インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
時は学年別トーナメントの数日前、シャルルとラウラが転校してきた当日へと巻き戻る。
ラウラがセシリアと鈴を完膚なきまでに叩き潰し一夏が激昂、それに織斑先生が介入。直後、ラウラと俺が廊下で対峙していたその時まで。
「ラウラ・ボーデヴィッヒ。お前に話がある」
怪訝な顔で俺を見上げていたラウラは、更に険しい顔で俺を睨み付けて聞き返す。
「貴様か。一体何の用だ」
「久しぶりに会ったのにつれないのは気になるが、まあいい。単刀直入に言わせてもらうと、今度の学年別トーナメントでお前は俺と組むんだ」
相も変わらず睨み付けたままのその表情で何となく答えは察することができた。
「断る。貴様と組む理由がない。そこを退け」
廊下を塞ぐように仁王立ちしている俺を、ラウラは小柄な体躯に似合わぬ怪力で押し退けて無理やり通り抜ける。
「理由があればいいのか?」
廊下を進む足取りを止めずに顔だけをこちらに向けるラウラに、ペアを組まざるを得ない一言を投げかける。
「ドイツ本国からの要請だ。鳴海紫苑中尉はラウラ・ボーデヴィッヒ少佐とペアを組み優勝するように、と先程連絡を受けた。これでもまだ組まないつもりか?」
「……足手纏いになるようなら真っ先に撃つ」
流石に本国の命令は無視できないのか、諦めたように溜息をついて憎まれ口を叩くラウラ。
スノーのベースとなったコアはドイツ軍が所有していた物であり、契約上ドイツがIS関連の命令を出せば拒否権はあるものの、基本的に綾乃と俺はその命令に従うことになっている。そしてその事をラウラは知っていると言伝があった為、前置き無しでドイツからの要請を伝え、現にラウラは一瞬で理解した。
「お前が邪魔になったら、当然俺も撃たせてもらう――それと、学園内では敵対関係を装えという事だ。トーナメントの日まで俺たちは敵同士としてふるまうことになる。先に言っておくが俺に理由は分からん」
大方、情報操作でトーナメントを優位に進めようという事なのだろうが単純な機体性能や戦闘センスから考えて一年生の中で俺とラウラのペアに勝てる組み合わせはまず考えられない。いわば上層部の姑息な手段という事だ。
「だが多少なりとも話し合いが必要な場合があるだろう」
「……意外だな。お前はペアなど道具程度の扱いだと思ったが」
少しでも足手纏いになれば後ろから撃ち、しかもその死体を使って敵を殺しそうな冷血人間のイメージだったのだが。
「ドイツ本国からの要請でお前と組むのだ。そのペアである貴重な男性IS適正者に杜撰な扱いをすればどんな仕打ちが待っているか分からん」
「賢明な判断だ。話し合いが必要な場合か、簡単なことだ。《こう話せばいい》」
ラウラの問いに対して途中からドイツ語で答える。驚きからか僅かに目を見開くラウラだったが、すぐに冷たい顔つきへと戻った。
「《確かにこれなら聞かれる心配はないな》
「《全くもって、な。1組にドイツ語が話せる人間は俺たちを除いて一人もいない。あとは少し怒ったような発音で会話すれば、傍から見ると喧嘩しているようにしか見えない》」
幼いころに叩き込まれたグローバルな感じの語法が役に立ってよかった。嫌な思い出ではあるがその分役に立つことが多く、複雑な思いだ。
「確かに伝えたぞ。じゃあな」
別れの挨拶を日本語で残しその場を去った。
セシリアと鈴の二人が戦闘の治療のために恐らく医務室に運ばれていると考えられる。顔を出しておくとするか。医務室へのルートを思い描きながら、それをなぞる様に歩を進める。
医務室へたどり着き、扉を開けて中に入ると件の二人が包帯を巻かれてベッドに寝ていた。その横には一夏とシャルルの姿もある。
「悪いな、すぐに見舞いに来れなくて。……ボーデヴィッヒにやられた怪我の具合はどうだ?」
通達に従い今のところは不仲を装うためラウラを名字で呼びつつ、セシリアと鈴に話しかける。
「紫苑さん!? これはお見苦しいところを……」
「気にするな。それより何故戦うことになった?」
起き上がろうとするセシリアを寝かせて、ベッドの横にあった椅子に座る。
「あいつが挑発してきたからよ」
「ま、まあ、なんと言いますか……女のプライドを侮辱されたから、ですわね」
鈴はふくれっ面で、セシリアはバツが悪そうにシーツの端を掴んで言った。
あからさまに敵意を振りまくラウラの事だ、きっと相当えぐい挑発でもしたのだろう。
「くそっ……許せないぜ、ボーデヴィッヒの奴」
「あぁ、全くだ――」
一夏が義憤に駆られて拳を震わせる。それに同意しようとしたその時、地鳴りか地響きのような謎の振動を感じ取り言葉を中断し、より大きな振動に備えて身構えをすると医務室のドアがガタンと派手な音を立てて開かれた。そして我先にと女子生徒たちが雪崩のように、あるいは土石流の様に乱入してくる。
彼女たちは一様にプリントを握りしめていた。押し付けられたうちの一枚を受け取って読み上げてみる。
「今月開催する学年別トーナメントでは、より実戦的に行うため、二人一組での参加を必須とする。なお、ペアが出来なかった者は抽選により選ばれた生徒同士で組むものとする。締め切りは――」
「とにかく! あたしと組もう、織斑君!」
「あたしと組んで、デュノア君~!」
「し、紫苑様! わたしとペアに――」
さながら聖徳太子になった気分ではあるが目をつぶって冷静に一夏とシャルルの様子を窺うと、二人は目配せをして
「ごっ、ごめん! 僕、一夏と組むから……」
シャルルの一声で女子生徒たちのターゲットが俺へと切り替わる。この男、俺を売りやがった。俺がいない数時間のうちに何があったか知らないが、シャルルの中では俺<一夏の不等式が出来上がっているらしい。
「じゃあ鳴海君! あたしとペアを組んで!」
「いや、ここはあたしと!」
じゃあ、じゃねえよ何様のつもりだ。
とにかくこの事態を鎮静化させるために、立ち上がり息を吸って声がよく響くように口を開く。
「――ペアに関してはよく考えて、こっちから誘いをかける。だから出来るだけ押しかけてこないでほしい。特に今日は怪我人がいるんだ。安静にさせてやってくれ」
「まぁ、そういう事なら……」
あまり納得した様子はなかったが拒絶の意志を見せたことで一応の理解は得られたのか、彼女たちはすごすごと退散していく。
彼女たちには申し訳ないことをしたが、嘘を言ったつもりはない。ペアに関しては既にラウラへと誘いをかけた。この場でそれを明かせば諦めもつくだろうが、一応は機密事項だ。
「はぁ……」
最後の一人が部屋を出て扉を閉めたのを確認したのち、再び椅子に座り短くため息をつく。だがそれと同タイミングでセシリアが、それに反論するように鈴が声を張り上げた。
「紫苑さん、ここはクラスメイトとしてわたくしとペアを――」
「ちょっと待ちなさいよ!こんな調子で組まれたら強いやつがいなくなっちゃうじゃない!」
「言っただろ。俺は自分で決めて、こっちから誘いをかけるって。その方がほかの奴らも諦めがつくだろ」
「そうですよ。お二人のISはダメージレベルがCを超えています。トーナメントへの参加は認められません」
保健室へカルテを片手に入りながらそう言ったのは山田先生だった。
「先生もこういってるんだ。思う事もあるだろうが、今は大人しく治療と修理に専念しろ。いいな」
二人を交互に指差し、語気を強めて注意すると目に見えて落ち込んでしまった。無理を押して参加されるよりはこの方がよっぽどいい。山田先生と入れ替わるようにしてその場を去った。
後味は決して、良いものでは無い。
翌日、普段の登校時間よりも5分ほど早く教室に着き、既に着席していたラウラの席へと向かう。手を制服のポケットに突っこんだまま、出来る限り険しい顔をして彼女に話しかける。
「《早いんだな》」
「《貴様が遅いだけだ》」
「《昨日の今日で悪いが、特に意味のない会話を続けさせてもらう。俺たちがドイツ語で会話しているという事実そのものが重要でね》」
「《構わん》」
お互いにお互いを睨み付けながらドイツ語で数回言葉を交わす。これがラウラの素なのか演技なのかは謎だが、クラス中の視線を一手に集めているのは確かだ。
5分前に到着したのにも意味がある。ラウラと会話するだけなら、彼女の性格から考えて早く来ればいいだけだ。だがクラスメイトには俺たちが敵対していると思わせなければならない。ならば出来る限り人数が集まっている時間ぎりぎりを狙うのがベストという事だ。
「《今日はこんなものでいいだろう。学園内であったら、次は睨み付けあうとかそんな程度で構わない。邪魔したな》」
語気を強めて、最後には吐き捨てるように言い残しその場を去る。事績に戻ろうとしたとき、一夏とシャルルのセットが近づいてきた。
「いったい何を話してたんだ?」
「昨日の事を問い詰めてただけだよ」
「なるほど! というか紫苑ってドイツ語話せたんだな!」
「フランス語の方が得意だけどな。フランスには美人が多い」
「な、なんで僕の方を見るのかな?」
視線をシャルルに移すと彼はあからさまに狼狽える。
「《フランスの話題が出たから、フランス人を見ただけだ》そろそろ席に着いた方が良い。先生が来る時間だ」
フランス語でシャルルにそう言って席に向かう。その日の授業も、予習でやったとおりの内容だった。
寮の自室へと戻り、荷物を放り投げてベッドへと倒れ込む。その様子を不思議そうな眼で眺めていた楯無が扇子で口を覆いながら言った。
「お疲れみたいだね」
「気分的には。でも大したことはありませんよ」
「じゃあ……悩み事かな?」
俺の寝ているベッドの端へ座り込んだ楯無が、いつになく妖艶な笑みを浮かべてそう問いかける。
「当たりだね。お姉さんが相談に乗ってあげましょうか?」
顔を近づけられ、蠱惑的な声でそう言う楯無。ここ数週間の疲れを吐き出しそうになり――
「いや、大丈夫です。すいません。ちょっと夜風に当たってきます」
「もぅ、本当につれないんだから」
――未だこの女が得体の知らないことを思い出し、飛び起きて部屋を出る。
以前、葉月にあった場所へ行けばまた会えるだろうか。悩みを打ち明けるなら楯無ではなく、葉月か綾乃であるべきなのに。
「……緩んでるな」
寮を出て、普段のランニングコースを制服で駆ける。多少嵩張るが、いちいち服装へ文句を言っていても仕方がない。月明かりが照らす木々の中を走り抜けて、以前に葉月が現れた木の前で軽く息を整える。
辺りを見回して人影がないか探すが、やはり見つかるわけがなかった。
当然と言えば当然ではある。葉月が常に俺を見ているわけでない。俺がここに来たからと言って、葉月が現れるわけではないのだ。
自嘲気味に笑いが漏れ、自分の馬鹿さ加減に呆れつつ俯いて唾を吐き捨てる。
「――で、あたしに慰めてもらいに来たと」
ふと投げかけられる声に、慌てて顔を上げると目の前に聳えたつ木の裏から最愛の女性の姿が現れた。
「なんだよ、最初から隠れていたのか?」
「隠れていたとは失礼だね。キミが必要とするからわざわざ来てあげたのにさ」
腰に手を当て、口をすぼめて怒ったようなポーズをとる葉月を見て、思わず笑いが漏れ出た。
「確かにな、悪かったよ」
「分かればよろしい。で、なんだっけ? トーナメント戦?」
既に情報は回っているのか、葉月は俺の悩みを的確に当てて見せる。
「あぁ。負けるつもりは毛頭ないが……もし負けたら、俺はどうなる? 廃棄か、それとも被験体か――」
「――大丈夫だよ。もうキミが殺されることはないの。キミは、最強なんでしょ?」
さながら女神のような微笑みで慰める葉月の言葉で、少し勇気づけられる気がした。
「……だよな。そんな訳ないのに、悪かった」
「おっと、ストップ。ハグとキスはご褒美だからね。優勝したときにしてあげるよ」
葉月に近づこうとすると、彼女は手で静止のポーズを取った。
「分かったら、頑張ってきて。いつでも応援してるからね」
「あぁ……あぁ。ありがとう」
木の陰で手を振る葉月へ別れを告げ、寮への道を再び走る。悩みの種が一つ消え、不思議と軽い足取りだった。
学園周りの舗装された道へと戻り、走るのを止めて夜風を感じながらゆっくりと歩く。火照った体を冷ますのにはちょうどいい。
「――答えてください教官! なぜこんなところで!」
「何度も言わせるな。私には私の役目がある、それだけだ」
聞き覚えのある声が耳に入り、音源の方向を特定してそちらへと足跡を殺して近づく。木の陰に隠れてその姿を確認すると、後姿だがラウラと織斑先生であることがすぐにわかった。
俺と同じようにパートナーとなるラウラも悩みを抱えているならば、それを知っておくに越した事はない。盗み聞きは褒められた行為とは言えないが、落ちているパン屑は目印なのだとヘンゼルとグレーテルで習った。
ここは素直にパン屑が何への道を示しているのか、方向性だけでも確認する。
「このような極東の地で、いったい何の役目があると言うのですか! お願いです教官! 我がドイツで再びご指導を……。ここでは、あなたの能力は半分も生かされません!この学園の生徒たちはISをファッションか何かと勘違いしている! そのような者達に教官が時間を割かれるなど―――」
「――そこまでにしておけよ、小娘」
「っ!?」
冷静沈着で他人を見下すラウラにしては随分と熱くなっていて饒舌に語っていたが、織斑先生の一言で途端に静かになった。教官、指導、そして軍人。これらのピースから考えて、彼女たちの関係はまず間違いなく軍における教師と教え子のそれだ。
「少し見ない間に、偉くなったな。15歳でもう選ばれた人間気取りとは、恐れ入る」
「わっ、私は……」
「寮に戻れ。私は忙しい」
教官にたてつこうと思えば当然、鉄拳制裁を喰らう。言葉で済んでいるだけ、まだ織斑先生の対応は生ぬるいと言えるだろう。自分の立場を思い出したのか、歯を食いしばって走り去るラウラを、織斑先生はその後ろ姿を見ることもなく黙って正面だけを見つめている。
その行動の意味を推し量ろうとしたとき、彼女は急に声を上げた。
「――そこの男子。盗み聞きか?異常性癖は感心しないぞ」
物音を立てたつもりはなかったが、ばれた以上は仕方がない。気配にすら敏感な史上最強の女の前へ、素直に姿を見せることにした。
「……すみません」
「くだらん事をしている暇があったら、自主訓練でもしていろ」
「えぇ、そうします」
「そうか。ならいい」
俺を一瞥すると、そのまま彼女は背を向ける。
その後ろ姿は何時もの威風堂々たる彼女からは想像もできないほど、小さく見えた。
ラウラとの関係はただの教官と教え子というわけではなさそうだが、先程の問答で一つだけ言い返したい部分があった。
15歳で選ばれた人間気取り。
世間的に見れば確かに幼いだろう。子供だろう。いずれ選ばれる人間だろうと15歳の時点ではきっと選ばれていない人間だろう。
だがそれでも天才は存在する。そんな子供のような歳だろうと、選ばれた人間というものは存在する。そして天才は一様にして天から、或いは遺伝的に生まれつきの資質を持っている。
それはかつて篠ノ之束という少女がISを開発した時に発揮したものであり、汐澄綾乃という少女がクーデターを起こした時に発揮したものだ。
「ギフテッド、か」
ふと懐かしい記憶が脳裏を掠め、幼いころの思い出が走馬灯のようによみがえる。
決して幸せな人生ではなかった。15歳で何を、と思う年寄りもいるかもしれないが、これだけはハッキリと言える。
重く圧し掛かる記憶を振り払うように頭を振った。せっかく葉月と話して悩みを消したのにも拘らず、これでは台無しだ。
今は大人しく、目先の事にだけ集中しよう。襲い掛かってくるのは未来、過去はもう関係ない。
いちいち昔の事に縛られるなと、星空に誓った。
――よし。一夏とシャルルの部屋にでも行ってみようか。あいつらは同じ部屋になっているはずだ。トーナメントでは敵として当たるのだから、情報を収集するに越した事はない。
迷わずに二人の部屋へと向かい、部屋の扉をノックする。
コンコン。返事なし。
ワンモアアゲイン・コンコン。返事なし。虚しい。
よく耳を傍立てると中で何やら物音が聞こえる。それも音を殺したような。
事件の可能性を鑑みて、ポケットから綾乃特製ピッキングツールを取り出して鍵穴に当てた。
数秒の後、ピーッという解析と適応という一連のプロセスが完了した音を受け、ツールを回し扉を開ける。同時に臨戦体勢を取って、いつでもカウンターを取れるように構えておいた。
部屋の中を見てまず目に入ったのは一夏。焦っているのかすごい形相ではあるが、怪我をしている様子はない。次に目に入ったのは金髪の女。バスタオルを巻きつけただけのほぼ裸の女は、些か以上にシャルルという男子生徒に酷似していた。
というかシャルル本人だった。
「――邪魔をして悪かった。取り敢えず早く服を着た方が良い。夜は冷える」
「あっ、ま、待って!」
シャルル――女なのに男性名という事はきっと偽名だったのだろうが――の呼び止める声を無視して一夏の腕を掴み、部屋を出る。出る間際に
「服を着たら教えろ。話は聞いてやる」
と言い残し扉を閉める。シャルルが女のような仕草をしていたのは今更だから特に驚きはしない。
一方で一夏はというとバツが悪そうに頭を人差し指で掻き続けていた。沈黙に耐え兼ね、何か話でも振ろうとするとドアが内側からノックされる。
彼女が座っているベッドと反対のベッドへ二人で座り、適当に口を開いた。
「さて、どこから聞けばいいのか分からないが、まぁ理由からでも聞かせてもらおうか」
「……実家から、そうしろって言われて」
「実家って、デュノア社……大企業だよな?」
「そう。僕の父は社長で、直接命令されてね。……僕はね、父の本妻の子じゃないんだよ」
そこから彼女はぽつりぽつりと言葉を紡ぎ、自分の生い立ちについて説明していく。
妾の子だったが、母が死んだとき父に引き取られたこと。その際に受けた適性検査で高いIS適性を出した事。その直後にデュノア社が経営危機に陥ったこと。
「リヴァイヴは第二世代型なんだよ。他の国が第三世代型の開発を進めている中でね。このままだと開発権利が剥奪されてしまうんだ」
「だから性別を偽り、デュノア社としての価値を高めようとする――いわばプロパガンダか」
俺のような人殺しですら全ての罪を無かったことにされるほどの価値が男性IS適正者には存在する。そして同じ男子同士なら俺と一夏に接触しやすく、データの奪取を命令された。
彼女の話はそういうものだった。
「……事情は分かった。事情がばれたうえで、まだ俺たちのデータを奪いたいと思うか?」
「ううん。でも女ってことがばれたから本国に呼び出されて……良くて牢屋行きかな」
「そんな!」
シャルルの自白に一夏が叫ぶ。使い道のなくなった駒を牢屋に放り込むだけ良心的な方だとは思うが、この場で火に油を注ぐ必要もあるまい。
「――俺たちのデータを奪いたいと思わないなら、一つだけ入れ知恵してやる。この学園の特記事項をよく思い出せ」
「特記事項……そうか! 『本学園における生徒は、その在学中において、ありとあらゆる国家、組織、団体に帰属しない』!」
一夏が特記事項の一文を抜粋して読み上げる。彼が特記事項を暗記していたのは意外だったが――つまりは学園在籍中に限り、あらゆる組織が手出しできないということだ。この俺が保護されていることからもその事実はよく分かる。
「それが分かったら、俺は部屋に戻ってあとは一夏に任せよう。辛気臭いのは苦手だからな」
立ち上がり部屋を出ようとドアノブを回したところで、後ろから声をかけられた。
「紫苑! あ、ありがとう!」
シャルルから礼を投げかけられるが、振り返ることもなくそのまま部屋を出る。何かしら情報が得られるかと思ってきてみたが、得られたのは謎の貸しだけだ。
――学年別トーナメントから数日前の出来事だった。
『星空に誓う』:昔の事に縛られるなと星空に誓う。