インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
夜が明けて翌日。葉月が仮初とはいえ再びこの世に蘇ったことで、俺の専用機の調整が本格化した。とは言えソフト面もハード面も俺に出来ることは少なく、綾乃とイルマが時折要望や感覚を聞いてくるとき以外は暇だったので、葉月と話していることのほうが多かった。
「機械の中にいるって気分は、どうなんだ?」
『うーん、体がないってだけで変な気分はないかなぁ。まだネットには接続してないし、面白いのはこれからって感じ。にしても戦場で意識が飛んだと思ったら、機械の中にいて、気づいたらこんな状態だからびっくりだよね。綾乃さんには感謝だよ、ホント』
一時的にコアをスピーカーに繋いでいることで、葉月の声は俺以外の二人にも聞こえている。倫理的にもまずいと考えていた綾乃が、当の本人に感謝の意を伝えられて真っ赤なその目よりも真っ赤になっている様は一見の価値があった。
『結局のところ生身の体はないけど、このISが新しいあたしの体みたいなものだからね。ほら、この通り!』
「うわ、ちょっ、動かさないでください!」
葉月がISの左腕を唐突に振り上げたことで、武装の最終調整を行っていたイルマがあわてて飛びのいた。俺も無理やり左腕を持っていかれた形になったが、それよりも葉月の前向きな姿勢は見習わなくてはいけないと、つくづく思う。
「新しい体なのは良いけど、痛覚とかちゃんと遮断してるんだろうな……。戦闘中に攻撃食らって泣き喚かれたら堪ったもんじゃない」
『触覚は生きてるけど、痛みはないみたい。ロキソニン飲んでる気分だね』
「すげーな、ロキソニン」
『手放せないよね』
「学園戻る前に薬局寄って買うわ」
親知らずを抜いた激痛ですらもロキソニンはかき消すと聞く。大量に買い溜めしておこう。
「全武装チェック終わりましたー」
「ISコア
イルマとほぼ同時に調整を終えた綾乃が、新武装の使用指示をした。指示に従ってコンソールにコマンドを打ち込む。
『
「終幕のエトワール、動作確認を開始する」
投射ディスプレイにプログラムが走っている表示が出て、視界の上半分が真っ赤に染まる。何事か、と機体を客観的に見る為に設置したモニターに目を向けた。
黒を基調とした機体に、スノー・アスタータタリクスから引き継がれた紫苑色のスリットが淡く輝いている。操縦者の露出が胸より上のみと、通常に比べて少ない無骨なフォルムのその上には、紅のベールが纏われていた。
否。それは武装の使用によって変色した、シールドの一部分だった。無色透明であるはずのシールドが紅く染まって、辺りに発散されている。
「終幕のエトワール、正常動作を確認。動作を停止して――っと。ごめん、電話が着たから席はずすわね」
紅いベールが消えていくと同時に、綾乃の携帯に着信が入る。
ISから飛び降りイルマの元へ歩み寄ると、彼女は興奮した顔持ちで語りだした。
「凄いです――理論値を10数%も超えた結果が出るなんて……葉月さんのミラーニューロンのお陰か、鳴海さんとの脳細胞のシンクロなのか……」
『両方じゃないかな?』
「実際に使わないと実感沸かないし、なんとも」
終幕のエトワールは性質上、対ISにおいてその効力を最も発揮する。やはり実践しなければ、その効力を実感することは出来ない。
「そうですね……学園に戻れば幾らでも計測の機会はあるでしょうし、正常に動作しただけで満足です。それはそうと、機体の名前をつけないといけないんですよ。コアは別物でも、一応ドイツ軍名義の機体として登録しないと、鳴海さんが数多くの機関から勧誘受けて面倒なことになると思うので、とりあえずドイツ語の名前でお願いしたいのですが……」
「と、言われても。葉月、なんか名前付けて」
『あたしを便利な人工知能かなんかと勘違いしてない? まぁいいんだけど……うーん、紅いベール被ってるように見えるし、赤ずきんじゃダメ?』
「じゃあ、それで。
「なんかさびしいのでグリム童話の赤ずきんにしません?」
『あっ、それいいね。あたしも賛成』
「その場合は
「了解です」
世間一般から見るとありえない位あっさり決まったが、別に自分の子供の名前を決めるわけじゃないのだから、これくらいで良いんだと思う。
新たな愛機『グリム・ロートケープ』こと葉月を見上げながら、ふと思う。いつの間にかタバコを吸う習慣がなくなったな、と。今考えれば、あれも薬物の一種でPTSDを助長していたんじゃないか。
哀愁に駆られていると、電話が終わったらしい綾乃が焦った様子で駆けつけてきた。
「緊急事態よ。紫苑、こっちにきて」
綾乃の話はこうだ。
アメリカとイスラエルが共同開発していた第三世代型の軍用IS「
そしてそれが――いったい何の偶然か甚だ疑問ではあるが――学園が合宿をしていた地点からおよそ2キロ付近の空域を通過することが分かり――はたまた何故かは微塵も理解は出来ないが――教員たちはその空域を封鎖し、福音の迎撃に一夏と――人選が理解から程遠いものでどう表現すればいいのか分からないが――箒が当たるということだ。
一夏が選ばれるのは理解できる。スペック上の福音の最高速度は450km/s、アプローチ出来る回数は限りなく少ないのだから、一撃で決めるという判断だろう。だが専用機持ちですらない箒を選ぶというのは、何をどうとち狂ったのか。
どう考えても生徒に空域を封鎖させ、織斑先生と山田先生辺りを出したほうが確実というものだ。だがそうしないということは――
「――何か裏があるな」
「……念のため言っておくけれど、織斑先生は貴方をここから出すな、という意味で電話してきたの。そして私はそれを支持するわ」
「そんな馬鹿げた話があるか? 何をどう考えても、こんな可笑しい話はない。ケネディ暗殺の真犯人がエイリアンだったというほうがまだ理解できる。悪いが俺は行くよ」
綾乃を押しのけてグリム・ロートケープの元へ行こうとする。だが黙っている彼女じゃなかった。
「そうはさせない。イルマ、隔壁を閉鎖しなさい!」
「葉月、隔壁が閉鎖されたら最大出力でぶち破れ。……頼む、綾乃。数少ない友人がピンチなのは分かりきってる。何も出来ずに閉じこもって居たくない」
「それは私だって同じよ。わざわざ死を覚悟するような場所に弟を向かわせる姉がどこにいるの?」
「織斑先生がそうだろうな。そしてその人の決定を、綾乃は支持すると言っていた。ならそこを退いて、俺を行かせてくれ。頼む」
目を見て、必死に懇願する。綾乃も、同じく俺を見て説得する。
無言の押し問答の末、とうとう先に折れたのは綾乃だった。
「……分かったわ、いきなさい。ただし、身の危険を感じたらすぐに帰ってくるの。貴方は別に、迎撃任務を命じられたわけじゃないんだから」
「ありがとう、恩に着る」
短い言葉では伝えきれない思いを、深く頭を下げることで表現する。それでもまだ足りないくらいで、もっと伝えたいことはたくさんあるが。
再びグリム・ロートケープの操縦席に飛び乗り、スラスターの起動準備をする。同時に綾乃と指示を受けたイルマが、もともと非常用通路に作っていたものをIS専用に作り変えたトンネルを準備した。
『補助尾翼チェック完了、管制通信傍受、福音への最短ルートをディスプレイに表示したよ』
「サンキュー葉月。じゃあ綾乃、ちょっと行ってくる」
無言で頷く綾乃に笑いかけ、滑走路の更に奥、空の果てを見つめる。
連絡が着てからあまり時間は経っていないが、距離を考えるとゆっくりはしていられない。全力で行く。
「行くぞ、グリム・ロートケープ」
最初の一歩を地にしかと踏み込んだ次の瞬間、その場には突風が吹き荒れる。加速Gだけで理解した。スノー・アスタータタリクスの何倍も、こいつは速い。
滑走路を囲うトンネルを一瞬で抜け、海上に出る。陽の光が目を眩ませるが、それくらいで減速していては間に合うものも間に合わない。後悔だけは、もうしたくない。
表示されたルート通りに飛行を続けると、突然葉月が警告を出す。
『このルートを進んだ先、西に200mずれた所にIS学園名義のISがいる。そろそろあっちも気づく頃かな』
「こちらIS学園所属機。身元不明機に注ぐ、この先は飛行禁止区域となっている。そのまま飛行を続ける場合は、攻撃に移る」
開放回線で警告をしてきた教師。コアが変わったことで俺だということが分かっていないのか。
「おぉ、怖い。じゃあ葉月、せっかくだから終幕のエトワールでここを切り抜ける」
『りょーかい』
こんなところで足止めされるわけにも行かない。だからといって撃墜すると後が面倒だ。だから素直に『通り抜ける』ことにした。
再び頭上が紅く染まったことで発動したことが分かる。更に理論は正しかったことが証明された。
「なっ、消えたっ!?」
終幕のエトワール。
コア・ネットワークに接続している敵に対し葉月が『敵機のコア内』のハイパーセンサーに干渉、グリム・ロートケープがいない映像を合成する。つまりコア・ネットワークに接続、またはハイパーセンサーをつけている限り、文字通り舞台は終幕。まさに潜入用にはもってこいの機能だ。
「じゃあ、ここ通らせてもらうよ。先生」
俺の姿を見失い、あらぬ方向に目を向けている教員の真横を速度を落とさず通り抜ける。ある程度離れたところで終幕のエトワールを解除し、頭をめぐらせる。福音の最高速度が450km/s、グリム・ロートケープの最高速度は不明だが、俺への影響さえ考えなければ追いつくことは可能なはず……。
『センサー内に機体を確認、福音だよ』
葉月の言葉で我に返り、同時にハイパーセンサーが福音の姿を捉える。それと交戦している二体のISも同時に拡大で表示された。一人は一夏の白式で間違いない。もう一人、箒の機体は――
「なんだか見慣れない機体に乗ってやがる」
『IDをチェックしてあらゆるデータベースと照合したけど、該当はないね』
真っ赤な、機体だった。高速で移動している為細部は確認できないが、二振りの剣を持っていることは分かる。
「あいつら、俺の接近に気づいてないのか」
『二人は集中しているからともかくとして、福音のほうはコア・ネットワークから切断されてる。姿を隠そうにも、使えないよ』
「とにかく俺が来た事をわからせよう。突然割って入ったら攻撃されそうだからな――そうだ、開放回線を使って大音量で曲を流せ。ロックをな」
『じゃあ選曲は適当にして、と。パイロットとのシンクロ開始。データリンク完了。周辺空域の座標トレース開始。システム、戦闘ステータスへ移行。
耳を聾さんばかりの大音響が開放回線に流れ込み、戦場の意識を一手に受ける。標的に向けてイオン・フラグメントを構え、掃射しながら距離を詰めた。常人ならざる反射速度で初撃を回避した福音を、突然の曲で意識を逸らされた一夏と箒から引き離すように、引き続き連射を行いながら追う。
十分な距離を稼ぎ、安全圏にいる二人の下へ飛んでいって、声をかける。
「よう、二人とも。一日ぶりのはずだが、もっと久しぶりな気分だな」
「紫苑、なのか?」
「箒と同様、新しい機体で生まれ変わったブランニュー俺だ」
「だが今はのんびりしている暇はないんだ鳴海」
「分かってる。まずはあいつをぶっ潰す。三方向から挟み込もう。一夏は右、箒は左だ」
「紫苑は!?」
「正面から。奴の注意を引く」
右腕のエネルギーカートリッジを排出・装填し、改めて照準を合わせる。それに対する回答は、抑揚のない機械音声だった。
「新たな敵機を確認。敵対勢力、排除開始します」
福音は恐らくはスラスターなのであろう装甲の一部を、さながら翼のように開放する。形容するならばそれは銀色の翼だが……
違う。先の機械音声が言っていたとおり、これは。
「砲口か」
一斉に俺を向く砲口の軸線上から体をそらすためバレルロールを挟みながら、更に加速する。シールドエネルギーの許容量を超えた加速Gに骨が軋む感覚がするが、まだ止まれない。
しかし十分に接近する前に光の弾丸が撃ちだされ、その隙のない連射攻撃を前にして接近できなくなる。
だが、それでいい。
あくまで俺は陽動、本命は一夏と箒。
回避運動を行いながら乱射を続ける福音へ、二人が同時攻撃を仕掛ける――が、実戦経験の少なさ故か、その攻撃は当たらない。それどころか弾丸がアーマーに突き刺さり、爆発した。
つまり光の弾丸の正体はエネルギー榴弾。連射速度と発射弾数で弾幕を形成し、福音自らはその速度を生かして回避を続ける。
狙いはほぼ定めていない、定める必要がない。かすりでもすれば爆裂して巨大なダメージを与えることが出来るのだから。
「私が動きを止める!」
箒はその手に持った日本の刀を振るう。刺突と斬撃を繰り出すたびに、エネルギー刃が福音めがけ射出された。
箒の機体はかなりの速度と制動力を持っている。スペックデータを取得しておきたいところだが、その猛攻に福音が防御に回っている今を逃す気はない。
「はああっ!!」
鬨の声を上げて突撃する一夏に合わせ、スラスターを噴出する。イオン・フラグメントをブレードモードへ移行し斬りかかるが、福音もただでやられはしない。
「La…………♪」
甲高い機械音声を合図にウイングスラスターは全砲門を開き、全方位射撃を開始する。
砲門が開いているということは、それだけ無防備な場所があるということだ。
『空間座標、トレース完了!』
好機と見た俺の判断を支持するかのごとく、座標の取得が完了したことを葉月から伝えられる。
淡い光に包まれた俺は、次の瞬間には福音の真後ろにいた。反応される前に後ろから首を掴み、左手のイオン・フラグメントをショットガンに変えて零距離で撃ち込む。
一発、二発と直撃し、三発目を撃った段階で驚異的な加速力で振りほどかれる。だが振りほどき、幾ら弾をばら撒いて逃げようにもその方向には一夏がいる。零落白夜でトドメだ。
「うおおおっ!!」
だが俺の思惑とは別方向に加速した一夏が取った行動はやはり彼らしいものだった。最大出力の瞬時加速と零落白夜をもってして、流れ弾にに追いついてかき消す。一夏が守ったのは、『密漁船』だった。
得たものに対し、失ったのは一瞬の勝機だけではない。彼の手の中で光が失われる。それが意味することは、エネルギー切れ。
「馬鹿者! 犯罪者などを庇って……」
「箒、そんな寂しい事を言うなよ。強い力を手にした途端に、全然らしくないぜ」
「わ、私は……」
「命の選別も説教もしていられる場合か。この海域に出た時点で、何かバックアッププランがあるだろう。そいつを教えろ」
質問に対し、明らかに動揺している箒は刀を取り落とすことで答える。その刀は光となって消えうせる。
「具現維持限界だ、まずい――箒ぃぃぃ!」
刀が消えたその現象から、エネルギー切れを感じ取った一夏が箒の元へと向かう。
福音が一斉射撃の体制をとる。標的は当然、戦場で動きが止まったもの。
空間転移のプロセスを走らせるが、残りエネルギー全てを振り絞った瞬時加速を行う一夏のほうが速く移動できた。だがエネルギーがないのでは、庇いきれない。
プロセスの実行状況を示すバーを見る視界の端に、射撃を開始する福音と、射線上に割り込む一夏の姿を見る。
――間に合わない。
「ぐあああっ!!」
箒を庇った一夏の叫びと、俺の直感は果たして同時だったのか。戦場におけるISのダメージの量は、アリーナ内の制限ありの衝撃とは比べ物にならない。初めての操縦経験でそれを経験している俺は、その何倍もの衝撃を受けた一夏の苦しみを理解できたのか、分からない。
だが必死になって、気を失いそうになってまで幼馴染を守ろうとしたその行動は、葉月が俺にしたものと同じだ。
「一夏っ、一夏ぁ!!」
プロセスが完了し、二人の前に転移する。正気を取り戻した箒が、必死になって呼びかける。だが一夏はぐらりと傾き、それでも箒を抱きしめたまま守ろうとしていて。最後の力を失った一夏は海面へと落下していく。
「泣いている暇があるなら、今すぐ一夏を連れて撤退するぞ」
凛としたいつもの顔つきとは程遠い、涙で真っ赤になった箒に発破をかけつつ、右腕のエネルギーカートリッジを排出し、空間転移を用いて福音の正面へ移動させた。強制排除したカートリッジは自動的に数秒で起爆される。甘んじてそれを受け止めた福音の思惑は謎だが、とにかく時間は稼げた。
飛べる余力すらないほど放心している箒の二の腕辺りを掴み、海に沈みかけていく一夏を回収。最大出力で浜辺へ向かう。
事実上、二回目の敗戦だった。
『Fate Breaker』:すでに決まっている悪い運命を砕く者。 というのと、葉月がかけた曲。