ほどで作戦を開始する」
インカムに向かって呟くと、他の小隊から返事があった。
そもそも計画とはIS、即ち「インフィニット・ストラトスの奪取」。女性にしか使用できない、現代における最強の兵器を強奪することだ。
戦争とはその時代における最強の兵器を持っているものが勝者となる。チンギス・ハンは弓と矢で広大な大陸を支配し、アメリカは原子爆弾の投下で世界の警察を自称し、現代では最新鋭のISを持つ国こそが世界への大いなる抑止力となる。
だがその絶対数は467機と限られている。
製作者であり、唯一そのテクノロジーを持つ科学者である篠ノ之束が製造を止めたからだ。
だからこそコアの新規製造に成功した者は、新たに世界の勝者となる。
まぁ実際のところ、俺の行動原理としてはそれらは全て建前に過ぎない。
問題は『女性にしか使用できない』『最強の兵器』であることだ。
実際にISを所有していなくても、その不可思議な仕様のせいで男女間に存在したパワーバランスは逆転した。
例え体格や身体能力、知能や知識で凌駕していても、女尊男卑という風潮がある以上、上に立つものが殆ど女という事情もあり、男である俺が意見をしても無駄だ。
こんな世の中はおかしいと声を大にして叫んでも、長年虐げられてきた女性たちはこの利権を手放すわけが無い。
なら女性にしか操れない理由を探し公表してしまえば、世界への打撃くらいにはなるだろう。
男女平等なんて求めていない。
平等な世界などありえないのだから。
「準備はいいかしら、紫苑」
目的を再確認することで戦意を高めていると、作戦の立案者であり俺がいる会社の社長である女、「汐澄綾乃」から通信が入る。
彼女は女であるにも関わらず、男を卑下しない稀有な人間だ。だからこそ、俺はついていくと決めた。
「準備が出来たと通信したのに、わざわざ聞き返すな。居眠りでもしてたのか」
「心の準備のことよ。その様子じゃ大丈夫みたいだけど、せっかく心配してあげたのに姉として悲しいわ……」
――だからと言って人を食ったこの性格まで尊敬できるとは言っていない。
美人ではある。だが彼女も言ったとおり姉のような存在ということも加わり、恋愛感情からは程遠い。
「綾乃さん、彼は饒舌に話す時が一番緊張してるんですよ」
「うるさい、人の感情を説明するな。自分の役割に集中しないで戦死しても、葬式も墓参りも行かねえからな」
「ほら、こういう男なんですよ。鳴海紫苑って男は。――にしても恋人が死んで墓参りに来ないって、酷過ぎない?」
「しょぼい失敗する女を恋人と認めたくないだけだ」
誰も割り込もうとしない綾乃との通信に堂々と割り込んだ彼女の名はベータリーダー、雪峰葉月。幼馴染で士官学校にて再開、成り行きで付き合っている。
「作戦用の通信を使って痴話喧嘩しないでよ!」
「盗み聞きしないで、羨ましいなら相手を探して」
「嫌味はこの際見逃してあげる――」
綾乃との会話の途中で再び運転席から金属を叩く音が聞こえた。二度目の合図は予定ポイント、ドイツ軍基地の中心に到着したことを示す。即ち――
「アルファチーム、ミッションを開始する」
部下にハンドサインで合図を飛ばし、傍らに置いておいたアサルトライフルを構え、荷台の扉を蹴り飛ばす。
広大な基地の中でも、そこは戦闘機が多く配備された場所だった。
手始めに近くに固定されていた戦闘機へ、アサルトライフルに外付けしたグレネードランチャーを使用して爆散させる。その爆音に驚いて無防備な数人の兵士を撃ち殺し、その中で唯一反撃に出た兵士が投げようとしていた手榴弾を拾い上げ、また別の戦闘機へと投げつけた。
二度の大きな爆発音に気づいた誰かがアラートを鳴らし、次々に援軍が寄ってくる。
再び数人に射撃を行うとマガジンの弾薬が底を尽きる。だがリロードはせずに銃を投げ捨て、腰にぶら下げてある二丁のサブマシンガンを携えて、多くの兵士が駆け寄ってくる方面へと走る。
敵陣の中心に飛び込むことで、相手は同士討ちを恐れて心理的に射撃を躊躇してしまう。
そんな環境下でなら映画のような二丁サブマシンガンなんてことも、持ち前の空間認識能力を駆使してやってのけることができる。
再び銃弾が切れれば迷わず武器を投げ捨て、倒れている兵士の銃を奪い取る。
仮に接近されたとしても、自慢の長い手足を利用して迎撃する。振り向きざまに足を撃ち抜き、痛みに蹲った敵を踏みつけたまま次の敵に銃を乱射した。
武器が見当たらなければ物陰に隠れ、近寄ってきた兵士をガラスの破片で切りつける。
物陰がなければ、殺した兵士の死体を盾に使う。
部下の何人かは垂直離着陸機を奪取し、空中からの支援を行っていた。
ただひたすら暴れて、敵陣の中心で目立っているだけのように見えるこの行動にも意味がある。
アルファチームの役割は、陽動。
わざと目立つような戦い方で敵の注意を引き付け、別働隊を動かしやすくするのが目的だ。
そして歩兵が基地内で暴れているなら、戦車や戦闘機は駆りださない。
大抵は兵士を大量に向かわせ、数に物を言わせて制圧すればいい。
それでも制圧できないなら、小柄で制圧力のある兵器を出す。
突如空高くで鳴り響く爆音で、そいつが現れたことを認識する。
「――やっときたか、インフィニット・ストラトス」
部下が乗っていた垂直離着陸機の爆風、その影からマルチフォーム・スーツが現れる。
人間がむき出しに見えるその外見に反して、シールドエネルギーと呼ばれる技術のお陰で操縦者へのダメージは殆ど期待できない。
「《空中にいる奴等はバルカンでISを引き付けながら撤退しろ。まだ地上にいる奴は、俺についてこい》」
様々な人種が入り混じる部下に配慮して、英語で命令を飛ばす。
たった一機で戦局を変えてしまう。全く、ISという兵器はふざけてやがる。
内心で毒づきながら、残る部下を引き連れて倉庫に向かう。
屋根があり、自軍の兵器があるなら、あのISは恐らく俺たちを追って倉庫に入ってくる。
倉庫ごと吹き飛ばすほど、俺たちへの警戒度は高くないはずだ。
ISの到着で勢いづいたドイツ軍兵士たちへ銃弾の雨を浴びせながら、新たに入った通信を聞く。
どうやらISの現れた位置を把握できたらしい。これで奪取まで成功すれば、撤退するのみだ。
周囲に気をつけながら物陰に隠れ、部下から未使用のグレネードランチャーを受け取る。
例えISと言えど、武器へのダメージは防げない。
量子化している武器と駆動部分の全てを破壊、シールドエネルギーを削りきって勝ちという道筋は、一応ある。
だがそのシミュレーションは、一瞬で崩された。
物資の陰に隠れていた部下が、ライフルの掃射で飛び散る。危険を感じてその場から飛びのくと、俺の隠れていた物資もまた木っ端微塵になっていた。
間近で見ることで漸くはっきりしたその外見的特徴から判断すると、あのISはフランスのデュノア社製「ラファール・リヴァイヴ」だ。パイロットの女性は侵入者の排除に躍起になっていて、整った顔が台無しだった。
しかし量産型とはいえ生身で相手するのは、風車に立ち向かうドン・キホーテですら霞むほどに滑稽だろう。
六十口径を超える銃弾を、銃口の向きなどの未来予測から辛うじて躱す。アンチマテリアルライフルの掃射に等しい攻撃を人間にするとは非人道甚だしい、などと考えたが侵入者に対する対処に人道もあったものではないか……。
「まだか、葉月」
「待機状態のISを奪い取った! こっちの奴らを片づけたら、援護に向かうから!」
インカム越しに焦燥する葉月の表情が浮かぶ。
ベータチームの役割は待機状態で持ち運ばれているISのパイロットを速やかに殺害し、待機状態のままISを奪取すること。
目標自体は完遂しているが、これから俺の援護に来ると言うことだ。
今の時代の男は守られる立場でもあることを痛感し、奥歯をかみ締める。
「分かった、何とか時間を稼ぐ。無茶はするなよ」
そう言っている間にも部下が数人、肉片となって飛び散った。
グレネードを放って装備を破壊するが、長くは持たない。
機材が積まれている場所を見つけて、そこに隠れ新たな銃を探して辺りを見回すと、俺のいる場所から30m近く離れた場所に武器を発見した。
あまりにも遠く感じるが、何もせずに死ぬより抵抗して死のうと覚悟を決めたそのときだった。
隠れていた機材の山にラファール・リヴァイヴの放った榴弾が当たり、爆風で大きく吹き飛ばされる。
激しく打ち付けたせいで体のあちこちが痛む。吸殻がたくさん落ちている床に倒れこみ、部下と目が合った。銃弾で張り裂けた服を身に纏い、虚ろな目をこちらに向けている。
その姿に、ふと正気を取り戻す。
幸いにして出血はない。だがISからの攻撃を躱せるような動きができる状態でもない。
何となく察してはいたが……。
葉月、お前が来るまで時間稼ぎなんて出来そうもない。
だがお前が来たときに楽に倒せるよう、シールドエネルギーを削るくらいはしてやる。
痛む体に鞭打って、近場の物に掴まり起き上がろうとしたとき――
――脳内に流れ込む情報の奔流に激痛が走る。突然の出来事に額を押さえようとするが、体の感覚に違いがある。
動かないはずの腕が不思議と軽く動く。
痛みのあまり閉じた目を開き、軽くなった腕を確認する。
だが見えた光景は、あまりにも現実離れしていた。それは言葉で表現できるようなものではない。
一体どのように表現すればいい?
『男の俺が』インフィニット・ストラトス、ラファール・リヴァイヴを身に纏っている光景を。
初めての使用だからだろうか。情報の奔流に耐えられず聞き流すその中で、強化された五感がロックオンされたことを知らせる。
――ハイパーセンサー。操縦者の近くを補佐する、ISの高感度センサー。
そのお陰で命拾いした。
こうなりたくなければ、戦場で何があっても呆けてはならない。俺が倒した敵兵の死体を蹴りながらそう言った教官の姿を思い出した。
脳裏に過ぎる教官は、その場から動けと叫んでいる。
足を一歩踏み込んで銃撃を回避しようとすると、補助スラスターが働き、生身とは比べ物にならない速さで体が動いた。
痛みのあまり動かせなかった体も、パワードスーツであるISの動作補助さえあれば自由自在に動かせる。
いや、動作を補助するパワードスーツとはまるで逆だ。
ISの動作を、俺が補助しているような気分だった。
投射ディスプレイに表示された武器一覧の中から、扱いやすそうなアサルトライフルを選んで両手に構える。
先程まで一方的な蹂躙を行っていた敵兵のラファール・リヴァイヴに目をやると、驚愕の表情が顔に貼りついて離れていなかった。
男が動かしているのだから、無理もない。だがこの機を逃すほど、不利な戦局には変わりない。
「――今までのようには行かねーぞ」
再びスラスターを点火、今度は敵機目掛けて突撃する。
ISに乗れたとしても、やることは生身での戦闘と変わりない。動作が生身の延長線上にある以上、無理に戦闘スタイルを変える意味は感じられなかった。
反射的に発射したと思われる銃弾がでたらめな軌道を描くが、この機動力なら回避に全く問題はない。反撃にアサルトライフルのフルオート射撃で、敵の動きを封じ込める。
今まで頭では描けていて、肉体の限界で再現できなかった動きですら、今なら出来た。
銃弾の軌道予測による回避と同時に、弾の無くなった片方のライフルを投げ捨てる。変わりに呼び出したのは、ブレード。
銃弾の雨で封じ込め、スラスターの点火で接近。ブレードで斬り付けるが一撃目は弾かれ、空中に舞うブレードを逆手で持ち直し、そのまま振り下ろす。
目の前で崩れ落ちるISとその搭乗者を眺め、斬り付けた直後の格好のまま、ふぅっと息を吐く。
搭乗者をブレードで斬り付けたが、ISの絶対防御と言う機能でおそらく死んではいないはずだ。
女尊男卑の象徴とも呼べる兵器の適性があるという、世界を変えてしまうかもしれない予感を感じながら、綾乃や葉月、部隊の誰かに連絡を取ろうとして――ゾクリ、と背中に走る気配を感じた。
本能的に大きく飛びのいて、気配のする方へ振り向くと、そこにいたのはドス黒い機体。
搭乗者は銀髪の小柄な少女。
気体の知識は薄いが、搭乗者の姿を見て察する。
さっきのとは、別格だ。
リロードすらまだの状態で戦闘を開始したくはなかったが、即座にライフルの狙いをつけ射撃を開始する。だが機体の前で突如、運動エネルギーを失ったかのように銃弾が停止した。
「物理法則無視するのも大概にしろよ……」
ぼやきつつもブレードを収納し別の武器を呼び出そうするが、残る武器はマシンガンだけ。あの兵器の謎が解けない限りは牽制用にもならなそうだが、無いよりはましだ。
右手に現れたマシンガンを出現と同時に発射を開始。その後すぐに銃弾が底をついてアサルトライフルを投擲するが、今度は停止させるまでもなく躱される。
あの見た目の機体は聞いたことがない。恐らくロールアウトされたばかりの専用機だろう。
だとすると性能差がありすぎる。
だがそんな機体の注意を引き続けていれば、せめて葉月たちの撤退くらいはできるだろう。
そう考えて通信で葉月に撤退を指示する。
「葉月。ちょっとまずいことになった。俺が注意を引いている間に、さっさと撤退しろ」
「まずいこと!? 何があったの!?」
狼狽する声が聞こえるが、同じ心境なのはこっちも同じだ。
黒い機体から伸びてきたワイヤーのような兵器をギリギリで回避しながら、努めて落ち着かせるように柔らかい声色で返答する。
「言うほどまずくない。あぁ、それほどじゃあない。今度ニュースで俺の事を見たら、録画して動画サイトに上げておいてくれ」
葉月を落ち着かせるつもりが、結局自分を落ち着かせるような言動となってしまったが、この判断は間違っていない。
男性のIS適性を持つ人物など、その価値は月の石よりも高い。
そんな金の卵を殺す選択を持つほど、どの国も余裕は無い。
ならここで捕まっても殺されることなく、生け捕りにされるはずだ。
そう決まれば最後まで足掻くだけだ。降伏などしない。
左手にブレードを展開。飛来するワイヤーをあしらいつつ、可能ならば切断。
マシンガンで黒い機体を射撃しながらスラスターを使って滑るように移動し、近場に合った機材を敵機目掛けて蹴り飛ばした。
銃弾の雨を受け止めながら、機材を躱す事は流石にできないようで、蹴り飛ばした機材も空中で静止させられた。
同時にいくつもの行動に対応できない事を確認した上で、その機材に銃撃を行う。
運よく引火して爆発を引き起こし、その爆風の影からマシンガンの銃撃と共にブレードを振りかぶり急接近する。
「いい加減に――!」
柄にもなくそう叫びながら、切り掛かった。
結果だけ言えば、届くには届いた。銀髪の少女が驚く顔が、人形のようなその顔が眼前に見える程度の距離にまで接近することもできた。
だがそこで機体が動かなくなった。ディスプレイにはエネルギーの限界を知らせる表示が出されていた。
「くそっ……こんな結末かよ」
命の補償は恐らくされると分かっていても、相手がいくら格上だと分かっていても、負けるのは悔しい。
せめて一撃くらいは浴びせたかったと、少女を睨みつけながら思った。
「量産機でここまで私を追い詰めるとは……なかなかやるな、貴様」
銀髪の少女が流暢な日本語で、だが冷たい表情のまま言った。
「お世辞も日本語も上手いな……。言葉が通じるついでに教えてくれ、俺の処遇を。人質か、人体実験の実験台か――」
「知るか。上層部にお前を引き渡し、そこで決められることだ」
ぶっきらぼうにそういう少女に、だが不思議と興味が沸いた。
「見た目と違って、根っからの軍人のような台詞だな。気に入った、名前を教えろよ」
「言い方は気に入らんが……まぁいい。ラウラ・ボーデヴィッヒだ」
ラウラ、か。
銀髪と眼帯、その小柄の見た目と名前をしっかりと脳裏に刻み付ける。
この出会いは必ず何かの役に立つはずだ。
「いい名前だ。俺は鳴海紫苑。お互い名前も知ってるなら知り合いだな。だから連行するならお手柔らかに頼む」
名乗ってもらった礼に自分の名前を教える。ISを解除し、同様に解除したラウラへ両腕を差し出すと、容赦なく引っ張り手錠をかけられた。
――これが俺のIS戦闘の初戦。それは苦々しい敗北の味だった。
『パンドラの箱』: 女性だけがISを使える状態を通常時とすると、紫苑がISを使えてしまったことは大いなる災い。