インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐   作:譲葉松風

16 / 21
第16話 いつまでも、記憶の中に

 俺が生まれたのはロシアのそこそこ裕福な家庭だったらしい。少なくとも孤児院の院長が嘘をついていない限り、そうだ。院長の話ではロシア系の美女が、雨の良く降る日にびしょ濡れになりながら俺を預けに来たという。

 だが幾ら両親が金持ちだったとはいえ、そんな記憶は俺には無い。物心つく前に棄てられ、孤児院で五歳か六歳になるまでは育てられた。

 だがあるとき、俺が孤児院でいつものようにトランプやらチェスやらで――あぁ、10歳以上離れたやつらに混ざってやっていたよ――遊んでいたら、窓の外に黒尽くめの男が黒塗りの高級車から降りてくるのが見えた。そのときはまた兄弟が増えるのかと見向きもしなかったんだが、彼らの目的は俺だった。

 彼らは先天的な才能とか恵まれた子供とか、そういった単語を並びたてながら院長を説得し、俺を別の施設へ移送することが決まった。

 

 第二の我が家となるその施設はギフテッド――つまりは先天的に平均よりも高い能力を持つ子供が集められた施設だ。

 そこには様々な能力を持った子供が集められていた。芸術的な才能を持つ少女、科学的な知識を瞬く間に習得する少年、中でも俺が仲良くなったのは4才で集積回路基盤を組み立て、6才でエンジンを制作し、次の年にはMITに入学することが決まっている15歳の少女だった。まぁ言わなくても分かるだろうが、これが綾乃との出会い。

 俺の才能? 観察力と論理的思考、あと空間認識能力――だったかな。 

 とにかく綾乃は、施設内では珍しい同じ日本人だったからか、やたらと俺に構ってきた。この辺りは今でも変わらないな。お姉さん風を吹かすってやつだ。

当時の俺はそれを嫌がっていた。嫌がる素振りを見せると、綾乃は更に手を焼きたがる。まぁ今思い返すと、照れくさかったのかもしれない。

 あいつは毎日何かを作っては、俺のところへ見せびらかしに来た。女が片手で振り回せるほどに軽いが、切れ味は全く変わらない刀。10秒で錆を取る機械。音の出ないドライヤー。光学迷彩内臓の壁。殆ど全てのものが、役に立つ為ではなく自分が満足する為に作っていたもので、子供ながらにあきれ果てた覚えがある。

 だが綾乃は、俺にとって数少ない遊び相手だ。1年近く一緒にいれば、無愛想な少年でもそれなりに懐くもので、彼女が大学に行く日にはずいぶんと大泣きしたらしい。

 

 そして代わるように入ってきたのが葉月だった。明るい性格だった彼女は綾乃に代わって、俺をありとあらゆる場所に引っ張りまわす。施設の近くにある森、古びた洋館、一度だけ好奇心からストリップバーに連れて行かれたときは、流石に失神するかと思った。

 彼女の脳にはミラーニューロンと呼ばれる特異な体質があった。だからすぐに何処かの金持ちに引き取られることになったんだが、それまでは短い期間ではあるけれど、遊び相手として楽しく遊んだ記憶がある。

 

 それから数年が経った。最初は綾乃くらいしか気軽に話せる友人がいなかった俺も、まぁ話せる程度の友人を作るくらいには成長した頃だ。

篠ノ之束がISを発明した。施設の女の子達も全員適性検査を受け、適性が出た子供たちは何処かに連れて行かれた。今思うと、軍の実験台にでもされていたんだろう。

 ISの発表後、施設の運営方針も切り替わり、女性遵守で全てが進んでいた。食べ物も教育も、便所の数ですら女性のほうが多かった。

 そんな中で、飛び級で大学を卒業した綾乃が施設に帰ってきた。彼女もまた、俺を卑下するんじゃないかと怯えていたが、それは大きな間違いだ。彼女だけは、俺の味方だった。

どころか俺の扱いに憤慨し、ある計画を立てた。

 

 クーデター。話は単純だった。月に一度だけ、施設を運営している会社の役員会がある。そこに進入して、運営権限を奪ってしまえばいい。

数は少ないほうが良いから、綾乃と俺だけでやった。会社のビルには表から堂々と入り、受付の女には綾乃が日本刀を突き付けて黙らせ、その隙に俺が電話回線とインターネット回線、非常用警報に繋がる電源ケーブルを切断した。

 役員会は役員応接間で行われていると、案内表示板に表示されていたから応接間がある27階までエレベーターで行き、扉の前にいたガードマンは綾乃の刀を見て銃を構えようとしたが、それより早く俺が近づいてすねを蹴り飛ばし、うめき声を上げたところで綾乃が銃を奪った。――注意は綾乃に向いていることくらい、10歳少しの俺でもわかった。だから迷うことなく走ったんだよ。

そして応接間の扉を開け、驚く役員たちに向けて綾乃は言った。

 

 「特別なのはISであなた達じゃない。そんなことも分からない馬鹿の一存で、私の弟を虐待するのはやめてもらえるかしら」

 

 綾乃が始めて俺のことを弟だといったのはそのときだ。施設内の子供は全員兄弟だと育てられてはいたが、そのときまで綾乃は兄弟姉妹なんて言葉を一度も使わなかった。

 少し遅れて役員たちが騒ぎ立てようとするが、綾乃は刀の鞘を投げ飛ばし、真っ先に騒ぎ立てた初老の女を昏倒させ、素早い動きで組み伏せた。

 

 「あなた達からすれば、私は地を這う虫けら同然かゴキブリのような存在でしょうね。でも、追いつめられたゴキブリは空を飛び、一矢を報いるの。ほら、ちょうど今のようにね」

 

 結果、俺たちの待遇は改善された――というよりは、恐れられていたんだろうか。腫れ物に触るような感じだ。だからその後数年は平和に暮らしていたよ。

 何で数年かって? 俺が傭兵になったからさ。

 

 ISの普及で男は要らなくなっていることも理解していたが、それ以上に綾乃を守りたかった。

 だから北欧のほうで牧場を経営している物好きな親父が、更に経営している傭兵訓練施設に行った。表向きは正規軍の士官学校ということになっているし、教官も資格を持った人間だったから、傭兵候補生たちは士官学校と呼ぶことを強制された。

 戦争はビジネスだ。天文学的な数字の動く戦争をビジネスとしている悪魔のような人間は、思いのほか多い。その親父はアラブ諸国の代理人でも、共産主義国家の重要人物でもなく、遥かに小さい単価で商売をしている悪魔だった。牧場の端では大麻を栽培していたし、俺たちが寝泊りをしていた宿舎の地下ではクリスタルメスを製造していた事から、恐らく何処かのシンジケートが出資しているのは、間違いなかった。

 ――いつか楯無が話していた、犯罪の境界線。あの話を始めて聞いたのは、あの親父からだ。あいつは境界線の話に加え、『人殺しは法が助けにならないとき、自分で自分を助けることが出来る』と言っていた。それは、当時の俺にとって最も必要なものだった。

 

 入校時に審査会のようなものがあった。兵士がどのような戦場に行くかあからじめ決めた上で訓練を施すんだ。

 日本人で子供にしては高身長、まったく傭兵に向いていないように見えるが、逆だ。俺はまだ子供で、潜入するときに日本人という肩書きははるかに便利だから、それを生かせといわれた。だが驚いたのはそこで葉月に再開したことだ。

 葉月の才能は簡単に言うと相手の考えや動きを鏡のようにコピーしてしまう、気味の悪い能力だった。だから引き取られてもすぐに、追い出されてしまったらしい。路頭に迷っているうちに変なおっさんに捕まり、傭兵になった……この辺りは余り深く聞いたことは無いよ。自分から話すのを待っていたんだが、死人に口なしだ。

 

 傭兵施設での訓練は、更識出身のあんたに話しても余り壮絶だとは思わないだろう。一般的に見れば壮絶だろうが。

 実技では武器の扱い、射撃に格闘、破壊工作や斥候。学科ではサバイバル術や通信技術を学んだ。個人の特性によって科目も代わり、少年兵たちの中でも身長の高かった俺は、主に陽動の訓練を学ばされた。

 周りの大勢はヨーロッパの人間で、アジアの出身は俺と葉月の二人だけ。教官たちは士官学校にちなんで俺を中尉、葉月を少尉と呼び分けた。実際のところ、二人の間に階級の差はなかったのだが。

朝の4時に起床、21時に就寝という毎日の中で教官がゲリラ戦を想定した襲撃をかけてくるときがあった。が、毎回教官というわけではなく相手が葉月のときもあった。俗に言う夜這いだ。……この辺も詳しく言わないといけないの? まじで? 恥ずかしいんだけど。うん、また今度落ち着いたときに言うからさ。

 とにかくそこにいたのは生まれたときから戦いの中にいた中東の少年兵や、ただの戦争狂い。そんな中にいれば自然と価値観も変わる。

 

 女尊男卑を確立させた、ISは糞だ。ISなんて生み出した、篠ノ之束はクズだって。周りがそういうんだ。

 

 訓練も慈善事業ではない以上、一ヶ月もしないうちに卒業となる。戦場へ赴く前に、葉月を連れて綾乃のもとに戻った。あいつは俺が彼女を連れてきたって、まるでホームドラマの父親のようにはしゃいだかと思えば、振られたって恋愛のドラマの幼馴染のようなことを言い出した。

 施設に戻った次の日、綾乃にISをぶっ壊したいと打ち明けてみた。反対されると思った。同時にまた助けてくれるとも思った。

 実際は両方だ。野蛮な考えを持つなと叱られたが、壊す以外なら手伝ってあげるといった。理由を聞くと、ただ一言。

 

「お姉ちゃんだから」

 

 そしてまた計画を練り始めた。ISを壊すにしろ、まずは解析しなければならない。だが軍属でもない俺たちにそれは出来ない。だから奪取を試みた。これが俺が始めてISに乗ることになったきっかけでもある。

 それには大なり小なり武力行使が必要で、つまり資金が必要だ。そこで綾乃は施設の運営会社を乗っ取り、名前を変えた。乗っ取ることができたのは、クーデターから数年間、綾乃はその会社の工学部門をはじめとする多くの分野に多大な貢献をし、従業員からの厚い信頼を得ていたから。つまり一度目のクーデターと違い、民衆の支持によるボトムアップ形式の革命だ。

 こうして計画の第一段階、資金源を獲た。次は人手だ。

 これは簡単だった。傭兵育成学校を卒業した殆どの生徒は傭兵斡旋を生業とする業者を経て仕事を得ていた。そしてその業者は育成学校に教官として参加することが多く、当然俺も顔を見たことがあった。だからすんなりと斡旋を取り付けることが出来た。

 

 数回の諜報活動の末、ついに戦場に出ることとなった。

 一度目の作戦のとき、ISの力量を見誤った少年兵が静止も聞かずに飛び出し、そのまま肉の塊になった。士気は下がり、撤退を余儀なくされた。

 二度目の作戦のとき、陽動は成功し警護は手薄になったが、それが災いし全てのISが出動する事態になった。

 三度目の作戦のとき、俺を守って、葉月が死んだ。

 

 ISの機動力と火力、とりわけその小ささは厄介だった。

 大型兵器は歩兵の通る道に侵入できず、入り組んだ道であればこちらが有利だった。

 ISの場合、人間大の大きさしかないため、逃げ込んだとしても一瞬で追いつかれる。完全に追い詰められたときに殺される事を覚悟で、一度だけ、無謀にも手榴弾を間接の隙間に押し込もうとした。

 それは成功した。だがその機体は俺を振りほどき、銃を乱射した。

 

 そこで死ぬつもりだった。何度も戦場を経験するうちに、自分の命が軽いものだと錯覚していたんだ。

 向けられた銃口を確認し、その場に倒れたまま目を閉じる。

 だがその銃弾が、俺にあたることはなかった。

 俺の体を、葉月が必死に守っていたから。

 

 敵のISに仕掛けた爆弾が破裂し、行動不能になった。操縦者の意識は衝撃で失われていた。

 危険は去った。それでも俺の上に重なるように庇い続けた葉月の顔は、何故か笑っていた。

 

 「お、おい! っ、葉月! なんで俺を庇った!」

 「あ、あはは……。パートナーを助けるのが、パートナーの役目だから、ね……」

 「っ! 誰か! 頼む誰か来てくれ! 葉月が……葉月が!」

 

 必死に仲間を呼び続けた。自分では何回呼んだか覚えていない。何度も何度も無線に叫び続け、ようやく仲間が来ると分かったそのとき、ISのパイロットが意識を取り戻した事は、確かに覚えてる。

 それからはさっきまでの話の通りだな。大きな傷では無かったとは言え、脳の一部を削られて生きているのは奇跡としか言いようが無い。葉月の体を移植し、今の俺がある……。

 その現実を受け入れられず、俺はまだ葉月が生きていると錯覚していた。まだ錯覚しているかもしれない、一人になるまでは分からない。綾乃はそうとう困惑したんだろうな……。思い返すと、通信の内容に傭兵のやつらは入ってこなかった。日本語だからだと思っていたが、綾乃のやつ、誰と話してたんだよ。

 

 そして四度目で、IS適性を獲た俺はラウラと戦い、今に至るわけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 「以上だ、終わり。何か質問はあるか?」

 「ないよ。ある訳ない」

 

 話し終わって一息入れながら聞いた俺に、楯無は優しくそういうと静かに抱きしめてきた。

 

 「……おいおい、今までのは演技だったんじゃないのかよ」

 「年下があまり強がるもんじゃないよ。綾乃さんじゃないけれど、私の胸で存分に泣いときなさい」

 「は、はぁ? 泣くわけ、ないだろ……」

 「いいんだよ。もう我慢しなくても」

 

 その言葉で俺の中で何かが決壊した。何度も見た安っぽい映画の中でマリア像に縋り付く殉教者よりも、きっと酷い顔だっただろう。

 それでも楯無は、優しく俺を抱きしめ続けてくれた。その事が余計に、俺の涙が止まらない原因となった。

 

 「よしよし。何時まででも貸してあげるからね。なんなら授業なんて出なくてもいい。そんなことよりもよっぽど大事なことだったんだから」

 「……いや、もう、大丈夫だよ。ありがとう」

 「本当に? 遠慮しなくても良いんだからね?」

 

 心の底から心配していることが表情と声のトーンから分かった。今初めて、俺の才能を実感することが出来た。

 それと同時に、わきあがる感情も理解できた。あぁ、これが。

 

 「……弱っているところに優しくされると惚れるって言う意味が理解できた」

 「ほぇあぁ!?」

 

 馬鹿っぽい、素っ頓狂な声を上げて飛びのく楯無。それを見て思わず笑いがこぼれる。

 

 「あ、甘えて良いとは言ったけど、からかっていいとは言ってないんだからね!」

 

 平静が取り戻せてないのかトーンが外れた声のままそういうと、真っ赤な顔を隠すように背を向けてしまった。

 

 「別にすぐ答えてほしいとは思わない。俺はいつまでも待つよ。いつか楯無が、こっちを振り返りたくなったら、そのときに答えてくれればいい」

 

 不意打ちなのも、卑怯なのも分かってる。だがそれが俺だ。今更それを隠して何になる。

 そう決意を滲ませて、くさい台詞を言い切った。

 

 「……楯無じゃない」

 「え?」

 

 相も変わらず背を向けたまま、彼女が言う。

 

 「刀奈。私の本当の名前は、更識刀奈だから」

 「あぁ、なるほど。刀奈がその気になったら答えてくれればいい」

 

 改めて、本名を名乗った彼女にそういうと、刀奈は学園最強の名に相応しく俊敏な動きで振り返った、と同時に俺に飛び掛ってきた。

 

 「……じゃあ今言うから。末永く、よろしくお願いします」

 




 『いつまでも、記憶の中に』:当然、葉月のこと。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。