インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
楯無の言い放った一言に、俯いて呼吸を整えて少しでも動揺を抑えようと努力する。目を閉じ息を大きく吸い、再び目を開けてあくまでも平静を保って言い返した。
「……勝手に人の恋人を殺して、いったい何が言いたい」
「私は殺してなんかいないよ」
「そういう意味で言ったんじゃない。生きてる人間を話の中で殺すなと言ってるんだ」
「生きてると思っているのは多分、君だけだよ」
どうあっても楯無としては葉月を死んでいることにしたいらしい。こうなっては埒が明かない。ルームメイトとして決めた礼節を守ると言うのも、この際守っている義理はないな。
「じゃあ何が目的だ?」
「目的?」
「その話を出した目的だ」
こちらの意思を明確に伝えるべく、簡潔に口調を強めて質問した。だが楯無は臆面もなく返答する。
「君に真実を伝えるのが目的だね」
「……ふざけてんじゃねえぞ」
あくまでも表情を崩さず、ふざけた事を言い続ける楯無に苛立ち始めていた。握った拳に爪が食い込むが、構いはしない。
「葉月は生きている。この学園に来てからも陰ながら俺を支えてくれている。それを勝手に殺したことにして、お前は一体何がしたいんだって言ってんだよ!」
「だったらこれを見て。私の言う事が信じられないって言うなら、これを見て」
言いながら差し出された端末を奪い取る様にして受け取り、画面を見る。表示されている画面には『雪峰 葉月少尉―KIA』とだけ映し出されていた。KIAはKilled In Actionの略、つまり戦死を意味する。この端末は見たところ軍用のPDAのようで、その画面を下にスクロールすると詳細な報告がなされていた。
2年前に同僚の兵士を庇い被弾。弾丸は肺を二か所貫通していて、直ちに軍医による治療が行われるも治療が行われるまでの出血が多く2時間後に死亡。死因は出血多量。
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「お、おい! っ、葉月! なんで俺を庇った!」
「あ、あはは……。パートナーを助けるのが、パートナーの役目だから、ね……」
「っ! 誰か! 頼む誰か来てくれ! 葉月が……葉月が!」
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脳裏に何かの光景がフラッシュバックし、電流が走ったような痛みで小さくうめき声が漏れる。
自分の意思を無視して体が勝手に震えだす。
ズキズキと痛み続ける頭を抑えるが、状況を理解できなくなる。
やっとの思いで必死で動悸を抑え、声を絞り出した。
「……出鱈目だ。こんなもの、いくらでも偽装できる」
「だったら君が調べてみてよ。君の一番信頼するデータベースで」
言われる前に俺の手は動き始めていた。葉月の生存を証明するために汗ばむ手がタッチパネルを走る。
汐澄インダストリーの社員名簿へアクセス、アクセス制限を特権により通過、生産技術部のリストを表示――や行、雪峰葉月……退社!?
「結果はどうだった? と言っても、その表情を見る限り宛てが外れたように見えるけれど」
「……あり得ない」
「信じたくない気持ちは分かるわ。でもね、これは事実なの」
「俺はこの学園の敷地内で葉月を見た。それは一体どう説明する!?」
柄にもなく言葉に熱が籠る。なのに楯無は諭すように、冷静に言葉を返してきた。
「一緒に彼女を見た人はいる? もしかして葉月さんは人目を避けるようにしてたんじゃない?」
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「じゃあなぜ姿を見せなかった?」
「言ったでしょ、陰ながら見守ってたの。いつもはほら、あの女の人がいたし。――って噂をしたら来ちゃったよ! じゃあね!」
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学園の傍、森の中で始めて葉月にあった日のことが脳裏をよぎる。
「電話で連絡をとっても、葉月さんが出なかったとか」
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気を取り直して携帯電話を取り出し、電話帳から目当ての人物の名前を呼び出して電話をかける。
「――もしもーし」
「葉月の電話番号のはずなんだが、なんで綾乃が出るんだ」
「葉月ちゃんは一度日本に帰って来た後、また仕事に出かけました。で、何の用?」
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「君が話してもいないことを知っていたり」
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「はっ……。確かにな。悪かったよ」
「分かればよろしい。で、なんだっけ?トーナメント戦?」
既に情報は回っているのか、葉月は俺の悩みを的確に当てて見せる。
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「図星、だよね」
「…………」
楯無の理路整然とした話に返す言葉が見つからず、ただ黙ることしか出来なかった。
「……落ち着いたら、君の症状について話すから」
「いや、大丈夫だ。もう落ち着いてる」
軽く眩暈を覚え、目頭を押さえながらそう返答する。楯無の心配そうな視線から目をそらし、息を整えた。
「君が見ていた葉月さんは、君の脳が作り出した幻なの」
「理由を、聞いておこうか」
「人間の頭って言うのはね、トラウマに対する自己防衛本能を持っているの。どうしても受け入れられない事実が起きたとき、脳がそれを否定する。新しく自分の中で作り上げた虚構こそが事実に変わって、虚構を正当化するために様々なバイアスがかかるのよ」
「つまり……葉月が死んで、それに耐えられなかった俺が妄想してただけ、ってことか?」
ただ黙って頷く楯無。変に茶化されるよりも、それが余計につらかった。
改めて息を深く吸い、彼女の目をまっすぐ見据えて言う。
「今は俺の事情をなぜ知っているのかなんて聞かない。ただ、知っていることをすべて話してほしい。自分がどういう状態なのか、なぜ葉月が死んだのか。それを思い出したい」
「……私もすべてを知っているわけじゃないんだけどね。2年前、葉月さんは戦場で君を庇って撃たれたの」
「さっき見た資料にそう書いてあったな」
「あの資料には続きがあるの。葉月さんが庇った兵士、つまり君はその後に彼女の体を守り続けた。でも1時間後、何かの爆風を受けて体の37%を損傷。右腕と脳の一部を欠損したのよ」
「……今になって疑うわけじゃないが、この通り右腕はきちんとくっ付いている」
右手を握っては開いてを繰り返しながら、部屋の照明に透かして観察する。どう見ても慣れ親しんだ自分の右腕にしか見えない。
「……それはね、葉月さんの右腕よ」
「――は?」
一瞬意味が理解できずに、手を眺めるのをやめて楯無のほうに向き直った。
「右腕だけじゃない、脳の一部も彼女のもの。それ以外も含めて君の体の37%は女性である葉月さんのものなの。きっと、それだからISに適合できた」
女性にしか操れないインフィニット・ストラトス。それに適合できた男で二番目の男、鳴海紫苑。そのカラクリは体の半分近くが女性だった――ということか。
自分の半分が女だという実感は沸かない。この右腕が最愛の女性、幼馴染のものだという感覚もない。だが何故か、ISに適合できたその理由だけはすんなりと受け入れられた。
「脳手術で他人の脳をくっ付ける事が可能なのか、というのはさておき。そんな事をしたらIS適性だけじゃなく、思考まで葉月寄りになったりする事は?」
「その辺りが、私もよく知らないんだけどね。聞いた限りだと葉月さんは明るく優しい性格だったでしょ? その性格もたまに表面に出てるんじゃないかなぁ、ってところは見たことあるかな」
――自分でも分かっていた。学園のほかの生徒に対し、本来なら学園生活に必要ない人間に対し優しく接することは無い。にも関わらず優しく接した後で、何をしているのか疑問に思ったことがある。
それはつまり、葉月の意志だった。
葉月のものだった右手で、葉月のものだった脳がある頭をなぞる。外科手術には明るくないが、並大抵の医者がそんな手術を行ったとして成功するはずもない。
「……ここまで教えてくれたのは感謝してる。じゃなきゃ、ずっと過去の女の幻と話し続けてた痛い男のままだった。でも、なんであんたが俺の事情をそこまで詳しく知ってる?」
「……覚えてるかな、私が綾乃さんと一緒に居たことがあったこと」
衝撃の連続で記憶の片隅にぶら下がっていた出来事を何とか引っ張り上げる。あれはまだ昨日の事だったはずだ。
「まるであのときが初めて会ったように振舞ってたけど、そんなことない。もっと前から、君がこの学園に入学する前から面識があったの」
「もう何を言われようが動じない自信がある。だから、気を使って勿体振らなくてもいい」
そっか、と小さく呟いた楯無は腕を後ろに回して言葉を続ける。
「君にISへの適性があることが判明して綾乃さんはひどく心配した。二人目とはいえ、男性IS適性者の希少価値は月の石よりも高いから、君を狙う企業や組織が出てくることを懸念していた。出来ることなら自分の手で守りたいと思ってたんだろうね。だから自分の手でISを作り上げ、外来が学園に入る機会があるなら来賓として見守ってた。でもそれにだって限界がある、いつ危険が及ぶか分からない。一夏君には世界最強の姉が付いてるし、篠ノ之束とも面識がある。だから大丈夫。でも紫苑くん、君は――」
「――そうだな。後ろ盾になる家族も政治的権力も何も無い、ただの孤児だ」
親に捨てられ、家族は綾乃ただ一人。一夏と違って守ってくれる人物は余りにも少なく、そして力不足だった。自分の生い立ちを思い返すと、徐々に記憶の整合性が取れ始める。
綾乃との出会い。葉月との出会い。ISの登場で変わった日常。そして、戦場。
楯無の話と、自分の記憶のズレが少しずつ噛み合ってくる。
「……そう、聞いたよ。だから綾乃さんは身辺警護を莫大な報酬と引き換えに依頼した」
ここまでくれば続く言葉は馬鹿でも分かる。
「それで君の警護を任されたのが私、対暗部用暗部「更識家」の17代目当主。更識楯無」
「だから部屋割りで唯一先輩と相部屋になり、不可解なまでにくっついて来た、と」
「や、くっついたのは私の意志」
「台無しだよ」
楯無は初めて会ったときから何か隠していた様子ではあった。俺はそれを自分を狙っているものだと勘違いしていたが、その予想とは完全に正反対だ。更識家というものがどのような組織か、はっきりは分からないが、事前のリサーチで殆ど情報が得られなかったことも、彼女の出身が関係しているのだろう。
そうと分かれば、綾乃が楯無に関して何も手伝えないといったわけも理解できる。元から綾乃の依頼で動いている以上、何も調べることはないのだから。
「そしてISが破壊され、君は間違いなく精神的にガタが来てた。そんなときにルームメイトが信頼できないのは、どう考えても大きな負担でしょ? だからこのタイミングで明かすことにしたの」
「……今まで疑問に思っていたことが、だいたい分かってきた」
「分かって、良かったと思う?」
言うまでも無い。真実はいつか知るべきだった。話と記憶の整合性が完全に取れた今、誰かにそれを聞いてほしかった。
「……なぁ、楯無」
「なに?」
「任務のついでに聞いてくれないかな。あまり面白い話じゃないかもしれないが、俺の昔話」
まるで本当の姉のように優しい表情で、楯無は静かに頷いた。
『記憶の渦』:知らないうちに封じ込めていた記憶の渦に飲まれるイメージ。