インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
学年別トーナメント当日。
各ペアがそれぞれ一回戦の準備の為、ピットにて自機の整備や作戦の確認を行っている。その中に紛れ、俺とラウラはドイツ語で初戦の対策を話し合っていた。
「《一応、シャルルと一夏の機体特性や行動までの動作、タイムラグから予測した行動予測データは用意したが、お前には要らないか》」
「《必要ない。あのような男にこの私が負けるはずがない》」
「《いい心構えだ。じゃあ前に話した通り、俺はシャルルを。ラウラは一夏を各個撃破する作戦で行くぞ。まずは敵戦力を分断させるところからだが――》」
「《分かっている。以前話した通りだろう》」
戦いを前に武者震いする様子も緊張する様子も見せずに、普段通り冷淡な反応ではあるがいくつか言葉を交わす。実際、ラウラは戦力としては申し分ない。
問題があるとすれば俺の方だ。
スノーの出力低下は誤魔化し切れない。必ずどこかでボロが出て、そこを突かれる。
一夏の戦闘パターンは近づいて零落白夜という単純なもの。対抗策としては火器が無い事を考えて、適度な距離を取り続け近づかせなければいい。
シャルルの機体はラファール・リヴァイヴ・カスタムII、単なるカスタム機ではなく拡張領域の増加により膨大な数の火器を有する。その上、代表候補生クラスの腕前を持ち、話を聞く限りでは頭脳も相当明晰。こちらの対策を必ず練っていると考えていい。
負けはない。負けることはできない。価値を証明しなければ消される。
最強だ。天才だ。誰にも負けることはない。
目を閉じて、暗示のように何度も何度も同じ言葉を自分に言い聞かせる。
試合開始直前の時刻に掛けておいたタイマーが鳴り響き、ゆっくりと目を開く。入学当初よりさらに伸びた長髪をゴムで後ろに結び、視界を確保する。
「……行くか」
ラウラとアイコンタクトを取って発進位置へ移動する。待機形態を解除し、全てのステータスを戦闘ステータスへ移行。最強の兵器を身に纏い、爆音と共にアリーナへと舞い上がる。
試合開始まではアリーナの中心で待機することになっている。遅れてやってきたラウラの狩るシュヴァルツェア・レーゲンが俺の隣で静止し、既に向かい合っている敵――織斑一夏とシャルル・デュノアを睨み付ける。
「一戦目で当たるとはな……待つ手間が省けたと言うものだ」
「そりゃなによりだ」
ラウラが平然と嘯くが、一夏はその挑発には応じず受け流した。シャルルと俺の視線が交差する。
「試合開始まで――3」
カウントダウンが始まり、両手に握りしめたサブマシンガンのグリップを軽く握りなおす。
「――2」
シャルルの機体を試合開始直後にロック出来るよう、直前の動作を行う。
「――1」
口から軽く息を吸い、肺の中で溜め込んだ。
「――0」
音階の上がった電子音と共にシャルルの機体をロックオンし、スラスターを噴射。更に上空へと加速する。やはりシャルルは俺を追いかけ、同タイミングでラウラは斬りかかってきた一夏をAIC――アクティブ・イナーシャル・キャンセラーを起動し受け止める。
AICとはPICの発展形であり慣性停止結界と呼ばれるもの。物質に働く慣性を奪い取り、あらゆるものを停止させる最強の盾。
予定調和の様に軽く受け止めるラウラの遥か上空、遮断シールド付近でスラスターの動力供給を停止。重力に身を任せて落下し、俺の背中を取っていたシャルルとすれ違う直前で再びスラスターを噴射し、重力加速度にISの推力を加え流星のような勢いで地面へ向かい――推力偏向を作動、サブマシンガンの銃口をシャルルに向け乱射する。
これで被弾してくれればよかったものの、物事はそう上手くはいかない。戦闘機のバレルロールのような動きで軽々と回避したシャルルは、俺同様に両手でアサルトライフルを構えて反撃してきた。対する俺は素直に左腕の電磁場シールドを展開、磁場に捕らわれた無数の銃弾を辺りにまき散らすと同時に銃口を向ける。
「……紫苑がボーデヴィッヒさんと組むなんて、意外だよ」
「意外と思われたことが意外だね。一体俺はどんな人間に見えていたんだ?」
左のサブマシンガンで狙いを付けて牽制しつつ、右のサブマシンガンをリロードしているとシャルルから開放回線でそう言われ、適当に問いを返す。
「自分をどういう人間だと思ってるの?」
「一応、完璧な人間だと自負してるよ」
左のサブマシンガンをリロードしようとしたその時、後退しながらアサルトライフルをばら撒いていたシャルルが突如武器を切り替えてブレードで切り掛かられた。サマーソルトキックの要領で宙返りし、背を向けた瞬間にスラスターを噴射することで盾の役割と距離をよる役割を両立させ難を逃れる。
「人のよさそうな顔して、随分と嫌らしい戦い方だな。フランスでは主流なのか?」
「日本では口で相手を翻弄するのが主流なの?」
「質問に質問で返すのは癖か?」
「その質問に、更に質問で返すのは癖?」
「それはお前の質問が悪い」
銃の雨を互いに躱しながら、絶え間なく交わされる質問の応酬を打ち切って両腕の高周波ブレードを展開し、接近戦を挑みにかかる。ブレードで難なく受け止め反撃を繰り出すシャルルに、空いている左のブレードで切り掛かるもそちらも容易く流される。
しかし間合いに入ったことには変わりない。ブレードで剣戟を繰り返しつつ、合間にサブマシンガンによる銃撃を挟むことで、俺とスノーの戦闘スタイルである近距離射撃戦に持ち込む。即ちシャルルを自分の土俵に追い込んだ。
――が、ブレードで斬りあっていたはずのシャルルは急に銃を構え、俺同様に近距離射撃戦を始めた。咄嗟の判断でハンドガードの部分で銃口を押し退けて反らし、代わりに銃口を向けるが射線上から体を反らして回避される。
ならば、と両手の銃口を向けつつ全スラスターを噴射して後退すると、シャルルはやはり追いながらショットガンに持ち替えて広範囲に銃弾をまき散らす。
今までの行動と、最後の行動から判断するとシャルルは一定のリズムと距離を保つために不規則な攻撃パターンを好む傾向にある。故に斬り合いを続けることはなく、撃ち合いも続けない。必ずどこかで斬撃か銃撃を切り替えて、自分のペースを保ったうえで相手のペースを崩してくるのだ。
それを可能にするのが「高速切替」と呼ばれる技術。拡張領域にある武装を呼び出すには練度にもよるが、一定の時間がかかる。
スノーは空間転移の影響で拡張領域を圧迫している為、ブレードは拡張領域に収納しておらず、結果的に高速切替に近い速度でブレードの展開を行えるが、通常の機体ではそうはいかない。
だが高速切替を行えるようになれば、戦闘と同時進行で武器を持ちかえることは出来、タイムラグによる支障を限りなくゼロに近づけることができる。拡張領域を大幅に増加させているのは、単純に武装を充実させるためではなく、高速切替という技術を最大限に生かすためだったという訳だ。
つまり今までの戦闘はシャルルのペースだった。距離を詰めようとすれば逃げていき、距離を離そうとすれば恐らくラウラに向かっていくだろう。二人を分断しシャルルを釘づけにすることには成功しているが、悪く言えば膠着状態。これを崩すためには――
「――ッ!?」
「後ろから失礼するよ!」
右腕のサブマシンガンを手離したのちに空間転移を作動してシャルルの後方、僅かに下へと転移する。出力低下の影響で距離が減衰したのなら、近距離先頭において使用すればいいだけの事。近距離戦闘をおこなっている前提ならば、スノーの戦闘方法へ影響はない。
姿が消えた事へ驚きの声を漏らすシャルルの脚を空いた右腕で掴み、右半身のスラスターのみを点火することで、その場で大きく回転する。謂わば片腕のみで行う代わりに、スラスターの推力に頼ったジャイアントスイングのようなものだ。
数回回転し、その回転による遠心力を利用してシャルルを一夏目掛けて投げ飛ばす。ラウラとの戦闘に集中していた一夏は避けることができず、不意を突いた超速回転で姿勢制御すらままならないシャルルの直撃を受けた。
二人仲良く地面へ伏す羽目となった一夏とシャルルへ、ラウラは容赦なくレールカノンの銃口を向ける。その背後に赴き、開放回線を使ってドイツ語で謝罪した。
「《悪いな、邪魔したか》」
「《貴様も一緒に飛んで来てくれたなら、纏めて始末できたものを》」
薄く笑みを携えながら発射シークエンスを進めるラウラだったが、いち早く体制を立て直したシャルルが大口径の銃を放つ。その直撃を受けて大きく吹き飛ぶラウラと反対方向へ加速し、俺は再びシャルルに近接戦闘を挑む。
それは一度目の近接射撃戦の再来だった。互いに銃口を向けては逸らし、また向けては向けられ。俺が片方の銃をリロードをするタイミングで同時にシャルルは武器を持ちかえる。唯一、一度目と違う事はシャルルがブレードを使わずに銃だけで戦っている事だ。そんな戦いの中で、何の前触れもなしにシャルルが言う。
「紫苑の攻撃パターン、ようやく分かってきたよ」
「へぇ。どんな?」
両手の銃の反動制御をしながらそう問いかけると、シャルルは俺の左側へ回り込むように動く。
「一つ目。両手の銃を同時に使うとき、左手の銃は必ず牽制」
「それがばれたなら、別のパターンを組み込むだけだ」
シャルルの指摘は戦闘中にそうそう気付けるような事ではない。前評判に違わぬ洞察力を内心で褒めながら、右のサブマシンガンのマガジンを排出してスピードローダーに撃ちつけるようにしてリロードする。
「二つ目。両手の銃が同時に弾切れにならないよう、同時に撃っているように見えて必ず緩急をつける」
「褒めたり貶したり、忙しいやつだな」
リロードが完了した右の銃口をシャルルに向けて、左のリロードをしようとすると彼女はその時を待っていたかのように俺の右側へと回り込みながら叫んだ
「三つ目! リロード中は隙が出来ない様に必ずもう片方の銃を撃ち続ける!」
「それが何だって――」
どういう意味か問おうとして、気付く。俺の左側から一夏が鬨の声を上げて雪片弐式も振りかぶりつつ接近していることに。
「忘れてた? これはチーム戦だよ!」
隙を見つけたシャルルの洞察力は目を見張るものがある。リロードのタイミングで二人同時に襲い掛かられたなら、確かに隙が出来る。ただしリロード時のみの僅かな隙だ。その僅かなタイミングに合わせて斬りかかることの出来る一夏と、その隙を生み出したシャルルに息の合い方は流石の一言だ。
こんな時こそ慌ててはいけないことはよく分かっている。一夏に視線を移しながら右手の銃でシャルルを狙い、言った。
「そっくりそのまま返すよ。これはチーム戦だ」
言い終わるより早く視界に映る一夏の背後から、ラウラのシュヴァルツェア・レーゲンが放ったワイヤーブレードが襲い掛かる。
「貴様の相手は、この私だ!」
「くっ……!」
ワイヤーブレードを間一髪でいなす一夏にリロードの終わったサブマシンガンを向けて引き金を引く。
このマガジンは今までと同じような実弾じゃない。スノー本体から繋がっているエネルギーケーブルを通して、シールドエネルギーを粒子線に変換する特別製だ。放たれる弾丸の威力は今までとは比較にならないが、その分エネルギー消費量が激しい諸刃の剣。実弾武器に特化して、継続戦闘能力の低いスノーの予備装備であるこの武器を使ったという事は、シャルルとの戦闘が予想以上に銃弾の消費が激しかったことを意味する。
即ち、正真正銘最後の銃器を引っ張り出したシャルル・デュノアの実力は、予想より遥かに高く優秀なものだった。
そのシャルルが粒子ビームの雨から一夏を守る盾となり、彼女の陰から現れた一夏がいつの間にか手にしていた大口径の銃を俺に放ったとなれば尚更だ。反射的に電磁場シールドで防御しようとするが、スノー反応速度が遅く展開が間に合わない。そのまま直撃を受けて吹き飛ばされ、轟音と共に壁に叩きつけられる。
「チッ……」
アリーナに響き渡る歓声と自分のミスに対して舌打ちしながらも機体状況に目をやるとシールドエネルギーは残り65%。機体コンディションは度重なる近距離での高速戦闘の影響からか79.3%を示していた。
先程、シールドの展開が間に合わなかったのはこのせいか。
体勢を立て直し、時間経過と共に晴れ行く砂埃の向こう側、パートナーが孤軍奮闘しているはずの光景に目を凝らす。
そこに見えたのは一方的にパイルバンカーを喰らい続けるラウラの姿だった。
何度も何度も打ち込まれるパイルバンカーに苦悶の表情を見せるラウラ。対してその凶器を打ち込み続けるシャルルは機械的に或いは事務的に、鬨の声こそ上げているもののただひたすらラウラを痛めつけていた。
その光景を見てとった行動は、まず自動照準の解除。続いて右手のサブマシンガンを粒子ビーム用のマガジンへと交換。そして両手のサブマシンガンを、ハイパーセンサーの力を借りずにシャルルへ狙いをつける。
パートナーを救う手立ては、不意打ちだ。プライドなど、関係ない。
ロックオンによる警告を発させない為に自動照準を解除し、火力を求めるために両手とも粒子ビーム用に交換した。これなら不意を突いたうえ、先程のダメージと合わせて相当量のダメージが期待できる。そう見込んでゆっくりと引き金を引き絞る――
「う、ぁぁぁぁぁぁああああああああ!」
ラウラの叫び声が会場中に木霊する。その叫び声に呼応するように、シュヴァルツェア・レーゲンを中心としたスパークのようなものが辺りに撒き散らされる。衝撃で完全に晴れ行く砂塵の中に見えたラウラは、先程まで戦っていたパートナーの姿からはあまりにもかけ離れていた。
「何……!?」
身に纏っていたはずのISが溶け出し、液体の様に形を変え、ラウラの体を取り込んでいく。
その光景はあまりにも異常で、非現実的で。ふと声を漏らしたシャルルの声が震えていないのがおかしいくらいだ。
第六感のようなものが警鐘を鳴らす。逃げろと本能が訴える。だが同時に理性は彼女を助けろと叫ぶ。ラウラの表情を見れば、そうも思いたくなる。
あれほど他人を見下し、軽蔑してきた彼女の表情は恐怖で引きつっているようにしか見えなかった。驚きや冷たいとはいえ笑いの表情はあったが、恐怖という初めて見せる弱い一面。
ただただ見つめるしかない俺や一夏たちを余所に、その黒いISだったものは浸食を続ける。ラウラの白い肌はやがて漆黒の何かに飲み込まれて、消えた。
『望みなき者』:ラウラのことか、紫苑のことか、或いはそのどちらもか。