インフィニット・ストラトス‐Across the Universe‐ 作:譲葉松風
敗戦から数時間後。
ラウラに連れて行かれた先で受けた俺の扱いは、人体実験やホロコーストのイメージが強いドイツとは思えないほど人道的だった。
流石に私物は回収されたものの一週間近く滞在し、三食昼寝付き。冷暖房すらも完備で、嫌がらせの様に設定温度を16度くらいまで下げて大寒波ごっこをしていても何も言われなかった。
部屋の入り口を出たところには常にメイドが待機していた。あまりに暇だった俺は
日本の名産品47都道府県分全てを要求したが、驚くべきことに数時間で揃えてくれるのだ。将来的に彼女を雇うことを検討しよう。
世界初の男性IS搭乗者とあって対応に困っているのかと思っていたが、委員会の対応は驚くほど滞りなく進んだらしい。
というのも、どうやら日本では俺よりも先に男のIS適正を持つものが現れていたらしい。
彼はIS学園への入学という方向で進められているらしく、俺もその方向で調整すると委員会から通達があった。
所属としては綾乃の部下となる俺の処遇は取りあえずIS学園に送って3年間は保護しましょう、ということらしい。それが決まった時点で綾乃、葉月と連絡を取ったが一周まわってあまり驚いている様子はなかった。
そして、今の俺の状況だが。
場所はIS学園。
試験は軽々と合格した。筆記はちょろいし、実技に至っては試験官がラウラどころか最初の美人さんより遥かに弱かったからヌルいときた。
そんな関門はどうでもいい。問題はこれからの学園生活を乗り切る為に、周りを観察することだ。
連絡された教室の扉を開けると、クラス中の視線が俺に集中した。それを無視して自分の名前が書かれた机を探す。
一番後ろの席に名前を見つけ、席に座り足を組む。顎に手を当てて、俺を見る視線を一人一人確認しながら観察を始める。
その結果、非常に驚くべき事実が判明した。
女子、女子、女子。一人だけ男を挟んで再び女子、女子、女子。
俺ともう一人の男子を意識しているのか知らないが、全員が全員香水を多量に振り掛けているようだ。
いやまあ、少しくらいは考えてほしかったが。石鹸とかローズマリーの香りとか、そんなものが混ざったら得体のしれない臭いになるくらいわかるだろう。
……これが何週間も続くようなら消臭剤を持ってこよう。
「皆さん、入学おめでとう」
そんな俺の心境など知らないというかのごとく、恐らくのんびりとした性格を予想できる声で挨拶をしながら、教室の前のドアから入ってきた女性は緑色の髪にメガネ。あと豊満なバスト、それに不釣り合いな小柄な体躯を持った女性だった。
クラスの視線が先生へ移った時を狙って、姿勢を軽く正す。
彼女の言ったことを要約すると、副担任の山田真耶だ。全寮制だから助け合えよ。楽しい3年間にするぞ。早く自己紹介しろハゲ。
教師というとどうも士官学校にいたときの教官が頭から離れないので、脳内変換で厳ついセリフに書き換わったが内容としては同じ。
そんな感じに状況把握に努めていると、噂の「世界初のISを使える男」が自己紹介をしている。
彼は相当緊張しているようで、山田先生に声をかけられるまで自分の順番である事すら気づいていなかった。
「織斑一夏です。よろしくおねがいします!」
彼はそう言って大きく息を吸う。啖呵でも切るのかと思えば
「以上です!」
クラスの女子たちがずっこける。こいつらエキストラなんじゃないかという盛大なずっこけ方だった。ISの勉強してないで女優になった方が良いんじゃないかと思うほどに。
「お前は自己紹介すら満足にできないのか」
いつの間にやら教室に入り込んでいたその女性は織斑に向かって、どこか辛辣に言葉をかけた。
こいつは知ってる。第1回IS世界大会「モンド・グロッソ」優勝者。通称「ブリュンヒルデ」。本名は――
「げぇ! 千冬姉!」
「学校では織斑先生だ」
彼女は拳を織斑の脳天に振り下ろした。材質からして違うとしか思えない、おぞましい音が教室に響く。
山田先生と何やら言葉を交わし、見栄を切って彼女は名乗った。
「諸君、私が担任の織斑千冬だ。君たち新人を一年で使い物にするのが仕事だ」
その言葉が終わる前にクラス中が黄色い声に包まれる。下手なアイドルよりも人気だな、織斑千冬。
「千冬様! 本物の千冬様よ!」
「お姉さまの為なら死ねます!」
「私、お姉さまに憧れてこの学園に来たんです!北九州から!」
自ら宣言するほど、北九州ってそんな遠かったか。そこにブロンドの女いるぞ。渋い顔してるけど、あいつのほうが絶対遠くから来てるわ。
その黄色い声の中、織斑が再びぶん殴られていた。家庭環境最悪だろと感想抱いていると、クラスの誰かが織斑君って千冬様の弟なの? だから男なのにIS扱えるの?などと戯言を言い出した。
「静かに! ISを使えるのはそこにもいるだろ。鳴海、自己紹介をしろ」
「了解です。あー、たった今紹介に預かった鳴海紫苑だ。住んでる市の方針で適性を調べたら、たまたま適合した。マスコミの言い方を借りるなら、世界で二番目の男性IS適性者。だからといって特別なことなど何一つないし、ISの知識だけで言うなら女性のみんなのほうが遥かに上のはずだから、変に気を使わないで助け合いたいと思ってる」
そこで一度区切って、前髪を搔きあげて続ける。
「いろいろ世話になることも多いだろうが、一年間よろしく」
格好つけすぎたかと思ったが、織斑先生の時ほどはないにしろ歓声が上がった。
自分で言うのもなんだが、容姿に関しては自信がある。父親は日本人だったが、母親がロシア系の美人だったこともあって、そこらに転がっているアイドルよりは整った顔立ちに生まれた。きっとその顔立ちのお陰だろう。
これは良い兆候だ。なにしろもう一人の男性IS操縦者は世界最強の弟、そこの差別化をしない限り俺の存在は下位互換。価値は生まれない。
ちなみに適性が見つかった件は委員会や綾乃が創り出した嘘。戦場で起動させたなんて言って怖がらせるわけにはいかないから。
「静かにしろ! 鳴海、座っていいぞ。諸君らにはISの基礎知識を半年で覚えてもらう――」
それから先の言葉は入学案内や一週間で覚えておけと言われた鈍器のような教本にかかれていた事だらけだったから、適当に聞き流していた。気づけば挨拶も終わり、休み時間に。
知り合いもいないし葉月に連絡でもしようかと悩んでいると、前の方から織斑が歩いてきた。
「えっと、紫苑でよかったよな?」
少し緊張した面持ちでそう問いかけてくる。
「あぁ。よろしくな織斑」
「一夏でいいよ。名字だと先生と被るし」
「確かに。下手に名字で呼んだせいで勘違いされて殴られるのも癪だしな」
そんな感じで笑い合っていると、長い髪をポニーテールでまとめた女子が歩いてくるのが見えた。他の女子たちがどう話しかけようか悩んでいる間に迷わずくるという事は、相当なクソビッチか或いは――
「一夏の彼女か」
「な、ななな……何を言う――」
「いや箒はただの幼馴染だよ」
どうみてもその箒とやらの反応が「ただの幼馴染」のそれとは違うんだが、それには気づかないのか一夏。
見ろよ、そいつの目。すごい白い目をしてるよ。
ここで彼女の気持ちを代弁してやってもいいが、恋とは自分で成就させる物。他人の力を借りて成り立つものでは無い。故にここは心を鬼にする。
「幼馴染か。とにかく一夏に用があるんだろ。プライベートな話だろうし、屋上でも行ってきたらいいんじゃないか」
「う、うむ。恩に着る」
さながら武士のような言葉づかいで、一夏を連れた彼女は去っていく。
しかし、箒――もしかして篠ノ之箒か。ISの生みの親の肉親と同じクラスとは、随分と重要人物がこのクラスに固まり始めているようだが……。世界最強を担任に据えたのも、重要人物たちを守る為か。
とりあえず時間もあまりないし、次の授業の準備でもしておくか。バッグから紙を幾重にも重ね合わせた鈍器を取り出し、机の上に置いたタイミングでうまいこと授業開始のチャイムが鳴り響く。
その初めての授業で俺は、世界最強の弟を心から尊敬することになるのだった。
だって、教本捨てたんだってさ。本人の言い分はこうだ。
「古い電話帳と間違えて捨てました!」
普通題名くらい確認するだろうに。その容赦のないゴミ捨て技術は、きっとゴミ屋敷の掃除に役立つことだろう。いつか夕方のニュース番組の特集で、一夏をごみ捨て職人としてみることも遠くないのかもしれない。
それはさておき、もう三回以上見直した教本だ。今更見なくても授業に差し支えはない。席を立ちあがり、織斑先生の説教を喰らっている一夏の背中を叩いて教本を差し出す。
「もう覚えてるから、再発行されるまで使ってていい」
後ろ手に手を振って自分の席に戻る。あまりにもかっこつけすぎな気がするが、これも目立つため。差別化のためだ。文句は言うまい。
現に囁き声で「よくあの量覚えられたね……」などと聞こえる。やることもなく、暇だったうえにほとんど徹夜だ。並大抵の努力ではないと声を大にして叫びたいが、それを言えば価値が下がる。
「そういうなら鳴海、PICについて説明して見せろ」
席に着くと織斑先生からそんな要求が飛んできた。
「パッシブ・イナーシャル・キャンセラーの頭文字を取ったものです。ISにかかる慣性をなくしたかのような挙動を起こし、これと補助翼を使うことで姿勢制御や加速、停止などの三次元的な動作を行えます」
「上出来だ。座っていいぞ」
表情では何も悟らせないように努め、内心でほくそ笑む。一夏が思いのほか――言葉は悪いが――バカだったお陰で着々と俺の評価が上がっている。
授業が終わるまで向けられる見世物小屋の中を見るような視線すら、あまり気にならないくらいには気分がよかった。
授業が終わり、再び訪れる休み時間。俺は一夏と他愛もない話をしていた。どんな学校にいただの、あそこにいるあいつは地元で長だっただの。俺が話す過去はすべてでっち上げたものだったけれど。
そんな感じで男二人盛り上がっていたら、どこか気品のようなものを漂わせたブロンドの女子が話しかけてきた。
「ちょっとよろしくて?」
「なんだ?」
「まぁ! なんですの、そのお返事。私に話しかけられるだけでも光栄なのですから、それ相応の態度というものがあるのではないかしら? それに、そちらの貴方は返事すらないなんて、どういう神経してらっしゃるの?」
返事をした一夏はいちゃもんをつけられ、しなかった俺もまた文句を言われる。理不尽とはこのことだなぁ、と毀れる笑みを抑え込んで、返事を返す。
「生憎だが、派手なブロンドと有名人には興味がないんだ」
「――本当に、失礼な人ですわね」
「この教室に入った時点で、存在は知っていたけどな。イギリスの代表候補生、セシリア・オルコット」
「つまり、私に気づいていながら挨拶に来なかったということですの? 自分の立場が本当に分かっていらっしゃるのかしら」
「分かってないと本当に思っているのか? 言っておくけどな、代表『候補』なんていう優秀でもありふれた人種と違って、こっちは世界に二人しかいないレアモンスターなんだよ。その道理からすれば、お前の方から挨拶に来るのは当然のことだろ没落貴族」
「貴方という人は――!」
自分が本当に偉いと思っているから、もしくは実際に偉いから、きっと今まで口喧嘩なんてしたことなかったんだろうな。まったくもって遣り甲斐が無い。
オルコットと俺で睨み合い、その間に火花が散る中、一夏がおずおずと手を挙げる。
「な、なぁ。代表候補生ってなんだ?」
その言葉に盗み聞きをしていた女子たちがずっこける。またかよ。早く女優育成学校に転校しろ。
「字面の通り、いずれ代表になるかもしれない生徒の事だよ。教本読んでないにしろ、それくらいわかるよな」
「はぁー、なるほど。つまりエリートってことか」
「そう! 私はエリートなのですわ!新入生の中で唯一、試験官を倒した私は!」
プライドを貶められていた貴族が息を吹き返した。ネイティヴだけあってエリートの発音良いな。
だがしかし、息を吹き返させた一夏が、あろう事か更に追い打ちをかけた。
「それ、俺も倒したぞ」
「えっ? わ、私だけと聞いていましたが……?」
「女子では、って落ちじゃないのか」
一夏が徐々にオルコットを追い詰める。2:1で追いつめられても、逃げ出さないのだから大した精神力だ。
「な、あ、貴方も倒したと言うのですか?!」
オルコットがビシィ、と擬音が出そうな勢いで俺を指さして問う。
「あぁ、そういえば倒したな。遣り甲斐がなくて詳しくは覚えてないが、戦闘時間は過去最速らしい」
「っ……!?」
「はーい、授業を始めますよー?」
ナイスタイミングだ山田先生。このままここで乱闘になって俺がオルコットをぶん殴れば、せっかく上がった株も台無しだ。
「ほらオルコット、授業だ。とっと席におかえり。ハウスだ、ハウス」
手で追い払うようなしぐさをしながらそう言ってやると、オルコットは顔を真っ赤にして叫ぶ。
「これで終わりと思わない事ですわ!」
そのまま肩をいからせ、ズカズカと席に歩いていくのだった。一夏もそれを見て苦笑いをしながら、「またな」といって席に戻って行った。
返事を返した後、オルコットの言葉を思い返す。
――誰だよ、あいつに変な貴族もどきの日本語教えたやつ。
『不条理な世界』:突然喧嘩を吹っかけられる世界とか、不条理以外の何でもない。