インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
社長直々の要請とあれば、一社員に過ぎない俺はそれに応じるしかない。俺のアイデンティティであるISに関わることならばなおさらだ。綾乃からの電話を切ると砂浜にリムジンが乗り込んできて、ダークスーツの男がシークレットサービスよろしく、俺を迎えいれた。
車に揺られること一時間、汐澄インダストリー本社に到着した俺は、受付嬢に入館許可をもらいに行く。
「社員証忘れちゃったんだけど、入れてもらえるかな」
「鳴海君! 別に何も言わずに入っちゃって良かったのに」
「そういうわけにも行かないでしょ」
顔なじみの受付嬢と他愛のないやり取りを交わし、一時的に解除されたセキュリティゲートを抜ける。綾乃から受けた連絡によると、地下の兵器開発区画で待っているということだった。その区画は行政に申請されていないものだから、業務用エレベーターを利用して降りなければならない。他の社員が誰もいないことを確認した後、業務用エレベーターに滑り込み、指定された階に下りる。
ガシャンという破壊的な音で目的の階に到着したことを知らされ、備え付けのブザーを鳴らす。数秒待って、エレベーターの外から扉が開けられた。
「どうも、Herr鳴海。お会いできて光栄です」
「どうも。見慣れない顔だが、MrではなくHerrってことはドイツ人か」
扉の外には地下とは思えないほど開けた空間が広がっていて、社外のものであろう西洋系の白人女性が立っていた。
「失礼、私はドイツ軍兵器開発部から派遣されてきたイルマといいます」
「あなたのISを復旧させる為に私が呼んだの」
懐かしい声と共に奥から歩いてきたのは綾乃だった。だがいつもの白衣は黒ずんでいて、くたびれて見えた。
「久しぶり、姉ちゃん」
「そんな呼ばれ方をされたことこそ、久しぶりよ。……全部思い出したって顔ね」
「あぁ。苦労をかけた」
「こっちこそ、黙っててごめんね」
不出来な弟の為に、必死で芝居を打ってくれていたのだ。時空間を越える装置も、言っていないだけで俺の為に違いない。もっといいたい事はたくさんあったのに、いざ言おうとすると短い言葉しか出なかった。綾乃もそれは同じようで、姉弟の間に気まずい沈黙が流れる。その空気に嫌気が差したのかイルマが大声を出して振り払った。
「あー、感動の再会は後にしてください! さっさと本題に入りましょう!」
あっけに取られた俺たちを彼女は先導して歩く。以前来たときには人間用の携行兵器や海外輸出用兵器、即ち公開してもいい手札を調整していたのだが、今となってはIS用の兵器開発区画に様変わりしていた。イルマの目指す先には、量産機とは違うと一目で分かる、異質なISが佇んでいた。
「こちらがHerr鳴海の……あの、自分で言っておいてあれなんですけど、鳴海さんで良いですか。一昔前の芸人をドイツ語でリメイクしたみたいな感じで嫌になってきました」
「それくらいなら、別に了承とる必要ないんじゃない」
「ありがとうございます。では改めて――こちらが鳴海さんの新しいISとなる予定の試作機です。名前もまだ付いてはいないんですが……」
「パイロットの俺を呼び出したって事は、初期設定の段階か、何かしら俺が必要な不具合が出たって事か?」
「そうじゃないの。あなたのISのコアは再起不能って話があったでしょ? だからこの機体はコア無しで外装だけ製作してるの」
イルマとの会話に、綾乃が補足するように割り込んで説明する。俺の愛機、スノー・アスタータタリクスはISコアごとぶっ壊された。それは重々承知していたが、呼び出されたということはてっきりコアの修復が終わったのだと、勝手に勘違いしてしまっていた。綾乃をもってしても、やはり修復は無理だったのか……。
「コアの話は追ってお話するとして、まずはこちらの武装について説明させていただきたいのですが……」
「構わないが、一つ確認したい。あんたはドイツ軍から来たんだろ? ドイツ軍が開発に関わると、どうしてもVTシステムのような想定外のプログラムを組み込まれるんじゃないかって、不安になる」
俺の問いにイルマは少し不満そうな顔をしてから、「あぁ」と納得したような声を漏らして、返答する。
「VTシステムを開発した研究施設、あそこは組み込んだことが漏れた後、『何者か』に倒壊させられてるんですよ。だからその問題はないとして……、そもそも私は武装専門です。コア内部に組み込むならいざ知らず、武装に組み込んだところで、所詮は武装。人間で言うなら、せいぜい足の親指の先を作っているくらいなので、そこに何か仕込んだところで何の意味もなさないでしょう?」
「そもそも私自ら呼んでいるんだから、それくらいの懸念は当の昔に超えているわよ」
再び綾乃が庇うように割り込む。俺が知らないだけで、イルマと綾乃の間にはなんらかの信頼関係があるようだ。俺はすまないと謝って、先の話を続けるように手であらわした。
「では続けますね。今回新たに機体を作るにあたって、鳴海さんの使用していた機体から戦闘データをサルベージ、最も適した戦闘スタイルと武装を選択させていただきました」
イルマはISとコードで繋がっているモニターのプロジェクションキーボードを軽やかに叩きながら、モニターに新機体の3Dマッピングを表示した。
「鳴海さんの戦闘スタイルは近距離射撃戦……のように見えて、実際は不意をついた奇襲が最も多い、つまりは
モニターにスノー・アスタータタリクスが新機体と並んで表示され、共通項がいくつか纏められていた。空間転移、前腕部アタッチメント、エネルギーによる攻撃。
「まずメインウェポンであるサブマシンガンですが、これは撤廃しました」
「いきなり、驚きだ」
「サブマシンガンの長所は取り回しです。ですが両手を常に封じてしまうデメリットがはるかに大きいと判断し、超高周波ブレードと電磁シールドが配備された位置に、代わりの装備を置くことでその問題を解決しました」
モニターから離れ、ISの前腕部に装備された三門の銃口がついた装備を触りながらイルマは続ける。
「新兵装『イオン・フラグメント』。イオン化したエネルギーを銃弾として発射し、対象の回路を過充電し融解させ、システムダウンすることを狙ったものです。銃弾の入ったマガジンの代わりとなるエネルギーカートリッジがなくなると自動で装填・排出を行う上、ショットガンや放射モード、エネルギーブレードにも変更できるように設計しました。銃としての能力はそのままに、両手を自由に、リロードの手間を省き、電子兵装を破壊する。完全な上位互換といって差し支えないかと思います」
イルマは情報を濁流のように垂れ流すが、なんとか理解して頷く。
「あ、不満があったらおっしゃってくださいね。先ほど言ったとおり、まだ試作段階ですので、修正は効きます」
「いや、大丈夫だ。続けてくれ」
「では。えーと、空間転移についてですね。これに関してはほぼ汐澄さんが行ったのですが、機体だけでなく手元の道具や、登録されていて手元から離れているものを転移させることが出来るように改良した、とのことです」
綾乃のほうを向くと、過去一番のどや顔だった。ちょっと腹立つ。
「最後になりましたが今回の目玉、といいたいんですが……」
「――さて、出番よ紫苑」
先ほどのどや顔とは打って変わって、真剣な顔つきで俺を見上げる綾乃。
「イエスかノーで答えて。また、葉月ちゃんに会いたい?」
唐突な質問に思わず聞き返しそうになるが、綾乃の目つきを見て思いとどまった。冗談なはずがない。からかっているはずがない。彼女が真剣にそう聞くということは、必ず何かの手段を持っているが、最後の一歩を踏み出していないだけなんだ。一瞬の逡巡の後、俺ははっきりと言う。
「イエス、だ。もちろん会いたい」
「……そっか、そうよね。うん。分かった。じゃあ、もう一つだけ質問させて。その方法は人道に反してて、世の中の誰もがやらなかったこと。この方法を知ったら、あなたは二度と私を姉とは見てくれなくなるかもしれないし、仮に成功したとしても葉月ちゃんは喜ばないかもしれない。それでも、会いたい?」
綾乃は何か方法を知っている。そんな確証をもち、その言葉を全て吟味した上で、やはり俺の答えは変わらない。
「わがままと言われようが、罰当たりと言われようが、葉月になじられようが知ったことか。葉月に会いたいのは俺だ、いつか俺を罵る誰かじゃない。大切な人にもう一度会えるなら俺は……会いたい」
深く、目を閉じ、ただ一度だけ頷く綾乃。目を開けたと思えば、イルマに変わりモニターの前に立ち、キーボードを叩き始めた。
モニターに表示されていたデータが消え、代わりにISの前に投影されたものは、いつか学園で見た、ISコアそっくりだった。
「以前あなたに配給されたコアは復帰不可能。だから私たちは完全な複製を作ることにしたの。でもまだ90%程度の再現率でしかない」
「残りの10%は?」
「ブラックボックス内の殆どだけど、明らかに足りないのは自己進化ロジック」
いつも落ち着いていた綾乃の顔が、一瞬だけ苦虫を噛み潰したような表情になる。
「ISが自己進化できるのは、操縦者の意識を理解するから。つまり1と0、イエスかノーで考える通常のコンピューターでは到底ありえないことなの。どんなシステムか、私には解析できなかった。さすが稀代の天才科学者、篠ノ乃束よ。完敗したわ。だからそのロジックのコピーは諦めて、代替のロジックを組み上げることにした。これを見て」
綾乃が指差した先に表示されていたのは、コンピューターとは程遠い代物だった
「人間の、脳?」
「そう、脳。――正確に言うと、葉月ちゃんの脳」
葉月のものだと聞いた瞬間、投影されたその脳の映像が急に愛おしく感じられるのだから、つくづく不思議なものだと思う。同時にいくつもの疑問が浮かんだ。
「葉月ちゃんが亡くなったとき、私はいつか来る未来を見越して脳の機能全てをマッピングと記録処理にかけた。いつかその完璧な複製を作るときがくれば、義体技術も進歩してる。完全に生き返らせることが出来るって。でもあなたは怒ると思ったし、生きていると思っている以上現実を突きつけたくなかった。本当に、ごめんなさい」
再び深く頭を下げる綾乃。いくら混乱はしていても、俺の答えは一つだ。
「俺のために、葉月のためを思ってやってくれていたのに、いったい誰が姉ちゃんを責められるんだよ。怒ってなんかいない。もし葉月が怒っているとしても、それは直接聞くまで分からないよ」
「そうね……えぇ、続けるわ。脳の機能はデータ化されていても、まだ失われていない。シナプスとなるプログラムを組んで、神経細胞同士を機械的に接続したわ。このデータをISコアにインストールは済ませたから、あとは起動するだけ。そうすれば、葉月ちゃんが紫苑の意識を理解し学習して、強くしてくれる」
理論は理解した。死者を冒涜する行為だと、批判する団体が出る可能性もある。だが葉月が死んだのは俺が軽率な行動をしたからだ。命の在り方について、何も知らない第三者について言われる筋合いは無い。
「準備が出来たら、教えて。幾らでも待つから」
「待って、準備なら出来てる。今すぐにでも会いたいくらいだ。さっきからワクワクして、胸の高鳴りが止まらないんだよ」
「……わかった。すぐに準備する」
短くそう言ってからの綾乃の動きは素早かった。今まで黙って話を聞いていたイルマもそれに付き従うように準備を手伝う。
「そのISに乗り込んでおいて。起動と同時に初期設定を行えるように」
キーボード上に指を走らせながら指示をする綾乃。さっきは篠ノ乃束に負けたような口ぶりだったが、俺からすれば綾乃も稀代の天才だよ。そう思いながら、ISのコックピットに飛び乗り、シートに身を預ける。
「神経細胞データ起動、情報伝達完了、シナプスプログラム正常稼動。コアを起動するわ」
「了解!」
綾乃が動作の一つ一つを口にするたびに胸の鼓動を強く感じる。鳴り止むことのない高揚感と、幼馴染に再び会うことの出来るという興奮を吐き出すように返事をした。
起動シークエンスを完了したことを知らせる文字が、IS内の投射ディスプレイに表示される。
ラファール・リヴァイヴともスノー・アスタータタリクスとも違う、独自のインターフェースで活動状況が表示された。
機体内部を走る電子パルスが、まるで自分の鼓動のように感じられる。
「――やっほ、紫苑くん。あたしに会えなかった間、泣き腫らしてたりしたんじゃない?」
「……馬鹿言え」
待ち望んだその声が、頭の中を響くように聞こえる。再び会えたそのときには、きっと喚起の余り大声を出すかと思っていた。心の中ではそう決めていた、そう準備をしていた――なのに。
嬉しいのにも関わらず、口元は笑っているのも無視して、目からは涙がとめどなく溢れ出た。
『命の在り方』:葉月の脳を使うか否かは、命の在り方に反しているのか。