インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
一限をそのままサボりぬき、二限から出席することにした俺たちだったが、楯無――二人きりのとき以外はこう呼ぶことにした――はともかくとして、件の天上天下唯我独尊史上最強鬼神教官織斑千冬(考えうる限り最高の悪口)を前にしては、どんな言い訳も使えるわけが無かった。
彼女は俺のにやけ面が気に入らないと、ハートマン軍曹リスペクトの教育を施しにかかった。いつものことだった。あ、でもセシリアとシャルにもにやけてると言われたのは流石に傷つきましたね……。
その日は全ての出来事を笑って流した。一夏が鈍感を発揮しようが、セシリアがお嬢様だろうが笑って流すくらいの余裕はあった。にやけ面だけにね。
翌日は久しぶりの休日だった。この一週間はずいぶんと目まぐるしく事が動いたから、楯無がなんと言おうとだらけるつもりだったが、彼女のある一言で外出せざるを得なくなった。
「臨海学校近いけど、水着とか持ってるの?」
持ってるわけがない。俺の人生で水に入るのに専用の着衣があるなど、知識として知ってはいても必要なことなどなかった。いっそのことISスーツで海に入ってやろうかと思ったが、どうせだから楯無に見立ててもらうことにした。デートついでの水着、水着ついでのデート。
そして今。街に出る為、モノレールの車内にいた。施設にいた頃は乗り物に乗る機会など殆どなかったし、第三世界では軍用ジープが移動手段だった。だから近未来的な内装に失われた少年時代のワクワク感を感じている。
「ちょ、ちょっとそういうことはやっちゃ駄目だってば」
「いいだろ別に。誰も見ちゃいねーよ」
「見てるとか見てないとか、そういう話じゃないの!」
座席の上にある網棚に何故かテンションが上がり、つい飛び乗ってしまった。マナー違反だったらしい。僕はいい子なので、言われた事を素直に聞く。
モノレールが無事に駅に到着し、目的のショッピングモールまで向かっていると、ふと見知った後姿を見かけた。
声をかけようとして、異変に気づく。自販機の陰に隠れている様子からして、どうやら知人たちは尾行しているようだと。楯無と顔を見合わせ、面白いことが起こりそうだとほくそ笑んだ。
「……ねぇ」
「なんですの」
「あれ、手握ってない」
「握ってますわね」
「そっかぁ……」
嫉妬と憎悪に溢れたオーラを滲み出す二人の女の名前は鈴とセシリア。青春アミーゴなアイドル売出し中でそんなにユニット名をしているわけではない。国籍も違う。年代も違う。無関係である。
彼女たちの視線の先には織斑一夏とシャルロット・デュノア。先日女だと公表した元男性IS適性者と一人目のIS適性者を見つめながら、二人の女はそれぞれ別の感情を滾らせていた。嫉妬をたぎらせる鈴、興味をたぎらせるセシリア。
「……楽しそうだな」
何処かで聞いた淡々としたその声に振り返る。
「ラウラさん!」
「そう警戒するな。今のところ、お前たちに危害を加えるつもりはない」
「信じられるものですか!」
「そうよ!」
二人の女は息を合わせて言う。ラウラの視線が動き、何か言い返してくるかと思ったそのときだった。
「んぐぅ!?」
何物かに、口を封じられた。
ラウラの登場でなにやらひと悶着ありそうな状況に便乗させてもらい、楯無が鈴を俺がセシリアの口を手で封じるドッキリをすることにした……のだが、思いっきりびびらせてしまっている。自分の手の内でプルプルと震える子犬のような高飛車同級生の扱いに困り、楯無のほうを見やると彼女も彼女で同じような状況だった。
「なんかごめん……ラウラも、うん……」
素直に謝った。先も言ったとおり、僕は素直な人間なのです。
「私は別に構わん……そしてすまない。私には急ぎの用事がある。さらばだ嫁よ」
「えっ、あぁ。うん」
スタスタと歩き去るラウラを見送って、未だに震えている二人へと向き直る。相変わらず自販機の陰に隠れている二人に倣い、身を隠しながら聞いた。
「で、二人はあいつらを尾行してるんだよな」
「は、はい!そうですわ!」
「面白そうだから俺も尾行するわ」
「いや面白そうなのはどちらかというと、あんたら二人組……」
鈴が楯無と俺を交互にちらちらと見比べる。俺たちが恋人の関係にあることは、まだ言っていない。言うタイミングでもない。性格上、今にも言い出しそうな楯無をこのままにしておくのは、核爆弾のスイッチを6歳の子供に握らせているようなものだ。
「面白そうだと思ったけど、俺も用事思い出したから行くわ。いきましょう、先輩」
楯無の手を掴み、小洒落たショッピングモールの内装を眺めることもなく小走りでその場を離れる。シャルと一夏のデート組と鉢合わせにならないように、出来る限り二人の動向を観察しながらだ。
「なんで二人と一緒に一夏君たちを尾行しないの?」
「あの場所に留まり続けたら、何の躊躇もなく付き合ってることをばらされそうだったから」
面白がってそういっているのかと思ったが、顔を見てみると何故か真っ赤だった。
「……休日に二人で手を繋いで歩いている時点でバレてるんじゃないかなぁ」
「今更引っ込みも付かないよ」
尾行対象の二人が水着売り場に入ったのを伺ってから、別の水着売り場を探して飛び込んだ。数多くの水着がずらりと並んでいるが、男物は明らかに少ない。選ぶのに時間はかからなそうだな。
「じゃあお姉さんがいくつか見繕っておくから、ちょっと外で待っててよ」
「いやそれ絶対時間かかるパターンのやつじゃん。今モノローグで時間かからないって言ったのに」
「訳わからない事言ってないで、ささ、行った行った」
無理やり押し出される形で売り場から追い出されたこととなった俺は、だがやることもないので適当にぶらつくことにした。楯無に気を使って数時間開いていなかった携帯端末を開いて着信履歴を確認するが、目当ての着信も留守電も入っていなかった。落胆を感じた丁度そのとき通りすがりの女が声をかけてくる。
「ねぇ、あなた。これ片付けておいて」
店の地面に置かれたかごを指差して女は言う。当然、面識はない。お前みたいなISに乗れるわけでもないのに男を奴隷扱いする女が一番嫌いな俺に、高圧的に物を言うとはいい度胸だ。
「なんだてめぇ」
「な、なによその言葉遣いは。おとなしく言うことを聞きなさいよ!」
「あ? てめえはそんなに偉いのか?」
「男は私たちの言うことを、素直に聞いていればいいのよ!!」
俺の態度が気に食わないのか、徐々に声が大きくなる女。少しずつだが、ギャラリーの注目を浴びているが気にすることはない。こっちも言いたい事を言わせてもらおう。
「あぁ、つまり女王様気取りってわけか。だが女王なら自分の召使に命令するだろ。唐突に街へ出歩いて、市民に命令なんてしない。お前はあくまで気取ってるだけなんだから、そっちこそ大人しく分をわきまえた行動をとれ不細工」
「な……な……」
「あーあー、図星を突かれたら今度は子供のように叫びだそうってか。市役所に行って『甘やかされた不細工』に名前変えてきたらどうだ」
俺の言葉が引き金になったのか、言葉にならない叫びを上げて野次馬の群れを掻き分けて何処かへ行く女。代わりにいくつかの水着を手に野次馬の群れを掻き分けてやってきた最愛の女。
「どうしたの? すごい声が聞こえたけど」
「後で話す。気分が優れないから、悪いけどさっさと帰ろう」
「え、でも水着はどうするの?」
「全部買うよ。あぁ、その女物も一緒に買うから全部よこせ」
男物の水着に一種類だけ女物が混ざっていたがそれごと奪い取ってレジに持っていった。きっと自分用のをこっそり混ぜて、俺に着せようとか考えていたんだろうが、逆に今度無理やり着せてやる。
そんなことよりさっきの女にイラついて仕方がなかった。ISがなくなれば、あんな女もいなくなるのか? 篠ノ之束を仮に殺したからといって、そういう思想がなくなるなど、それこそ早計ではないか?
考えが回らずに会社名義のカードを差し出して会計を済ませてしまったが、大した問題ではないように感じられた。
帰りのモノレールで楯無が聞きづらそうにしていたから、肩に手を回して謝った。
「……悪かった。せっかくのデートを、台無しにして」
「それくらいで怒るようならそもそも付き合ったりしないよ」
「だんだん楯無が天使に見えてきた」
「何を今更」
「小悪魔系天使とかどっちかにしろって話なんだけど」
軽口を叩き合っていると、楯無がころんと頭を肩に乗せてきた。されるがままに乗せさせてやると、彼女はぼそりと言う。
「紫苑君はさ、女が嫌い?」
「嫌いなら、恋人なんて作ろうと思わない」
「じゃあ女尊男卑って風潮が憎い?」
まさに考えていたそのことをピタリと当ててきた楯無に内心驚いてはいたが、ゆっくりと言葉を選んで返す。
「……憎いかと聞かれると、そうでもない。男と女は生物学的に平等であることはありえないし、ISが出たからって結局のところは逆転しただけ。自然の摂理と大差はないし、気にしちゃいないよ。今も昔も、俺が一番嫌いなのは、偉そうな事を言う偉くない奴だ」
「……そっか。良かった、学園やめちゃうのかな、なんて考えてたからさ」
「やめねーよ。少なくともお前が卒業するまで」
フォローするつもりでそういうが、楯無はそれが気に食わないのか腕を振りほどき、俺に指を突き付けた。
「お前じゃなくて、お姉ちゃん!」
「それだけは絶対にないわ」
臨海学校当日、燦燦と刺す日差しを浴びながら俺は砂浜に寝転がっていた。サングラス越しにも日照りを感じることは出来、むしろ程よい温かみとなって眠気に襲われている。
「夕方までは自由行動、夕食に遅れないように旅館に戻ること。いいですね~!?」
「は~い」
どこかで先生が大声を張り上げ、生徒が返事をしているのが聞こえる。先走って寝転んでいる俺からすれば今更なんだが。
「ねぇ、紫苑さん?」
まどろみの中で、ふと日照りが遮られ誰かに声を掛けられる。上体だけを起こしてサングラスを下にずらして確認すると、声の主はセシリアだった。
「お休みのところ悪いのですが、バスの中で私と約束したのを忘れましたの?」
「そういえば、したな。下手でも文句言うなよ」
バスの中でサンオイルを塗ってやると約束したことを思い出した。予め予防線を張って、約束を果たしにかかる。
「さぁ、お願いしますわ」
パラソルを広げ、シートを敷き、その上に寝そべったセシリアが催促する。シートの横にはサンオイルの瓶が置いてあった。
ビンのふたを取り、中身を手に空ける。満遍なくオイルを滲ませ、セシリアの肌へと手を伸ばした。
「いったああぁぁあ!」
スパァン!という景気のいい音と共に、セシリアの悲鳴が砂浜に轟く。
「え、ごめん。そんな力はいってたか」
「力とかそんな問題ではなくて、なにゆえ私のお尻をお叩きになりましたの……」
「オイル塗るときは景気づけに尻を叩くって、姉的な人が」
「初耳ですわ!そんな手法も、姉的な存在も!」
どうやら綾乃によるオイル講座は間違った刷り込みだったらしい。形而上の綾乃を殴り飛ばし、改めてオイルを塗る。
「んっ……あぁ……」
何度か塗っていくうちにセシリアから官能的な声が上がる。近くで様子を見守る女子生徒たちが「気持ちよさそう」だの「あとで塗ってもらおう」と口々に言っていた。
「はぁっ…んっんっ……!!ぃっ…!」
「きめえ声出すな」
「いったぁぁあああぁ!!」
この後もまたサンオイルを塗ってもらおうとする女子に囲まれることを懸念した俺は、再びセシリアの尻を叩くことで事なきを得た(サンオイル所望女子は織斑君に塗ってもらおー、と言っていた)。
「すごい音と声が聞こえたから着てみたら、紫苑だったんだ」
「まるで俺がすごい声と音を同時に発したみたいな言い方やめてくれない」
景気のいい音につられてやってきたシャルのほうを振り返ると、その隣に立っている全身にバスタオルを巻きつけた奇怪な生物を見つけてしまい、思わず目をそらした。
「おい、シャルロット……なんかゴースト憑いてるぞ」
「ほら、紫苑に見せたら?」
「だっ、大丈夫かどうかは私が決める」
「……なんだラウラか。シャルロットが性別偽ったのバレて、エジプトの性別偽ったミイラに好かれたのかと思った」
声からミイラの正体を見破ると、シャルはラウラの耳元に口を近づけて何かを話している。同時に遠くから俺を呼ぶ声があった。
「鳴海くーん、携帯からすごい音してたよー」
「あぁ、持ってきてくれたんだ。ありがとう」
クラスメイトの女子が携帯を片手に走ってきているところだった。受け取って礼を言うと、顔を真っ赤にした彼女は、黄色い声援を挙げる仲間のところへ小走りで帰っていった。
着信履歴を確認すると、この数日待ちに待った名前がそこにある。
「わ、笑いたければ、笑うがいい……」
シャルとの話し合いで覚悟を決めたらしいラウラがバスタオルを剥ぎ取り、そういった。面積は小さめだが、黒のビキニタイプの水着を身に纏った彼女は、髪型もツインテールにしていた。だがいつもの凛とした顔つきはどこへやら、自信なさげに人差し指通しを合わせていた。
「おかしいところなんてないよ。ね?」
「あぁ、よく似合ってる」
「そ、そうか。似合ってるか……うれしいぞ」
素直な気持ちを口に出すと嬉しそうに、恥ずかしがるラウラ。そういうことに慣れてないことは、俺にはわかる。
しかしもっと褒めてやりたいが、それより重大な用事が出来てしまっていた。マナーモードで設定してあるはずの携帯が、すごい音を立てたということは、強制的に介入され設定を変えられたということだ。
「……あぁ、とてもよく似合ってるよ」
すれ違いざまにそういいながら、ラウラの頭をポンポンと叩いてやる。すると彼女は形容しがたい声を上げた。
その姿を確認することなく、折り返し電話の設定をする。耳に携帯を押し当て、数回のコールの後、電話の主が通話に応答する。
「――もしもーし」
「やぁ、綾乃。待ち侘びたよ」
「待ち侘びた割には一回で出なかったのね。まぁいいわ。緊急の要件だから、今すぐ本社に戻ってきて」
「今ちょうど臨海学校の最中なんだ。そんなこと許されるはずが――」
「織斑先生のもう許可は得たわ。だからこっちにきて。あなたの、新しいISの事だから」
『Azure Blue World』:紺碧の青い世界。海辺から見た景色。